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ひと夏限りの怪奇劇 ~交差する彼等の物語~  作者: 月詠学園文芸部
第六戦 鴉
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8-1 仲間の価値

至難を極めた犬神戦から一夜、少年は仲間との時間に価値を探求する。

共にいる実感を得るべく、彼らは集う。

だがそこに訪れた漆黒の恐怖。

 辛勝か、圧勝か、語るのは難しい。

 だが結果が大事ならこう言える、勝てた。

 犬神は眼を利かなくして嗅覚でかぎまわられないようにヒノキで対応して。

 適当にワイヤーなりなんなりで動きを封じて四ツ谷(よつや)君が剣で封印する予定だった。

 しかしながら、俺たちは甘かった。

 怪我の手当てをしながら聞いた話ではあれは着脱式の首を持つ只の大きな犬なんかじゃなかったらしい。

 犬神とは、本来は呪いの一種。

 そんな呪いが浸透し、一体化してしまったのが、あの男だったらしい。

 四ツ谷君の見解では、昔の陰陽師の男性が、犬神の呪いと一体化した結果、あのような強力な存在になったと言っていた。

 人間へと姿を変えてからは、俺にもよくわからなかった。

 ただ、その放つ空気で犬神だとわかる男がいて、四ツ谷君たちが倒されていたこと。

 そして、突如として現れた九つの尻尾を持つ狐の妖怪によって、その犬神が追い詰められたこと。

 この二つだけは理解できた。

 四ツ谷君も今回の戦闘では予想外の出来事が多すぎたらしい。


 今日は、羽休めにしよう。


 まだ寝ていた水爪(みつま)五十嵐(いがらし)を起こさぬように、テントを抜け出す。

 昨日は四ツ谷君達は大変な怪我をした。

 一方の俺たちは、戦闘へは介入できず、今は体力的にも余裕がある。

「ん? 待てよ……」

 俺たちがここに来た夜に現れた妖怪が……。

 土蜘蛛。

 土蜘蛛を二日間かけて封印して次に出てきたのが……。

 がしゃどくろ。

 あの骨野郎を砕いた次の夜は……。

 雪女。

 雪女を業火で焼いてキャンプファイヤーやって……。

 蟒蛇。

 蟒蛇は酒を飲ませて交渉してたらチェーンソーの御方がジュビシッてやって、昨夜は……。

 犬神。

 合計、今日までで五体だ。

 六日で五体、今日で七日目。

 そろそろ帰らないと地元が心配だが、帰るわけにもいかんよな。

「あと一体……ラストワンか」

 ここまで死者が出なかったことは喜ばしいだろう。

 昨日、明確に知った。俺たちは危険と隣り合わせなんだって。

 四ツ谷君たちは今まで真っ向からあんなに大々的な攻撃を受けて、戦闘不能にはなってなかった。

 だが昨日は体術と陰陽道で全員が倒れた。

 一日の、一時間、一分、一秒。

 大切に過ごさなければならない。

 隣にいる人間が明日も隣にいるとは限らないのだから。

 一瞬の笑顔を護るために戦うなら、その笑顔を見逃さず、心に留めるべきだ。

「おはようございます。赤木(あかぎ)さん」

「起きていたのか。おはよう」

 世界と干渉をしていないかのように気配の少ない少年、水爪が俺の背後に現れた。

 忍者か何かのように気配が少ないのだが、残念ながら身体能力が伴わないため、潜入などには向かない。

 市街地での尾行とかなら向いてるんだけどな、一介のボランティア組織に過ぎないSVTには必要のない話だ。

「赤木さん、本日はどう動きますか?」

「俺もいま考えていた」

 どうしたものかね。

 四ツ谷君たちの怪我が戦闘に影響しないなら今日にでも突撃して封印するのがいいんだろうけど。

 焦る必要は無いか?

 このキャンプ場は昼夜の気温差が大きく、食料も十分とは言えない。衛生面でも量でも、あと三日間持つかどうか。

「今日の流れは俺だけで決めれることじゃないからな。空也さんの占いとか四ツ谷達の準備を待とう」

「了解」

 そう言うと、背後から水爪の気配が消える。

 静寂から、仄かな蝉時雨が洩れだし、朝陽は昇る。

 明日の朝陽は友を照らすのか。

 今日は一度全員で集まり、最後の戦いへの決意を固めよう。




「ッラアアアアアア!!」

「っ!」

 迫り来る袈裟斬りに対して、俺は左側へ腰を沈めて回転受け身を取ることで避ける。

「まだまだ!」

 ビュンッと音を奏でる木刀は、手首を返す動きからの横凪ぎで俺に追随を与えようとする。

 だが、その切っ先が俺に触れる前に、体の前に斜めに構えた逆手の木刀がそれを防ぐ。

「隙有り!」

 そのまま木刀の刃を滑らせるように体を動かし、潜った先は、大きく腕を広げた状態の敵の目前。

 滑り込む勢いを無くさずに左の肘鉄を相手の鳩尾に叩き込んでやる。

「くっ……! やられたぜ……!」

 五十嵐の体が倒れるのをみて、俺も地面に座る。

「お前の攻撃ははじめの一撃が強すぎるんだよ。直撃は勿論、受け止めようとしても吹っ飛ばされる。だけどそれを避ければ残りはそこまで速度がない攻撃だ。冷静に向かえば隙につけこめる」

 それと、俺は木刀のぶつかる振動で手が傷まないようにTNKグローブしていたからな。

 そのハンデもあって、俺は勝てた。

空也(くうや)さーん!」

「空也さあああん!」

 俺らが座り込んでると、ロッジの方から空也さんの名を呼ぶ声が聞こえてきた。

「四ツ谷か。どうしたんだ?」

 俺らの打ち合いを見ていた冴崎(さえざき)が、やって来た四ツ谷君達に聞いた。

 男子陣がやってきて、女子達はいない。だが、四ツ谷君の後ろには(れい)ちゃんの姿があった。

「さっき黎ちゃんが僕らのところに来て、聞く話では、朝起きたら空也さんがいなくなってたみたいで……」

「空也さんか……」

 またいつぞやみたいに星でも見に行って、今度は迷ったか……?

 ……まあ平気だろう。

「今は日も昇ってる。バカじゃなければ方角もわかるし、あの人なら野犬に襲われても逃げれる」

 覚えている。ペルセウス流星群を見に行くと、一瞬で姿を消した空也さん。

 陰陽の術で透明になったのかなんなのか知らないけど、あれがあれば余裕で逃げれるだろう。

 その後夜中のうちかわかんないけどちゃんと戻ってきたし。

「そのうち帰ってくるだろう。それに、一日や二日飯なんか食わなくても生きていけるし、この程度のサイズの山ならそんなに長い間迷うことも無いだろう」

 空也さんが賢い人間で救助が来るまで待とうと言うなら、それはそれで林業関係者に見つけてもらえるだろう。

「今日はみんなで話したいことがある」

 夜中は互いの背中を守りあう。昼間は対面して話し合いたい。

「空也さんも、話している間に来るだろ」





 キャンプ場の真ん中にて、集合する人影。

 みんな、決意を話す為に集ったはずなのだが、どうにも空気が軽い。

「ねえねえ戒都! これかっこいいでしょ!」

「なんだそれ……? 鴉の羽?」

 紫乃坂(しのさか)さんが黒い扇子を取り出して、四ツ谷君に見せていた。

「たくさん落ちてたから拾ってて、七美(ななみ)ちゃんと(まい)ちゃんがファンにしてくれたの」

 ……なら安心か。

 自然界の鳥類はどんな細菌が付いてるかわからない。

 鳥の羽なんて言うものはもう、雑菌の塊でしかない。鎌月達なら雑菌消毒をほどこしてあるだろう。

「まだ落ちてる」

 (やなぎ)さんが山の方を見て、指を指しながら言った。

 紫乃坂さんと柳さんはそちらに駆けていく。

「たくさんあるーっ!」

 平穏だな。

 日々の激戦が冗談に思えるくらい、この笑顔は美しく――。

 バサッバサッ。

 ヒョイッ。

「あれ?」

「?」

 バサッバサッ。

「へっ? えええええ!!?」

「飛んでる」

「っておいこら待て! 何をしやがる!」

 平穏噛み締めてるその真っ最中、黒い翼を生やした人影が柳さんと紫乃坂さんを両肩に担ぎ、飛んで拐っていった。

(あかね)!? 鈴音(すずね)!?」

 慌てて駆け出す四ツ谷君を見つつ、足元に転がってる木刀を拾って、八相で構える。

「全員姿勢を低く、身を守れ!」

 周辺を見て、標的を探る。

 相手は間違いなく妖怪。なんの目的で現れたんだか知らないが、誘拐なんかしてくるんじゃ味方じゃないんだろう。

「人を拐う……? おい、まさか……!」

 黄泉(よみ)さんだって言ってたじゃないか。

 人を拐う妖怪。天狗。

「四ツ谷君! 深追いするな! 君も殺されるぞ!」

「……!」

 本人もそれをわかっているのだろうが、仲間が誘拐されたのだ。何もしないではいられないだろう。

「黎ちゃん! 後ろです!」

 鷹実(たかみ)君が叫び、黎ちゃんの方を見る。

「うっ……」

 背後に立った人影の、素早い手刀が黎ちゃんの首にはいり、黎ちゃんは目を閉じる。

「……!」

 一瞬だけ目が合う。

 その目は獰猛な、威圧を持っている猛禽の瞳。

 背筋が凍り付くような悪寒。これは本能的なすくみか。

「くそっ……! 円陣!」

 全員で、すぐに輪になり防御を構える。

 こうなれば迎撃よりも身を守るのを優先させるべきだ。

 慣れていないメンバーでの円陣であるため、動きが遅れた。

 そして、それが致命的なミスだった。

「っだああああああああ!!?」

「うあっ……!!」

 五十嵐が俺と肩を組み、もう片側の冴崎と組む前に奴はやってきた。

 バサバサと翼を動かし、五十嵐の服の襟を掴んで飛び去ろうとする人影。

「ファイトオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「いっぱああああああああああああああああつ!!!」

 ザリッ。

 数日ぶりの大音声、ありったけの力を込める。

 足元の石は音を立てて、俺の足は滑ってしまう。

 そこで宙を舞いながら人影は振り返った。

「貴様らは倶利伽羅と何の関係がある?」

「……!」

 黒い翼に、猛禽の瞳。

 肩ほどまで下ろされた漆黒の髪。

 翼を除く肉体は全てが人間の女性と変わらないもの。

 そんな恐らく天狗と思わしき女性が、低く罪を聞くかのように言葉を吐いた。

 一瞬でも足がすくむほどの威圧、鋭い眼光と人間離れした神聖さが俺の動きを止める。

「関係がないなら、引っ込んでいろ」

 プツッ。

「なに……!?」

 突如、俺の手袋の固定用のボタンが外れた。

 ズッ。

「五十嵐いいいいいいいい!!」

 さっきっから着けていたTNKグローブだが、手の甲の部分は覆われておらず、手首と手の甲の間でボタン止めすることで固定するタイプであるため、ボタンが外れたことで一気に外れそうになる。

「くっそ……!!」

 左手に握った木刀を地面に突き立てて姿勢を低くして、一気に力を込める――。

 シュッ

「赤木いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 俺のグローブが外れて、五十嵐は山へと連れ去られていった。

「そんな……!」

 俺の名を呼ぶ叫びが消えた。

 しばらく再来を警戒していたが、少しして構えを解く。

 ……!

「四ツ谷、あれは天狗だな?」

 どんなときでも作戦の要となる冷静さを保つ存在。オペレーターの冴崎が落ち着いて今やるべきことを考える。

「どうしてこの状況でそんなに冷静なんですか!? 誘拐ですよ!?」

「今するべき事は焦る事か? 違うだろ? 焦ったって時間は戻らない。今は冷静になり、状況を把握しろ」

「……! ……あれは普通の天狗ではありません。あの翼を見てわかったと思いますが、鴉の外見を持つ天狗。すなわち鴉天狗です」

 鴉天狗。

 あまり聞き慣れない妖怪だが、四ツ谷君が言うなら存在するのだろう。

「そして、あの鴉天狗は蟒蛇が話していた『不動明王の右腕』である鴉と同一と思われます」

 えげつないシナリオだ。

 どうすりゃいい。

「黎ちゃんもいないし、時間もないから言いましょう。実は、空也さんは剣の妖怪を解放する力があったんです」

「それで相手の妖怪がわかったのか……だが、良くないな」

 それが意味する事。

「はい。恐らく、夜明けに空也さんが消えていたのは深夜に解放に向かって鴉天狗を解放した際に、鴉天狗に拉致されたからでしょう」

 本末転倒じゃねえかよ!

 心のなかで叫び、事態の悪さを考える。

 今まで深夜に忍びで抜け出してた理由はわかってもそれで帰ってこれないんじゃ駄目だろ!

「あの鴉天狗はくちばしもなく、普通の物と同じとは限らないので要注意です。それと、赤木さんの手袋を外したのは天狗のもつ神通力だと思います」

「神通力……」

 超能力みたいなあれか。

 どうすりゃいい……。

 なんて、柄じゃないよな。

「救出するしか無いよな……」

「はい。あいつは倶利伽羅剣について知っていました。となれば、あいつは剣から出てきた最後の妖怪と見ておかしく無いでしょう。そして、あれだけの人数をさらったと言う事はただ単に補食目的である可能性は低い」

「尋問でしょう」

 鎌月(かまつき)が言い、俺と四ツ谷君も頷く。

 やる事は一つしか無い。

「誘拐は時間が経てば経つ程追いかける事も難しくなり、人質の安否も危険になっていく。早急に手がかりを探して、鴉天狗の元へいこう。作戦を決めるぞ!」


 これより、対鴉天狗人質救出作戦が始まる。


こんにちは永久院です。

戦いはいよいよクライマックス。封印されていた第六の妖怪、鴉天狗が登場しました。

拐われた黎ちゃん。茜。鈴音。五十嵐。

みんなを助けるべく、赤木たちは動き出す。

蒼峰先生のターンで妖怪を封印するのが多かったんですけど、どうなることやら。

続きをご覧ください。どうぞ。

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