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⑥ジスメリアライト第一皇女殿下

私の名はジスメリアライト。大国の第一皇女にあたる。

私を構成する全ては完璧でなくてはならない。この黄金のように輝く金の巻き毛も、神秘的と言わしめるアメジストような紫の瞳も、私が私であるために必要不可欠。

女神や妖精だと言われるが、それは私よりも完璧で美しいのだろうか。

女神や妖精が「ジスメリアライト様のようだ」と讃えられるのならまだわかるが。


私自身が美しく完璧なのだから、私を取り巻く環境も美しく完璧でなくてはいけない。

どんなに有能だろうと見目が良くないと、私に仕えることは許されない。逆にどんなに見目が良くても有能でなければ意味を成さない。なので今の環境はほぼ完璧に近くそれなりに満足している。


美しく有能な側近のフィリア。彼女は私の影武者を務められるほどの美貌だ。侍女たちもフィリアほどではないが美しく有能。護衛たちはさすがに実力重視だが、まあ私に仕えるには申し分ない程度だ。あとは私の隣に立つにふさわしい婚姻相手が見つかればいいのだが・・・これは一生かかっても無理なことなのかもしれないと最近思う。


各国の王族や有力貴族から婚約の打診はひっきりなしにくるが私にふさわしい婚姻相手はいなかった。見目も身分も能力も合格点のものもいたが、最終的に私の心を揺さぶる『何か』は持ち合わせていなかった。


私だってこの大国の第一皇女という自覚はある。政略結婚など当たり前だ。私も結婚適齢期後半にさしかかっている。私の婚約が決まらなければ妹たちの婚約も進まない。合格点と評価している者たちから選ぶしかない・・・と考えてはいる。


だが私を構成する全ては完璧でなくてはならない。それよりも大切なことなどこの世にあるのだろうか。気が進まない。完璧な私が崩れてしまう。苛立ちが募る。気分が晴れないまま隣国の博覧会へ出席する。


数年に一度開催される博覧会で、周辺諸国の貴族や王族が一堂に集まる。今年は隣国が開催国だ。

隣国は我が国の足元にも及ばない小国だが、平和で穏やかな治世が続く国だった。安定した国政で周辺諸国からの評価は高い。特産もなく、他国より秀でてている産業も何もない。それでも国民が安寧な日々を送れているのは国政を担っているものたちの能力が高い証拠だ。

最近では国全体の能力の底上げを狙って、庶民の識字率を上げようと学校の建設に力を入れているらしい。その政策は注目を集めており視察も含めたくさんの国々がこの博覧会に参加し、今夜の王宮舞踏会を楽しんでいた。


もしかしたらこの舞踏会で私の心を揺さぶる出会いがあるかもしれないと一縷の望みを賭けて参加した。もしここで私の隣にたつにふさわしい婚姻相手を見つけられなかったら、さすがにもう諦めるしかないと覚悟を決めた。


「はぁ・・・」

扇で口元を隠しているが大きな溜息が周囲に響く。少し期待してしまった分、落胆は大きい。やはり完璧な私に見合う殿方はいなかった。やはりそんな人物存在しないのかもしれない。完璧な私が唯一無二なように、その私に見合う者を見つけることなど無理なのだ。そう考えると納得がいく。最初から無謀だったのだ。私もそろそろ第一皇女としての責務を果たさなくてはならない。

この国の冴えない王太子とのつまらないダンスも終わったし、もう舞踏会に参加する意味もない。滞在している客間へと戻ることにした。


部屋の前にはこの国の女性騎士二名が警備として立っていた。我が国には女性騎士はいないのでその存在は珍しかった。戻ってきた我々に気付き、恭しく礼を執る。扉を開けるために姿勢を戻したが、顔はやや下を向き、視線も下に向けたまま。教育が行き届いているのがわかる。開けられた扉をくぐろうとしたとき、扉を支える女性騎士の横顔が視界に入った。


『どくん』と心臓が跳ねたように感じた。

思わず足を止める。一歩前を歩くフィリアがそれに気付き振り返る。基本的に私は初対面の者には側近のフィリアを介して声をかける。私と直接会話する価値があるのか判断するためだ。価値があると判断したものだけしか私の声を直接耳にすることはできない。

だが、私は扇で口元を隠すこともせずほぼ無意識でその女性騎士に直接声をかけていた。


「・・・そなた、顔をあげよ。」


声をかけられた女性騎士はわずかに肩を揺らす。動揺が垣間見えた。そしてゆったりとした動きで顔を上げた。いや、もしかしたら声をかけて即座に上げたかもしれない。でも私にはその動きはスローモーションのようにゆっくりと感じた。艶やかな美しい黒髪が動きに合わせてはらりと揺れる。ミステリアスな藍色のアーモンドアイ。女性にしては高い背にしなやかな体躯。腰に携えたレイピアが良く似合う。まるで装飾品のように彼女のミステリアスな雰囲気を引き立てていた。


私が求めていた『完璧』が、そこに存在した。


「・・・名はなんと申す?」 


普段ならありえない一連の行動にフィリアは驚いているが、口を挟むことはない。さすが有能なフィリア、美しいだけではない。


「シャルティエ伯爵家の次女、アンリ・シャルティエと申します。」


心地良い声だった。ハスキーな低めの声ではあるが、女性らしさも感じる優しい声色だ。

緊張はしているようだが、恐れている様子はない。こちらが気軽に話そうとしても、相手が恐縮しきってまともな会話が出来ないことも多い。でも彼女にそんな様子は見られない。


「アンリ・シャルティエ・・・良い名だ。そなたはこの後もここの警備を?」


「私は見習い騎士にありますので、第一皇女殿下様が在室中は警備から外れます。なのでご安心ください。」


警備体制に不満があると思われてしまったようだ。まあいい。見習い騎士であれば時間の融通は利きやすいだろう。


「フィリア、この者と少し話がしたい。」


「かしこまりました。」


フィリアは傍に控えていた侍女頭に指示を出す。さすがにこの展開にはアンリも戸惑っているようで、反対の扉に配置されている同じ女性騎士に指示を仰ぐような視線を向けている。ふいとその女性騎士に目を向ける。年齢は30代後半といったところか。アンリのような気品は感じられない。むしろ男性騎士のような迫力がある。アンリの上官にあたるものだろうか。部屋の主は不在とはいえ大国の皇女の客室を警備するのだ。見習い騎士だけでは不十分だろう。アンリと違い大剣を携えている。


上官と思われる女性騎士が口を開いた。


「僭越ながら発言の許可をいただきたく存じます。」


口元を扇で隠し、いつものようにフィリアを介して発言の許可を出す。


「お許しいただきありがとうございます。私は女性騎士団団長を務めております、アネモネ・フランジと申します。このアンリ・シャルティエは見習い騎士にございます。なにか粗相があったのであれば全て団長である私の責任にございます。どんな罰でも受けます故、アンリ・シャルティエは下がらせていただけないでしょうか。」


女性騎士団の団長だったか。納得がいく。下の者を躊躇なく守る気概もあり上に立つ者として実に立派だ。しかし私が一方的にアンリを罰そうと勘違いしている点については許しがたい。

まあいい。団長であらばアンリの職務の采配も握っているのだ。とりあえずアンリと話す時間を捻出させよう。


フィリアを介して団長に話しかける。


「安心しろ、少し話してみたいだけだ。今からこの者の時間を融通せよ。」


「はっ仰せのままに。・・・シャルティエ、失礼のないように。」




アンリを客室に招き入れる。まさかこんなすぐアンリとの時間を設けられると思わなかったが、有能な侍女たちはすでに準備を整えていた。


アンリは部屋に入るものの扉近くに立ち、それ以上は入ってこない。突然の展開に内心動揺しているだろうに、そんな様子おくびにも出さない。私はソファに腰掛け、アンリに視線を向ける。アンリの堂々とした立ち姿に一瞬見惚れる。アンリは視線は合わせないようにしているが、その表情は静かな笑みを保っている。本当に騎士見習いなのだろうか?私を前にして余裕があるように感じる。


フィリアが傍に控えているが、扇は閉じ、直接アンリに話しかけた。


「楽にしていい。もう少しこちらへ寄れ。」


アンリは一礼してからこちらに歩み寄る。

数歩であったが、その優雅な所作に胸が高鳴る。


「アンリ・シャルティエ・・・アンリと呼んで差し支えないな?」


「もちろんでございます。皇女殿下様の御心のままに。」


アンリと初めて視線が合った。吸い込まれそうな藍色の瞳。長い睫毛に縁どられたアーモンドアイから目が離せない。心奪われるとはこのことを言うのだろう。その言葉は他者が自分に向けるものだと思っていた。自分が『心奪われる』立場になるなんて。ああ、これが私が求めていた心揺さぶられる『何か』だったのだ!


「我が名を口にすることを許可する。ジスメリアライトと。」


アンリは側近のフィリアに目配せする。本当にそうして大丈夫なのか確認したいのだろう。無能ではないようだ。フィリアが一つ頷く。それを確認してからアンリは口を開いた。


「ジスメリアライト様。大変な名誉を与えてくださりありがたき幸せにございます。」


アンリの声が自分の名を紡ぐ。なんと心地良いのだろうか。アンリをどんな手を使ってでも自分のものとする。そう決めた。この小国から引き抜くことなど造作もないことだ。楽しくなってアンリに笑いかける。


「アンリ、なぜ騎士となったのだ?」


他人に興味を示したのは初めてかもしれない。



「私の生家でありますシャルティエ家は代々騎士を輩出しておりまして・・・」


アンリの話に耳を傾ける。やはりアンリの声は心地良い。アンリの声が聴きたくて質問攻めにしてしまった。途中、フィリアが静かに声をかける。


「ジスメリアライト様、そろそろ・・・」


自分はソファに座っていたが、アンリは立った状態で気付けば一時間過ごしていた。

招き入れておいて、椅子をすすめることもなく、お茶も出さずとは、少しはしゃぎ過ぎたようだ。侍女たちはお茶の準備などをしてくれていたが、私の今までに見たことがない楽しそうな様子に間に入れなかったのだろう。


ごほんと咳払いを一つしてからアンリに話しかける。


「私は明日帰国する。アンリ、次を楽しみにいる。」


「私のような身分でそのような過分のお言葉をいただけるとはありがたき幸せにございます。ジスメリアライト様にまたお会いできるように精進いたします。」


最後にアンリをよく見ようと正面にたつ。

ふと部屋のバルコニーへと繋ぐ窓ガラスを見るとアンリと自分の姿が映っていた。


白の騎士服を着た黒髪のアンリ。私は鮮やかな青のドレスに金の巻き毛。

一対の絵画のようだった。二つ揃うことで完成する。

私を構成する全ては完璧でなくてはならない。全てのピースがぴたりとハマる感覚。

私の隣に立つにふさわしい者はアンリのことだったと確信した。



帰国後、すぐにアンリを引き抜く手筈を整えるよう命じた。簡単なことだと思っていたが、そう甘い話ではなかった。アンリの素性を調べたらあちらの王妃のお気に入りだと判明した。そして見習いとはいえ王宮騎士団の騎士を引き抜くのは国同士の問題に発展しかねないと。もし仮にアンリを引き抜いたとして、どういう立場として傍に置くのかというのも問題だった。騎士に誇りを持っているアンリに側近や侍女をさせるのは酷だし、だからといって男性騎士しかいない我が国に一人女性騎士として身を置くのは立場として気まずいだろう。それに、どの選択を取ったとしても『ジスメリアライトのお気に入り』というのは周知の事実となる。他国から引き抜いてまで傍に置くのだ、よく思わない者も出てくるだろう。




「全ての問題が解決する案が一つございます。」


有能なフィリアがそう言うのだ、間違いないのだろう。だが苦々しい顔をしていた。


「ジスメリアライト様があの国の王太子と婚姻を結び、あの国に輿入れすれば、なんの問題もなくシャルティエ様をお傍に置くことができます。ジスメリアライト様の側近兼護衛として指名するのです。シャルティエ様は伯爵令嬢でもあるので、国の内情を知るために側近として、あの国は女性王族には女性騎士を就けますので、護衛として。こないだの王宮舞踏会の際にシャルティエ様の騎士としての心意気を知り、気に入ったとでも言えば問題ないでしょう。団長様もあの場にいたわけで、ジスメリアライト様が部屋に招いたことは知っています。

ジスメリアライト様の輿入れ先にあの国を選ぶというのは、私としてはあり得ない選択なのですが・・・。我が国にシャルティエ様を引き抜き傍に置いたとして、ジスメリアライト様が誰かと婚姻された際、傍に置き続けることは難しいでしょう。小国の騎士団からわざわざ引き抜いてまで傍に置く『お気に入りの女性騎士』というのは、正直外聞はよろしくありませんので。

・・・もしシャルティエ様が男性であっても伯爵という身分ではジスメリアライト様と婚姻するのは不可能です。とはいえ専属騎士として指名するのもやはり難しいことにございます。シャルティエ様が女性であったことは幸運だったのかもしれません。・・・私の案は以上です。」


さすがフィリアだなというのがまず感想だった。フィリアの言っていることは的を得ていた。

アンリが男だったならばよかったのにと思っていたが、たしかに男であれば余計に傍に置くことは難しいだろう。フィリアはあの国に輿入れすることに抵抗があるようだが、私は悪くないと思った。

たしかに小国だが実際訪れてみると良い国だと素直にそう思った。城に仕えるものたちは身分よりも有能であることを重視しているようで滞在中、不便に感じることはなく、むしろ居心地の良い環境だった。

たしかに冴えない王太子と婚姻を結ぶというのは気分が下がるが、国力は圧倒的に我が国が上なのだ。私の意向を通しやすい。


私から直々に輿入れの打診があったとなれば泣いて喜ぶことだろう。だがアンリはあちらの王妃のお気に入りでもある。決して横槍が入ることなどないように、婚約内容はしっかりと詰めなくてはならない。あちらの益をチラつかせれば、さすがの王妃も何も言えまい。

あとは私があの国に輿入れすることを父上が許可するかが問題だが・・・そこはフィリアのことだ、この案を提案した時点でなにか策があるのだろう。


あちらの王太子はアンリと同い年で今年学園に入学したばかり。在学中を婚約期間とし、卒業と同時に婚姻というのが最短ルートだろう。


諦めていた『完璧』がもうすぐ完成する。


「さすがだ、フィリア。父上に面会の申し込みを。」


「・・・仰せのままに。」


フィリアの顔は苦々しいままだった。普段感情をあまり見せないフィリアが表情を崩しているのは少し面白い。アンリを傍に置くこと自体、正直よく思っていないのだろう。それでも私の願いを叶えるため奔走してくれている。アンリを傍に置くこととなっても、フィリアが私の第一側近であることには変わりない。フィリアの忠誠に感謝せねば。もし私の願いが叶わなかったとしても褒美を与えよう。まあ、私のフィリアが失策を犯すなどあり得ないのだが。


私を構成する全ては完璧でなくてはいけない。扇の奥でにんまりとほくそ笑む。


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