09.夏休みの訪れ ― 遊水地の再会とあの日した勝負 ―
「あ」
声を上げたのは、二人同時だった。
そこは隣町の、駅にほど近い場所にある遊水地の周回道路。
湊はおよそ一年ぶりに訪れて、変わらない景色に見入っているところだった。
そしてそこに現れたのが、颯太。
彼もまた、およそ九か月ぶりになる訪問だ。
「思い出した!」
と声を上げたのは、颯太だった。
やっぱり見覚えあるわけだよ、なんだ、そうなんじゃん――と一人ではしゃぐ颯太に置いてけぼりの湊は、改めて颯太に聞いた。
何を騒いでいるのか、と。
「思い出したんだよ! 去年さ、夏の、多分、六月くらいだから初夏? 梅雨? それくらいんときにさ、お前ここにローラースケートしに来てたろ? んで、オレらと勝負して、オレらのことぼろ負けさせて。一人勝ちして勝ち逃げしたじゃん」
と笑顔で言った。
それはもう、ようやく喉につかえてた骨がとれたようなさわやかな気分だった。
「あー、あの時の。て、あれ、杜山君、だったの? 年上の人だと思ってたんだ」
と湊が言えば、
「いや、それはお前がちっさいから……痛い、こら、叩くな、帽子で叩くな。悪かったって。小さいとか言って悪かったって。て、また叩くし。ごめんて」
と言う。
それにしてもよかったよかった――とまるで年寄りのように繰り返す颯太に呆れつつも、それで最初の頃のあのナンパ? みたいって言われてたセリフになるのかぁ、としみじみ湊は思う。
「なぁ、まだローラースケートはやってんの? 今日は自転車みたいだけど」
と颯太が問えば、
「ローラースケート、あのあと夏頃壊れちゃって。直してもらえなかったから、それきりになっちゃった」
と寂しそうに湊は答える。
「そっか、ま、オレも秋にはもう滑らなくなっていたから、さほど差はないけどな。オレのは壊れてないから、まだ滑れるぞ? 今度試してみるか?」
と颯太が自転車を停めながら湊に聞く。
自転車のハンドルにだらしなく体を預けていた湊は、その颯太のセリフで飛び起きて顔を勢いよく颯太に向けて、
「いいの?」
と半信半疑ながら食いついた。
颯太が勢いに押されながらも、
「もちろん」
と返せば、
「やったー!」
と満面の笑顔。
「杜山君って優しいよね!」
とここぞとばかりによいしょを始める湊に、颯太は苦笑を禁じ得ない。
「そういえばさ」
と今度は湊から会話が振られる。
「あの時いた人たちって前の小学校の友達でしょ? 一緒に遊んだりしないの?」
「あー、あいつらはたまに遊ぶことあるけど、もうあんまし会わないかな。ほら、皆部活始めたからさ」
と颯太は返す。
「そうなんだ」
と言いながら、ゆっくりと周りの景色を改めて眺める湊に、颯太は、
「どうした?」
と問う。
「いや、さっきも言ってたけど、あれから一年って、そんなに経ったんだなって。ちょっとびっくりしてた」
と苦笑する湊に、
「それな」
と同意する颯太、そして笑い合う二人。
そんな話をしているだけで、楽しい時間は過ぎていく。
夕暮れの光が水面を金色に染め、湊の胸の奥に、ローラースケートを失った寂しさと、今こうして颯太と笑い合っている温かさが、静かに同居していた。
夏の日は、ゆっくりと暮れていった。