04 パンと異世界の学校
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翌朝。
ルアンとアリア、俺でテーブルを囲み朝ご飯を食べている。
この世界では、1日2食が基本らしいのだがプリエール家では1日3食がルールだ。
これはルアンが決めたルールで、自分もそれじゃ足りないし、子供に栄養があるものを沢山食べて欲しいからだそうだ。
「食べれるかい?」
「あぁ」
テーブルにはルアン特製のジャムが塗られたパンとコーンスープ、ハムエッグが並べらており、どれも口がとろけそうなぐらい美味しい。
特にルアン特製のジャムが塗られたパンは格別で、甘酸っぱい味が癖になりそうだ。
俺のいつもの朝食といえば、コンビニ弁当かカップラーメンが普通で、すごく不健康な食生活を送っていたと自分でも思う。
それに比べてこれはなんだ。
シンプルなのに、細かい工夫がされていて絶妙な塩加減で。
転生して今まで良かったと思ったのは、これが初めてかもしれない。
「ど、どうしたんだい!? 涙なんか流して?」
「え?」
ルアンにそう言われ、気づくと俺は涙を流していた。
「大丈夫かい?」
「大丈夫。想像してたよりも美味しかった……だけだ」
昨日もポテパンとやらを食べたが、これほど美味しくはなかった。
それに冷めていたし、出来たてが一番というのは本当だ。
泣いてしまったのは少し母ちゃんが作ってくれた暖かいご飯を思い出してしまったからかもしれない。
「嬉しい事を言ってくれるねぇ。お代わりはいくらでもあるんだ。腹一杯食べな」
「あぁ」
ルアンは奥の台所からどんどん、パンを運んでくる。
どれも美味しく、俺がそれを腹一杯になるまで食べていると、ある人物がこちらに視線を送っていた。
「……本当に美味しい?」
「ん?」
さっきまで無言で黙々と、朝食を取っていたアリアが突然話しかけてきた。
神妙な表情で、こちらをジーと見つめている。
どうしたものかと困っていると、ルアンが小さな声で耳打ちしてきた。
「実はこの朝食、全部アリアが作ったんだよ」
ルアンの話によると、珍しく早く起きたアリアに『仲良くなるにはどうすればいい?』と聞かれたという。
ツンケンした態度は、俺が気に入らなかったわけではなく、ただ新しい家族ができたことに戸惑っていただけのようだ。
少しに悩んだ末にルアンがアリアのパンを食べさせたらいいんじゃないと言ったら、アリアは凄く張り切って、大量のパンが出来上がったというわけだ。
「だから、褒めてあげてくれないかい?」
「分かった」
正直、もう腹がいっぱいで残りのパンは入りそうになかったが、どうにか牛乳で押し込んで腹の中に収める。
その後一息ついてから、自分の中で一番のスマイルをアリアに向け親指を上に突き出した。
「とっても美味しいよ。こんなに美味しいパンなら俺はいくらでも食べられるな!」
「本当?」
「嘘を言ってどうするだ?」
「ありがとう!」
そう言ってアリアは今まで見せなかった嬉しさ満点の笑顔を俺に向けてくれた。
何この可愛い生き物。
昨日は少し混乱してた事もあり、気づく事が出来なかったがアリアの顔は前世で会った女性が霞む程整っていた。
あと5年くらいしたら必ず美少女になるはずだ。
こんな美少女と一つ屋根の下。
どっちが上になるか分からないが、もし俺が弟になったとしても
「レンくん」
兄になったとしても
「レンお兄ちゃん」
と彼女から言われるのは悪くない。
いや、是非言ってほしい。
「デュへへ」
「どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」
「そう。……あ! 思い出した!」
アリアは大きく声を出すと台所の奥の方へ行き、暫くすると驚く程の量のパンをおぼんに乗せ戻ってきた。
中にはオレンジ色をしたパンや虹色のパンなど、食欲をそそらないものもある。
「どうしたのこれ?」
「私が考えたパン! これをレンに食べて欲しいの」
「え……」
アリアが小さい頃からパンを習っていて、8歳になる頃には大体できてしまい、それからオリジナルのパンを作っている事はルアンから聞いて知っていたが、これほどとは思っていなかった。
しかし、断わるわけにもいかない。
やっと少しは話せるようになり、アリアから積極的に接してくれているのだ。
ここで食べなかったら男が廃るというものだろう。
いや……でもこれは流石に無理か?
牛乳で押し込んだパンが腹の中で、水分を吸収してパンパンに膨れ上がっているし、何故か目の前にあるアリアのパンに対して身体が危険信号を出している。
「これはーー」
「ダメなの?」
アリアが目をウルウルとさせながら、俺を見てくる。
これで拒否できる男はいるだろうか。
否、いないだろう。
俺は覚悟を決め、一番ヤバそうな虹色パンを一気に頬張った。
「どう?」
「お、美味しいよ……」
口の中には甘ったるいような辛いような苦いような、訳のわからない味が広がる。
はっきり言うと、凄くまずい。
アリアが作ったという食パンはとても美味しかったが、このパンは見た目通りの味をしている。
他のパンも同様で、オレンジ色や青色のパンも不味かった。
しかし、作った本人はそれが分かっていないようで次々とパンを俺に勧めてくる。
まさに生き地獄だ。
そして、俺が全て食べ終わるとアリアは満足気な表情で、奥の工房へと走りさってしまった。
「ごめんねレン」
ルアンが申し訳なさそうに、水の入ったコップを俺の前におく。
「いいんだ。これも仲良くなるためだからな」
「無理しなくていいんだよ。あの子のパン不味かっただろう?」
「……あぁ。とてつもなく不味かった」
出来れば二度と食べたくないが、あの様子を見るにまた作ってくるだろう。
次はどんなパンが出てくるのか。
考えるだけで鳥肌が立つ。
「普通のパンを作ればいいのに、『新しい味のものを作ってみたい!』と言ってから、あんな感じなんだよ」
プリエール家のパン屋『プリン』で売られているポテパンやイクラが挟まれたイクパンは、この国ではポピュラーな食べ物だ。
一応、パン屋は父アモンの趣味で始めたようなもので、新商品の発売などはなく自分が満足すればいいらしい。
しかし、アリアが6歳の時。
アモンが気まぐれでパン作りを教えると予想以上にアリアがはまってしまったようだ。
それでアモンが作れるパン全てを作れるようになったアリアは、新しいパンを開発するようになったと。
「いい事じゃないか? 自分から進んで何かをするというのは」
前世で中学の先生が、毎日口酸っぱくこれを言っていたのを覚えている。
与えられるだけでなく、自分から進んで行動しろみたいな。
「私もいいとは思うんだ。でも……あの子にはセンスがないんだよ」
それは素人である俺でも直ぐに分かった。
多分、アリアは教えられた事はしっかりできて自分でやるとなると出来ないタイプなのだろう。
だから、アモンから教えられた食パンはとても美味しかったのだ。
「だったらアリアが納得するまで、やらせればいいんじゃないか?」
「それだとレンが困るだろう?」
「アリアには俺の裸を見せてしまったからな。せめてもの罪滅ぼしだ」
ルアンは気にしなくても良いと言っていたが、少女に裸を見せたというのはやっぱり負い目を感じてしまう。
外から見れば10歳の少年なのだろが、精神は20歳の童貞男なのだ。
ここでしっかりとケジメをつけないと、俺はただの露出狂になる気がする。
生憎、俺にそんな癖はない。
「分かったよ。あと、胃薬は台所の棚に常備されているから何時でも使っていいからねぇ」
「ありがとう。早速使わせてもらうよ」
その後、アリアに俺が試食する (実験体になる) と伝えると凄く喜ばれ、直ぐにこれもこれもと食べさせられた。
これくらいは良かったのだが、予想外だったのはアリアの申し出で俺の毎日の朝食が例のパンになった事だ。
暫くは胃薬が離せない日々が続く事だろう。
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俺が転生したクーラシア国アルトア町は、食といえばアルトア! と言われるほど、食文化が発達している。
町を歩けば至る所から食欲をそそる匂いがするし、店の前を通ると売り子が大声でお客を呼んでいる。
かといって、食以外なにもない訳ではなく魔法技術も有名だ。
夜の町を照らす明かりは魔力を詰め込んだ魔石で、家などで使う魔力 (電気のようなもの) はケーブルを伝って全ての家庭へ送られている。
この技術はアルトアが開発したもので、今は国中で使われている。
「アリアはいつぐらいから通ってるんだ?」
「2年前くらいかな」
俺とアリアは、魔バスーーガソリンの代わりに魔力で動くバスーーと呼ばれる乗り物で魔法使いの学校パーク学園へと向かっている。
試験の為なのだが、パーク学園は隣町にあり、魔バスでないと徒歩で3時間以上掛かってしまうのだ。
アリアには案内役として付いて来てもらっている。
「そうなのか」
「私は入りたくなかったのに、お母様が入れって……」
「へぇー」
アリアが深いため息をつく。
ルアンはアリアに商人の娘として、読み書きは出来てほしいのだろうが、本人はあまり乗り気ではなかったらしい。
あんだけパンに熱中している様子を見ると、納得かもしれないが。
「でも、友達もできたし少しは楽しいかな」
「友達かぁ」
「レンにはいる?」
「……いないよ」
自慢ではないが、俺には前世で友達と呼べる存在は皆無だった。
学校ではいつもボッチだし、喋るとしても必要最小限のものだった気がする。
そんな事を思い出しているとと、アリアがニィーと笑ってきた。
「じゃあ、私がレンの最初の友達になったげる!」
「え?」
予想外のアリアの言葉につい聞き返してしまった。
俺はプリエール家の子供として生きることになり、アリアとは家族として付き合う事に決めていた。
だから、アリアから友達というワードに驚いてしまったのだ。
「だってレン、友達いないんでしょう?」
「そうだけど……」
「家族兼友達どうかな?」
アリアが言うには、言葉通り俺とは家族としても友達としても接するという事らしい。
俺としてはそれがとても嬉しい。
約20年間、ボッチだった俺がこんな美少女と友達になれるのだ。
これほど幸福な事はないだろう。
「いいと思う」
「決まりだね! 宜しくねレン!」
「おう」
今気づいたが、アリアは結構明るい子のようだ。
朝はパンの印象が強くて分からなかったが、蛙の子は蛙ということだろうか。
この明るさはルアンによく似ている。
そんな事を考えている内に隣町にあるパーク学園についた。
「大きいな」
「でしょう? 私も初めて来た時驚いたんだ」
煉瓦造りの壁に、高さは20階建てのマンションくらいはあるだろうか。
それに入り口は、試験日というだけあって俺と同い年くらいの子供が群がっている。
なんか俺が受けた大学の合格発表の時のような感じだ。
とにかく人が多い。
「意外と多いんだな」
「パーク学園は人気だからね。毎回こんな感じだよ」
「毎回これかよ」
パーク学園は教育の質が良いと有名で、国中の人々が是非自分の子供をと殺到するらしい。
建物がここまで高くなったのも、それが原因だとか。
「今回は少ない方かな。私の時はまともに入り口の近くにも立ってられなかったから」
「どんだけだよ……」
「レンは運がいいね!」
「そんな運、嬉しくない」
そんな話をしていると、学園の門が開いた。
どうやら開始時刻になったようで、周りにいる先生のような人々が笑顔と拍手で試験を受ける人を迎えている。
「「「ようこそ! パーク学園へ!」」」
俺は記憶喪失 (嘘) という事で、アリアが試験に付き添う許可が学園から降りており、一緒に門をくぐった。
試験会場は魔法実践室と呼ばれる前世でいう体育館のようなもので、そこに長机とパイプ椅子が隙間がないほどに並べられている。
アリアは一番後ろの保護者席に座った。
「頑張ってね!」
「おう!」
俺はアリアに応援され、そのまま試験に入った。
試験教科は2つ。
国語と数学で合格点数は合わせて100点で、50点ずつ取ればいい。
問題を見るまで安心は出来ないが、ほぼ確実にとれるだろう。
これでも俺は大学生だし、10歳が対象のテストが出来ないわけがない。
他も余裕があるのか、隣近所とワイワイ雑談をしている。
内容を聞くと、早く入りたいとかあの子可愛くね? みたいな感じだ。
俺?
机をジーと見て精神統一してる。
そんな事をしている内に時間になったのか、ゾロゾロと試験官の先生達が入ってきた。
「それでは試験を始めます」
皆んなの準備が完了したところで、前のストップウォッチを持った先生が合図をし、一斉に試験が始まった。
そして、肝心のテスト内容は……
『ペロチンの中身を2個食べると、残りのペロチンは何個になるでしょう』
なにそれオワタ……。