11.初めての林間学校:準備その2 ― おやつ作戦と、雨の夜の来訪者 ―
「澄野、お前、何買おうとしてんの?」
呆れた様子の颯太の声が、店内に響いた。
「あ、いやだって、三百円で買えるお菓子でかさばらないのってこういうのしかないから」
湊がショッピング用のかごに入れていたのは、なんと酒のつまみ。
いわゆるチータラとか、そういうたぐいのものだった。
「うん、気持ちはわかるよ?
でもさ、こっちのチョコとかにしない?
そっちのしょっぱいのも見逃せないのはわかる、でもな、いきなりお酒のおつまみコーナーはないと思うんだよ。
せめて、余ったお金で買おうな?」
颯太の説得で、しぶしぶ、三百円分近くまでほぼぴったりに計算したおつまみの数々を戻していく湊。
それでも、
「これは絶対食べたいから、入れといてもいい?」
とカルパスの袋を手にする。
(将来、酒飲みになりそうだな)
と思いつつ、
「じゃ、まずはそれだけ、な?」
と言いながら、普通の菓子コーナーに向かう二人。
結局二人は、二人合わせて総額八百円を有意義に使い切り、大満足で林間学校の日を迎えようとしていた。
――そう、していたのだ。
ある夜。一軒家である杜山の家の前に、人影がうろついているというご近所からの電話。
そっとインターホンで外を覗く杜山家の長男と母親。
颯太は、その長男である。
そして、思わず叫ぶ。
「え!? 澄野!?」
そこには、雨の中で力が抜け、頽れるように倒れていく、帽子とパーカーで顔を隠した少年の姿。
「え、この子がだれか知ってるの?」と母親。
「そんなことはいいから、中に入れる。バスタオルをお願い!」
颯太は玄関に飛び出し、強い風に焦りをにじませながら、へたり込む湊を抱きかかえて家に引っ張り込む。
全身ずぶ濡れの湊は、颯太の顔を見た途端、
「よかった……」
とつぶやき、気を失った。
慌てて倒れ掛かる湊を抱きとめ、母親の手を借りながら濡れた服を脱がせ、体を拭く。
その背中には、いくつかの火傷の跡。
「げっ」
思わず声を漏らした颯太の肩を、母親がペシッと叩く。
「そんなこと言うもんじゃないの、ほら、早く拭いてやりなさい」
颯太の部屋着に着替えさせる母親に、女親の強さを感じると同時に、湊の母親については疑問が浮かぶ。
しばらくして目を覚ました湊は、自分の置かれた状況を理解して恐縮する。
聞けば、実に理不尽な理由だった。
母親は怒ると時々、
「外に出てなさい、反省するまで家に入れない」
ということをするらしい。
その日も、林間学校の持ち物を巡って口論になり、
「それはしおりでダメって書いてあるから!」
と反論した湊は、外に放り出され、しおりまで取り上げられた。
傘もなく雨の中を歩き、ふと「この辺りに杜山くんちあったはず」
と思い出し、表札を見つけたところで力尽きたのだという。
「その一文ってなんだったの?」と颯太は尋ねた。
「しおりある?」と湊。
颯太が差し出したしおりを指さす湊。
<初日から三日間、お弁当は荷物になるので持たせないでください。
学校側が支給します。
アレルギーなどで食べられないものがある場合、その生徒の分は別途現地で管理栄養士の方が用意します。>
いたって普通の注意書き。
だが、覗き込んでいた颯太の母親が「あ」と声を上げた。
「お母さんはこれを読んで、怒ったのよね?
なんて言ってたかわかる?」
と母親。
「私たちが払ったお金を他人のために使うなんて、って。
でも、食べたら死んじゃうことあるって聞いたよ?仕方ないよそれ、って言ったら怒られて、外にポイって……」
泣きそうな湊。
近づこうとする母親に、びくりと反応して後ずさる湊。
それを見て察する母親は、颯太に目配せする。
「お風呂、そろそろ沸いたみたいだから、入って温まってらっしゃい。
二人一緒に入ってきたら?」
「オレまで一緒に入る流れになってるけど、澄野はオレがいても平気か?」
「えっとね、人と入るの初めてな気がするから、ちょっと緊張するかも?
あ、お風呂も新しくてきれい」
はしゃぐ湊に、颯太は安心を覚えた。
「ならサッサと入ろうぜ。
林間学校の練習だと思って一緒に入るぞ」
風呂上がり、寝間着が二人分用意され、リビングで待たされる。
「教えてもらった電話番号に連絡入れたわ。
今日はもう外が荒れ模様だからうちにお泊りしてもらうことになったからね」
「うわぁ、他所んちお泊りするの初めて」
ワクワク顔の湊を、ほほえましげに見つめる颯太。
母親は颯太をキッチンの隅に呼び、
「あの子が、こないだ言ってた虐待を受けてるかもしれない子、でしょう?」
と問うた。
颯太は黙り込み、やがて頷く。
「そう、澄野湊。何でもかんでもダメって言われて育ってきたらしくて、すげー知らないことが多い。触る=叩く、て覚えてるし。ちょっと何かある、て思うでしょ?」
副担任が嫌そうにしていたこと、担任が事なかれ主義で相談を諦めたことも話す。
母親は「何か相談できるところを探しておくわ」
と請け負った。
「状況はまだわからないけど、こんな荒れた天気の日に子供を外に放り出すのは、ある意味虐待よね」
母親はそうつぶやき、夕食の準備に取り掛かった。