②ヘンリー・スルース侯爵令息
ヘンリー・スルース侯爵令息。建国から代々続く由緒正しきスルース侯爵家の嫡男だ。
ヘンリーは嫡男として子供のころから厳しい教育を受けていた。一人息子への期待は非常に大きく、絶対になにがあっても立派に育てるんだと侯爵家一同やる気に満ちていた。
そしてヘンリーはとても良い子であった。真っ直ぐで素直でいつも「はい!」と元気よくお返事できて・・・ちょっとアホだった。厳しい教育にへこたれることなく元気よくにこにこと「わかりません!」と答え、他の貴族子息から嫌味満載なマウントを取られても「君は物知りだね!もっと教えてくれ!」と逆に相手の心をへし折った。ヘンリーの評判は一様に「真っ直ぐで素直な良いやつ(ちょっとアホだけど)」であった。
しかし婚約者がなかなか決まらないことをヘンリーは気にしていた。アホなのに。
大体の高位貴族は学園入学前に婚約者を決めている。学園に入学して半年が過ぎたころ、やっと婚約者が決まったと両親から報告を受けた。ヘンリーは嬉しくて絶対にその婚約者を大事にしようと会う前から決めていた。そして初めての顔合わせのときヘンリーはサリナを一目見て気に入った。一目惚れとまではいかないが、サリナの聡明さを表した翡翠の瞳を美しいと思ったし、綺麗に結われたミルクティー色の髪もヘンリーの好みであった。
同い年で同じ学園に通っているが成績順でクラスが分けられており、特待クラスのサリナと下位クラスのヘンリーでは校舎が違っているため学園で顔を合わせたことはない。
両親から婚約者は田舎の子爵令嬢に決まったと聞いたときは、なぜ?と思った。ヘンリーは身分で威張るというようなことはしないが、純粋に家格の差が気になった。両親は建国から続く由緒正しき侯爵家の血筋を重んじている。公爵、侯爵、伯爵のいずれかから選ばれると思っていた。年齢が釣り合う令嬢もたくさんいた。
だからなぜ聞いたこともないような田舎の子爵令嬢を選んだのだろうかと不思議に思った。
だが、サリナと話してみてその理由がわかった。
サリナはとてつもなく賢いのだ。だがそれを鼻にかけるようなことは全くないし、自慢話や小難しい話をするわけでもない。相手が興味のある話を次々と繰り出し、会話を広げていく。会話の主導権は常に相手にあるが、そこに圧倒的な知識の厚さを感じた。さすがにちょっとアホのヘンリーでもわかった。
田舎の子爵令嬢とは思えない洗練された所作は美しく、ただ微笑んでいるだけでも十分魅力的だと思った。だがサリナの魅力は『才女』と言わしめるその頭脳にあるのだ。
両親は言った。サリナ嬢はスルース侯爵家の希望の星だ、これで我が家はこれからも安泰だと。
その言葉にヘンリーは自分は期待されていないのだと落胆・・・することはなく、素晴らしい令嬢を婚約者に選んでくれた両親に感謝し、その慧眼を尊敬した。ヘンリーは素直な良い子なのだ。ちょっとアホだが。
とはいえ、なぜ田舎の子爵令嬢が由緒正しき侯爵家の婚約者に選ばれたのか。いくら『才女』だろうとそれだけの理由で選ばれるだろうか。
ヘンリーは知る由もないだろう。
スルース侯爵家がサリナの才能を買って婚約者に選んだのは事実だが、サリナが世間に『才女』として認められるほどたくさんの努力をし、奔走したことを。
そして由緒正しき侯爵家の嫡男の婚約者の座を射止めるために暗躍したことを。
でもそれでいいのだ。ヘンリーはちょっとアホだけど、素直で真っ直ぐで、一緒にいる人の心をあったかくしてくれる。裏の裏を読み虎視眈々と人を蹴落とす気概がないと生き抜けない貴族社会において、ヘンリーは周りにとって癒しの存在だった。
ヘンリーの周りにはいつも人が集まっていた。ヘンリーと一緒にいたら余計なしがらみを気にせずみんな自然と笑えたから。中にはそんなヘンリーを貶めようとするやつもいたが、周りが先に気付いて守った。だからこそ、ヘンリーの婚約者が誰になるのかは周りにとっても気になることだった。
そしてサリナ・ベーン子爵令嬢に決まったと聞いたときはみんな一様にさすがスルース侯爵様だと思った。あのサリナ・ベーン子爵令嬢であればヘンリーを任せられるし、スルース侯爵家が終わることもない。よかった、ヘンリーが変わらずヘンリーでいられる。みんな安心した。
まわりの心配もつゆ知らず、ヘンリーは婚約者と仲良くしようと毎日頑張った。そして努力の甲斐が実り、サリナがヘンリーと2人の時間を捻出すると約束してくれたのだ。嬉しい。笑いかけてくれるサリナかわいい!放課後のカフェデートが楽しみでほくそ笑むヘンリーであった。
こうしてヘンリーのまわりはいつも平和で穏やかなのでした。




