08 怪しい影と誘拐
夏桜。
前世では聞きなれない言葉だが、クーラシア国では、誰もが知っている言葉である。
字の通り夏に咲く桜の事で、この国ではその桜が咲く時期に花見をするのが一般的になっている。
そして、丁度この日。
桜が満開になる時期だそうで、家族総出で花見に行く事になった。
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「わーい! 桜だ! 桜!」
「アリアあんまり走るんじゃないよ。危ないだろう?」
「大丈夫だもん!」
「あ、ちょっとアリア!」
アリアがルアンの注意を聞かず、山道を走る。
危なっかしいが、しっかりと足元には注意しているようで、巧みに石や窪みを避けている。
地味に凄い。
ルアンはそれを止めさせようとするが、手に花見用の大きな弁当箱を持っているので走れないようだ。
「アリアはいつもあんな感じなのか?」
「そうだね。アリアは桜が大好きで、小さい頃から花見にくるとはしゃぐんだ」
「へぇー」
あまり帰って来ることがないアモンが知っているとは、本当にいつもはしゃいでいるのだろう。
あそこまで花見で嬉しそうにしている子供なんて、前世ではいなかったし珍しい。
やはり文化の違いというやつだろうか。
今、俺たちは夏桜の木が沢山植えられているというアルトア町の北の小山を登っている。
アモンが帰ってきた事と丁度夏桜の季節という事もあり、記念に行くことになったのだ。
「でも、レン君は大人しいね。気を使っているのかな?」
アリアと違いテンションの変わらない俺を不思議に思ったのかアモンが質問してくる。
「そうじゃないが……。まぁ、元気は桜を実際に見るまで取っとこうと思ってな」
「それなら良かったよ」
前世で桜なんて飽きる程見ている。
テレビや道で桜が咲いてるのを見たって、あー春が来たのかと思うくらいだ。
しかし、この世界にはテレビやゲーム機などは勿論無いので、花見でもいい娯楽になるのかもしれない。
そんな事を思っていると、小山の頂上に着いたようだ。
沢山の夏桜の木が生え、風が吹くたびにいい香りがする。
夏桜は標高が高い場所でよく育つらしく、この小山以外の場所でも夏桜は、山に植えられている事が多い。
そう考えると、花見をするにしろ毎回大変だ。
山を登らなければならないのだから。
「綺麗だね! レン!」
「そうだな」
頂上に着くとアリアのテンションは更に高くなった。
余程、桜が好きらしい。
しかし、アリアが此処までテンションが高くなるのを分かる気がする。
そう思うほど、目の前にある桜は綺麗で前世の桜とは比べ物にならないくらいなのだ。
美しい!
と、桜を見て思ったのは初めてかもしれない。
「何度見ても飽きないねぇ」
「そうだね。僕もこれほど綺麗なものは見たことがないよ」
「私は綺麗じゃないのかい?」
「君は夏桜とは次元が違うほど、綺麗だよ」
「あらやだ」
アリアがはしゃいでいる一方で、後ろにいる夫婦はお互いにハートマークを出している。
ま、眩しい! 眩しすぎる!
さすがこの世界では珍しい恋愛結婚をした夫婦だ。
離れていたとはいえ、愛は尽きない。
しかし、いくらラブラブだとはいえ外でこれは止めてほしい。
見ているこっちが恥ずかしくなる。
「プリエール家では、あれが普通なのか?」
「普通だよ? みんなの家もあんな感じじゃないの?」
ふとした疑問をアリアに聞いてみると、予想外の言葉が帰ってきた。
どうやらアリアはあれが普通だと思っているらしい。
いや、あんなの普通じゃないから。
異常だから。
と言いそうになるが、呑み込む。
別にどう思おうと人の勝手なのだし、無理に正す必要はない。
だから。
「そうだな。あれが普通だな」
と言っておく。
その後、一番桜が満開になっている木の下にブルーシートをひき、弁当の準備をする。
周りをみると、意外と人が来ているようで家族やカップルなどが見受けられる。
「リア充がぁ……」
カップルを見て少し殺意が湧いてしまった。
いかんいかん。
俺は今、とても幸せなはずだ。
こんな感情は取り払わなければ。
そう思い、隣にいるアリアの顔を見る。
穢れをしない美しい瞳、幼さが残る顔。
あぁ〜心が癒されるぅ。
「どうしたの、私の顔に何かついてる?」
自分の顔をマジマジと見られて、不審に思ったのかアリアが不思議そうな顔で聞いて来る。
やっべ。
見すぎてしまった。
「いや、何でもない」
「そう?」
アリアはそのまま弁当の準備を進める。
良かった、どうにか誤魔化せたようだ。
よく考えれば、女性の顔を無言でじっと見るなんて前世ではセクハラになりかねない。
アリアが10歳だったからいいものの、次からはこんなことが無いようにしよう。
無罪である!
と心の中の裁判長に言ってもらう。
「おぉー、美味しそうだね」
アモンが弁当の中身をみて、声を上げた。
弁当は三段になっており、1段目がオニギリ2段目がオカズ三段目がデザートという風になっている。
オニギリは勿論、プリエール家全員の大好物、ルアン特製爆弾おにぎりだ。
俺も食べたことがあり、あれはとても美味しかった。
いい塩加減で、具は梅干しぽいものや海藻を煮付けたもなど。
テンプレぽいのに、口の中がとろけそうになった。
「美味しんだよ実際ねぇ」
「そうだね、そうだった」
「早く食べよう? 私お腹空いちゃった。レンもそうでしょう?」
「そうだな」
「じゃあーー」
アリアの言葉を聞いて、アモンが手を合わす。
この世界にもいただきますのようなものがあり、食事を食べる時は必ずと言っていいほど、しっかりとするらしい。
しかし、やはり前世のものとは違い手のひら全てを合わすのではなく、指先を合わす。
これには色々訳があるらしいが、アモン達に聞いても知らないようだった。
まぁ、俺もいただきますの動作の由来など知らなかったし、そんな感じなのだろう。
「創世神に感謝し、いただきます」
「「「いただきます」」」
それぞれに皿と箸が渡され、自分が好きなものを取ってゆく。
驚いた事にルアン以外、俺も含めて3人は真っ先に爆弾おにぎりを取った。
初めはオニギリからと思って取ったのだが、アモンとアリアも同じ事を考えていたようだ。
「ふふ、似た者親子だねぇ」
その様子を見ていたルアンは、海老フライを持ちながら笑っていた。
俺も笑いそうになっていたから、仕方がない。
一緒に笑う事にした。
目の前に広がる桜畑とも言ってもいい光景は俺の心を癒してくれる。
この世界にも慣れてきたのだが緊張しない日はあまりない。
プリエール家の人々には良くして貰い、家族にまでして貰ったが、気を遣わない訳にもいかないし、記憶を失っている事にしているので少しばかり演技をしないといけない。
罪悪感があるが仕方がない事だ。
別に転生したと言っても信じてくれないだろうし、プリエール家に変な子供がいると言われても困る。
それが、今俺にできる唯一と言っていい恩返しだ。
「どうしたんだい? そんな悲しそうな顔をして」
心配そうにルアンが尋ねてくる。
アモンとアリアは弁当を食べ終わった後、遠くにあるという一番大きな桜の木を見に行っている。
「いや、別になにもない。弁当美味しかったなと思っていただけだ」
「そうかい。でも、本当に悩んでいる事があるんだったら言うんだよ? 私たちは家族なんだ」
家族なんだという言葉が俺の心に突き刺さる。
ルアンはこれが口癖の様に言ってくる辺り、俺がまだ何か隠している事を知っているのだろう。
でも、無理に聞かない様子をみるとルアンの人の良さが伺える。
「そうだな。ありがとうルアン」
「お礼を言うことはないさ」
ルアンはそう言ってから、弁当やブルーシートの片付けを始めた。
勿論、俺もそれを手伝う。
その間ルアンと俺は一言も喋る事はなかったが、それが何故か嬉しかった。
確か運動会で母ちゃんと一緒にご飯を食べた時もこんなだった気がする。
父親はいなかったが、別に寂しくはなく寧ろ楽しかった。
弁当は美味いし、母ちゃんの笑顔もあって寂しいと言う気持ちが失くなってしまったのかもしれない。
そんな母ちゃんの姿をルアンに重ね、少しだけ嬉しく少しだけ罪悪感が増した。
時が経ったら言おう。
必ず言おう。
そう、俺は強く心の中で誓った。
その時だった。
奥の方から、アモンが必死の形相で走ってきた。
それはもう凄い勢いで、俺たちの方に来た頃には、顔や体から汗が吹き出している。
「ど、どうしたんだい!?」
ルアンが尋常ではないアモンの様子を見て、目を見開く。
俺も同じだ。
数日だけだが、こんな様子のアモンは見た事がない。
きっとルアンもそうなのだろう。
それ位、ルアンと俺は驚いていた。
「はぁ……はぁ……、ア、アリアが……さ、さ、攫われた」
アモンが息を整えながらも必死に言う。
アリアが攫われた?
気付けば確かに、アモンの隣にアリアはいない。
アリアはとても聞き分けのいい子供だ。
一人で知らない所にそれも危ない場所に行く事はまずない。
そして、攫われたと聞いた時から俺の中では犯人が誰なのか、察しがついた。
あの偉そうな態度を取り、アリアを嫁に欲しいと言ったあの……。
「パス家かい?」
「そ……うだ」
ルアンの言葉とアモンの返事にそれは確信に変わった。
まさかここまでやるとは……。
それも実の父親の前で堂々と。
くっそイラついて来た。
俺は直ぐに探索の魔法陣をルアンとアモンにわからない様に使うが、アリアの反応はない。
俺の探索の限界は5キロほど。
それでつかまらないと言うことは、その道のプロがやったと言う事だろう。
この時間で、5キロ離れるという事は一般人、並のものではできないからだ。
「僕がいけなかったのかもしれない。一瞬でもアリアから目を離さなければ、捕まる事は無かったのかもしれないんだ」
そう言って涙を流すアモン。
アモンの話によると、アリアが桜に見惚れているを見て、暫くはあのままと思いお茶を飲もうと、後ろの鞄に手を回した所、ガサッと音がしうしろをみると、黒いフードを被った男がアリアを攫って言ったという。
別にアモンが悪いわけじゃない。
いや、全く悪くない。
悪いのはパス家だ。
「大丈夫。父ちゃんが悪いわけじゃないよ」
ルアンにもそれが分かっているようで、優しくアモンに声をかける。
それを見て思った。
何故、こんな優しく暖かい家族が悲しい思いをしなければならないんだと。
そして同時に怒りがこみ上げてくる。
アリアは俺に最初にできた友達だ。
前世ではぼっちだった俺に優しい声をかけてくれた天使だ。
これで動かなければ男が廃ると。
「ルアン、アモン。俺がアリアを助けに言ってくる」
「「え?」」
俺の言葉が予想外の外だったのだろう。
でも、今はそれを説明している時間も惜しい。
俺は素早く足に強化の魔法陣を展開した。
「レン! 待つんだ! 子供の敵う相手じゃない!」
走ろうとした時、ルアンの声がしたが気にしない事にした。
多分、帰ったらこっぴどくおこられる事だろう。
そう思いながら、周囲に探索の魔法陣を展開した。
待っててくれ。
絶対に助ける!
会話を出来るだけ多くしました。
少しは読みやすくなったでしょうか?
読みやすくなっている事を願いまする。