③-2 アンリ・シャルティエ伯爵令嬢
サリナはアンリがマカロンを好きという情報を知り得たわけではない。
様々な情報を精査していくうちに行き着いた結論であった。
普段学園の寮住まいであるアンリは騎士見習いとして演習に仕事に忙しいためあまり実家には帰らない。帰るのは伯爵令嬢として夜会に出席するときぐらいだ。大体2,3か月に一回ほど。
アンリが実家に帰るとき、必ずエヴァンスに注文が入る。注文内容は毎回違うがマカロンだけはいつも全種類。アンリが実家に帰っていないときでもエヴァンスに注文は入るが、伯爵夫人がお茶会や手土産を用意するときだろう。そのときも毎回マカロンの注文は入っている。でも全種類を頼むことはない。
マカロンを全種類注文するときは決まってアンリが実家に帰るとき。つまり、アンリの好物だから用意しているのだとサリナは考えた。
ちなみになぜ注文履歴を詳細に知っているのかというと、エヴァンスの経営にサリナが携わっているからだ。老舗として名高いパティスリー・エヴァンスだが数年前までは赤字が続いていた。王都では新進気鋭のパティスリーが多く出店され、顧客が奪われてしまったのだ。だからといって老舗としてのプライドもあるため、価格を下げたり、売り上げが悪いからといって品質を下げるわけにもいかない。知名度まで奪われないように新店を何件か出すもののオープン直後は売上がよくても半年もたつと赤字に転じた。
このままじゃあ倒産してしまうかもしれないという窮地にまで追いやられてしまった。
そんなとき経営の立て直しにサリナが抜擢された。なぜ一介の子爵令嬢が抜擢されたのかはまた別の機会に語るとしよう。
サリナはまず手始めに新店は全て閉店させ、本店のみに絞った。
店を閉めたことで経営が上手くいっていないのではと勘ぐられもしたがそんな噂はすぐに消えた。
エヴァンスでマカロンが売り出されたからだ。隣国発祥のお菓子で材料も輸入しなければならないし、作り方もなかなかに難しいため、我が国では知名度が低かった。
だが食べたことない食感に味の良さ、なにより色とりどりの見た目の可愛らしさは貴族女性の心を奪った。マカロンはたちまち流行った。
エヴァンスは本店しかないため、マカロンの入手は困難となり連日長蛇の列をなした。
その希少価値は噂が噂を呼び、マカロンをお茶会で出したり、手土産に持参するというのは貴族女性の一種のステータスとなった。でもサリナは店舗数を増やすことはしなかった。本店でしか買えないということで、エヴァンスのお菓子自体の希少価値を高めたのだ。
店舗は増やさないが、菓子工房は増築し、上位貴族の注文は融通が利くように調整した。融通を利かすのだ、もちろん値段は吊り上げた。みるみる経営は黒字へと転じ、そしてマカロンはエヴァンスの代表作となった。
もちろん他のパティスリーでもマカロンが売り出された。だがマカロンの材料の輸入や作り方の習得に時間がかかってしまい、お店に並ぶころにはマカロンといえばエヴァンスという認識が定着していた。
そしてサリナの徹底した印象操作により、エヴァンス以外のマカロンを食べるのは庶民。貴族ならエヴァンス。という印象がついたのであった。
そしてマカロンの新作は年に一回、それも期間限定で同じものは二度と出さない。
その年のその期間中でしか食べられないのだ。血眼になってみんな買い求めた。
そんな術中にまんまとハマった一人がアンリなのだ。
マカロンの虜になり、サリナの駒として利用された。
サリナは心置きなく愛しの婚約者様とカフェデートへと出かけたのであった。
ちなみにサリナはアンリが栗味マカロンが特に好きとはさすがに知らなかった。
きっとマカロンの神様がサリナに味方したのだろう。
ところでマカロンの神様ってなんですか。




