35.親心と子供
――入学式の翌日
アルの義理の父である俺……ゼルガイドは謁見の間に呼ばれていた。
「ふっはっは! お前の息子は相当やんちゃらしいじゃないか」
「はっ……お恥ずかしい限りで。息子に話を聞いたところ、特別クラス……言い方はアレですが、ミーア校長自ら監視する教室になったそうです」
「フッ、第一騎士団長殿の息子が問題児とはね」
「はは……」
イークンベルの国王であるフランツ陛下が大笑いし、グノシスの嫌味に乾いた笑いが出る。
というかあの日、戻って来たアルフェンに一部始終を聞いて冷や汗をかいた。度肝を抜けと言ったがまさか自分達もそうなると思っていなかった。
まさか鬼教諭と呼ばれたミーア校長に目を付けられるとは……
いや、自分から『単独のクラス』が欲しいと交渉した結果なのでアルの自業自得。
……学校では能力があれば馬鹿にされることもないので、もし周りから養子だと知られても実力で口出しできない。
そうすることで俺とカーネリアの息子だと胸を張って言えると考えた。
親ばかだと思うなかれ。
アルが居なければカーネリアとよりを戻すことも、天使のような双子が生まれることも無かっただろう。
そう言えるくらい、アルには感謝している。
出自には驚いたけどね。
できれば復讐なんて考えて欲しくないが、大きくなるまでに考えが変わってくれると嬉しいものだ。
……アルの本当の祖父アルバート将軍が健在なら、戻ったところでそれはさせないと思いたいところだがな。
「はっはっは、グノシス良いではないか。破天荒な子供というのもたまに居る。案外そういう子が英雄になったりするかもしれんぞ?」
「は……」
「ウチのラッドは文武両道で親としても能力は高いと思っている……しかしあの子には勝てんだろうなあ! あの歳でマスタークラスを扱えるのはおかしいだろ。ともあれ、今期は我が息子を含めて城勤めの子が学校へ通う。なにかあればお互い相談し合おうではないか」
「勿体ないお言葉です。ま、まあ、ウチの息子は問題児扱いされているので、王子と会うことはないかと思いますが……」
ミーア校長は御年六十五歳。
俺は二十八歳なのだが、あの人は二十年ほど前は現役の教諭として働いていた。
その生徒の一人だった者からすれば、アルは可哀想なことになったと言わざるを得ない。
「無事に三年間を過ごして卒業できるかも怪しいですしねえ」
「うるさいな……アルは大丈夫だ。……多分」
「言ってやるな。あの人には私でも頭が上がらん。本性を知らないとはいえ、校長であるミーア殿に交渉を持ちかけるあたり胆力はお前に似ているなゼルガイド。義理の息子だと聞いたが?」
「ええ、おっしゃる通りカーネリアが森で拾った子です。だとしてもあの子は俺の息子ですよ。カーネリアの魔法も俺の剣術もマスターしつつあります。まあ、ちょっと困らされそうですが」
「チッ……」
グノシスが舌打ちをするが、俺は涼しい顔で無視する。
同期なのに俺が先に騎士団長を務めているのが気に入らないらしいが、知ったこっちゃない。
「では、ウチの息子と娘についてゆっくり話を――」
ううむ、言ってはまずいがこちらも親ばかだったか……。
陛下は子供達を溺愛しているから、付き合うとしますか。ウチも双子の可愛さを伝えよう。
アル、くれぐれもラッド王子を巻き込んでくれるなよ……
◆ ◇ ◆
「お、終わったよ先生……」
「おや、早かったわね、よろしい。それでは朝の授業を始めます」
「はーい……」
入学式の翌日、俺は誰も居ない教室へと登校した。
校舎も部屋も古いけど、静かな教室に俺は悪くないと思っている。たった一人、だけど他の生徒に迷惑をかけることもないだろう。
初日で希望が通ったことにほくそ笑んでいたのだが、目の前で教科書を開くこの婆さんが曲者だった。
「ほら、アルのために用意した教室なんだよ。まずはキレイにしないとね」
と、朝っぱらから教室の完全清掃をやらされた。魔法は使わないように、と言い含められたうえで。
「やりたくないならいいんですよ? その場合は……そうですね、五日後くらいにどこかのクラスに入れます。いい光景でしょうね、後から自己紹介させられるのは」
「や、やるよ!」
という感じでやる羽目になった。
後から別クラスなんて冗談じゃない。
低学年の時に転校した小学生がどうなるか、俺は知っている。好奇の目にさらされるのだ。
そんなこんなで一時間かけて一人暮らしだった家事スキルを駆使し、全く使われていなかったであろう教室を掃除しつくしてやった。
「それじゃ、語学からやろうかね。教科書を出して」
「うん。でも、語学は独学で結構できるようになったけどね」
「へえ、それじゃ私に見せてごらんよ」
そう言われて、教科書の問題を全て解いてやると、驚きと訝しむ表情が入り混じった顔で俺を見ていた。
「……確かに凄いね。教科書が必要ないくらいに。ゼルガイドとカーネリアの息子だから魔法が凄いのは分かるけど、勉学まで最高峰とはねえ。独学って、どういう勉強をしていたの?」
「俺は小さいころからこの本で勉強していたんだ」
そう言って俺はあの本を取り出して見せる。
この婆さんならなにか知っているかもしれないという期待もあった。
すると――
「……!?」
婆さんの顔がサッと青ざめた。明らかに気配が変わったが、この本のことを知っているのか……?
「どうしたの、先生?」
「い、いえ、なんでもないわ。……あら、終了ね」
<これはなにか知っていますね>
その直後、授業時間の終了を告げる鐘の音が鳴り響き、婆さんはハッとして俺の頭に手を置いて撫でてくる。
リグレットの言う通り、これはなにか知っているな?
「あ、あの、これ――ん?」
そのことを尋ねようとしたところで、視線を感じ、そちらを見ると――
「……」
「うわあ!? ……ラ、ラッド王子?」
ガラスの窓にべったりと張り付いているラッドの姿があった。




