10.初めての林間学校:準備その1 ― おやつ五百円と班決めの攻防 ―
「林間学校って、何するの?」
それが湊の最初の疑問だった。
林間? 山の中の学校?わざわざ山に行って授業するの?と頭を悩ましていると、
「それはこれに書いてあるぞ」
と前の席の颯太から、「林間学校のしおり」が回されてきた。
「これ、なんか遠足?みたい?」
と頭に?マークを浮かべながらページを見る湊に、颯太は笑いながら言う。
「遠足っていうよりは、キャンプが近いかもな」
と説明する颯太に湊が問う。
「キャンプ? 焚き火を囲んで踊るやつ?」
「それはキャンプファイヤーだよな?」
イメージはあってるな、と思いつつ颯太は答えた。
ここでふざけた回答をすると絶対にそれを信じて覚えてしまうから危険なのだ。
「で、キャンプが何かわかんないの?」
颯太が聞くと、
「焚き火で魚を焼いたりして食べるやつ?」
とどうしても焚き火から離れない湊。
焚き火もある意味、間違いではないのだが。
「あ、ここに詳しく書いてるぞ。
うーんと、林間学校の専用の宿舎が山の中にあって、そこで自分たちで食事を作ったりするらしい。
で、あとは森や沢の散策かな?
観察日記を後日提出だって。
そう書いてある」
颯太がしおりの一部を指さしながら言った。
「おやつ五百円までだってよ」
と誰かの声。
その声が聞こえたとたん、ハッとして暗い表情になる湊。
どうしたんだ? と聞こうと颯太が口を開きかけたところで、職員室に書類を取りに戻っていた担任の坂下が入室してきた。
「さて、早速だけど、林間学校の班と係を決めていきたいと思う。
男女別くじで決めてから、あとで組み合わせるので、そこは文句を言わないでください」
騒がしくなった室内に向けて、ぴしゃりち言い放つ。
「あ、そうそう、あとでやむを得ない事情でのトレードはいつでも受け付ける。
例えば、アレルギーや持病持ちの子たちだけで固まったら、その子たちだけが大変な思いをしてしまいます。
なので、そこは皆さん、助け合っていけるように班分けできるようにしましょう」
先生はこれを何度も繰り返し説明していた。
皆がくじ引きに目を奪われる中、颯太が湊に質問をする。
「なあ、澄野、さっきの五百円のおやつでため息ついてたの、なんで?」
湊は戸惑いながら、
「あの、あれ、うちはいつもそうやって五百円、て言ってくれても三百円分しかお金くれないから。
みんなと持ってくるもので差が出るのが、なんとなく寂しいから」
「あー、なるほど、そういうこと」
と合点がいった颯太は湊に一つ提案をする。
「なら、一緒に買いに行こうぜ? で、一度お金混ぜちゃって、その金額で買える分だけ買うってのどうだ?」
「いや、それだと杜山君が損するよ?」
「それはほら、オレが五百円のお菓子を買ったとする。
でも一種類だ。
で、湊が三百円のお菓子を買う。
これも一種類。
それで、オレらがそれを半分ずつ分け合ったら、確かに値段的にはオレが損するけど、二種類食べられてお得だろ?」
その説明に、湊は表情を明るくする。
そして、それを聞いていた周りのクラスメイト達も、
「なぁ、オレとお菓子共有しないか、トレードしようぜ?」
と話し始め、教室中はくじ引きとお菓子の二つの話題でもちきりになった。
そして、颯太と湊の番になり、颯太がくじ引きを引く。
当たりくじとでもいうべき、リーダー枠が当選した。
そして、湊は――とここで、颯太が強権発動。
湊が引いたくじを速攻で横から奪い、自分と同じグループのくじを持つ人を探してトレードしてしまったのだ。
あまりの早業に、その他大勢と湊本人はついていけない。
「杜山くん!?」
とようやく声を出せたときには、すべてが終わっていたのだった。
尚、アレルギーなどの問題を抱えた生徒はきちんとバランスよく配置された模様。
「さて、林間学校は来週に迫っています。
しおりに書いてあるものを忘れずに揃えて持ってこれるよう、班の人ともよく相談してくださいね。
それでは、この時間は終わりです。
ちょっと早いですが、休憩にしていいですよ」
先生の声に、あちこちから「やったー」の声。
先生の「ほかのクラスはまだ授業していますから、声を抑えて」という言葉も意味をなさず、クラスは騒がしいままに休憩時間に突入した。
颯太は湊の肩を軽く叩き、
「じゃ、次はおやつ作戦の買い出しだな」
と笑った。
湊は「カルパスは買っていい?」
と真顔で聞き返し、颯太は苦笑した。