④エミリア・ココ・シオネル公爵令嬢
「エミリア様、ご機嫌麗しゅう。本日のお茶会のことでご相談がありまして、今よろしいでしょうか?」
「サリナ、あなたから相談なんて珍しいことね。なにかしら?」
「実は婚約者のヘンリー様から放課後にカフェへ誘われたのです。しかも私のために予約までとってくださったのですよ。なので本日のお茶会を欠席させていただきたくお願いを申し上げに参りました。」
「まぁ、婚約者とカフェなんて素敵ね?でも私が主催するお茶会よりも優先させるべきことなのかしら?」
「・・・実は『黒薔薇の君』がエミリア様のお茶会へ代わりに出席させていただきたいと申し出をいただいたのです。急遽、騎士団の演習がお休みになったとのこと。いつもご招待いただいているのを断ってばかりなので是非にと。」
「・・・さすがサリナね。まさから『黒薔薇の君』を篭絡するなんてあなた『才女』よりも『魔性』のほうが合ってるんじゃなくて?
さて、『黒薔薇の君』がお茶会に参加されるなら趣旨を変えないと。甘いものがお嫌いとおっしゃっていたから軽食を用意したほうがいいわよね?」
「はい。そのようにすでに手配済みです。それと今から言うことは私の独り言なのですが・・・『黒薔薇の君』はマカロンがお好きなのかもしれません。今日のお茶会の手土産はエヴァンスのマカロンだと伝えると参加したいとお返事なさったので。お菓子は苦手だと公言なさっているので私の思い違いかもしれませんし、『黒薔薇の君』の名誉のためにもやすやすと口外できませんが。独り言ですので、もしお耳に届いてしまったら申し訳ございません。忘れていただければ幸いです。」
「・・・私は、なにも、聞こえてなどいないわ・・・。マカロン・・・身悶えするほど可愛いぃぃぃ」
「というわけで、大変心苦しいのですが本日のお茶会を欠席させていただきたく。ご許可いただけますか?」
「構わなくてよ、サリナ。婚約者からのお誘いを無下にするなど無粋だもの。楽しんでいらして?」
「寛大なお心遣いに感謝申し上げます。代わりに出席いただくアンリ様は私が直接お茶会会場までお連れしますのでご安心ください。」
「ええ、失礼のないようにね。」
さすがだわ、サリナ。私の専属侍女にしたいぐらい良い仕事をしてくれた。
打診したことはあるが「野望があるので」とあっさり断られてしまった。子爵令嬢の分際で私の誘いを断るなどあり得ないとその時は少し腹が立ったが、今となってはこれでよかったと思う。
私の侍女となってしまったら、『黒薔薇の君』ことアンリ・シャルティエ伯爵令嬢を私のお茶会に出席させることなど難しかっただろう。彼女は警戒心が強いというか、自分の信奉者とは一線を引いている。サリナの代理だから今回は出席してくれたのだろう。今後あるかわからないのだから、しっかりと準備しなくては!
それにしても『黒薔薇の君』がマカロンが好きだなんて俄かに信じられないがサリナが言うのだから間違いないのだろう。彼女がマカロンを美味しそうに食べている姿は想像できないが、もし本当なら可愛すぎる。彼女の部屋をマカロンで埋め尽くしてあげたい。多分こういうことを考えるから、マカロンどころかお菓子自体が好きではないと言っているのだろう。そうであれれば『黒薔薇の君』に我慢させていることになる。過激な行動は反省すべきだ。
彼女は卒業と同時に、王太子に輿入れされる隣国の皇女殿下の側近兼護衛に内定している。本当は私の護衛として囲いたかったが、彼女は王妃のお気に入りということもありそれは叶わなかった。
父は王弟で私は準王族にあたる血筋。私自身、順位は低いが王位継承権ももつ。しかも王家から滅多に女児は生まれず、私は50年ぶりに生まれた王族の血を引く女児だ。エミリア・ココ・シオネル公爵令嬢の誕生は同い年の従兄にあたる第一王子ユリアスよりも盛大に祝われた。
ミドルネームの「ココ」は、建国以来、唯一君臨した女王の『ココリナベル』にちなんで王家直系の女児に与えられる。本来、準王族の私につけられることはないが50年ぶりの王族の血筋にあたる女児とあって特別につけられた。
そう私は生まれながらに『特別』なのだ。王弟の父よりも、王子のユリアスよりも、ある意味身分は高いかもしれない。公爵家で蝶よ花よと育てられ、私の気分を害すものは徹底的に排除した。粗相をした使用人はその場で解雇された。
社交界デビューしてからも私が『特別』であることに変わりはなかった。夜会で同じ色のドレスを着ていたご婦人は人に酔ったといってすぐに帰った。お茶会で私と同じ髪型をしていた令嬢は来る途中に靴のかかとが折れてケガをしたと言って挨拶だけして席に着くことなく帰った。とある貴族令息は夜会で酒に酔っており、許可もなく私の肩にその汚い手で触れた。その貴族令息は次の日には除籍され平民となった。
私の気分が少しでも悪くなるような出来事は、最初からなかったことにすればいい。同じ色のドレスを着たご婦人も、同じ髪型の令嬢も、無礼を働いた令息も最初からいなかったのだ。
当たり前でしょう?だって私は『特別』なんだから。
同い年のアンリ・シャルティエ伯爵令嬢は騎士を多く輩出する名門シャルティエ家の次女だ。シャルティエ家では女であろうと見込みのあるものは騎士として育てた。彼女自身も騎士になることを望み、恵まれた体躯を生かし、令嬢よりも騎士の道を優先した。美しい見目ばかり注目されるが、レイピアを持たせたら横に出るものはいないほどの剣の腕だった。さすがは名門シャルティエ家の出身。見習い騎士とはいえ学生でありながら王宮騎士団に籍を置く実力がある証拠だ。
貴族令嬢として幼いころから顔を合わせていた私は彼女が騎士となるべく努力していたのを知っている。その努力が実を結んだのは自分ごとのように喜ばしいことだった。
仲が良いわけではないが、たまに彼女が伯爵令嬢として出席する夜会には必ず私も出席し挨拶程度だが交流は続けていた。
学園に入学し彼女の女生徒たちからの人気は凄まじかった。彼女が何気なく言った一言で女生徒たちは暴走してしまい、たびたび彼女を困らせた。これではいけないと思い、暴走する女生徒たちの統制を執るためエミリアは立ち上がった。まず彼女の美しい艶やかな黒髪を薔薇にたとえて『黒薔薇の君』と裏で呼ぶことにした。そして彼女を困らせる行動するものはエミリア・ココ・シオネル公爵令嬢の名において排除した。謹慎、停学で済めばいいが、退学させたものもいる。
私に許可されたものだけが彼女を『黒薔薇の君』と呼ぶことができ、黒薔薇を模したブローチが与えられた。この国の貴族令嬢にとってそれはエミリア・ココ・シオネル公爵令嬢に認められたことを意味する特別なブローチとなった。彼女の信奉者たちの統制を執るのはなかなかに大変だったが、上手くいき私はほっとした。彼女の邪魔をするものは私が許さない。
生まれながらにして『特別』な私、自分の力で『特別』となった彼女。自分の境遇に一切の不満はないが、昔から私にとって彼女は憧れのような存在だった。幼い時から変わらず努力し続ける彼女が眩しい。周りからは私も彼女の信奉者だと思われているが、それは少し違う。たしかに騎士姿の彼女は世界一かっこいいとは思うが。
彼女が憂いなく騎士としての道を進めるように、余計なことに神経を使わなくてもいいように、私はこれからも陰で支え続ける。
そのためにも今日のお茶会で彼女が居心地よく過ごせるようにしなくては。お茶会の席の配置も考え直そう。そうだ、手土産のマカロンは彼女の分だけ数を多くなるように手配しよう。
手土産のマカロンをアンリがこっそり食べるところを想像し、エミリアは一人ほくそ笑んだ。




