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ひと夏限りの怪奇劇 ~交差する彼等の物語~  作者: 月詠学園文芸部
第一戦 蜘蛛
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3-1 倶利伽羅剣

どうも、蒼峰です。

いよいよ物語が動き出し始めました。

僕達も予想だにしていなかった方向へと進み始めていますが、見守ってくださると幸いです。

 SVTの面々とのバーベキューが終わり、夕刻となった。僕は今回の合宿参加者の全員を三番ロッジに集めていた。

零奈(れいな)さん、鎌月(かまつき)さん達が見たっていう天狗は……」

「うん、天狗ではないよ」

 彼女の返答に、各々安堵の表情を見せた。もしも本当に天狗が現れたのだとしたら、SVTのメンバー達に危害を加える可能性もある。その可能性が排除された事は喜ばしい事だった。

「それじゃあ、単に鎌月さん達の見間違いだったって事ですね」

「いや、それは違うよ戒都(かいと)くん」

「え……?」

 先ほどまでの空気も一変。再び不穏な空気が流れ始めた。

「鎌月ちゃん達は何も見間違えてはいないよ。確かにあの時、何かがあそこを横切っていた」

「それじゃあ、その何かって何なんですか……?」

「――――さぁ? それはわたしも分からないな」

 数秒、部屋の中に沈黙が流れた。皆何か思う事があるように口を噤んでいる。

 僕は零奈さん以外のメンバーに、それぞれちらりと目配せをしてみる。僕が何を考えているのかを察したらしい皆は、頷いていたり苦笑いを見せるなどの反応を取った。


(やっぱり、零奈さんは何か隠してるよなぁ……)

 単に零奈さんが物事を隠すのが下手なのか、わざとなのか。零奈さんは今日何度か見せた、悪い笑顔を見せているのだ。皆それに気付いた様子でそれぞれ微妙な表情を浮かべている。

「はぁ……。いい加減話してくれても良いんじゃないですか? 大方それの正体が、零奈さんの悪巧みに関係しているんでしょう?」

「うっ……。や、やっぱり鋭いねキミ……」

「いや、あんなに分かりやすい反応取ってたらそりゃ……」

「そ、そんなに分かりやすかったかなー?」

 あの暗黒微笑はわざとじゃなかったらしい。零奈さんは考えが顔に出るタイプのようだ。

「それじゃあ、そろそろ何を考えているのか教えてくれませんか?」

「むー……。仕方ないなぁ。今は話せない事もあるけど教えてあげるよ」

 全部じゃないのかよ。

 そんな事を思いはしたが、大方の事を教えてくれるならさほど問題はない。彼女にも何か考えがあっての事だろう。

「天狗騒動に関しては、わたしから言える事はないよ。でも近い内に皆も分かる時が来る」

「いやー、楽しみだなー!」

 (あかね)がいつもの調子で笑顔を見せる。彼女の明るさは一気に場の空気を明るい物に変える。

 こうやって場の空気を盛り上げて明るくしてくれるのは、茜の良いところだ。

 多分、本人は無意識なんだろうけど。


「――突然だけど皆。倶利伽羅剣(くりからけん)の事を知っているかな?」

「倶利伽羅剣……? オレは知らないなぁ」

「戒都さんなら分かるんじゃないですか?」

「あぁ、一応ね。――倶梨伽羅剣は不動明王が右手に持つ剣の名前だ。竜が巻き付き炎に包まれたその剣は、仏教における最も根本的な三つの煩悩、貪瞋痴(とんじんち)の三毒を破る智恵(ちえ)利剣(りけん)と言われている」

 鴇矢(ときや)夏織(かおり)から話を振られた僕は、倶梨伽羅剣について知っている事を語る。

 父さんのおかげでこういった知識には無駄に詳しいのだ。僕が妖怪に関する事にそれなりに詳しいのもそういった理由がある。

「貪瞋痴とは、一体何の事なのですか?」

 珍しく儀人(よしひと)から質問が出た。

 それも当然だろう。こんな知識、普通なら知らなくて当然だ。言っちゃ悪いが生きる上で何の役にも立たない無駄な知識だ。

「これらは全部仏教用語で、貪は貪欲(とんよく)とも言う、欲望に任せて執着し貪り求める心の事。瞋は瞋恚(しんに)とも言う、自分の心に逆らうものを怒り恨む心の事だ。そして痴は愚癡(ぐち)とも言う、真理に対する無知の心の事を言うんだ」

 僕の説明を興味深く聞く儀人。相変わらず真面目な奴だ。

「それにしても、何故急に倶梨伽羅剣とやらの話を始めたのかしら。何か関係があるの、零奈先輩」

 愛沙(あいさ)が少し棘のある言い方で零奈さんを問い詰める。

 すると零奈さんはにやりと口角を吊り上げて答えた。

「その昔、不動明王は倶利伽羅剣の中に世界を荒らし回った邪悪な存在を封印し、人間を守ったと伝えられているんだけど、実はその倶梨伽羅剣がこのキャンプ場のすぐ近くのお寺に奉納されているんだ」

 ……何ですと。

 予想の斜め上を行かれた気分だった。

 まさかこんなところに神話級の宝剣が眠っていると言うのか。恐らくこれは一般人には知られていない事だろう。その手の物品は、怪奇に理解ある者が極秘に管理している筈だからだ。

「わたしが今回、この合宿の場所をこのキャンプ場に指定したのはこの倶利伽羅剣が目的なの。玉藻(たまも)ちゃんから聞いた話なんだけど、最近その封印が緩くなってるらしくてねー」

「それを僕達で何とかしろ、と……」

 ――いや無理だろ。

 確かに特殊な身の上の僕達であるが、そもそも封印なんて事が出来る訳もない。そして最悪の場合、つまりその封印が万が一解けてしまった時、僕達がそれに対抗できるとも思えなかった。

 玉藻の買い被りとしか、僕には考えられない。


「出来っこないって顔してるねぇ。それが出来るんだよ」

「え?」

「じゃーん! こちらをご覧ください!」

 零奈さんの突然の衝撃発言に茫然としていた僕の前に、零奈さんが何かを突きだした。彼女の手に握られているのは、赤い色をした紐だった。

「零奈さん&玉藻ちゃんお手製、お手軽封印紐―! これで緩んできている封印を強化する事が出来るよ!」

 随分と安直な名前だな……。

 零奈さんと玉藻が作ったと言う赤い紐。お手軽封印紐は不思議な空気を纏っていて、僕にはそれが妖怪の力――妖気だと言う事が分かった。

 成程、玉藻が零奈さんと共に作ったと言うのは本当のようだ。玉藻クラスの妖怪の力が宿ったこの紐ならば、緩んでいるその封印を何とかする事が出来るかもしれない。……戦えるかどうかは別だが。


「それじゃあさっそくお寺に向かおう! 思い立ったが吉日だよ!」

 じっくり考える時間も貰えず、僕は凄い力で零奈さんに引っ張られロッジの外へと投げ出される形になった。

 不意打ちだったのと、零奈さんの力が想像以上に強かった事もあり、首だけがその場に置いて行かれそうになる。ごきっと言う嫌な音が首から鳴った。

 最後に目に入った七不思議メンバーのお気の毒にとでも言いたげな顔は、一生忘れる事がないだろう。




 日が沈み、夜がやってきた。

 今僕達は、キャンプ場がある山の中に建てられていると言うとある寺に向かう為、山道を歩いている。季節は夏だが、木々に囲まれた山道の中は実に涼しい。

 皆もこの森の中ならではのこの気温は過ごしやすいようで、もうそれなりの距離を歩いているのだが辛そうな顔をしている者は一人もいない。

 ……いや、一人いるか。

「く、首が……」

 僕の事である。先ほど零奈さんに引っ張られたせいで首を痛めてしまった。寝違えてしまったように首を動かす事が辛い。森林浴で心は癒せても首の痛みは癒せないのだ。

「あははー、ごめんねー」

「別に良いですよ……。もうこういうのにも慣れました」

 もう数えるのも諦めるくらい零奈さんには頭を悩まされてきた。今更こんな程度の事では何も感じない。むしろ何もない方が不気味なくらいだ。

「それにしても、結構遠いんだね。そのお寺は」

「疲れた」

 悠一(ゆういち)は相変わらず爽やかな笑顔を振り撒きながら言っている。

 僕は未だに、彼がこの表情を崩しているのを見た事がないかもしれない。それは隣を並んで歩いている鈴音(すずね)も同じだ。疲れたとか言っている割には、表情はいつもの通り一切変わっていない。この二人がこれ以外の表情を見せてくれる日は来るのだろうか……。

「んー、そろそろ着くと思うよ」

「あっ、あれじゃないですか?」

「早いところその封印とやらを何とかして、ロッジに戻りたいわ。ほら、急いで戒都」

 夏織が言った通り、もう少し先に寺が見えてきた。なかなか趣がある、歴史を感じる寺だ。

 だがそれをじっくりと見る間もなく、愛沙が後ろで文句を言いながら僕を押して急かす。

 まぁ僕としても、こんな事は早いところ終わらせて合宿を心の底から楽しみたい。こういう面倒事はさっさと終わらせるに限る。そう思っているのは事実だ。

 なので僕は押された勢いのまま寺へと小走りで向かう。

 そして遂に寺の目の前に辿り着いた時、僕は衝撃的な物を目にした。


「これでよしっと……」

 赤みがかかった黒い瞳と、日本人らしい黒髪を持った高校生ぐらいの少年が剣を持って立っていたのだ。その剣は既に鞘から抜かれた状態で、月の光に反射して刀身が鈍く光っている。彼が鞘から抜いた状態で手にしているその剣は……。

「まさか、倶利伽羅剣……!?」

読了お疲れ様です。蒼峰です。


さて、本編の方は何やら怪しい雰囲気が漂い始めてきていますね。

のんびりとした雰囲気で進むかと思えた今作は、ここから一気に方向転換します。

本当はこんな展開にするつもりはなかったのですが、気付いたらこうなっていました。

それならばと言う事で、本編では絶対にやらないであろう事をこちらで挑戦しています。

こちらでそれを書く予定もなかったので急ごしらえで無理やりな部分もありましたが、これも良い経験と思って楽しんで書きました。

それが分かるのも、もうすぐです。

次回以降も楽しんでくださると幸いです。


それではいつも通り、久露埜さんにバトンタッチです。

また近い内にお会いしましょう!

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