2-7 天狗とニワトリと亀と
こんにちは永久院悠軌です
物語の空気感が変わっていきます
では、どうぞ
天狗なんかいるのかねぇ……。
俺も昔はじいちゃんから聞いたりしたけど、実在するとは思えない。
だが、鎌月と葉城が木を蹴って飛んで移動する人影をみたと言うからには……うーん。
なんかラフな格好してたところまで見えてるなら鼻が長かったかどうかとか下駄はいてたかどうかとか見てほしかったな。
まぁ、天狗の正体は恐らく、木漏れ日だろう。
ヒノキの木は高いから、お互いに幹は木漏れ日が当たる部分と、葉の影になるところがある。
風でも吹けば、風になびいた木の葉で木漏れ日が形を変えて、人影に見えなくもない。
そして、この考えは俺でなくてもおおよそ一般人なら考え付く。
つまり……。
「鎌月。さっきの黄泉さんと四ツ谷君さ――」
「隠し事をしているようでしたね」
やはり、天才的な話術と尋問テクニックを持つ鎌月は気づいていたようだ。
俺が言い切る前から答える辺り、鎌月も気になっていたな。
「まず最初に、四ツ谷さんは、わたしたちの話に食いついて来ましたが、直後に顔色を変えて黙りこんだ。天狗に関して、自らの意見は言わなかったけど、反論すら言わなかった。と言うことは、四ツ谷さんは天狗が現れることを、半ばわかっていた可能性があります」
なるほどな。
天狗が存在すると聞いても驚いた様子はなかった。
だとすれば、天狗や天狗に準ずるような異世界的な何かになれてる……?
いや、これは深読みか。
今の時代、天狗とコンタクトをとっている人間なんかいないだろうし、厨二病的な空気でもなかった。
では、四ツ谷君は『天狗とは限らず何かしらのアクシデントが起きる』と予想していたのか……?
うーむ……。
「赤木さん。整理できましたか」
どうやら鎌月は俺が思考を整理するのを読み取って静かにしていてくれたらしい。
つくづく、底が見えない奴だ。
「その顔は、結局わからなかったという顔ですね。わたしも残念ながら四ツ谷さんの考えは見抜けませんでしたが、もう一人いますよね」
黄泉さんのこと。
「あの方は、私たちの話を聞いてからの対応が、四ツ谷さん以上に穏やかでした。まるでこの事を完全に、もしくはある程度予測できていた。少なくとも、その反応の差異から四ツ谷さんよりは事情をわかっていたでしょう」
……。
鎌月の思考には驚かされるが、今回は驚いてばかりでもいられないかもな。
あの黄泉さんと四ツ谷君は表面上は共に遊びにきた先輩と後輩の仲だろうが、もっと深く、なにか一般に漏れてはいけないような機密を共有している……?
「黄泉さんは天狗について詳しい知識を持っていたし、四ツ谷さんは話題に食いついてきた。この事から、現実的な範囲内で彼らの素性を考えると――」
俺は息を飲む。
「――オカルト研究が好きな集団か何かでしょう。恐らくあの9人で天狗の伝説について調べにきたのでは?だから話にのってきたり、否定も肯定もしなかった」
「……! そうだな……」
半ば肩透かしを食らった感じだが、そうだろうな。
彼ら自身が妖怪か何かなのでは?とも考えたけど、あまりにリアリティが欠ける。
だが、オカルト好きであることをなぜ隠していたのかは疑問になる。
普通に遊び目的で来たわけでは無いのなら、そうと言えばいいのに。
やはり何か他にも隠しているのだろうか。
……わかんないな。
イマイチ腑に落ちないが、取り敢えず俺らのやることはボランティアにかわりないし、それにこの騒動は影響しないだろう
さて……。
今さらだが、俺たちは今、バーベキュー等の片付けを終えてから巡回している。
この湖はゴミの不法投棄も大きな問題になっている。
ゴミの回収自体は涼しい間にやりたいから明日の夜明けと共に開始する。
今は、ゴミの捨てられているポイントを探している。
俺は鎌月と葉城と共に移動中だ。
主に山の方を調べているのだが、山も奥にはいるとさすがに不法投棄も面倒なようでゴミは捨てられてない。
湖に近いところを移動している。
さて……バーベキューのゴミやら車のタイヤが捨てられてる。
これは……テレビか。
一体何故テレビかこんなところに捨てられてるのか疑問がわくが、考えても仕方ない。
「葉城。設置だ」
「あいあいさー!」
葉城がゴミに近づき、背負っているナップザックから小さなプラスティックの道具を取り出した。
「ほいっ!」
葉城がゴミの山に道具を投げ捨てたが、これは不法投棄目的ではない。
防犯ブザーを改造して特定時点で鳴るようになっている。
鳴らす時間は、明日の夜明け。
つまり、ゴミの場所がわかるように設置する。
さらにこの防犯ブザーは、音まで改造してある。
あのうるさい音ではキャンプ場利用者からクレームが来そうなので、ニワトリの鳴き声にしてある。
朝日が上ると共にニワトリが鳴いたってたれもクレームはいわない。
まぁ、山に野生のニワトリが大量にいると知ったらそれはそれで微妙な気分だが。
「設置かんりょー!」
「よし、それじゃ――」
「おい! そこの! 待て!」
五十嵐の叫び声が聞こえた。
「いくぞ!」
俺たちは木々を駆け抜けて湖に近い方に出る。
「……!」
「赤木! その人を捕まえろ!」
見ると、こちら側にかけてくる五十嵐と、五十嵐に追われてる人影がある。
五十嵐は不良っぽいが、見境なく、無意味に一般人に危害は加えない。
「止まってください!」
俺は人影に自ら飛び込み、地面に押し倒した。
「放せ! やめろ!」
人影は抵抗するが、俺の方が力は強い。
中年男性か……何故追われたのか。
俺のところに五十嵐が来ると、さすがに敵わないと知ったのか抵抗をやめた。
「ありがとな、赤木。そいつはさっき、湖に生き物を放流してたんで、声をかけたんだ。そしたら逃げられたからな」
「なるほど……。なんで逃げたんですか?」
俺は男性に聞く。
だが、男性は黙っていて、言い訳を探しているようだ。
「全く、釣り人装ってきて網を置いて逃げるなんてな。お陰でリリースした生き物の保護も簡単だったが」
「赤木くん。これをみて」
五十嵐と一緒に行動していた冴崎と裏寡が網をもって近づいてきたので、見ると――
「こ、これって……!」
「カミツキガメ。外来種だから、放流は禁止されてる」
カミツキガメ。
たびたび不法なリリースが報じられる生き物だ。
鋭い爪と牙、強い顎を持ち、魚を噛み砕いて食べるカメだ。
こいつはなんといっても凶暴で、人間なんかにも危害を加える。
指なんか差し出したら一瞬でこいつの胃の中だろう。
「カミツキガメ逃がしちゃったんですか……。それはいけないことですね。わかっていてやったから逃げたんでしょう?」
俺は引き続き男性に話しかける。
「俺らはこの辺りでボランティアをやっているので、さすがに見逃すことはできないんですよ」
俺が言うと、男性は唾を飲む。
話は聞いているみたいだな。
覚悟されても困るのだが……。
「このカミツキガメは、逃がされていたことにして、動物愛護団体に引き取ってもらってください。カミツキガメの餌はお金がとてもかかるのは知ってますけど、逃がすのはいけないので。たぶんあらかじめ逃げていたことにすれば逮捕はされないので」
俺は男性に言って、カミツキガメの入った網を持つ。
「さぁ、立って」
俺は男性の上を退いて男性を見る。
どこにでもいそうな普通の男性だ。
だが、道を踏み外せば、それは普通とは呼ばない。
「あなたの手で、持っていって下さい」
俺は網を男性の手で握らせて、仲間にアイコンタクトを送り、テントへと戻る。
歩く俺たちの背後には、道を踏み外した人がいる。
されど、道の途中で引き返し、正しい歩むことはできる。
一秒ごとに全力で生きること。
後悔というのは人間が持つ結果論から来る悪い感情だ。
後悔しないためにはどうすればいいか。
一秒ごと、一瞬ごとに全力で生きることだ。
後悔というのはつまり、過去の自分を否定、嘲ること。
全力を出していた過去の自分を否定することや嘲ることなど、できないだろう。
だから、一秒ごとに悩み、一瞬ごとに全力で生きるのが最善だ。
俺は、少なくともそう考えている。
はい、再び永久院です
天狗騒動と、ニワトリブザーの設置、カミツキガメの捕獲の三本だてでした
ラストの赤木の心情は、強襲ボランティア本編でも出て来るフレーズです
台詞から彼のアツさなんかを感じ取って頂けると嬉しいです
さて、ほのぼのしたボランティアだったりバーベキューするのはひとまず今回までです
次回、蒼峰さんの回からは一気に転調です
と言う訳で、お願いしますよー 蒼峰さん




