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⑤ユリアス王太子殿下

「ユリアス殿下、先日の鉱山の件ですが早急にご対応いただきありがとうございました。まさか辺境伯と隣国で内密に取引が進められているとは知らず、とんだ大損するところでした。」


「いや、構わない。私も貴殿から相談をもらわなければ気付かなかった。こちらこそ助かったよ。」


「隣国の皇女殿下が我が国に輿入れすることが決まってから交流が盛んになりましたが、やはりそれに便乗してよからぬ考えを起こすものがいるようですね。あちらではなにも問題は起きていないのですか?」


「今のところはなにも報告は上がっていないが、先手を打っておいたほうがよさそうだ。皇女殿下の輿入れにケチをつける隙を与えてはいけないからね。」


「ユリアス殿下、なんだか他人事のような物言いですね。あなたの妃になられるお方でしょうに。」


「まあそうなんだが。やはりどこか現実味がなくてね・・・まさかあちらから輿入れの打診がくるとは。こちらとしては益しかないし、繋がりができるだけでも御の字なのに、輿入れされるのがあの第一皇女殿下だからな・・・」


「はっはっは。それだけユリアス殿下が魅力的だからでしょう。最近では政務でも才覚を発揮されているではないですか。いやはやこの国も安泰ですな。」


ユリアスは笑顔で頷きながらも心は真っ黒な感情に染まっていた。この婚約はそんな薄っぺらい話で結ばれたわけじゃない。



数年に一度、周辺諸国が集まり博覧会が開催される。去年はうちの国で行われた。

そのとき開かれた王宮舞踏会に隣国の第一皇女殿下も参加された。

黄金のように輝く金の巻き毛、神秘的なまるでアメジストのような紫の瞳。女神や妖精だと言われる美しい容姿。彼女を構成する全てが完璧であった。

さすが大国の皇女である。隣国でなければうちの舞踏会など参加されなかっただろう。

彼女はその美しさで周辺諸国で知らない者はいなかったが、気位が高いことでも有名だった。

基本的に会話は側近を介して行われる。口元は常に扇の奥に隠され、美しい声もかすかに零れてくるのみ。直接言葉を交わせるのは彼女が気に入った者だけ。

ユリアスはこの美しくも気位の高い皇女殿下と儀礼的にダンスを踊ることとなったが会話はおろか視線すら合うことはなかった。


「私じゃ皇女様の御心を射止めることはできなかったよ」と残念そうにまわりに話すが正直ほっとしていた。自分も王族らしくそれなりに見目は整っているが彼女に比べたら劣るし、立場だって大国の皇女とこの国の王太子では天と地ほど力の差がある。どこをとっても釣り合いはとれない。もしも、万が一彼女に気に入られてしまったらこちらから断ることなど絶対にできない。


まだこのとき婚約者はおらず、国内の令嬢で候補者が数名いた。ユリアスは今の平和な国をそのまま次代に繋げられたらそれでいいと思っている。今よりも豊かになればいいと思うが、平和であることが第一だ。争ってまで今以上の豊かさは求めない。貴族の権力を均衡に保つための結婚だ。大国の皇女など、この小さな平和な国には重荷だ。


博覧会も無事に終わり、いつも通りの平和な日常が戻ってきたころ、分厚い書簡を持った使者が隣国より訪れた。隣国の使者は慇懃無礼な態度で王族である我々ですら下に見ていることがひしひしと感じられた。とはいえ使者といえど隣の大国を敵にまわすようなことはできないので丁重に迎えた。

そして王族一同が集められた謁見の間で、使者は高らかに書簡を読み上げた。


「我が国の第一皇女ジスメリアライトを貴国の第一王太子殿下であられるユリアス様に捧げるとここに記す。使者は七日後に帰国する故、早急にご検討いただきそれまでに返答願い申し上げる。」


婚約の条件が書かれているであろう分厚い書簡を宰相が受け取る。その手はかすかに震えていた。使者はフンっと鼻を鳴らし、あごを上に突き出す姿勢でユリアスを見た。


「我が国の至宝であられるジスメリアライト様を妃に迎えることができるとは、貴国の王太子殿下はなんと幸運な御方でしょうか。益々のご繁栄をご期待申し上げます。」


大国からの婚約の打診をうちから断れるわけがない。まだ婚約者がいれば断ることもできたかもしれないが。いや、婚約者がいても無理だろう。あの第一皇女殿下からの婚約の打診を断ったとなれば国ごと潰されかねない。あの使者の態度でもその可能性は十分にある。

顔色を失くしたユリアスはふらふらとした足取りで謁見の間を退出する。自室に戻って心を落ち着けたかったがそれは許されることはなく、引き摺られるように会議室へと連れていかれた。


自分は生贄にされたのだとユリアスは思った。隣国が欲しがるなにかがうちにあり、それの交渉材料としてジスメリアライトとの婚約を打診されたのだ。でもこの国に隣の大国が欲しがるようなものなどなにもない。貿易の拠点として隣国が使いやすいように街道を四方に作らされるのか?それとも将来的に周辺諸国と戦争することを目論んで、この国を戦争の拠点にするつもりか?隣国の狙いがわからない。

会議室は重々しい空気で張りつめている。大国の第一皇女殿下から婚約の打診があったようには思えない。みんな同じ考えなのだろう。

青ざめた宰相が婚約の条件が詳細に記された書簡を震える声で読み上げた。


「婚約の第一条件としてジスメリアライトの側近兼護衛にアンリ・シャルティエ伯爵令嬢を指名する。」


「・・・・・え?」全員がその文章の意味を理解できない。


だがたった一人、顔面蒼白で今にも泣きそうな声で叫んだ。


「なんてこと!わたくしのアンリを・・・!まるで生贄ではないですか!」


ユリアスの母であり、この国の王妃だ。

母は厳格な人だ。ユリアスは今まで一度も母から優しい言葉などかけてもらったことはない。褒められたことだってない。なにか功績をあげても「これからも王族の名に恥じぬよう精進しなさい」とだけ。無論、母が感情的になったところも見たことはないし、ましてや涙なんて。

そんな母が感情的に叫び、その目には涙が溜まっていて今にも零れ落ちそうだ。その理由はユリアスの今後の身を心配してではなく、女性騎士見習いの伯爵令嬢のためであった。


沸々と怒りの感情が沸き上がってくる。平和を愛するユリアスは穏やかな性格で争いごとを避ける。

そんなユリアスだが、心の奥底に仄暗い感情を隠し持っていた。それは生まれつきの性格ではなく、ユリアスを取り巻く環境がそうさせてしまった。


以前から母が一人の騎士見習いを特別に庇護しているとは聞き及んでいた。が、それが女性騎士見習いだったので、王宮騎士団に身を置く数少ない女性騎士を気にかけてやっているのだと思っていた。女性騎士団もあるが伯爵令嬢には厳しい環境であることに違いはない。だが自身の私的なお茶会の護衛に就かせたり、騎士という立場で夜会に出席するときは自分の傍に置きたがった。通常騎士見習いが王妃の護衛には就けないし、夜会のときだって騎士見習いの仕事は外の見回りだ。

さすがに目にかけているどころではない待遇で、いくら将来有望な女性騎士見習いとはいえ依怙贔屓が過ぎるのでは?と直接苦言を呈するも、黙殺されただけで終わった。




状況が変わったのは王妃主催の近親者が集まる小規模の夜会だった。そのとき国王は外遊中で王妃のエスコート役が不在だった。こういうときは息子であるユリアスがエスコートするのだが、王妃に断られてしまった。


「今回は身内の小規模の夜会。あなたもたまには気楽に参加なさい。」


普段の母からしたら優しい言葉に感じた。厳格な人だから王族としての振る舞いにいつも厳しかった。だがユリアスのエスコートを断ったのは、ユリアスのためなんかではなかったと知る。王妃のエスコート役に抜擢されたのは、なんと騎士礼服を身にまとったアンリ・シャルティエだったのだ。騎士見習いが正式な騎士礼服は所持していないはず。だが彼女は華麗に着こなしていた。借り物ではないのだろう、女性騎士らしいしなやかな体躯にぴったりと合っていた。しかも良く見ると騎士礼服よりも華美な装飾が施されており、それが特別仕様だとわかる。母がアンリに贈ったのだろうか。


先に会場入りしていたユリアスは目を見張る。どういうことだと思うが声が出ない。そして王妃である母の顔を見てユリアスは血の気が引いた。そこに厳格な王妃の姿はなく、頬を染め少女のような表情でアンリを見つめ、エスコートを受けていた。対するアンリは王妃をエスコートしているにも関わらず緊張している様子もなく堂々としていた。騎士礼服に合わせて踵の高い靴を履いているのだろう。もともと背の高いアンリはほぼ男性と変わらない身長にみえる。エスコートの最中、そっと屈んで母の耳元に口を寄せなにか囁いた。母は耳まで赤く染め、下を向き照れているようだ。アンリはそんな王妃を甘く微笑んで見つめる。


自分はなにを見せられているのだろうか。母の浮気現場?いいや、相手は女性だ。しかも年若い見習い騎士。じゃあこれは一体なんの茶番だ。余興か何かか?


親子の情すら感じさせない母に寂しさはあったが、厳寒な王妃として尊敬していたのに。裏切られたと思った。怒り、悲しみ、色んな黒い感情が心に渦巻く。

周りもきっと同じような感情を王妃に抱いているだろうと思ってあたりを見渡すが、まわりの令嬢や貴婦人はアンリの振る舞いに「キャー」歓声をあげて頬を蒸気させている。「はあ・・・」と熱い視線で感嘆の溜息をついている者もいる。

男性陣はどうかと見やるが「噂には聞いていたが見目麗しい女性騎士だ。」「堂々としていて女にしておくにはもったいない!」など肯定的な意見を述べていた。中には冷めた目で見ているものもいたが、「やれやれ」と少し呆れている程度だ。どうやら厳格な王妃のささやかな道楽として捉えれているようで、悪感情を抱いている様子はない。むしろ王妃の人間味が垣間見れたと、それを引き出すアンリはすごいと盛り上がっていた。


ユリウスは自分に渦巻く黒い感情に支配されていく。

尊敬していた母の裏切り。なんなんだその表情は。僕には笑いかけるどころか、視線だってまともに合うことがないのに。なんでそんな見習い騎士なんかには優しく微笑みかけるんだ。僕だってここにいるのに・・・。




さらにはアンリ目当てで大国の第一皇女殿下が輿入れを打診してくるなど誰が想像しただろうか。アンリは自分にとって疫病神だ。穏やかで平和な日々を奪うのはいつもアンリだ。あいつのせいで・・・と怒りが湧いてくる。誰も僕なんか見ていないんだ・・・アンリ・シャルティエ、お前を許さない。


だがふと思った。最初からアンリ目的で輿入れしてくるのだから全部あいつに、あの気位の高い皇女殿下を押し付ければいい。世継ぎを設けるのはアンリにはできないから、自分が相手をするしかない。でもそれ以外はアンリでいいわけだ。それを相手も望んでいるのだから。それで大国と太いパイプができる。


婚約の条件が記された書簡もうちに不利益になるようなことは一つも書かれていなかった。それぐらいどうしてもアンリを欲しているのだろう。断る理由を一切与えないほど。厳格な王妃を篭絡したのだ。皇女殿下のこともきっと上手に手のひらで転がすだろう。


あいつが悪いんだ。伯爵令嬢ごときが、しかも騎士見習いの分際で調子に乗るからだ。もし皇女殿下の機嫌を損ねることがあろうものなら全部アンリのせいにして首をはねてやればいい。ああ、そうだ。そうしよう。早くその日がくればいい。母が泣き叫ぶ姿が想像できる。自分にも厳格な王妃の感情を乱すことができる。ユリアスは仄暗い楽しみを見つけた。


そして王太子らしいいつもの穏やかな笑みを張り付けて明るい声で発言した。


「突然の婚約の打診で驚きましたが、とても良い話ではないですか!最初は何が目的かと邪推してしまいましたが、我が国の安定した国政を自国にも取り入れたいとのこと。これまでの我々が国民のために奔走したことが大国に認められたのは大変喜ばしいことです。父上、いえ国王様。ぜひこの婚約をお受けし、ジスメリアライト皇女殿下を我が妃として迎えることをお許し願いたい。」


「ユリアスよ・・・。たしかに驚いたが決して悪い話ではない。むしろ我が国にとって益となるようなことばかり。大国からの婚約の打診など少々信じがたいが、確かに我々の今までの努力が実を結び、それが良縁を繋いだと考えれば喜ばしいことだ。お前が受け容れるというならば私も異論はない。」


「ありがとうございます。ではさっそく使者殿に快諾の返答を・・・」


「待ちなさいユリアス!アンリ・シャルティエの側近兼護衛への指名の一文は取り消しなさい!でないとこの婚約は認めないわ!」


「母上。落ち着いてください。この書簡の一番初めに書かれていることを取り消すということは、この婚約に異を唱えるということ。この婚約を受けるのであればそれは無理です。」


「であればこの話はなかったことに。使者殿には今すぐ帰国していただきます!」


「それは王妃としての考えですか?厳格と尊敬されるあなたが国の損益を無視して感情で物をいうなど信じがたいのですが・・・これからの国の発展を願うであれば、この婚約は受けるというのが王族の責務。王族としての在り方はあなたから教わりました。私の考えは間違えていますか?」


「・・・・・・・」


「それにアンリ・シャルティエを指名というのも何がそんなにおかしいことなのでしょうか?書簡にも王宮舞踏会のときに警護にあたったシャルティエ嬢の女性騎士とは思えぬ実力を気に入ったと書いてあるではないですか。たしかに大国の皇女殿下の側近兼護衛に就くというのは大変な気苦労を伴うとは思いますが、見習い騎士でありながらその実力を大国の皇女に認められたというのはシャルティエ嬢にとって喜ばしい事なのでは?」


「・・・ですが・・・!」


「ですが?なんでしょうか?・・・シャルティエ嬢は今まで何度か王妃主催のお茶会の護衛や、夜会でも王妃周辺の警備を担当していましたよね。騎士としての土台はもう十分に経験を積んでいるのでは?もしやそこまで見越してシャルティエ嬢を傍に置いていたのですか!さすが、王妃。素晴らしい慧眼です!」


少しわざとらしすぎたか、と思いつつ、母を言い負かすことができて非常に気分が良かった。今まで感じたことのない高揚感だ。母は恐ろしい形相でユリアスを睨んでいたが、なんにも怖くなかった。


母上、待っていてください。そのうちにあなたを地獄のドン底に突き落としてさしあげます。どうかそのときは僕の前でその顔を歪ませて大声で泣き叫んでくださいね。あなたの感情を最大限揺さぶってさしあげましょう。あなたの人間味を引き出すのはこの僕です。


ユリアスは未だなお何か言い募る母をうっとりとした表情で見つめ、ゆっくりとほくそ笑んだ。



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