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ひと夏限りの怪奇劇 ~交差する彼等の物語~  作者: 月詠学園文芸部
最終戦 百鬼の王
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9-1 吹キ荒ブ凶風

日本では、2001年以降からパソコン本体価格の低価格化・導入の費用コストの低減、規制緩和によるADSLモデム売切り制導入の開始、電気通信事業者のみ取付工事が許されていたモデム取り付けが個人による設置が可能になったことで煩雑さが解消され、インターネット常時接続(ADSL)を定額料金で利用できる環境が整い普及した。これらの要素により漫画喫茶の付属設備のひとつとしてインターネットが利用できるパソコンの導入が進められた。


自宅にパソコンを所有しない(あるいは故障中などで使用できない場合)、あるいはネット常時接続環境を導入していない、または旅行中や外出中の人々が気軽にネット環境が利用でき、オンラインゲーム対応パソコンの導入により従来の漫画喫茶のマンガ単行本・雑誌と並ぶ集客のコンテンツとして人気が定着、新規ビジネスとして漫画とインターネットを複合化させたインターネットカフェのチェーン展開が多くの企業で展開された。消費者ニーズの高まりを受けて大都市を中心とした出店から地方都市への出店が加速し、インターネットカフェはアミューズメント施設として一般的に認知された存在となった。

「はい、一時間で……」

「かしこまりました。それでは、5番の部屋になります」


 一時間、250円。実に親切な価格設定。それにドリンクバーまで付くとはまったくもって御の字だ。

 扉の並ぶ冷房の効いた廊下を通り抜けて、指定された5番の部屋を開く。扉と言っても軽く押せば開く、上下に隙間のある簡易的なものだ。

 ネットカフェは一つ一つが個室になっているため、時間分の料金さえ支払えば寝泊まりも可能でカプセルホテル代わりになる。自宅を持たない人がホテル代わりに利用する、ネットカフェ難民というのも以前は多かったな。

 四角い部屋に、パソコンが一つ。この閉鎖された空間にかえって開放感のようなものを感じるのは俺だけだろうか。もっとも、本当の開放感というのは昨日まで俺のいたあのキャンプ場のような場所でこそ感じられるものだろうがな。


 コップを持って扉を開き、ドリンクバーの場所まで歩く。まずは氷を二、三個入れてからホットコーヒーを入れる。さすがにこのくそ暑い真夏日にホットコーヒーを飲むほど酔狂じゃない。

 ミルクと、シロップを二個ほど取って、氷によって冷え始めているコーヒーを持って5番の部屋に戻る。ミルクを入れると黒いコーヒーの中に白い波紋が広がり、徐々にそれらが混ざっていく。その混ぜられたクリーム色のような部位が下まで行き渡ってから、ストローで混ぜる。全体の色が一定になってから、シロップを一気に二つ開けてまた混ぜる。

 飲める程度の苦さになってから、コップを口の端に当て傾ける。適度な苦味と甘さ、そしてコーヒーの風味が口腔内から鼻腔へと広がっていく。それがリラックス効果を生み、俺は椅子に横になった。


「――――ちっがぁぁぁぁぁうっ!」


 危ない! 一体俺は何をやってるんだ! お、俺は調べ事のためにここに入ったんだろうが! 寛いでどうする!?

 改めてコーヒーを飲み、パソコンを起動する。まったく。えーと、そうそう、あの寺について調べるんだったな。


 …………。

 ………。


 あの寺の名前ってなんだ。

 待て待て、完全に失念した。ていうかあの湖も名前なんなの? あのキャンプ場の名前は!?

 失念っていうよりはそもそも見てなかったんだ。最初っから倶利伽羅剣のある寺としか認識してなかったからな……。


 …………。何も策を思いつかない。あそこがどこの山なのかも把握してないし。詰んだかもしれない……うーん、あの寺について調べるのは諦めようかな。

 ……いや、あった。一つだけ方法が。寺の名前がわからないまま、寺の場所がわからないままその詳細を調べる方法。うーん、でもあんまりやりたくないな……ま、背に腹は変えられん。


 扉を開き、廊下から移動して喫煙室へ。中にはただタバコの吸い殻入れがあるだけだし、ここならまぁ迷惑にもならんだろう。

 しばらく電源を切っていた携帯電話を取り出す。そして、番号を入力……。


 756844219

 425597348

 722456246

 699552432


 デタラメに入力したように見えるこれらの数字。実はこれが神域対応の電話番号だ。市販のケータイ電話からも掛けることができる代わりに、一般人からも掛けることができてしまう。それを防ぐため、本来ありえない数列の上にこれだけ何度も入力する必要がある。

 暫くして、電話が相手と繋がった。若干ハスキー気味の、俺と同年代の声が聞こえてくる。


『あー、何? 今オレすげー忙しいんですけど?』

「忙しいってどうせゲームかなんかだろうが。そんなのよりこっちの仕事手伝え」

『ゲームなんかとは何だ! オイお前ゲームの持つ社会的価値とその多元的に渡る可能性を否定するつもりか!?』

「いいからパソコン起動してくれ。こちらはサデリック・ケルトだ」


 ちなみにサデリック・ケルト。この世界の通し番号、住所みたいなものだ。


『ハイハイわーったよ。で? サデリック・ケルトの何が知りたいって?』

「倶利伽羅剣。安置されてる寺の名前」

『くーりーかーらー……フンフン、これだな。

 寺の名前は盛隆寺(せいりゅうじ)。奈良時代に作成された寺で、もう打ち捨てられてる廃寺だな。その場所的に、新しく何かを作るような土地じゃないしそのまま放置されてるみたいだ』


 最初からコイツが一緒に仕事に来てれば何の問題も発生しなかった気がするなぁ。

 同僚のソル=フラバー。諸事情により俺らと行動を共にすることが多いオタク神だ。パソコンを使ってアカシックレコードにアクセスして情報を知れるとか何とか言ってたが、具体的には知らない。


 それにしても廃寺か。その割には仏具にしても寺の設備にしてもやたらと整っていたがな。あそこにはやはり誰かがいたんだ……それも、人間ではない誰か。

 かなり前に打ち捨てられたのにボロボロになっていないということは、その打ち捨てられた当時からずっと整備し続けていたという事だ。人間が代替わりで整備し続けているという説もあるが、そうだとしたら姿を表しているはずだ。


「……住職の名前は?」


 核心に迫る。人間だろうと人外だろうと、これではっきりする。寺を放っておいて姿を消した謎の人物……。


『名前ぇ? んー、ぬらりひょんだってよ。変な名前だな! 孫かな?』


 ――――やはり。繋がっていたか……!

 黄泉零奈から持ちかけられた今回の計画。その全容と、そして影に控える黒幕の存在。そう、この“ぬらりひょん”という存在が、今回の事件の元凶にして黒幕だった。


 不動明王は、様々な妖怪を統べる王として知られている。だがそんなものは伝承に過ぎず、実際には六体程度の妖怪と旅を共にしていたそうだ。

 土蜘蛛。がしゃどくろ。雪女。蟒蛇。犬神。そして未だ封印されたままの鴉天狗。以上の六体だ。

 倶利伽羅剣の中に封印されていたのは暴れ回って封印された妖怪なんかじゃない。不動明王の仲間、ファミリーだ。

 そんな彼らが封印されたのには訳がある。黄泉零奈がなぜそんな事を知っているのかは甚だ疑問ではあるが、とりあえずこんな過去があったらしい。


 ――――彼らは、土蜘蛛と不動明王の規模のでかい喧嘩に鴉天狗が止めようと奔走したり、自分の上でいちゃつく不動明王と雪女にがしゃどくろが砂糖を吐いたり、酔った蟒蛇に犬神がキレたり……騒がしくも平和な日常を過ごしていたそうだ。

 だがそんなある日、彼らの前に不動明王の仲間になりたいと望むものが現れた。――その妖怪の名が、ぬらりひょんだった。


 来るものは拒まず。不動明王はそれを受け入れ、仲間が増えて少し賑やかになった。

 しかし、このぬらりひょん、不動明王の仲間になんて最初からなるつもりはなかった。ぬらりひょんの目的は、妖怪の総大将として百鬼夜行を成し、人間に妖怪の力を知らしめ地上の支配権を得ること。現状人間が支配しているこの地上、だが百鬼夜行を人間が認知すれば間違いなく妖怪の、その力の前にひれ伏す事だろう。それはかつての社会にも、そしてこの現代社会にも言えることだ。


 その為に、ぬらりひょんは百鬼夜行の戦力として彼らに目を付けた。彼らの妖怪としての力は地力、名声ともに最高峰。百鬼夜行に加えられれば、もはや誰もぬらりひょんを止めることはできない。

 その為に、ぬらりひょんは彼らの中に潜り込み……そして、主である不動明王を殺すことで、その隙に漬け込んで彼らを支配しようとした。

 これはあくまで俺の推測だが……不動明王は、最初からぬらりひょんの目的に気付いていたんじゃないかと思っている。

 だが、不動明王は呪いから生まれた妖怪である犬神ですら懐かせたほどだ。きっと、ぬらりひょんとも分かり合えると思ってあえて仲間に引き込み、改心させようとしたんじゃなかろうか。


 だがまぁ、結果としては彼らが言っていた通り不動明王は死亡した。寝首を掻かれたのか、隙を突かれたのか、毒でも盛られたのか。不動明王は自らが死ぬのではないかと本気で思った時、最初に考えたのが仲間たちを守ることだった。

 自分がいなくなれば、ぬらりひょんは本性を表して仲間たちを隷属させようとするだろう。そしてそうなれば、人間社会は崩壊する。それらを防ぐため、彼らを自らの剣の中に封じぬらりひょんから遠ざけた。


 だが不動明王も、手負いの状態ではさすがにキツかったらしく、ぬらりひょんにとどめを刺すことが出来なかったようだ。ぬらりひょんはまだ、こうしている間にも生きている。

 つまり、だ。ぬらりひょんは倶利伽羅剣の封印が解けるまで、あの廃寺で住職として、今か今かと彼らが封印から解放される瞬間を待ち続けていた。そしてあと少しで封印が解けるという時に、七不思議の面々があの場に現れた。仕方なく、ぬらりひょんは気配を消す術かなんかで寺から姿を消していた。


 そこからは俺たちが、七不思議の彼らに黙ったまま秘密裏に進めた……不動明王の仲間たちを守るための策が始まった。

 内容は至ってシンプル。俺が妖怪を解放し、それを七不思議が倒す。どうせどこかで見ているであろうぬらりひょんに見せつけるために、あえて全て彼らに倒させた。

 するとぬらりひょんはどう思うか? 土蜘蛛よりも、犬神よりも強い、七不思議たちを仲間に加えたいと思うはずだ。――まぁ九尾とかいたけど、あれは緊急事態ってことでスルーで。

 ともかく、ぬらりひょんの標的を七不思議たちに移すことが今回の目的だ。するとぬらりひょんは、仲間に引き入れるために七不思議の前に姿を表さざるを得なくなる。そこを……奴が集めた百鬼夜行ごと、俺たち神様ーズが一網打尽にする、という作戦だ。


 例えば、当初通りに封印を強化したとしても、すぐにぬらりひょんが強化を解いてしまうだろう。根本的な解決には至らない。

 また、解放した妖怪を俺たちが倒したとしよう。ぬらりひょんが隷属させられるのはあくまで妖怪だ。俺たち神が活躍してしまっては、ぬらりひょんはどうしようもない。彼らがいなくなって、妥協として中途半端な百鬼夜行でも起こす事だろう。人間社会崩壊までは行かないだろうが、被害は大きいし死者もたくさん出る。……ちなみに、黎がやろうとしていたのはこの策。


 ぬらりひょんは止める。百鬼夜行も起こさせない。不動明王の仲間たちも無事に保護する。あわよくば七不思議、彼らの成長にも繋がる。これらを全て実現させる策がこれだった。

 あと少しでそれが達成するって寸法だな。明日から本格的に大詰めだ。


『それとな、ちょっと面白い話があるぜ』

「なんだ?」

『聞きたい? どーしよっかなー』

「早くしろ童貞」

『どどど童貞ちゃうわ! えーっとなぁ……そのぬらりひょん、今その寺にいる。んで――――そのぬらりひょんに向かって、とんでもない数の妖怪が集まってきてるぞ』

「はっ!?」


 とんでもない数の妖怪、だと!? どういう事だ!? まさか、鴉天狗を倒すよりも前にぬらりひょんが動き出したとでも言うのか!? いや……或いは、鴉天狗がもう倒された、とかか?

 いずれにしてもちょっとヤバそうだな。山で何が起きてるのかは分からんが……今、この日本で。ぬらりひょんは百鬼夜行を起こそうとしている! ……だが、考えようによってはこれはチャンスでもある。集まった百鬼夜行、全て一気に葬るチャンスだ。


「どれくらいでそいつらが集まりきる!?」

『大体、モンハンの一クエスト分?』


 五十分か。さて……街まで降りてきてしまったから結構急がないとな。


「ご苦労さん。ありがとよ」

『おう。……ちゃんと黎様の事、守ってやれよ?』

「言われなくても」


 電話を切ると、すぐさま250円レジに置き、店を飛び出す。ビルから出ると、辺りにはビルと道路には車が走る。さて、五十分か……さっきまで晴れていたはずだったが、何だか曇ってきたな。良くない空気が流れている……。


「急げ急げ〜!」

「だから言ったんだヨ! あんなテレビ見てないで速く行こうってヨ!」

「あのドラマ、どの女優が一番好みだった?」

「刑事役の人ダ!」

「お前もしっかり見てるじゃねぇか!」

「いやいやいや、犯人の娘が可愛かっただろ!」

「わかる!」


 ……何やら、複数の騒がしい声が聞こえたのでそちらを見る。ピョンピョンと跳ねる、小さな影。蛇腹状の体に一つの目玉と、その下には口のような裂けた部位。……いわゆる、提灯お化けという奴らだ。合計四体、大騒ぎしながら飛び跳ねて移動している。

 一般人からは見えていないらしい。騒がしい彼らに視線を送る民間人は一人としていない。……さて、こいつらが急いでいるという事実。それに普通、妖怪がこんな大っぴらに動くだろうか。つまり、こいつらは。


「百鬼夜行……! オイ、止まれ!」

「ヒェーッ、誰かに見つかったゼ!」

「だからビルの上を行こうって言ったじゃないか!」

「路地裏に逃げるっ!」

「「「路地裏に逃げるっ!」」」


 なんで逃げる地点を口に出すんだ。まぁ、一般人から見えないこいつらに話しかけてる俺の醜態を晒さなくて済むから、裏路地に行くのは歓迎だが。

 十分にビルとビルの隙間にあいつらが移動したところで、速やかに回り込んでまとめて地面に倒す。


「ギェーッ」

「乱暴な真似しやがる!」

「お客さんおさわり厳禁ですヨー!」

「またのご来店を!」

「あぁうるさいうるさい! お前たち、百鬼夜行の一員だよな?」

「一員だよな? と聞かれれば」

「答えてやるが世の情け!」

「そうさ!」

「我ら!」

「「「「提灯フォー!!」」」」

「黙れ!」


 頭が痛くなってきた。何なんだこいつら……妖怪ってこんなうるさいのいるのか。とにかく、こいつらが百鬼夜行の一員であることは状況的にほぼ間違いない。やはりソルの情報通り、各地から百鬼夜行の妖怪たちがあのキャンプ場に集まってきている。


 残り時間、四十七分。百鬼夜行まであと時間がない。


その姿の片鱗を見せ始める“百鬼夜行”……その脅威が山を覆う。千年の思いの集約、そして決着。その刻は近い――――。

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