05.母親という壁
いらっしゃいませ、全力で歓迎します!
拙い物語ですが、ぜひ楽しんでいってください。
湊は全力で走っていた。
今は帰り道。部活紹介も終わっての帰り道、である。
走る必要があるのかと問われれば、全くない。だが、走ってしまっていた。
なぜなら、いてもたってもいられなかったから。
自分はこれから、難攻不落の母親を説き伏せないといけない。正直なところ、説得できる気は全くしない。
なぜなら、母親は自分の利益が絡む話になると論理的にとことん突き詰めてくるし、自分が不利になると途端に感情的になってヒステリーを起こすため、会話にならなくなるからだ。
そして、結局こちらが折れることになるのが、いつものことだった。
でも、今回は――。
小学校の頃、空手をやりたいと言ったら「続けられるの?」から始まって、「危ない」「怪我させたらどうするの」とマイナス要因ばかりまくしたてられ、返事もままならないうちになかったことにされた。
それでいて、自分がやらせたいことは自らチラシを持ってきて、ネコナデ声で「やってみない?」と言ってくる。
合唱もそれで始めたんだよなぁ。人前で歌うのが嫌で、発表会をサボることで辞めたけど。
玄関の前で、息を整えてから鍵を開ける。
いつもの家事の音が聞こえる中、小さい声で「ただいま」と声をかけて、そっと扉を閉じる。
すぐお母さんに声をかけようか迷ってから、一旦部屋に行く。
部屋着に着替えて、鞄の中身をベッドの上に広げて、部活の入部届――念のために多めにもらってきた紙――を机の上に置く。
さて、どうしよう。
どう行動しても、無理な未来しか見えない。
耳を澄ませて、家事の音がやむタイミングを計ってみるけれど、全く途切れる気配のない音。
今日は趣味をやらない日であるらしい。
前はワイヤーフラワー? とかやってたけど、最近は迷惑なことにレザークラフトをなんかやってるもんだから、家にいるときにやられると、頭痛くなるくらいに槌の音がうるさいんだよね、あれ。
と湊はその様子を思い出して身震いした。
何はともあれ、本日あの音を聞かないで済むのは幸いである。
夕飯の準備で忙しくなってからだと、余計に機嫌が悪くなって大変だろう。
湊は入部届を手にとって、母親がいるリビングに向かった。
どうやら家計簿をつけている模様。
今がチャンスかな……と、湊は母親の椅子の斜め後ろから声をかけた。
「今、時間ちょっといい?」
精一杯落ち着かせようとした声は、微妙に掠れていた。
「何?忙しいんだから早くしなさい」
とにべもない。
湊はそれでも勇気を振り絞って、
「部活は必須でやらないといけないんだけど、この部活とこの同好会、やりたいんだ。保護者の署名がいるんだって。お願いしていい?」
と、あたかも断られることがない前提だと思っているかのような話し方をわざとしてみた。
(多分、ダメに決まってる、とかいうんだろうな)
湊がそんなことを思っていると、湊が差し出した紙を受け取った母親は湊に言った。
「ダンス部に、パルクール同好会? ふざけるのもいい加減にしなさいよ。運動神経のないあなたができるわけないじゃないの。どうせお金もかかるでしょ? 危ないんじゃないの? あなたにできるわけないでしょう? それにどっちも不良のやる遊びでしょう?」
まくしたてるように、そう言った。
(やっぱり、こうなるよね)
それからしばらくの間、お小言が続き、湊は憔悴しきり部屋のベッドに横たわった。
ダメだ、お母さんはダメだ。話が通じない。
と頭を悩ませる湊は、先日、珍しく父親から、
「昔発売されてすぐに手に入れた時計なんだ」
と、十数年前、湊が生まれた年に発売された時計を自慢げに見せてくれたことを思い出した。
お父さんなら、もしかして話が通じるかも。
湊が生まれた年の時計を自分の宝物として大切にしている父親だからこそ、湊の話をちゃんと聞いてくれる気がして、その日、父親が帰ってくるまで起きて待とうと、夜更かしを決意した。
そして深夜、真っ暗だったリビングに明かりが灯る。
そっと扉を開けて入ってきたのは湊の父親だ。
そして、リビングの机に突っ伏して寝ている湊を見てぎょっとする。
揺り起こそうとして……手が載せられている二枚の紙を見て、その部活名を見て事情を察した。
暫し瞑目して思案したのち、湊を揺り起こす父親。
「湊、起きろ。風邪をひくぞ」
寝ぼけながら起きる湊に、
「話があるんだろう?」
と父親は言葉を促す。
ハッとして、昼間の母親とのやり取りを伝え、どうしてもこれがやりたい、危ないのはわかってる、迷惑をかけるかもしれない、でもやりたい。
空手の時みたいに、わけがわからないまままたうやむやにされて、違うことやらされるなんてもうごめんだ――と話す湊。
その様子に苦笑する父親。
(これは……習い事がトラウマになってるじゃないか)
と母親のやり方に問題を感じつつ、今回は自分が務めを果たそうと、立ち上がる父親にぎょっとする湊。
父親が印鑑を片手に戻り、署名・捺印をした入部届を湊に返すと、思わず涙ぐむ湊。
一瞬、頭を撫でようとして思いとどまり、「早く寝なさい」とだけ伝えて寝室に消える父親。
湊はしばらくの間、その場で静かに涙を流し続けるのだった。
安堵の想いと共に。
楽しんでいただけましたでしょうか。
次回をお楽しみに。
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