07.社会科見学の出来事 ― 叩かないのに触るって、不思議 ―
いらっしゃいませ、全力で歓迎します!
拙い物語ですが、ぜひ楽しんでいってください。
それは、ほんの些細な出来事が始まりとなった。
「あ、頭に葉っぱついてるぞ」
社会科見学の日、博物館の入り口に向けて歩いている時だった。
ふと、クラスメイトの誰かがそんな言葉とともに、湊の頭に触れようとした。
その瞬間、パシッという音とともにクラスメイトの手が打ち払われた。
そこには、痛そうに手を抑えるクラスメイトと、困惑と絶望が入り交じった表情を浮かべる澄野湊、そして静まり返る人々。
「あ、その、ご、ごめ……」
最後は言葉にならず、涙目のまま後ろを向いて走り出す湊と、
「あ、おい、澄野!」
という誰かの声。
副担任が湊を見つけ出すのは簡単で、湊は博物館前の公園入り口付近の水道で、涙にぬれた顔をバシャバシャと洗っているところだった。
「なんであんなことしたの?」
と詰め寄るだけの副担任に、言葉を返せない湊。 今年採用されたばかりのその副担任は、ここぞとばかりに張り切っていた。ただし、間違った方向に。
「はっきり言いなさい!」
そんな怒鳴り声があたりに響く。 既に半泣きの湊が、必死に耐えているところに、間延びした声が響く。
颯太の声だった。
「先生、こいつのことはオレが見とくんで、いったん二人にしてもらっていいです?」
と言いつつ先生の耳元で、
「先生、そんなにきつく詰め寄ったら誰も何も言えなくなりますよ。今の声、全部録音してあるんで」
と言葉を添えた。
ハッとして顔色を青くしながら悔しそうにした副担任だったが、
「そうね、それならしおり持っているわね。しおりの集合時間に遅れないように」
と言って去っていく。
おそらく、皆のところに戻ったのだろう。
「い……」
と湊が言えば、
「行かないよ」
と颯太。
「か……」
と湊が言うと、
「課題はまた今度二人で来てやらないか?」
と逆提案される。
「あの……」
と湊が言うと、
「先読みしてるわけじゃなくて、気にしてるだろうことが大体模範的っぽいから、それを想像して言葉にしてるだけね。合ってた?」
と颯太。
コクコクとびっくり顔で頷く湊に満足げな颯太、という図だが、湊は水をバシャバシャとやりすぎて肩まで濡れている。
これはさすがにまずいだろ、と颯太がバッグを漁ってタオルを出して湊に渡して、
「頭拭いて肩にかけとけ」
と湊に一言言ってそっぽを向いた。
頭に?マークを浮かべつつ言われたとおりにする湊に、颯太は言う。
「ちょっとさ、そのシャツの下、Tシャツとか着たほうがいい」
と。
「なぁ、そこのベンチに座って話そうぜ」
と湊を誘う颯太に、うん、と頷く湊。
湊は颯太の一人分を空けた横に、すとんと腰を下ろした。
(すぐ隣には座らない、か)
颯太は分析しつつ、さっきの出来事について湊に問う。
「あの時、なんで手を払ったんだ? あ、責めてるんじゃなくて、何があったのか、わかっているやつがいないと思うんだ。だから、教えてほしいだけ」
湊は、あの時のことを答える。
「えっとね、確か頭に葉っぱ、って言われて、え? って思ったら誰かの手が頭にあって、そうしたらびっくりしちゃってパシッてしたらすごい音がして、それでびっくりしてたらみんなこっち見てるから謝ったんだけど、なんか怒られて叩かれた時のこと思い出して頭ごちゃごちゃしちゃって、気が付いたら走ってた……」
つっかえつっかえながら話したが、まとめればこういうことだったらしい。
「まさかと思うけどさ、頭に触れるのは頭叩くとき、って思ってたりする?」
と颯太が問えば、
「え? それ以外があるの?」
と返す湊。
「ちょっと待って」
と頭を本気で抱える颯太に、不思議そうな湊は空を見上げて雲を眺めていた。
「あ、床屋さんは髪を切ってくれる人だから、頭触っても痛くしない人だって知ってるよ」
と笑う湊。
「あと、お医者さんとか歯医者さんも、やだけど仕方ないかなぁって思う」
「頭、なでてもらったりしたこと、ないの?」
と颯太が湊に聞けば、湊は、
「おぼえてないよ? ずっとちっちゃいころにしてもらったかもしれないけど、覚えてない」
と遠くを見つめながら答える。
「それじゃ、ぎゅって抱きしめてもらったりとかは? ハグ、ってやつ。お帰り、とか。久しぶり、とか。あとはハイタッチとか、握手とかでもいいけど」
と聞く颯太に、
「学校の授業で握手しなさい、とか、体育で手をつないで、って言われた時くらい? それ以外だと、叩かれる時しか誰かに触ったりしないよ? 叩かないのに触るとか、なんか不思議だ」
という始末。
颯太は、ほとほと困り果てた。
こいつは、もしかして――。
何かテレビでやってた、虐待とか、ネグレクトとか、そういう言葉がちらつく。
もう少し、こいつの話を聞かないとだめだ、と颯太は思った。
と同時に、さっきの副担任の様子を思い出し、大人は信用できる大人と信用できない大人の二種類がいる、あの副担任は多分、ダメなほうだ、とも思った。
となれば、信用できる大人……オレの両親に相談しよう。
と颯太が考えてるうちに、
「ねぇ、そろそろ時間かも」
と湊が言う。
「え? あ、ほんとだ、よくわかったね?」
と言うと、
「うーん、大体それくらいお日様が動いた」
と妙な答え。
思わず「原始的!」と言ってしまった颯太は、悪くない、と思われる。
皆の元に戻って、それから「さっきはごめんなさい」って湊が皆に謝り。
特に手を打ち払ったクラスメイトには、しっかりと。
その日の夜。
何気なさを装いつつ、湊の名前を出さずに両親に相談するも、
「体罰してるっていう証拠とかあれば別なんだけど」
とかいう話になる。
結局確認のしようがないとなると、下手をすると名誉毀損で訴えてくる人もいるからなぁ、という何とも言えない話になって、有耶無耶になったのだった。
楽しんでいただけましたでしょうか。
次回をお楽しみに。
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