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ひと夏限りの怪奇劇 ~交差する彼等の物語~  作者: 月詠学園文芸部
最終戦 百鬼の王
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9-4 吹キ荒ブ響風

ついに、千年近くに渡るぬらりひょんと不動明王の仲間たちの因縁に決着! ――かに見えたが、ぬらりひょんの執着は終わらない……!

 激しい息遣いが、ボロボロに崩れた境内に聞こえる。戒都は確かに、ぬらりひょんに向けて渾身の一撃をぶつけた。懐を深く、真一文字に斬りつけられた老人は、衝撃と共に若干吹き飛ばされ、うつ伏せに倒れていた。

 戒都の息切れは収まらない。暫くして、その背中に出現していた妖怪の力……鴉天狗の、黒い翼が散る。元々、戒都は七不思議の統括者ではあるが、今はほぼ生身の人間と遜色ない。妖怪の力を体に宿した上、翼による超加速。彼の体には多大な負荷が掛かっており、倶利伽羅剣を杖代わりにしながらも、その場に膝をついた。


「……っ、戒都さん!」

「戒都!」


 七不思議の仲間たちは、誰が先ともなく力を使い果たした戒都に駆け寄った。夏織と儀人は、戒都の両脇から彼を支える。

 勝った。彼らは、四ツ谷戒都の安否の確認が取れると、徐々にその表情は明るくなっていく。――千年の悲願。不動明王と、その仲間の無念を晴らし……そして、測らずも彼らは世界を救った。


 かに見えた。


「お――――おオォおォオおオぉおオオオ!!」


 どす黒い血を辺りに散らしながら、災厄が立ち上がった。足元はおぼつかず、真一文字に斬られた傷からは黒い血が溢れ出してくる。

 それでも、ぬらりひょんはまだ生きていた。そして、敵意の籠もった眼差しで彼らを睨みつけ、刀を構える。


「そんな……!」


 戒都は立ち上がろうとするも、力が入らない。がしゃどくろの力は、肉体的な損害は回復できても霊力までは回復しきれない。七不思議の統率者とはいえ、大妖怪の力を連続で行使しては、さすがにそう簡単に回復しない。

 戦闘員はもはやいない。そう判断するやいなや、ぬらりひょんは口元を不気味に歪め、力尽きた戒都に走り寄る。手負いといえどその力量は健在のようで、一瞬にしてその眼前まで距離を詰めて刀を振り上げた。


「ふはははははは、はぁぁああぁ!」


 だが、迫る影を感じてぬらりひょんは咄嗟に背後に飛び退いた。見ると、そこには友護を抜き放ち、真っ直ぐに向ける赤木導の姿があった。忌々しげに、老人は歯噛みする。


「ゴミ共! 儂の命令だ。供物を持って参れ!」


 辺りに喚き散らすと、傷口からさらに血が滴り落ちる。妖怪たちは、誰もが前に出ることができずにいた。痺れを切らしたぬらりひょんは、間近にいた狢の妖怪を斬り殺す。


「ぐ、ぐぐぐひひヒヒひヒヒヒひひはははははは!」


 ぬらりひょんは執拗に狢の死体を刀で嬲ると、刀身に付着した肉片を喰らい始めた……。すると、徐々に腹の傷が塞がっていくのが分かる。

 すぐに止めようと、赤木はぬらりひょんに再び刀を振るった。だが、既に体力は回復したのだろうか。人間離れした反応速度で受け止められてしまった。そのまま押し返される。


「くっ……」

「くくヒヒヒ、学のない貴様らに教えてやろう」


 不気味に笑いながら、さらにぬらりひょんは辺りの妖怪を殺して喰らう。


「剣の力で雑魚をいくらか潰したようだが……そんな物、なんの足しにもならんということを……」

「何……!?」

「目を見開いてよく見るがいい。これが――――」


 ぬらりひょんが両手を天に掲げる。……闇の中から一つ、二つ、数え切れない敵意の眼差し。寺の中に、森の中に、そして森の外、キャンプ場に。全てを黒く塗りつぶす、無数の影がそこにはあった。


「百鬼夜行だ」


 あまりにも数が多すぎる。一体一体の力こそ少なくとも、見渡す限りに満たされる妖怪の姿。闇に紛れ、夜に隠れ、あらゆる妖怪がそこにいた。


「儂がこの千年近く、何もせず寺の前に立っていたとでも思っておったか? 甘い! 百鬼夜行はここまで膨れ上がったのだ!」

「……こんな、馬鹿な……」


 あの時仕留めきれていれば、この危機は訪れなかったかもしれないのに――戒都は後悔とともに、震える己の右手を睨んだ。太刀打ちを……何か、打開策を考えなければならない。

 ……打開? どうやって?


「ふふふふふ、ははははは! いかに抗おうと無駄なのだ! 儂は妖怪の総大将にして、この世を統べる者、ぬらりひょん! ははははははは……神は儂に! この世を統べる力と権利を与えたのだ!」


 得意げな、ぬらりひょんの高笑いが響く。……負けた。もはや、この数の妖怪を倒すことなどできない。玉藻は力を封じられ、倶利伽羅剣を使える者はいない。このまま自我なき化物となって人々を襲い、殺すか、或いはここで玉砕するか。どちらにせよ、SVTはここで死に、七不思議の人間としての心もここで死ぬしかない……。


 かに見えた。


「そいつは違うな」


 ふいに、百鬼夜行の一角が崩壊した。黒く覆われていた妖怪の壁は倒され、それぞれがどこかに深刻な切り傷を喰らい呻いている。何かに切りつけられたようだが、その犯人は見当たらない。

 そして次は東の一角が崩れた。まるでその一帯が爆撃でもされたように、例外なく妖怪が散っている。ぬらりひょんはおろか、当事者である彼らすら何が起きたか把握できずに狼狽している中……零奈は、口元に微笑を浮かべた。


「何だ!? 何が起きている!」


 そして、ついに影は姿を現す。ぬらりひょんの眼前に、唐突に現れたその人影は返り血に塗れていた。だがその赤みがかった黒い瞳は猟奇的快楽などではなく、ただ目の前の妖怪に対して小馬鹿にしたような視線を送っていた……。


「ようぬらりひょん、会えてとっても嬉しいぜ」

「く――空也さん!?」

「陰陽師の小僧……! 貴様……!」


 戒都の声に応え、空也は余裕の表情でぬらりひょんに背を向ける。


「やぁ諸君! お疲れ様! 少しばかり遅くなったかな?」

「遅すぎですよ……! 今まで一体どこに?」

「ああ悪いな、ちょっと調べ事してたんだ。とんでもない取り越し苦労だったがな」

「……貴様」


 ぬらりひょんは額に青筋を浮かべ、刀を握る手に力を込める。そして、八割方回復した体力で、背を向ける空也に斬りかかった。


「空也さん、危な――――」

「空気の読めんじじいは嫌いだ」


 だが、空也は振り返りざまに片腕で刀を受け止めた。空気抵抗を極限まで一点で研ぎ澄まし、硬化させて鋼すら受け止める……そんなことを見抜けるものはここにはいなかったが。

 ぬらりひょんもその例に漏れず、驚愕と共に刀を引き再度振り下ろす。次々に繰り出される斬撃、だが全て空也は片腕で受け止めている。


「な……な、何が起きている……!? 貴様、一体……!」

「だから陰陽師だって言ってんだろしつこいな!」


 ぬらりひょんの刀を弾き、その胸椎に掌底を叩き込む。その衝撃は背後の巨木にぶつかってもなお消えず、根を残したまま前に倒れてきた。折れた木の幹が自分の上に降ってくるのを、すぐさま横に転んで回避する。だが、胸と背に食らった痛みと衝撃は消えない。


「この一週間足らずでその質問何回目だよ! 悟り開きそうだわ」

「ぐ、ぐおおっ……おのれ! 貴様ら、殺れ! 肉片も残さず叩き潰せぇッ!」


 ぬらりひょんが放つ妖気とともに、一斉に妖怪たちが空也に迫ってくる。それは高密度の波であり、そして殺意の塊であった。そんな殺気を物ともせず、涼しげな表情で、だが激しく腕を天に突き出した。

 瞬間、天を覆っていた厚い雲に穴が開き、風に流されて消えていく。青い空に太陽が覗き、百鬼夜行を照らし出した。


「ええい、何をしている! かかれ!」


 ぬらりひょんに言われるがままに、停止していた百鬼夜行が動き出す。だが、もはや全ては無駄な事だ。


「斬!」


 不可視の刃によって、次々に辺りの妖怪が切り伏せられる。どんな生物の形をしていようと、積み上げてきた経験から空也は全てに致命傷足り得る一撃を食らわせていく。

 己は一歩も動かないまま、ただ右腕を目の前に突き出して風を制御するのみ。気流で真空波……いわゆるかまいたちを無数に巻き起こし、目視可能な範囲でも、そうでなくとも例外なく妖怪は切り裂かれていく。

 上空から見れば、山全体を巨大な竜巻が包んでいるように見えたのだろう。木や建造物の類には極力傷を付けず、妖怪だけに致命傷を与えて無力化する。


 ――――そう、そして。気付けば残ったのは、ずっと目の前にいたぬらりひょんだけとなった。老人は、ただ今起きた事態が把握できず、わなわなと怒りと絶望に打ちひしがれていた。


「最後はお前だ」

「ひっ! ……こ、こんな……馬鹿なことが!? ありえない! おのれ、役に立たんゴミめらめ!」

「八つ当たりは良くないな。全部お前の力が足りないから悪いんだよ。という訳で……仕事の時間を大幅に延ばしてくれたお前に、八つ当たりでもしようか」


 などと、百八十度違う発言を繰り出しながら、地面に落ちていた倶利伽羅剣を拾い上げる。再び空也が目を逸らしたのを見て、ぬらりひょんは再び斬りかかった。……だが。


「出ろ!」


 不意に向けられた刀から、まさしく電車のような勢いで、電車のように巨大な蟒蛇が姿を現した。正面から弾き飛ばされ、ぬらりひょんの体は宙を舞った。なんとか受け身を取るものの、刀は取り落としてしまった。何より、肉体へのダメージが相当に大きい。


「ぐくっ!」

「へへっ、ざまぁみろ〜!」


 さらに、剣から二体の妖怪が飛び出す。その勢いのまま黒い和服を翻して、犬神はぬらりひょんの着地点に向けて黒い呪詛のオーラで怨敵の体を打ち上げる。

 剣から出たと同時に空中に打ち出されたもう一つの影。巨大なその影、土蜘蛛は、両拳を組みハンマーフックを振り下ろす。打ち上げられていた慣性によって押さえつけられ、巨大な拳による攻撃は更に威力を増し、叩きつけられた先の地面に小規模なクレーターを生み出した。


「うウ……おオオ……!」

「ちょっとオレらの事を舐めすぎてたようだなァ、クソジジイ!」

「ぬらりひょん……貴様はここで、欠片も残さず殺す!」

「お……のれ……! 有象無象、の、分際で……!」


 クレーターから這い出てきたぬらりひょんに、空也は更に刀を向ける。同時に三つ、全ての不動明王の仲間が外に出た。

 ふわり、と地に降り立った雪女は、まだ動こうとするぬらりひょんの足元を凍り付かせた。先程と違い、さんざん消費されたぬらりひょんの体力では振りほどけない。


「救いようがないわね。あなたは……」

「貴様ノ妄想ニナド付キ合ッテラレヌワ!」


 がしゃどくろはその巨大な腕でぬらりひょんを掴むと、至近距離から瘴気の霧を浴びせかけた。完全にぬらりひょんが身動きできなくなったのを確認し、鴉天狗に目配せする。

 目を閉じ、精神を集中させ。雪女によって渡された倶利伽羅剣を受け取り、空を蹴り、翼を羽ばたかせ加速する。


「決着は我らの手で。ぬらりひょん……ここで、潔く死ぬがいい!」

「ま……待て……」

「はああぁぁぁあああっ!」


 死の恐怖に怯えるぬらりひょん。だが、その体は瘴気によって動かず、命令ももはや間に合わない。烏天狗の剣が、その首に迫る――――


「はいちょっと待ったー」


 だが、その刃は両手で受け止められてしまった。ぬらりひょんやその仲間ではない、他ならぬ……先ほどまで協力していたはずの、空也が。

 鴉天狗は、白羽取りで受け止められた剣を抜こうと力を込めながら、鋭い瞳で邪魔者を睨みつける。それは、他の妖怪たちも例外ではない。


「何の真似だ、貴様……!?」

「まぁまぁ、一回冷静にな?」

「テメェ、邪魔するつもりか陰陽師……!」


 土蜘蛛から放たれた殺気から目を逸らし、鴉天狗から倶利伽羅剣を奪う。そして、それを戒都に投げつけた。なんとか刃に触れずに受け止めることができたが、明らかに危ないだろう、と苦情を込めた眼差しを空也に送る。


「最後は君が判断するべきだ」

「は……?」

「ぬらりひょんは悪逆非道の限りを尽くし、多くの妖怪の自由と命を奪い、不動明王の信頼を裏切って彼の命を奪い……まぁ救いようのない屑だ」


 だが、と空也は続ける。先程の圧倒的な戦闘の光景や、緊張感のかけらもない話し口、余裕溢れる立ち居振る舞い。それらのせいで完全に主導権を握られた一同は、黙って話を聞くほかなかった。


「命を奪い、断罪するか? それとも、ここで命だけは助けて封印するか?」

「何を言っている……! 殺すに決まっているだろう!」

「判断するのは勝者だ。お前たちは四ツ谷くんたちの協力がなければ、ここまで辿り着けなかった」


 そう言いながら、空也は動く事すらままならないぬらりひょんを戒都の前に引きずり出す。決断を迫るその瞳は、何を狙っているのか解らない。


「殺せ! 生かしておく価値はない!」

「フドウの野朗を殺したんだ。代償はこいつの命以外ねェ」


 殺せという言葉を聞けば、殺したほうが良いような気もしてくるし、


「……でも、ぬらりひょんを殺したって不動さまの命は戻らない……」

「正直ナ話、アマリニ封印ノ期間ガ長スギタ。千年前ノアノ時二知ッテイレバ、迷ワズ殺シテイタガナ」

「不動の顔、もうボヤーっとしか覚えてねぇな……」


 殺したところで何も解決しないというのも事実だ。


「さて、どうするね?」

「僕は……」


 怒りも憎しみも、悲しみも苦しみも。この事件とともに終結しようとしている。その締めは、彼の双肩に委ねられた。


「僕は、ぬらりひょんを封印する」

「!」

「……ハッ。甘ェな、オマエは」

「はは……でも、これが僕だからね」


 確かに、戒都は殺されかけた。不動明王の仲間たちをひどい目に遭わせたのも許せないし、無関係の妖怪を殺したのだって許せない。

 だが、殺さない。誰にだってきっと、更生のチャンスはあるはずだ。


「儂に情けをかけるつもりか?」

「そんなつもりはない。お前は、永遠に近い時間、暗闇でひとりぼっちだ。それも、お前が殺した不動明王の剣の中で」

「ふん……」


 ぬらりひょんはその場に膝をつき、下を見た。やるならやれ、と呟き、それきり何も発さない。

 倶利伽羅剣を、ぬらりひょんに振り下ろす。同時に、その体は魂となり、鞘の中に封印されていった。――――だが、ぬらりひょんは同時に、邪悪な思考を巡らせていた。

 やがて、封印は解ける。その時に奴らはもういない。例えどれだけ掛かろうと、いつか絶対に地上の支配者に……。





「終わった……のか?」

「ああ。実にあっけない幕切れだな」


 今度こそ緊張の糸が切れ、四ツ谷くんは深い溜息とともにその場に膝を付いた。だが戦いが残した傷跡は、実に痛々しい限りだ。まぁ、ほとんど俺がやったんだけどね〜!

 風圧に耐えきれなかった寺はボロボロで床や屋根が剥がれ、石畳はかねてよりボロボロだった。手加減したつもりだったがだいぶ木も倒れてしまったし、なにより大量の妖怪に致命傷を与えた。どいつもこいつも、死ぬのは時間の問題だな。

 人間は、いつだって戦いの中で進化してきた。だがその進化の代償がこれとはな……やれやれ、我々は実に非効率的で罪深い生き物だ。


「結局、何だったんだろうな……オレたちは、不動の奴を守れず、不動はオレたちを守ったつもりで、実際は守れてなかった」

「過去を振り返っても仕方がないわ……」

「アァ。ダガ、虚シイナ」


 そう。がしゃどくろの言った通り、辺りには勝利の喜びというよりも、虚しさだけが漂っていた。華々しい凱旋とは行かないのがこの世界。いつだって世界にはそれぞれの正義があり、それを否定することが争いだ。その否定と拒絶の先には虚無しかない。……だからこそ、昔は褒美や祝いで華々しい勝利を飾り立てて、その虚しさを消そうとしていたのだろう。

 だが、俺の仕事はここで終わりだ。あとの事をどうするかは、彼ら自身が決めること。


「だいぶ山が荒れてしまったな……」

「ま、こんな時こそ俺らが片付けてやらないとな!」

「ああ。こんな景観の山に来たいなんて人はいないだろうしな」

「ショベルはいつでも動かせますよ」

「細かいところはしーくんたちが頑張ってね!」

「おい……いくら俺でも過労死するぞ……」


 ふっ……後始末に関しては、あまり心配はなさそうだ。彼らのチームワークなら、この山の掃除程度簡単にこなせるはず。妖怪も、放っておけば土に溶けて龍脈にでも蓄積されるだろう。俺たちはそろそろ帰るとしよう――――。


「なぁ、玉藻。こいつら、治せないかな?」

「むぅ……いかに儂でも限度があるわい。こやつら全員の命を救うことはできん。せいぜい二割ってところじゃな」

「そうか……」


 すると、視界の端で四ツ谷くんは倒れる妖怪に歩み寄り、何やら紋章を光らせている。少しずつ妖怪の傷がふさがっているような気がするが、回復か?


「か、戒都! お主、あれだけ力を消費したのだぞ!? 少しは自愛せい!」

「カカカ、儂ノ骨デハ妖力マデハ癒センゾ。マァ、ドッチニセヨモウクレテヤランガ」

「口を砕かれたいか駄骨! それより戒都! お主……!」

「自殺するってわけじゃない。ただ、この争いで犠牲になる妖怪が、一匹でも減るべきだと思ってね」


 …………。


 …………。

 ………。


 あー、クソッ。帰ろうとしてたのに。


「黎、起きろ」

「ん……むぅ……なんか、かなり寝てたような……ふわぁ……」

「終わったぞ。一切合切」

「へぇ……って、えぇ!?」


 黎は辺りに広がる瀕死の妖怪たちに驚いたようだ。さて、あとは……と四ツ谷くんに歩み寄り、その手を掴んで止めさせる。四ツ谷くんは腑に落ちない表情だが、もはやほとんど体力はないようで俺の手を振りほどくことすらできずにいる。


「無茶をするな」

「でも……彼らは、何の罪も……!」

「大丈夫だ……。黎。起きて早々で悪いが、こいつらの回復頼めるか? 百鬼夜行の全妖怪だ」

「? はい、構いませんけど。でも、全員殺すんじゃ……」

「俺たちもたまにはアフターサービスしてやろうじゃないか。助けてやってくれ」

「まぁ、そういうことなら……分かりました」


 そう言うなり、黎は目を閉じ、何かを唱え始めた。不慣れな陰陽道などではなく、黎が本来得意とする神の魔法。あんまり民間人に見せるべきではないが、大盤振る舞いだ。本来そういったことに厳しい黎も、今回ばかりは同情したのか、あるいはただ寝ぼけているからか、使う気になったようだ。

 黎が荒れた石畳に手をつくと、そこから無数に、植物の根のように枝分かれする蒼白い光が流れていく。トクン、トクンと穏やかに脈打ち、そのたびに新たに光が走っていく。それはまるで、大地の血管のようだった。

 光の根は死を待つのみの妖怪に触れると、たちまちその傷を塞ぎ、意識を回復させた。暫くすると立ち上がる者もおり、そして自らに掛けられた服従の命令が解けていることに喜ぶ者もいる。


「やはり、お主ら……」

「んッんんっ! お静かに!」


 俺が玉藻の疑問を玉砕しているそんな傍ら、四ツ谷くんは次々に立ち上がっていく百鬼夜行の妖怪たちを見て嘆息していた。さて……


「百鬼夜行も回復――いや、もう百鬼夜行じゃないな。彼らも復活した。……良かったじゃないか。君が努力したからこその大団円だ」

「はは……僕は何もしてませんよ」

「君には不思議な魅力がある。黎が初対面で割りと懐いてたしな。

 ……俺はな、従わせるのと導くのはまるで違うと思うんだよ。従わせる者は仲間に何かを成させ、導く者は仲間と共に何かを成す。ぬらりひょんは従わせ、君は導く。どちらが正しい“統率者”の姿かは、火を見るよりも明らかだ。……胸を張っていい。この事件を解決に導いたのは君の力だ」


 ……あー、うん……何つーか、俺はこういうのは苦手だな。どうも本当に伝えたいことが余計な言葉に紛れてしまう。ま、端的に言うと『よく頑張ったな』って事なんだが……。四ツ谷くんは少し口角を上げ、


「なら、よかったです」


 そう言って、四ツ谷くんは地面に倒れた。何事だ――と一瞬焦ったが、暫くして寝息が聞こえてきた。……ふっ、なんてありがちな。



 さて。

 アフターケアついでに仕事をしようか。最後の、最後の仕上げをな。


「ウヒョー、ひでー有り様だゼ!」

「着実に進んでいく自然破壊ッ! 断じて許されぬ、まさに鬼畜の所業!」

「今の何? お笑いのネタ!? そうだろ!」

「ばれたかー」


 相も変わらずなんてうるさい奴らだ。少し耳を澄ますだけでどこにいるか分かったぞ。ピョンピョンと跳ね回る四体の提灯お化け……結局遅刻して百鬼夜行には参加していなかったようだ。

 奴らは俺を見つけると何やら口を開こうとする。だがそれよりも先に、距離を詰めて『倶利伽羅剣で斬りつけた』。斬られた四つの提灯の肉体は魂と同化し、鞘に収まった。予め、四ツ谷くんの力を俺に移して貰ったからこそできる技だ。さて、つまりぬらりひょんが封印された剣の中に、あの騒がしい提灯たちが入っていったということだ。


 孤独は心を狂わせる。どれだけ己の行動や思考が間違っていても、それを教えてくれる者もいなければ、咎めてくれる者もいない。どれだけ道理から外れても、それが正しいと信じて疑う他ないのだ。

 きっと、奴も孤独だった。だからこそ形だけの仲間を増やすことに執着していたのかもしれない。役に立たない奴らばかりなのは、その孤独を埋めるため。あるいは虚栄心の表れだ。

 きっと、これでぬらりひょんも少しは救われるだろう……。刀を鞘に収める。雲の切れ目から、眩しい太陽が覗いていた。





 ★☆★☆★☆





 暗闇。そして、その中に残されたのは聴覚のみ。その中には、魂だけが残されている。


「……しっかし、いきなり斬られるとは思っても見なかったゼ!」

「まぁでも、こうして再会できてよかったじゃねぇか!」

「手も足もないけどな!」

「もともとないだろ!」

「「「「はははははははははははは!」」」」


「……喧しいぞ。黙れ、愚図共」

「おやおや、旦那じゃねぇすか!」

「旦那もこんなとこにぶち込まれちまったんすか!」

「うんうん、気持ちはわかるぜ旦那。不安だろう、寂しいだろう!」

「でもオレたちがいるからには安心だゼ! そうさ、オレたち!」

「「「「提灯フォー!」」」」

「『黙れ』!」


「…………」

「…………」

「……プッ、旦那ァ! 能力は肉体に宿るって聞いたことないかい!?」

「失敗は誰にでもあるサ! 気にするなヨ!」

「うるさい、黙れと言っているだろうが!」

「そんな旦那にお送りしよう、オレたち提灯フォーの新曲!」

「やっちまうか! やっちまうか!」

「歌うな。いいから黙れ、黙ってくれ……!」


「どんな闇に在ろうとも♪」

「心の灯火は消えないぜ♪」

「君の涙を乾かすために♪」

「いつだって炎は灯すぜ♪」

「そうさ!」

「オレたち!」

「提灯フォー!」

「いつでも心は側にある♪」


「これが……一体いつまで続くんだ……!? ……やめろ、歌うなと言っているだろうがあああああっ!」


「オレたちの灯り」song by 提灯フォー

CD発売に先駆け、着うたフルで650¥で配信中!

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