婚約者はどこに?
雅人からある程度の事情を聞いた陽介は、まず進藤翔の情報を警視庁の地下資料室で調べていた。
地下資料室には、万引きから殺人までありとあらゆる事件の報告書はもちろん、東京都内の住人について調べ上げたありとあらゆる情報も納めてある。いわば万能の情報源なのである。
「うーん…やっぱりそう簡単には見つからないよな…」
資料室にある資料は10万を超えるといわれている。そこからたった1人の資料を探し出すのだ。並みの苦労ではないだろう。だが、陽介は見た目によらず集中力がすごい。なんとかなるだろというのが雅人の意見だ。
というわけで、陽介は目下1人で捜索中である。
「進藤、進藤…と。ああ、くそっ!!どこにあるんだよ!」
髪を掻き回し悪態をつきながらも探しているのだから、陽介は余程人がいいといえるだろう。
5時間探して漸く進藤翔の資料は見つかった。
「あった~…!!雅人のやつ、寝てたら許さねえからな!」
でかい独り言を言いながら、陽介は資料室を後にした。
案の定、というか陽介の予想通り雅人は自宅のソファで心地よさそうに眠っていた。
「こいつ…」
雅人は低血圧のため寝起きの機嫌が悪く、はっきり言ってとても恐ろしいのだが、今の陽介はそれを思い出す余裕など微塵も残ってなかった。
陽介は少し雅人の整った寝顔を見ていたと思えば、思い切り息を吸い込み怒鳴った。
「まさと起きろ資料持って来たぞおーきーろ」
陽介の大声に反応し、薄く目を開いた雅人は不機嫌全開で言った。
「随分遅かったな…?」
「あのな!あそこにどんだけの量の資料が置いてあると思ってんだよ!!」
「うるせーな…で、資料は?」
「ちゃんと持ってきたよ。地下資料室にあったやつだから、かなり詳しい情報のはずだぜ。」
雅人はしばらく資料を見ていたが、何か気になるところがあったらしい。少し目を細めて、
「宮崎啓一の上司なんだな。」
「ああ。仕事場では厳しいって評判らしい。綾音さんには優しかったみたいだけどな。」
「つまり宮崎は上司に自分の恋人を横取りされたわけか。」 「そうなるな。」
またしばらく黙って資料を見ていたが、満足したらしく陽介に資料を渡した。
「もういいのか?」 「ああ。知りたいことは大体分かったしな。」
「ふーん…」
陽介は少し不満だった。
(あんなに頑張って探してやったってのに、礼の言葉もないのかよ。)
陽介が少しむくれながら帰る支度をしていると、
「何だ?もう帰るのか?」
「用は終わったからな。」
「ありがとな―」
「どういたしまして…って、えぇ!?」
思わず大声を出せば雅人は顔をしかめて、
「うるせぇな。」
「いや、だって今っ!!えぇ!?」
「俺が礼を言ったのがそんなに驚くことか?」
「驚くわ!!」
陽介が驚くのも無理はない。雅人という男は、謝ったり礼を言ったりというようなことをほとんどしない、非常識なだめ人間なのである。
「…なぁ、陽介。ナレーターって殺っても罪にならねえよなぁ?」
「やめろよ!!誰がナレーターするんだよ!!」
とにかくである。2人はこれからのことをベッドの中で考えることにした。
「変な意味に聞こえるからやめろ!!」
失礼。誤解がないよう言っておくが、この小説にBL要素は一切ない。よって雅人と陽介の2人はノーマルである。
雅人の家に泊まった陽介は、彼から分かっていることを聞き出そうと努めたが、結局聞き出せなかった。
そして第1現場に向かうタクシーの中である。
「なあ~…どうしても教えてくんないのかよ?」
「教えない。」
「せめて犯人のイニシャルだけでも!」 「だめだ。」
かれこれタクシーの中で2時間はこのやりとりを続けているが、なかなか決着が着かないらしい。そうこうしているうちに第1現場の緒方周作の自宅前に着いた。タクシーから降りると、陽介の上司で部下たちには裏で鬼警部と呼ばれている藤岡警部がやってきた。
「おぉ、黒瀬くん!来てくれたかね。」 「一応1回来たんですけどね。警部はどうしてここに?」
「噂の名探偵殿の捜査を拝見したくてな。もう鍵は開けてある。」
「ありがとうございます。」
緒方の部屋はマンションの3階にあった。ドアの鍵はカード式で、合い鍵を作るのは無理そうである。
雅人は窓を調べていたが、また例の新作推理小説を調べだした。
「速水くん。」
「はい!」
「緒方周作はどんな推理小説を書いていたかな?」
警部の問いに面食らっていたが、すぐに元気よく答えた。
「緒方さんは密室などの不可能犯罪を題材とした推理小説を執筆しておられました!」
「うむ。その通りだ。上出来だな。」
「ありがとうございます!」
雅人の手はあるページでふと止まった。 しばらくそのページをじっと熱心に見ていたと思えば、急に原稿を小脇に抱え部屋を出て行った。慌てて陽介も雅人の後を追って行った。
「おい!!どこ行くんだよ!?」
「うるせぇ。黙ってついてこい。」
2人はタクシーで目的地に向かった。その間雅人は何も話さなかったが、タクシーを降りる時にたった一言、
「…恨むなよ。」
「え?何がだよ?」 「いや、何でもねぇよ。行くぞ。」
2人が来たのは緒方家の庭だった。
「今から犯人に会いに行く。」
「えぇ!?」
様々な色のバラが咲き誇る庭の真ん中に位置するバルコニーに、その人はいた。 「あなたが…犯人ですよね?」
「え…」
その人はゆっくり振り返り微笑んだ。
「…緒方綾音さん」