1-3 降リ立ツ神々
今回の担当は久露埜 陽影がお送りします。
「ファルシオン学園の闘争記」からのコラボです。もしよろしければ本編にも一度お目通しをば
行けども行けども森……。完全に道に迷った。寺は……寺はどっちだ……?
地図を見ようにも俺の携帯はガラケー、Webには繋げない仕様の旧世代の遺物。
背後を歩くのは、ぱっちりとした大きな目に青みがかった黒い瞳を持つロングヘアー。涼しげな水色のワンピースに麦わら帽子を被った130cmくらいの小さな少女だ。
妹、蒼井黎は完全に俺を信頼している様子で、道に迷っている事にすら気付いていない。そもそも黎は携帯すら持ってない。
――――正直、詰んでる気がする。
やぁ、皆さんこんにちは。俺の名は小泉空也だ。妹と名字が違うのは、まぁ家庭の複雑な事情……そんなにシリアスじゃないから無視してくれていい。
あなたは神を信じるだろうか? いや、別に宗教の勧誘をする訳じゃない。
実は、俺と妹の黎は神だ。
いや待って、別に厨二な訳じゃなくてマジな方だ。証拠として黎は魔法が使えるし、俺も音速を超えて動いたりはできる。
――――神とは無数にいて、それらは神域という組織に所属している。
神の仕事は、無数に存在する『時間と空間を独立した箱庭』――俺たちは時空と呼んでいるが、まぁ平たくいえば世界の事――を管理し、平和を保つこと。
神というと人智を超えた神々しい存在……長い髭を生やして羽衣を着たじいさんを想像するかもしれないが、実際そんなことはない。
神は確かに時空を管理してはいるが基本見てるだけだし、服装は流行にできる限り乗るし、おまけに管理に使用するのはパソコンやスマホが主だ。
俺と黎は神域という官僚制組織の中の、トップクラスに立つ高位の神。仕事としては時空の管理ではなく、様々な時空の平和維持だ。
基本的に時空の中で起きた出来事はその住民に解決させるか、或いはそこを管理している神が何とかするのだが、度々それが不可能な程フェイタルな事態が起こる。
――――つまり、時空の中に俺たちが現れたら、その時空はかなりヤバイって事だ。
そんな俺たちがこの世界に派遣された……そこまではよかったのだが……
道に盛大に迷った。確かこの近くの寺が仕事現場だったよな……
「あの、空也さん?」
「ど、どうした?」
「……道に迷ってません?」
「……ご明察!」
暫し沈黙。風が木々を揺らす音が聞こえてくる。ふむ、実に風流だな。涼しい。
「空也さん」
「……はい」
「あなたが道解るって言うから付いて来たんですよ」
「…………」
「それが適当に進んでたってことですか?」
「……面目ない」
見た目と精神年齢が10歳の女の子に怒られている俺の心と体は17歳。泣きそう。……実年齢は二人とも8桁だが、まぁ人間換算した方が分かりやすいしな。
「そもそも地図はどうしたんですか」
「持ってないでーす」
「……方位磁石とか……」
「持ってないでーす」
「……はぁ……」
深い溜め息を吐く黎。再び風が森の間を通り抜ける。
「な、何だよ! そもそも黎がこんな下らん仕事安請け合いするからだろ!」
「下らないとは何ですか! 確かに私たちが来るほど深刻じゃないですけど、放っておいたら大惨事になりかねないじゃないですか!」
「いーや、俺らが出る仕事じゃないね。時空住民に任せとけば何とかなる。少なくとも俺は絶対働かない!」
……蔑んだ目と哀れむ目の合わせ技で見つめられた。
★☆★☆★☆
黎が発案した近来稀に見るナイスアイデア。木に登って上から辺りを確認しながら移動する作戦は功を奏し、いとも簡単にキャンプ場らしいものを見つけることができた。
このキャンプ場に足を踏み入れてまず目につくのは、大きな青い湖だろう。若干端の辺りにゴミはあるが、水を汚染するほど酷くはない。足元には柔らかい草が生えており、こういう場所特有の土の匂いが漂ってくる。
辺りが森に囲まれたこの箱庭のようなキャンプ場には、幾つか木製のロッジがある。丁度いい、あそこで寺への道を聞こう――――
――――その時、俺の脳裏に電流走る!
「……なぁ、黎。仕事がすぐ終わるとも限らない。とりあえずここを拠点として、数日かけて仕事に臨もうじゃないか?」
「え……はい、良いと思いますよ。私もこのキャンプ場、気に入りましたし」
だろうな。数百万年一緒にいりゃ解るのさ、妹がどんな場所が好きか、どんな環境を好むか、どんな食べ物が好きかどんな服が好きかどんな……オホン、脱線した。
そう……俺の目的は働かないこと! とりあえず今日は様子を見るため泊まり、明日は現場を見に行ってから帰ってきて泊まり、後はズルズルと引き延ばせばいい……。
まさに完全犯罪ッ! 人を疑うことを知らん黎が気付ける筈もないッ!
「じゃあちょっと宿泊手続きをしようか」
「はい! なんか楽しそうですね」
「そうだな。……ヒヒッ」
木製の掲示板一杯に貼られたキャンプ場地図。これによれば管理ロッジは――あっちか。残念ながら金は持ち合わせがないが……
木製の小屋の中に入ると、一人の老人が出迎えてくれた。小屋の中も木の匂いで包まれ、窓からは燦々と日光が差し込む。
「いらっしゃい。予約の方かな?」
(黎)
(あんまりこういうのは良くないと思いますけど……ハァ)
俺の代わりに黎が前に出る。受付の机からギリギリ頭が出るくらいの背の高さだ。かわいい。黎は老人と目を合わせるべく背伸びして、ようやく二人の目が合った。
「Юфздьхчкы」
一瞬。まさにその一瞬に、黎の暗示の魔法が発動した。「自分達が料金振り込み済みの宿泊客である」と思い込ませたのだ。鮮やか~。ちなみにがっつり犯罪行為なので、黎はあまりやりたがらない。
「……はい、二名で予約の小泉さんね。こちら、8号ロッジの鍵です」
「どうもどうも」
あっさりと鍵ゲット。ヘッヘヘヘヘ、チョロいぜ。あとはその8号ロッジでひたすらグダグダダラダラして、時空住民が何とかしてくれることを祈ろう。
再び湖のほとりを歩いて8号ロッジに向かっていると、向こうに薪割りを行う少年たちが見えた。若い、若いな。若さゆえの活力というやつだな。俺だったら金貰わないと絶対やらねぇな。金っていっても4桁くらいは貰いたいな。
ともかく、8号ロッジに到着した。扉を開くと、やはり木のいい匂いがする。申し訳程度の蛇口と水道、あとは押し入れに扇風機、洗顔室。なかなか快適そうだな。二週間や三週間の間黎と過ごすんならこのくらいの設備で十分だ。
「一般人がいるならあまり本気は出せないですね……」
そう言って黎はどこからかハンドガンを取り出した。『コーラルレイン』。全体が金色で、現実的にあり得ない形状をしている。
まずハンマーがない。つまり弾丸を撃ち出せないことになるが、心配はいらない。なぜならこの銃、マガジンもないからだ。つまり引き金しかない。
それでも弾は射出される。まぁ原理は俺もよく知らない。平たく言うと魔法銃だ。
この銃は、黎の本来の武装ではない。黎は本来魔法による弾幕を張って敵を屠るのだが、魔法云々を一切知らない一般人が付近にいる場合、念のため現実的な武器を使うのだ。まぁ、知ってる人から見ればあれも十分非現実的だが……。
とまぁ、そんな戦闘用の銃の確認をしちゃう辺り、黎は働く気満々の様子。あーやだやだ、人間(神だが)そんなに働いちゃいけないよホントに。
「あ、そういえば、さっき来たときから気になってたんですけど、妖の類いがキャンプ場にいるみたいですよ。あと、人の魂と怪異の魂が同居したような者も7人」
「ん? それは害悪的な奴か? 潰しとく?」
「……いえ、敵意のようなものは感じないです。無視していいと思いますよ」
「そうか」
良かった……働きたくなかったからな。俺は必要最低限の仕事しかしたくない。
「じゃあ、そろそろ」
まずいっ!
「なぁ黎、トランプやろうぜ」
「え~……仕事……」
「まぁまぁ、仕事なんか後でもできるし」
「…………」
再び蔑んだ目と哀れむ目の合わせ技で見つめられたが、俺は動じることなくパーフェクトシャッフルで札を混ぜた。
次回担当は一周して再び永久院さんのターンになります。
まだまだしばらく孤立が続くか……。
豆知識:私と永久院さんと蒼峰さんは同じ高校、クラスに通っています。