02 閻魔大王と神様会議
初めての三人称に挑戦です。
八神蓮が転生した後、閻魔大王ことルアン=メナルドは、自分がするべき仕事へと戻っていた。閻魔大王の仕事は二つ、一つ目は死者たちを裁き天国行きか地獄行きを決めること、二つ目は転生者を決める事だ。今は一つ目の方、大きい机に座り次々とやってくる死者たちを裁いていた。
「はぁ……。最近、死者多すぎやしないかい」
ルアンは目の前の大名行列のような死者たちを見ながら、深いため息をついた。
ここ10年ほど、ルアンにはまともな休みが無い。世界が不況に陥った際に、職を失い自殺するものが後を絶たないのだ。そのせいでストレスが溜まり、イライラが収まらない。なんとかしてほしいものだとルアンは思う。
「仕方ないでしょうルアン殿。これが貴方の仕事なのです。つべこべ言わず一人でも多くの死者を裁きなさい」
ルアンの肩に止まっている茶色い綺麗な羽を持った雀が、くちばしを尖らせながら言う。
この雀はルアンが閻魔大王に就任した当時からの秘書で、ルアンが心を開いている数少ない友と言える存在だ。人間の言葉を喋り、ルアンのサポートをしている。
実はこの雀、呪いでこんな姿になっているが昔は神をも魅了するほどの美しい女性だった。それがなんでこんな姿になってしまったのか、それは長くなってしまうので割愛しよう。
「分かったよ雀君。君は逆らえない」
「それでいいのです。ルアン殿」
ルアンは渋々といった感じで、死者を裁いていった。悪人ズラをしたものや、弱々しくひ弱な体型をしたものが次々とルアンの手によって天国行きか地獄行きかを決められてゆく。
それからしばらく立ち、ルアンがさっきよりも深いため息をついた頃、死者の行列の中から一匹の猿が近づいてきた。赤い尻に白い毛、珍しい姿の猿だがルアン達には見覚えがあった。
「創世神アブルの使い……ついに来ましたか」
雀がそう呟くと、ルアンも一旦手を止め猿がいる方向へと目をやった。すると、猿の方も気付いたのか、さっきよりも足を早めルアン達の方に向かってくる。
「案外早かったね。流石、創世神と言うべきなのか……」
「そんな悠長な事を言っている場合ですか! あの事がバレたのですよ!」
「雀君こそ落ち着きたまえ。そんなに狼狽えていたら、創世神の思う壺ですよ」
「あ、うぅ……」
そんな会話をしている内に、猿はルアンのいる机に飛び乗り、腰につけている一枚の紙を広げ読み始めた。薄汚れている和紙のようなもので、持っている猿と同じ大きさだ。
ルアンと雀はそれを聞きながら、前から覚悟が揺らいでいないことを確認した。
「閻魔大王ルアン=メナルド、そして雀メア両方に今回緊急に開かれる神様会議に主席されるよう願う。
場所は天界会議場3階にて行う予定。日程は今日の午後7時だ。議題についてはお主らが知っている通り。では、会議場で待っている」
猿はそれを言い終えると、ヒュッと机を飛び降り再び死者の列の中へと消えていった。
アブルの手紙に書いてあった議題……とは、ルアンが行った今回の異世界転生についてだ。転生自体は禁止されておらず、ルアンが気に入った死者をどうしようが勝手なのだが、今回は違うらしい。それでアブルからの会議出席願いが来たのだ。願いと言っても半強制で、来なかったものには重い罪が課せられる。ルアンと雀もそれは承知だ。
「それにしても会議かぁ。あの重苦しい空間、僕苦手なんだよね」
「仕方ありませんルアン殿。私たちが勝手に決めたのがいけなかったのでしょう」
「まぁ、勝手に決めないと何時まで経っても許可は出なかったからね。雀君には苦労をかけるよ」
「いえ、それが私に課せられた仕事……いや、義務ですから」
そう言って雀はルアンの方を見て微笑んだ。それを見てルアンは苦笑いを返すしかない。彼女には顔を変える機能はなく、表情で感情を表すことができないのだ。ルアンはその声の微妙な違いを見つけながら、雀の感情を読み取るしかない。
それが彼女に課せられた義務、呪いなのだ。
そんな彼女を見ながらルアンは仕事へと戻った。少しでも、彼女の負担を減らすためそして会議で話す言い訳を考えながら。
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午後7時。
天界会議場には数名の神が集まっていた。木で作られ漆が塗られた長机に、石で出来た硬い椅子。後ろには地球ではお馴染みのホワイトボードが設置されている。そこに神達は神妙な面持ちで腰を下ろしている。
左から、創世神アブル、武の神ディグス、恋の神ルルン。
これらの神々は他の力の弱い神達の代表として出席している。ここまで来るには相当な力を使わなければならず、地方の小さい神々には来ることさえできないのだ。
「本当に奴は来るのか?」
最初に口を開いたのは、武の神ディグスだ。荒々しい髪で、体には鎧をつけており腰には剣をさしている。
「あぁ、来るじゃろうて。あんな事をしたんじゃ、ただで済むとは思っておらんはずじゃからのう」
「そうよ。本当、馬鹿な事をしたわよね。私、結構好みだったのよぉ」
ディグスの問いに答えたのは、アブルと恋の神ルルンだ。アブルは老人のような姿で白い髭を伸ばし、ルルンはロングストレートの赤髪を腰まで伸ばした、とても美しい容姿を持った女性だ。
「本当か? あの閻魔だぞ? 約束を守るとは到底思えんが」
「あやつとて、会議を欠席しした際重い罪が課せられるのは知っているはずじゃ。早々破るとは思えんよ」
「考えてみればそうだな」
神達が言っている罪とは、生涯別の生き物として生きなければいけない罪だ。例えばルアンの秘書として今働いている雀も、その罰を与えらた。
「それはそうと、本当になのアベル? ルアンちゃんが、あれを転生させたって……」
「あぁ、わしの使い魔である猿が確認したから間違いない」
「俺はまだ信じられねぇな。あいつは気にくわねぇ奴だが、根は腐っちゃいねぇいい奴だ」
「わしも知っておる。しかし、これは事実じゃ。受け止めよ」
「あぁ」
神達がそんな会話をしていると、廊下からコツコツと足音が聞こえてきた。
「来おったか」
アベルのその言葉とほぼ同時に入ってきたのは、肩に雀を乗せた若い少年姿の閻魔大王ルアンだ。ルアンは一回、座っている神達の顔を見てから、アベルの正面にある椅子へと腰を下ろした。
それを確認した神達はさっきまでの神妙な顔を真剣なものに変え、背筋を伸ばす。今から始まるのは、重大な会議なのだ。浮かれた気持ちではいられない。
「こんにちはアベルさんに、ディグスとルルン」
「あぁ」
「こんにちはルアンちゃん」
「ルアンよ。今は挨拶をしている場合ではない。お主も呼ばれた理由については分かっておるじゃろう」
「はい、分かっています」
今回、ルアンが会議に呼ばれた理由。それは八神蓮という少年を転生させた事だ。しかし、何故その少年を転生したというだけで会議が開かれたのか。
少なからず毎年、死者の中から数人転生者は出ている。それで毎回会議が開かれている訳ではない。その少年自体に問題があるのだ。
「単刀直入に言おう。何故、魔王と勇者の子である八神蓮を転生させたのじゃ?」
アベルは長い髭を撫でながら、ルアンに質問した。その顔は、真剣そのもので嘘は許さんという表情だ。
「……それは彼が前世の罪を、充分に償ったからです」
「ほう……」
ルアンは自分の思っている事を、正直にそのまま言った。ここで嘘をつくのは得策ではないと思ったからだ。それにアベルには、人の嘘を見抜く力がある。嘘をつくだけ無駄だ。
「アベルさんも知っての通り、彼は人をかばって死にました。それも見ず知らずの女性をです。僕はそれを見て確信しました。この人はもうあの頃の人物ではいと」
「しかしのぉ……」
「俺は気に入らねぇぞ! もしかしたらあいつはわざと人助けをして、死んだ可能性だってあるじゃねぇか!」
ディグスが声を張り上げ、そのでかい拳で机を叩く。額には血管が浮き出て、今にも弾けそうだ。
「それはないわよディグスちゃん。あれを転生させる時に、全ての記憶と魔力を奪った。ディグスちゃんもその場にいたでしょう?」
「う……。し、しかし!」
「やめんかディグス! お前の気持ちは分かるが今はそんな個人的な感情を出す時ではない! 分かったら座るのじゃ」
「……」
怒り狂うディグスをルルンとアベルが、落ち着かせ、椅子に座らせる。ルルンとアベルもディグスが怒っている理由を知っているので、そこに触れないよう対応した。
ディグスは昔、記憶と魔力をなくす前の蓮に自分の子供のように可愛がっていた弟子を殺された過去がある。それは残虐極まりないもので、無抵抗の弟子の腕や足を切り取り、ディグスの家の前に貼り付けるというものだった。
その時のディグスの様子は、荒れ狂う悪魔のようで、昔の蓮を八つ裂きにせんと自分の軍隊を派遣したほどだ。しかし、どこを探しても見つからず、やっと見つけた時は死んだ姿の蓮だったのだから、まだやるせない気持ちが残っているのだろう。
だからこそアベルは不思議だった。目の前にいるルアンという少年もその場にいたはずで、荒れ狂うディグスを目の当たりにしているはずだからである。
「ルアンよ、話を戻すぞ。お主のいいぶんは分かった。しかし、本当にそれだけの理由かの?」
アベルがルアンを嘘は許さんという目で見つめる。しかし、ルアンはその目をそらすことなくキッパリと言った。
「はい。そうです」
この言葉に嘘はない。
蓮の母親に頼まれたの少しながらあるが、実際に決め手になったのは、あの時の出来事がほとんどだ。
「どうアベルちゃん。ルアンちゃんは嘘をついてる?」
「……いや、ついておらんようじゃ」
「ほ、本当なのか!? アベルのじじい!」
「あぁ、本当じゃとも。……ルアン、お前の気持ちはよう分かった。特別に今回は不問という事にしよう」
「ありがとうございます」
ルアンはホッと胸を撫で下ろす。内心、ドキドキで胸がはち切れそうだった。これで一息つけると、そう思い席を立とうとした時アベルに釘を刺された。
「しかし、あやつに何かあった時はルアンお前に責任を取ってもらうからの?」
「はい。分かっています」
これはまた、死者を裁くとは別にストレスが溜まるなと思いながら、ルアンは肩に乗っている雀をひと撫でし、会議場を後にした。
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ある暗い部屋の中、ガタイのいい男が腰に刺している剣を撫で、気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
「ヒヒッ……。やっとだ……、やっと復讐することができる」
その男は、その言葉を何度も繰り返すのだった。