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ひと夏限りの怪奇劇 ~交差する彼等の物語~  作者: 月詠学園文芸部
第五戦 犬
33/49

7-1 影ガ誘ウ夜ノ呪イ

油断大敵。油断は隙を生み、そして死を誘う……。

犬神編、始まります。


 蟒蛇の封印は完了した。今回は色々とイレギュラーな事態が発生したようだが、何とか封印には成功したようで何よりだ。

 さて。十中八九あの蟒蛇丸焦げ事件の犯人であろう黎……振り返ると、誰よりも早くそそくさと逃げ出そうとしていた。 そんな黎の両脇を抱えて持ち上げる。


「で? キミは昨晩、俺を眠らせた挙げ句にいったい何をやらかしていたのかなぁ?」

「あ、うぅ……」


 黎は特に暴れることもなく、諦めたようにぶらぶらと脱力している。いや、実は力が入れられないのか? 子猫は親猫に運ばれるとき暴れないために、首筋をつかむと脱力する習性がある。もしかしたら黎にもそういうアレがあるのかもしれない。いやいやいや、そんなどうでもいい話は置いといて……


「なーにーを、していたのかな? 包み隠さず話してもらいたいな」

「えっと、あの、そのぉ……」

「早くしなさい。振り回すぞ」

「力加減失敗しました……ごめんなさい……」

「うむ、まぁいいだろう」


 手を離す。危なっかしく着地し、気まずそうに振り返った。


「だがな、報告は必要だ。やらかしてしまったのなら、そのままにして逃げるのではなくちゃんと俺に報告しなさい」

「は、はい……ごめんなさい……」


 うむ、わかればよろしい。実際のところそれによる被害は出ていないし、むしろ結果オーライと言える。あとは適当に下山すればいつも通り、深夜に抜け出して解放を行えばそれで済む話だ。

 だが――――まだ放置したままの謎がある。あの寺の住職はいったい何者なのか。どうしていつまで経っても帰ってこないのか。そしてこの寺はいったい何故倶利伽羅剣を安置する場所に選ばれたのか。

 これらについて調査をしなければならないが……とはいっても、俺は彼らが死にかけたときに救助する役目も任されている。俺が定期的に出さなくとも、周期は極めて不安定だ。俺がいない間に出てこないとも、またそれに彼らが突っ込んでいかないとも限らない。

 俺が調査なんかしている暇はないという寸法だな……やれやれ、モテる男は辛いよ。


「いやはや、ご苦労様! しかしなぁ、実に鮮やかだな。君らも陰陽師になった方がいいんじゃないか?」

「はは……こんなのは今回だけで懲り懲りですよ」

「イエー! まぁとりあえず飲もうぜぇぇ!」

「ヒック、マタタビ酒が欲しかったにゃ……」

「……あ~、もっと切りたいわ……あんたの首切らせてくれない……?」

「オレの首なんか切るにも値しないよ……うぅっ……」

「体が熱くて面白~い……浮いてないのに浮いてるみたい……」


 ……こいつらうるさいなぁ……少し空気読めよ。


「ていうかお前ら飲みすぎだよ……!」

「戒都ももっと飲めよ! 遠慮するなって!!」

「あ、ちょうちょ! 待っ……このっ、にゃー!」

「戒都もオレみたいな奴と飲みたくないって言ってるんだよぉぉ! ほっといてやれよぉ!」

「あ、気持ち悪くなってきた、待って待ってこれヤバイわ、首切り離せばなんとかならないかしら」

「クスクス……ふわぁ……眠くなってきたわ……」


 何なんだよこの惨状は。零奈さんはニヤニヤしてるし、四ツ谷君もしきりにちらちらと助けを求める視線を送ってくる。SVTは速やかに撤退したようだし、この場を納めるのは俺しかいない……!?

 ええい、面倒だが仕方ない。俺は天に手を掲げ……周囲の七不思議用の結界を解除した。同時に一同の姿が元に戻り、そして正気を取り戻したようだ。


「……はっ!? 何でわたし、蝶を掴んで……!?」

「……おや、戒都さん。何で僕は肩を組んでるんでしょうか」

「何か喉の辺りが酸っぱい……? 大丈夫かなぁ?」

「は、はは……何も覚えてないのか……。にしても空也さん、今のは……」

「え。企業秘密」


 それについてはネタバレになるのでトップシークレットだ。





 ★☆★☆★☆





 下山し、現在位置は八号ロッジ。正座して向き合う俺と黎。黎は今度はこっちの番とばかりに頬を膨らせている。


「空也さんっ、答えてください。あのお酒はどこで調達したんですか」

「…………」


 見逃したとばかり思っていたが意外や意外、ちゃんと見ていたし覚えていた黎。あの酒は猿の手で調達したもので、その猿の手は寝惚けた黎から(ほぼ)騙し取ったものだ。その答えはすでに導き出しているようだが、あえて俺の口で言わせたいようだ。


「なぁ、黎。俺は彼らに協力したいと思うんだ」

「はい」

「その為なら、努力は惜しまないべきだよな?」

「はい」

「そして、努力は報われるべきだ」

「はい」

「その過程で、少しばかり法律に触れても、報われるべきだよな?」

「いいえ」

「クッ」


 て、手強い。なかなかに手強い。だが、この程度で負けてなるものか! 戸惑いを隠しきれないが、構わずなんとか黎を言いくるめようと試みる。


「……まぁ、とにかく俺の買ったものだし……」

「それはおかしいです!」

「クッ!?」

「空也さん、お酒を買うにはそれなりの老けた容姿か身分証明書が必要です。あなたは両方とも持っていないでしょう!」

「クッ!」


 い、いかん。推理となるといつもどこか外れている黎の頭のネジがしっかりと填まってしまう。ちゃんとしてる時の黎を言いくるめることも、説得することも言質を取ることも至難の技……!


「そして、こちら」

「クッ!?」


 黎が取り出して見せたのは二つの紙。文字が細かくてよく見えないが、片方には納入、もう片方には売上という文字が辛うじて見えた。


「この店からあのお酒と同じ銘柄のお酒が大量に消えています。何なら消えた数とあのお酒の数を照合してみますか?」

「……いや、いい」


 そんな書類なんかいつの間にどこでどうやって手に入れたんだよ……。俺が諦めると、黎はニヤッと笑みを浮かべた。


「認めましたね?」

「ハイ。すんません、お返しします」


 こうなれば仕方がない、あと一回残っているが猿の手を返すしかない。それを取り出し、黎の前に差し出すと黎はポカンとした表情で固まった。


「……猿の手? なんで? どうして?」

「しまっ……薮蛇だったか!」

「どうやら何か、他にも問い詰めなくちゃいけないことがあるみたいですね……?」


 黎はにこりと、穏やかな笑みを浮かべた。





 ★☆★☆★☆





 ああ、ひどい目に遭った。ついでに漫画まで没収されるだなんて……血も涙もない幼女だ、まったく。まだ全部読んでなかったのに。

 まぁ、愚痴っても仕方がない! 山を登り、寺に向かう。今日は周辺に人の気配はないようだ……うむ、問題ないな。

 しかし、どうしたものか。俺の一連の行動による警戒は四ツ谷君の方は解いておいたものの、もう片方のグループSVT。彼らは全員基本的に洞察力に優れているようだ。リーダーの赤木という男は初対面時から既に俺を警戒していたようだし、もう一人……鎌月という少女の方からも俺のボロを探る眼差しを感じる。

 彼らがいったい何者なのかは知らんが、警戒を解いておかなければ面倒なことになりかねない。彼らはボランティアグループだと言っていたし足並みを乱すような真似はしない、そこに関しては大丈夫な筈だ。

 だが、もう一つ。俺たちの正体がバレるという考えうる最悪の事態の方を何とかしなければ。彼らも一般人だし、俺たちが神だという突飛な結論にはなかなかたどり着かないだろうが、念には念を。警戒心を削いでしまえば、俺たちの正体を探ろうなどとは考えないだろう……からな。


 その為の策も思い付かないまま、寺に到着した。徐々にボロボロに、足場が悪くなってきているな。何かでこの砕けた床を埋めた方が良さそうだ。猿の手を没収されてなければコンクリートくらいは出せたんだが……やれやれだな。

 仕方がない、この足場のままやるとするか。落ちていた倶利伽羅剣を持ち上げる――――出ろ!


 剣から黒い塊が飛び出した。そういえばこの瞬間は結構反作用による衝撃がくるんだが……昨日これをやった黎は大丈夫だったんだろうか。

 さて、と。剣を足元に落とし、飛び出てきた妖怪を睨む。あれは……犬、か? 夜ということもあってかその姿は異常なまでに黒く、通常の野犬よりも一回り大きい。土佐犬かな。にしちゃ顔が凶悪すぎるな。雑種かな? こいつ闘犬やらせたらかなり強そうだ。


 互いににらみ合いながら、ジリジリと距離を詰め間合いを伺う。おそらく、こいつは犬神という妖怪だ。俺は対人戦が一番得意だから、あんまりこういう獣っぽいやつとの戦いは好きじゃない。

 先に動いたのは犬神。黒い突風のように俺の頸動脈の辺りを狙って飛びかかってきた。が、頸動脈とは首の外スレスレの位置。少し首を動かすだけで回避できた。

 振り向くと、すぐにまた近くまで犬神が飛びかかってきていた。今度は体の真芯、噛むのではなく体当たりか。こんなスピードで激突されちゃ堪ったもんじゃないな。両手を組み、犬神の下顎をトスの要領で撃ち抜く。ギャンッ、という犬っぽい声を上げ、犬神は高く打ち上げられた。


 ……宙を舞った犬神の体。そこから何か小さなものが離脱し、空中から急降下して再び俺の首を狙ってきた。

 とりあえず回避したが、何だあれは。犬神の……頭か? 頭を切り離す力でもあるのか、或いは俺がトスしたからちぎれてしまったのか。まぁ回避したのにまだ追ってくる辺り、元々そういう能力があったのだろう。

 つまり、何だ。頭を潰してしまえば奴は死ぬのかな? 今回は簡単そうだな。何せ、明確に急所を狙ってきて頭を切り離す以外はただの野犬と何ら変わらない。何ならSVTだけでも討伐できそうだ。

 頭はしばらく俺を狙っていたが、体が落ちてきたのを見て空中で結合、着地した。なかなかにアクロバティックな犬だな。


「グルルル……」


 妖怪といっても力はそれぞれ違う。むしろこれまでの連中が強すぎたんだろう。今の攻防のあとで攻めあぐねて様子を見ている辺り、奥の手のようなものもないのだろう。ならば、俺の仕事はここで終わりだ。

 しばらく睨んだまま後退し、背を向けて一気に下山する。……よかった。そもそも追ってくる気もないようだ。


 それにしても、奴は……いや、気のせいか……。さっさと帰って寝るとしよう。

レシーブで犬の頭が飛んだら苦労しませんや。

豆知識:当初はもうちょいほのぼのした雑な感じの祭り作品になる予定でした。

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