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ひと夏限りの怪奇劇 ~交差する彼等の物語~  作者: 月詠学園文芸部
別れの時
46/49

11-1 全ての為

Remember

英単語。その意味は「覚えている」「忘れない」

素敵な言葉だと常々思っている

出会えた仲間《member》と繰り返し会える日を待つ。

もう一度仲間となることを願った言葉のような気がするんだ

Re.member


 朝陽の上る少し前。

 立鳥あと濁さずという言葉にならって、俺たちSVTは帰宅に向けた準備を始めている。

 散らばった粗大ごみの破片を集めて、バスに詰め込む。

 酸素ボンベの個数も全部確認して、油圧ショベルのキーも管理棟に返してきた。

 ジムニーは持って帰るわけにもいかないため、キャンプ場の駐車場に置いといた。あれは妖怪たちにあげよう。

「赤木。こっちはOKだ」

 粗大ごみの処理を終えた五十嵐が声をかけてくる。

 その声音は、どこか寂しげだ。俺もそれに気づけるくらい思うことがある。

「お疲れさん……。四ツ谷君たちや空也さんとももう別れか……」

 今日は地元に帰らねばならない。

 留守番をしていた後輩たちが目をまわしているらしいからな。

「半分怪奇の七不思議たちや、陰陽師の空也さん……俺たちが過ごした日々は夢か何かだったのか?」

「夢だったとしてもお前は仲間想いで、護り抜いたんだ」

「お前がそんなこと言う日が来るなんてな……五十嵐と言えばバカ暴力だったんじゃないのか?」

「るっせえよ。んなことより、次はどうする?」

 俺たちが次にすべきこと。

 いや、これは俺たちが最後にすべきことなんだ。

 空也さんたちと別れる前に何をするべきなのか。

「清盛寺へ行こう。参拝してから帰ろう」

 昨日修繕したあの寺の名は、清盛寺と言うらしかった。後から空也さんに教えてもらったが、正直名前なんかどうでもいい。



 SVTメンバーを集めて朝霧の立ち込める森へと踏み込む。

 濡れた森の匂いが香る。桧の香りが強く、水蒸気に混ざったそれは肺に清々しい酸素多目の空気を渡す。

 濡れて滑りやすくなった地面に気を付けつつ勾配を登り詰める。

 やがて見える開けた土地。

「……」

 誰もなにも喋りはしない。

 霞に隠された妖寺があらわる。

 境内に入ると、小石が奏でる小さな音が閑散とした山奥に広がる。

 歩みを進めて、石畳の上を歩いていくと、灯籠のならぶその先に、本殿が見えた。

「よくやったもんだよな」

「しーくんらしいよ。寺を直すだなんて」

「俺がいなくても、お前らも同じことをやってたんじゃないか?」

 SVTに所属する人間はみな、破壊された建築物を見たら直すことを考えるだろう。俺だけじゃないはず。

「いや……ね? 確かにわたしとマイちゃんは機械を使える。カナちゃんは乗り物をうまく操縦するし、シュン君は力持ち。確かに直すことは考えるよ」

「ですが、実際にそれを一日で、瞬時に計画を決めて妖怪たちすらも指揮下に入れて寺院の修繕を成し遂げるなんて、わたしたちにはできません。隊長だけがなし得ることでしょう」

 珍しく鎌月が俺を誉めている……!?

 いったいどういう風の吹きまわしだ。

「赤木くんだから成功へ導けた。わたしはそう思っています」

「僕も、赤木さんだからこそSVTは成功できると思います」


 誉めてもなにもでないっての。


「剣士の少年。いや、赤木導。何をしにきた?」

 霧の中から黒の和服を来た人影が、声をかけながら現れた。

「犬神か……寺の出来映えを明るくなってから確認したかったのと、お前らに別れを伝えにな。ところでなんで俺の名を?」

「土蜘蛛の阿呆から聞いただけだ」

 土蜘蛛か……。

「まあいいか……。寺の方はちゃんと直ってるみたいだな」

「お陰さまだ」

 犬神が目を細めて寺を見つめると同時、一気に辺りの霧が晴れ渡る。

 太陽の光がたどり着いたようだ。

「この通り。見事だろう?」

 文句はない。いい出来映えだろう。

 世界には破壊と創造があり、そのどちらも多大なエネルギーを必要とする。

 だから、創造したものが破壊へと向かうのを抑制し、延命する。修繕と言う行為がある。

 この寺が何年後に壊れるかはわからない。

 だけど、しばらくもってほしいな。

「赤木導。昨日はご苦労だった」

 黒い翼を羽ばたかせ、鴉天狗が目の前に降りてきた。

 腰元には倶利伽羅剣がぶら下がっていて、手には本が握られている。

「そっちは今が忙しそうだな鴉」

 鴉天狗は不動明王が統治していた妖怪たちをもう一度まとめあげて、秩序のある妖怪の生活を取り戻そうとしている。

 百鬼夜行らも加わった。それを除いても現在、日本国内には数多くの妖怪がいる。

 それだけの妖怪の頂点に立つなど、大変なことだろう。

「犬神や雪女もいる。不動様と親しくしていた身だ。なんとかやってみせる」

 政府みたいになるのかね。

 土蜘蛛は国土交通省かな。

「頑張れよ」

「ああ、そうだ。赤木よ、四ツ谷が面白いものを渡してきたぞ」

 鴉天狗が思い出したように腰元に吊り下げられた剣を剣帯を外して見せてくる。

「友情を封じ込める紐らしい。妖怪と人間が争わないように。私たちといつまでも繋がっているように。そして恐らく、君たちとの友情に関しても考えられていただろう」

 封印紐か……。確か倶利伽羅剣の封印を直すために持ってきたものたったんだっけな。

 非科学的だな……。

「論理的じゃないな。たかだか一本の紐で友情が保たれるなんて……」

 抜刀。友護の切っ先で紐を切りおと――さない。

 その紐の間際、寸止めをした。

「この紐は切れないな。俺たちSVTも、お前らのことは忘れない。聞いたぞ。お前らの力は知名度とほぼ比例するんだってな。それなのに人知れず山奥に住んでるんじゃ衰弱するだろ? だから俺らは、この命尽きるまで忘れない。そして死を感じたその時に、お前らのことを他言して逝く」

 友護を鞘に納め、代わりにポケットの中に手を突っ込んで封印紐を取り出す。

 四ツ谷君がくれたものだ。

「円陣」

 SVTの慣れた動き。円陣を即座に組む。

 互いの肩には腕を回さず、それぞれの顔色を確認する。

 全員の眼差しを見てから、俺は封印紐を握りしめた右手を前につきだす。

 やることを理解した鎌月が黙って俺の拳の上に掌をのせる。

 一人ずつ、六人の掌が俺の拳の上にかざされた。

「出逢いは必ず別れを生む。必然の存在だ」

 当たり前のこと。悲しくて、認めたくないけど、別れは必ずやって来る。いつかはな。

「だが、全ての事象は全てのためになるんだ。出逢いがあるからこそ人は共存の難しさを知り、それをなし得たときの喜びを知り、砕けたときの悲しさを知り、直せなかったときのむなしさを知る。そうして出逢いが作り出した別れにより、人は寂しさを知り、強くなる」

 全ての事柄は意味のあるもの。

「……この出逢いも、別れも、全てが全ての為になる」

「「All For All」」

 思いを込めた言葉。

 カオス理論、バタフライ効果のように。

 この世界の事象はどこかずっと先で強く影響してくるんだ。

 今は別れを惜しみ、だけど受け入れて、生きて行こう。

「……全員。想いは込めたな?」

 その全員の心のこもった、永久の友情を願う紐を鴉天狗に渡した。

「どうか、空也さんや四ツ谷君たちとの友情が壊れないように。この紐を預かっててくれ」

「四ツ谷と同じことを言うのか。良いだろう。一本よりも二本の紐の方がかたく結ばれることだろう」

 俺の掌から温もりを込めた紐を鴉天狗が倶利伽羅剣に結びつける。

 この暑い夏に、一つ最高の宝物を手にいれたな。





 セミがうるさいキャンプ場で、俺たちは管理人さんに挨拶をして、自分達のテントをたたんで荷物も準備した。

 全てをバスに詰め込んで、いよいよ立ち去ろうとしている。

 短いようで長いような、一週間あまりを過ごした。

「また会おうねー!」

「うん! きっと会えるよね!」

「会えなくても、繋がっています」

 葉城、鎌月が紫乃坂さんと別れを惜しむ会話を交わしている。

「これ……きっと役に立つから持っていってよ!」

「え? いいの?」

「どうせすぐ作れます」

 紫乃坂さんに、何かをプレゼントしたようだ。

 少し気になって遠目で眺めてみるとそれは……。

 チェーンソーだな……。

 改造チェーンソーだけど、まあ、思い出ならいいんじゃないかな?紫乃坂さんもたった数日でチェーンソーには大分慣れてたし。

「また会えるといいですね」

「会える。きっと」

「この世界は繋がっているんだ。同じランニングコース。いつかまた会うだろうと思うよ」

 裏寡と柳さん、笹織君が言葉を交わす。イケメンらしいかっこいい例えだと思う。

 少し視界をはずすと、杉原さんと多々野さんが五十嵐に鴉天狗の一件について謝罪(言及)をしていた。

 ……鴉天狗を脱がしていた柳さんと紫乃坂さんなんだけど、五十嵐はそれを止めれなかったとのことで多々野さんから「危険でしょ!」と怒られている。

 それに対して五十嵐も「もう終わったことだろ!」とか「妖怪でも見たらまずいだろ!」とか言い訳を連発。

 別れの惜しみの欠片もなさそうだ。

 水爪と須木塚君。鷹見君は日陰で言葉を交わしている。

 それぞれが、迫る別れに急かされるように、話しているみたいだな。


「もう行ってしまうんですね。赤木さん」

「俺たちがここに来た理由はキャンプ場のボランティアだったからな。それらが終わって、地元から帰ってくるように言われてる今、いつまでも居残るわけにはいかない」

 四ツ谷君との別れは寂しいな。これだけ仲間から信頼されている人間。しかも特異な環境に生きる者は珍しいからな。

 願わくは、また会える日が来るといいな。

「赤木くん。達者でな」

「お元気で」

 空也さんと黎ちゃんも俺に声をかけてきた。

 結局最後まで正体はわからずじまい。俺たちの知らないことを知っていて、俺らとは異なる存在なんだろう。

 だが、一応は味方だったみたいだし、万々歳。

「空也さんも黎ちゃんも。また会おう」

 そんときは口が滑るまで話聞きまくってやるぜ。

「SVTの皆には感謝しているよ。ありがとう赤木くん」

 零奈さんも声をかけてきた。

 この人もこの人で、最後まで奥の見えない人だ。

「俺がやったことなんて、薪割りとヤマメを捌いたくらいなもんですよ」

「君は本当に面白い人だね」

 バーベキューの時に言われた言葉と同じものか。

「あなたこそ。とても面白い人です」

 もう傷だらけでボロボロの右手を差し出して、握手を求める。

 零奈さんははにかみながらそれに応じてくれた。

 四ツ谷君を頼みます。そう心で呟いて、交わした握手を緩めた。


 ブルルルル。ブルルルル。

 ふと胸ポケットに入れたケータイが振動していたのに気づき、取り出して見てみる。

 通話……。

「はい、もし――」

『ちょっと!? 赤木先輩!? いつまでキャンプいってるんですか! 昨日言ったじゃないですかこっちは危険なんだって! 五十嵐先輩から聞いてませんか? どうなんですかねえ!? 今どこに居るんですか』

 ……。

 プツッ。

 通話を切って胸ポケットに戻す。

 ああ……可愛い後輩が怒っているようだな。

「よし! 出発するぞ! 乗れ乗れ!」

 SVTメンバーに乗車を促す。

「四ツ谷君。君と過ごせた一週間はすごく楽しかったよ。またいつか、会える日があることを願っている。その日まで君の大切な仲間を護り抜いてくれ」

「僕も、薪割りとかバーベキューとか楽しかったです。また会いましょう」

 どちらからと言うことなく、二人同時に手をさしのべた。

 互いの手を握りしめ、蝉時雨を吸い込む晴天の空へ昂る想いものぼってゆく。

 別れがあるから、仲間を大切にするんだ。


 いつかまた仲間として過ごす日が来るまで。

 Remember(忘れない)

長いような短いような物語は幕を閉じる

2013年四月より始動、5月くらいから執筆、9月より投稿を始めました

年を明け、我々月詠学園文芸部が部員一同一丸となって共に歩み、共に作り上げてきたこの小説も終わりを迎えます

ここまで御愛読頂きました読者の皆様には、お礼を申し上げます

つきましては、残り二人、蒼峰先生と久露埜先生の最終話、最後のまとめまでお付き合いいただけると、幸いです


僕が紡いだ文字、文章はこの回で終了です

またどこかでお目にかかることができたら嬉しいです!


蒼峰先生バトンパス!

僕よりも暑苦しい最終話を決めてやれ!


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