01 妄想男の最期
前回書いていた小説の内容を、少し変えたものです。これからはこちらを書いていきます。
ポツポツと雨が降る中、俺は激しい痛みに耐えながら、美女の胸に抱かれている。本当ならこんな凄い状況、妄想せずにはいられないんだけど、痛みが酷すぎて集中出来ない。
「おいおい……マジかよ」
「こ、こいつが悪いんだ! 俺に反抗してきたりするから!」
「あ? 意味わかんねぇ事言ってんじゃねぇ! 人を刺したんだぞお前!」
この三人組はさっき、俺を抱いている美女をレイプしようとしたDQNだ。
俺は漫画の最新刊を買うため、本屋に向かっていた。その時、通過しようとしていた路地裏から悲鳴が聞こえ、何事かと思い見てみると、男たちの中に必死に抵抗する美女が見えたのだ。
それで何を思ったのか、身体が勝手に動き美女を助けようとDQNにひと蹴りをかました。そして、逆ギレしてきたDQNの一人にナイフで腹をひとつき。で、今の状況に至る。なんか思い返してみるとスゲー情けない。
かっこよく登場して、悪い奴らから美女を助けるなんて事、俺には似合わないらしい。自分の無力さを思い知ったよ。
「こ……こんなに血が。私の為に……、し、死なないで下さい!」
美女が俺の傷口を手で押さえながら、涙なのか鼻水なのか、ごちゃ混ぜになったもので顔をグチャグチャにしている。折角、助けたのにそんな顔しないでほしいな。
実際、自分でも助からない様な気がするが、もし俺が死んだとしてもこの美女になんの関係もない。ただの他人が気まぐれで助けただけだ。
「大丈夫……。死なないから」
一応、気休めで言っておく。
正直、もう意識が朦朧としてきて、視界がぼやけてきている。頭は痛し、妙に身体が痺れるような感覚がある。
このままじゃ完璧に死ぬだろう。しかし、それもいいかもしれない。この世界にいても楽しい事なんてないし、悲しむ家族もいない。親父は不倫して小さい頃に出て行ったし、ここまで育ててくれた母ちゃんも先月に亡くなった。大学では基本ボッチだし、青春なんてないしね。
そんな事を思っていると、ふいに身体から軽くなった。さっきまであった激しい痛みもない。もしかして、これが死ぬ瞬間というものだろか。暖かい羽毛布団に包まれている感じで、とても心地いい。
ふわぁ〜、なんか凄く眠たい。こういう場合、寝てはいけないのが鉄則だがこの眠気には勝てそうにない。
あの世で、母ちゃんに会えるだろか。生きてるときはここまで育ててくれたお礼を言えなかったから、今度はしっかりと伝えたい。
ここまで育ててくれてありがとう、と。
そうして俺は意識を手放した。
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「君! いい加減起きないか!」
「へ!?」
俺は一面真っ暗な空間の中で、目を覚ました。どこを見渡しても黒、黒、黒、黒。真っ黒だ。
「やっと起きた……。どれだけ寝れば気が済むんだい君は」
声がする方を見ると、赤い帽子を被り、赤い服を着て手にシャクを持った金髪の男の子が呆れた表情で立っていた。
「……誰?」
「はぁ……。この姿を見て気がつかないのかい? 閻魔大王だよ」
閻魔大王ってあの閻魔大王か? 俺のイメージだと、いつも鬼のような形相をして怒っているみたいな感じなんだが、目の前の少年とは似ても似つかないぞ。
「本当か?」
「本当だとも。顔を見るに信じられないようだけど」
「あぁ、想像と違いすぎてな」
「想像ってのはあれかい? 鬼みたいな顔をした姿かい? あれは昔のへっぽこ絵師が描いたものだ。本気にしないでほしいね」
なんか偉そうな雰囲気の閻魔大王だな。
「で、そんな閻魔大王様が俺になんの用だよ。天国行きか地獄行きか決めるのか?」
「いや、違う」
「じゃあ、なんだよ」
閻魔大王の仕事ってそれしか無いんじゃないのか? あ、生きてる時の知識は当てにならないか。絵の事もあるし。
「僕が君の魂を呼んだのは、転生させる為さ」
「はぁ?」
「僕は君の死ぬ前の行動に感動してね。ご褒美をあげようと思ったんだよ」
ご褒美って、俺と同じような行動をする人なんて腐るほどいると思うが。例えば消防士とか警察官。あの人たちは、命を賭けて沢山の人を助けてる。
それに比べて俺はなんだ。毎日ぐうたらして、周りのように必死に努力するわけでもない。あれだってそうだ、ただ気まぐれに相手が美女だったから助けただけだ。不細工だったら助けた保証はない。そんな俺にご褒美をくれるなんて、それこそ警察官や消防士の仕事で死んだ人に与えるべきだ。
そう言うと閻魔大王は笑った。
「ププ……。だからだよ、だから僕はきみにご褒美をあげようと思ったんだ」
「お前、話聞いてたか?」
「聞いていたとも。警察官や消防士、もっと挙げるとすれば恋人同士だったらその理屈は通るだろうね。大切な何かを守るためだから。でも、君は見ず知らずの、それも危険がある事を承知で人助けをしたんだ。そこに僕は興味を惹かれたんだよ」
「……」
「それにこれは君のお母さんの頼みでもあるんだ」
「母ちゃんの!?」
そんな事、聞いてないぞ。まぁ、当然か俺より先に死んだのだから。
「あぁ、君のお母さんは後悔をしていたよ。私は仕事、仕事で君に構ってあげる時間がなかった。こんなお母さんでゴメンねと」
「そんな……」
そりゃあ俺だって母ちゃんがいなくて、寂しい時があった。でも、俺はそれをいいことにやりたい放題だった。欲しいものがあれば、おねだりして、家計が厳しい事を知っていたのにそれが母ちゃんの役目だと思っていた。
今となっては本当に馬鹿な子供だったと思う。高校生でバイトを始めて、こんなに仕事は大変なものだと知った時、これより大変な仕事をしているはずの母ちゃんは苦しい顔一つ見せず笑っていた。謝るべきは俺の方なのに、そうする前にあの世に行ってしまった。
「それであんな世界よりも良い世界へ転生させてほしいと頼んできたんだよ」
「……」
「僕も最初は少し考えておくぐらいにしよかなと思ったんだけどね、君を見て気が変わったんだよ」
だから、閻魔大王直々に俺の前に現れたってわけか。
「それで俺はどんな世界に転生されるんだ?」
「え? あぁ、そうだったね。君が転生するのは科学より魔法が信じられている世界さ」
「魔法ねぇ」
「なんだいその顔は。不満でもあるのかい?」
「いや、別にないけど」
「なら、いいんだ。次に説明に入るけどちゃんと聞いといてくれよ。一回しか言わないからね」
「分かった」
それから俺が転生する世界の説明が始まった。閻魔大王が言った通り、魔法の世界らしく日常的に魔法が使われており、生活の一部になっている。食べ物や日用品に至るまで、様々な魔法が使われているという。
大陸の形としては地球とほぼ同じで、大陸ごとに其々違う王様が統治している。ちなみにユーラシア大陸ならぬ、クーラシア大陸に俺は転生させられるらしい。この大陸の王と貴族は自己中心的なので気をつけるようにとも言われた。
そして、ここで家の中に転生するか、森の中に転生するかを選ばされたのだが、勿論俺は前者を選んだ。森の中なんて、迷うに決まっているからな。だったらロマンよりも安全な方を選ぶ。まぁ、その答えを聞いて閻魔大王はガックリしてたけど。
「ーーで、次の説明が最後で一番大切なんだけど転生する前に、君の脳に直接、魔法やその世界のあらゆる知識をすべて送る」
「なんでそれが一番大切なんだよ」
「これにはリスクがあるんだ。知識、魔法に関しては膨大な量になる。これを全て一括で、与えるとなると脳が耐えきれない可能生がある」
「……耐えきれなかったらどうなるんだ?」
「転生した瞬間、脳が爆発する」
「!?」
「もっと簡単に言うと廃人になってしまうんだ。だから最後に君に問おうと思う。君は転生したいかい? したくないかい?」
「……したい」
せっかく母ちゃんが与えてくれた俺の甘ったれた人生をやり直すチャンスなんだ。無駄にしたくない。それでもし、廃人になったとしても後悔はない。
「分かったよ。じゃあ、今から準備に入る。それが終わったら直ぐに転生だから、覚悟しておくように」
そう言うと閻魔大王は奥の暗闇の方へと消えていき、それとすれ違うように奥の方から小さい茶色い鳥が飛んできた。小さい羽を一生懸命羽ばたかせながら、こっちの方へ来て俺の頭の上に乗った。
『警戒しなくてもいい。それは僕の秘書兼雀だ。彼に君の脳の準備をしてもらう』
この俺の頭をくちばしでツンツン叩いてる小さい雀が秘書? なんかあり得ないような話だな。しかし、ここは死後の世界。そういうのもアリなのかもしれない。
『あと、これで僕が君と話すのは最後になる。君の人生がいいものになるよう密かに願っているよ。では……』
そう言うと耳に聞こえていた閻魔大王の声は無くなり、次の瞬間には頭に激痛が走った。トンカチで何回も叩かれているような、そんな感じだ。原因は予想がつくが、耐えなければならない。
どれ位その痛みは続いただろうか。一瞬、意識が遠くなるほどの時間は経ったと思う。そして、痛みがなくなると共に頭の上にいた雀はどこかへ飛び立っていった。
その後、身体が淡い水色に輝き始めた。目が痛くなるほどの眩しい光。これが転生する瞬間というものなのだろう。俺はその光を目に焼き付けながら、転生する事になる魔法の世界への妄想を膨らませた。