ちいさなトットと、黒い道路を渡る勇気(ダンゴムシ)
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ちいさなトットと、黒い道路を渡る勇気
むかしむかし、みずみずしい緑の葉っぱと、しっとりとした優しい土に囲まれた「ひだまりの庭」という小さな国がありました。
そこには、少し内気だけれど、とても誠実で真面目なダンゴムシの男の子・トットが暮らしていました。
トットは、危険が迫るとすぐにコロンと丸くなってしまう、ちょっぴり怖がりな男の子でした。
ある日のこと、ひだまりの庭の生き物たちの間で、大きなお仕事の噂が立ちました。
「人間の大きな足が残していった、古い植木鉢(大きな建物)をみんなできれいに片付ける」
という、一年に一度の大きなお仕事です。この仕事をやり遂げれば、たくさんの美味しいお菓子や、甘いお花の蜜を報酬として受け取ることができます。
トットもみんなの役に立ちたいと思い、広場へ向かいました。
すると、少し薄暗い石の裏で、数匹の大きな虫たちが頭を突き合わせ、ひそひそと怪しい話し合い(談合)をしているのを見つけてしまいました。
「おい、いいか。今回の植木鉢の片付け仕事だが、あらかじめ誰がどこのエリアをやるか、僕たちの間で順番を決めておこうじゃないか」
そう言っているのは、仕切り役のカナブンでした。
トットの先輩である、がんばりやのガンバ先輩が不思議そうに尋ねました。
「えっ? でも、お仕事はみんなで公平に競争して、一番手際よく、みんなが納得する方法で決めるのがルールのはずですよね?」
カナブンはフンと鼻で笑い、意地悪そうな目でガンバ先輩を見つめました。
「お前は何も分かっていないな。ルール通りにやっていたら、お互いにお花の蜜を削り合うことになっ
て、誰も得をしないのさ。こうやって裏でコッソリ話し合って、今回は僕たちの仲間、次回はお前の仲間、という風に順番に仕事を回せば、みんな楽をして高い蜜をたっぷり手に入れられるんだよ。悪いようにはしないから、お前たちもこの話し合いに加われ」
「でも、それじゃあ、一生懸命にルールを守って頑張っている他のちいさな虫たちが、お仕事をもらえなくなっちゃいます!」
トットの友達の女の子・ルナが、思わず声を上げました。
すると、周りの大きな虫たちが一斉にルナとトットを睨みつけました。
「おいおい、余計なことを言うんじゃない。この話し合い(談合)を断る裏切り者がいたら、この庭に撒かれる『虫よけの苦いお薬(社会の罰)』を、お前たちの周りにたっぷり撒いて、ここに住めなくしてやるからな!」
その言葉を聞いた瞬間、トットは怖くなって、思わずコロンと丸くなってしまいました。
(どうしよう……。みんながずるい話し合いをしている。これに逆らったら、大好きなこの庭にいられなくなっちゃう。お薬を撒かれたら、僕は生きていけないよ……)
トットの心の中は、恐ろしさと不安で真っ暗になってしまいました。
これが、世の中の理不尽なルールであり、「社会の闇」というものだったのです。
そんなトットの耳元で、ガンバ先輩が静かに、けれど力強い声で囁きました。
「トット、よく聞きなさい。僕たちダンゴムシは、体が小さくて弱い。強い虫たちに逆らうのは本当に怖いことだ。でもね、間違った話し合いに加わって、誰かを泣かせて手に入れた蜜なんて、ちっとも美味しくないんだよ。僕たちは、自分の足で正しく歩まなくちゃいけない」
トットは丸くなった体の中から、そっと触角を出して外を見ました。
先輩の真っ直ぐな目を見て、トットの胸の奥に、小さな温かい灯火がポッとともりました。
「……僕、やっぱり嫌です!」
トットは丸くなっていた体を一生懸命に伸ばし、大きな虫たちの前に立ち上がりました。
「みんなでずるい約束をして、誰かを騙してお仕事をもらうなんて、絶対に間違っています! 僕は、そんな談合の仲間には入りません!」
カナブンは顔を真っ赤にして怒りました。
「生意気なダンゴムシめ! ならば約束通り、お前たちの住処にお薬を撒いてやる! 二度とこの綺麗な土の上を歩けないようにしてやるぞ!」
次の瞬間、シュッという音と共に、トットたちのすぐ近くに、鼻をつくような白くて苦い「虫よけのお薬」が容赦なく撒かれてしまいました。
もう、そこはトットたちが安全に暮らせる場所ではなくなってしまったのです。
「トット、ルナ、走るんだ!」
ガンバ先輩の叫び声に合わせ、三匹は必死に走り出しました。
たどり着いたのは、庭の境界線。その先には、黒くて平らな、見渡す限りどこまでも続く「黒いアスファルトの大きな道路」が広がっていました。
そこは、昼間になれば人間の大きな車がビュンビュンと通り抜ける、とても恐ろしい危険な場所です。
ルナは真っ黒な道路を見て、足がすくんでしまいました。
「こんなところ、渡れるわけがないわ……。怖くて一歩も動けない……」
トットも、足がガタガタと震えました。でも、東の空が少しずつ白み始め、朝一番の光が差し込んできたのを見て、トットは強く拳を握りしめました。
「今ならまだ、車は走っていない。朝早いこの時間なら、車のいない間に、僕たちのちいさな足でもこの黒いアスファルトを歩いて渡りきれるはずだ! 暗闇のずるい場所に残るより、命がけでも、新しい綺麗な光のある場所へ進もう!」
トットは、自分が先頭に立って、一歩、また一歩と、力強く黒いアスファルトの上を歩き始めました。
チクチクとした硬い地面。体温よりも高く感じられるほどの、どこか不気味な黒い道路。
それでもトットは、決して後ろを振り向かず、真っ直ぐに前だけを見て歩き続けました。
「トットが、あんなに小さな体で勇気を出して進んでいる……。私だって!」
ルナも涙を拭い、トットの後に続きました。ガンバ先輩も二人の後ろをしっかりと守りながら、三匹は心を一つにして、必死に道路を渡っていきました。
どれくらい時間が経ったでしょうか。
三匹のちいさな足が、ついに道路の向こう側にある、青々とした瑞々しい草むらにたどり着いたその瞬間、パァッと地平線からまばゆい黄金の太陽(朝陽)が昇ってきました。
そこは、誰もずるい話し合いを強要しない、みんなが自分の力で一生懸命に生きて、お互いを認め合っている「ひかりの森」でした。
草むらの奥から、とても優しくて立派な、森の長老であるカブトムシのレン大長老が、温かい眼差しで歩み寄ってきました。
「よくぞ、あの暗闇の誘惑を断り、命がけで正しい光の道を渡ってきたね、トット。お前たちが示した『間違ったことにNOと言う勇気』は、この森のすべての生き物たちの希望の光じゃよ」
レン大長老はそう言うと、頑張った三匹に、心まで甘くなるような美味しいイチゴの蜜と、お腹いっぱいのごちそうをたくさん手渡してくれました。
トットは、甘い蜜を口にしながら、朝陽に照らされる自分の小さな手をみつめました。
「僕たちの体は小さくて、すぐに丸くなっちゃうけれど……。でも、間違った道に進まない強さを、ちゃんと持てたんだね」
ルナもサリナのように優しい笑顔を浮かべて、トットの隣でうなずきました。
「ええ、トット。あなたが勇気を出して一歩を踏み出してくれたから、私たちは新しいふるさとにたどり着けたのよ」
それからのトットは、世界の厳しさや社会の闇を経験したからこそ、誰よりも優しく、そして誰よりも強い心を持つ立派な守りびとへと成長していきました。
トットたちの周りには、いつでも穏やかで優しい風が吹き、どんなに暗い嵐の日が来ても、あの朝早くに
黒いアスファルトを渡りきった本物の勇気が、彼らの未来をいつまでもぽかぽかと温かく照らし続けるのでした。
(おしまい)
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