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聖女の中身は×××  作者: 藤乃病


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6/11

6.

 三か月、少年が聖女の身体に入ってからもう三か月も経ってしまったわ。……恐ろしい事よ。最強の聖女リリシア様の美しい身体がどんどん変化していく……。こ、このままじゃあの美しい身体が……、見る影も無くなってしまう……。




 訓練の途中、オーストに用事があって訓練場に来たエコーがついでとばかりに少年にべたべたと触りまくる。オーストは邪魔をするなとでも言いたげだけど丁度いい休憩だと思わない?

 いやもう一生休憩しましょう。そうすればこれ以上の悪化は防げるわ。

「結構筋肉が付いて来たんじゃないかしら」

「本当ですか!?」

 最強の聖女リリシア様の身体に筋肉なんかいらないわよ! そんな言葉に喜んでんじゃないわよ!

 毎日毎日訓練訓練……、頭おかしいんじゃないの? 聖女の力を使いなさいよ! 使い方を考えなさいよ! 何で筋肉つけて戦おうとしてるのよ! 馬鹿じゃないの!

「前のリリシア様の身体もすべすべで羨ましかったけどちょっと筋肉が付いて来て美しさの中に力強さがある今の感じも悪くないわねぇ」

 はー!? 何言ってるの? あの完璧な美しい身体を見たこと無いの? あの良さが分からないなんてどうかしてるんじゃないの?

 ……もう毎日こんなこと言ってるわ。どんどんどんどん元の身体からかけ離れて行くのがもう、本当に……、辛い。

「ちょっとは戦えるようになったのかしら?」

「最近はオーストさんと模擬戦もやってるんですけど……」

 少年がちらりとオーストの方を見る。

(一回も当てられたことないんだよね)

 そしておおよそ普通の人間が出来なくて当然の事を嘆いている。一応言っておくけどオーストに一対一で剣を当てられるならそれはもう十分天才よ。普通の人は気が付いたら脳天をかち割られてるわ。

「あはははは」

 エコーも少年の悩みを察したようで笑い出す。

「あれに勝てないからって凹むこと無いのよ? きちんと訓練した他の騎士が十人がかりでも勝てないんだから」

「そうなんですか?」

「場合による」

「場合に……」

 普通場合によるなんて返答無いわよねぇ。二人相手に勝てるだけでも凄いらしいのに十人がかりって、やっぱ化け物じみてるわ。

 ちなみに最強の聖女リリシア様なら百人だろうが千人だろうが関係ないけどね!

「たまには他の騎士でも呼んでみたら? あなたの相手ばかりじゃ普通がどのぐらいかわからないじゃない」

「必要ない」

「堅物ねぇ……」

 ……実際、二人が少年を他の騎士に会わせることは無いわ。と言うか、少年がこの三か月で話をした人間なんて数えるぐらいしかいないのよ。ほとんどオーストかエコーがつきっきりで面倒を見ていて意図的に他の人との接触を減らしている形ね。

 理由はまあ、少年の、というか聖女の身体の安全を守る為と余計な噂を立てない為かしら?

 本物の聖女の不在は城の中でも最高機密になっているわ。信頼されている一部の従者や大臣や騎士や魔導士の上層部などの者しかその事を知らない。

 これはまあ混乱を避ける為でしょうね。まさか最強の聖女リリシア様が力を失っただなんて公に出来るわけないじゃない。公的には力の使い過ぎで体調を崩したとだけ伝えてあるようね。騎士や魔導士は普段よりも駆り出される頻度が増えるかと思われたけど幸いにもこのところ魔物の出現がほとんど報告されてないし想像よりはましって所かしら。

 ……尤も、体調不良だなんて言い訳がいつまで持つかは怪しいわよねえ。今頃市井では色々な憶測や噂が飛び交っている事でしょうよ。

 国王様がそれに頭を痛めていると思うと嘆かわしい……、いえ、ちょっとその姿は見てみたいわね。あの厳とした雰囲気が崩れている所は一見の価値ありだわ。

「ところで、二人に話しておくことがあるのよ」

 っと、今はそのことは良いわ。

 珍しくエコーが二人に話があると言う。大抵はオーストにだけこそこそ内緒話をして少年の頬を引っ張ったりして遊ぶのが彼女のすることなのだけど……、何かしらねぇ。

「聖女トルチェ様がウィロンドに来ていただけることになったの」

「本当か!?」

 あら、トルチェが来るのね。まああの子って頼まれると断れないところがあるし、うちの魔導士団の団長が余程頭を下げ回ったのでしょう。

「えっと、トルチェ、様?」

「隣国イブラナの聖女よ。少なくとも私が知っている聖女様の中では一番の人格者で常識人ね。ちょっと気弱な所はあるけれど。たぶんうちの団長が地面に頭を擦りつけて頼んだに違いないわ、そうすれば断れないだろうし」

「おそらくそうだろうな」

「ええ……」

 あの子の性格はみんなご存じの通りってわけね。まあイブラナからすれば傍迷惑なことこの上ないだろうしおそらくは交換条件は出されているのでしょうけれど。

「代わりにうちの魔導士団と騎士団がイブラナに派遣されることになるけれど……。まあ最近は比較的魔物の攻勢も落ち着いてるし大丈夫じゃないかしら?」

「そうだな。ひとまず聖女様から話を聞けるとなれば聖女の力を発揮する方法や本物のリリシアを戻す方法に関しても何かしらの進展もあるかもしれない」

 その点はかなり興味深いわね。もし本当に悪魔の呪いが原因だとすれば聖女の力なら何かしらの打開策があるかもしれないもの。

 ……ん?

(本物の聖女リリシア様が……、この体に帰って来る……、そうなったとしたら……?)

 ……そういえば確かにそこは疑問だわ。全く考えもしなかったけれどどうなるのかしらね。

 本物がこの体に戻った時、少年はどこへ行ってしまうのかしら?




 トルチェが来るまでの日々は中々に大変だったわ。と言うのも少年の日課に新しく礼儀作法や本物のリリシアらしい話し方や所作の講座が追加されることになったからよ。

 曰く。

「本物のリリシアが不在であるなどとしれたらウィロンド王国の権威は失墜する。決してばれないように事を運べ」

 とのことよ。

 ……もしかして聖女を呼ぶのに三か月もかかったのはそのことを隠していたからなの? ちょっとー、王国の権威なんかよりも最強の聖女リリシア様を救うことに力を注ぎなさいっての!

 あ、ちなみに少年は礼儀作法の覚えは良かったわよ。意外な才能ってやつかしら。トルチェが来るまでに一週間ほどしかなかったのに貴族との食事会に出ても怒られはしない程度には上達したわ。続けて行けばまさか生まれがどこにあるかもわからないような村とは誰も思わないでしょうね。

 ……問題は。

「は、早く持って来なさい! 怒りますよ!」

 ……えー、今のは侍女に食後のデザートを持って来るように命令する最強の聖女リリシア様、らしいわよ。……いや、うん、少年バージョンだけど。

 エコーとオーストだけでなく命じられた侍女までが頭を抱えて少年を見つめている。

「あ、あの、駄目でしたか?」

「あのリリシアが駄目でしたか、なんて言うと思うか?」

「有り得ないわね」

 元の姿を知っている者からすれば違和感があり過ぎて本当に頭を抱える他無いわよねえ。少しでも交流がある人が見れば全く別人に見えるでしょうよ。まあ実際別人なんだけど。

「ですが、失礼ながら、私は今のリリシア様の方が可愛らしくて素敵だと思いますよ」

 侍女が少年の後ろに回って肩を掴み微笑む。

「え、あ……。あの……」

「何だか庇護欲を掻き立てられるような思いがします。私としては、あまり大きな声では言えませんが、本物のリリシア様よりもこちらのリリシア様の方が良いですね」

 おいこらぁ! 侍女の分際でなんてことを! 誰がどう考えても本物の最強の聖女リリシア様の方がそんな小汚い少年なんかよりも何百倍も良いでしょうが!

「……俺達とて聖女の力を問題なく使えるのであればその言葉に同意するのだがな」

「そうよねぇ……」

 あんたらも何言ってんのよ! 強く、美しく、最強の聖女なのよ! ちょっと我が儘言おうが可愛らしいもんでしょうが!

 どいつもこいつも分かって無いわ! 全く。

「あの……、本物の聖女リリシア様ってどんな方だったんですか?」

 少年に至っては知りしなかったか……。

 いいわ、折角だから教えてあげる。本物の聖女リリシアが如何に素晴らしい人間だったか!

「夜中だろうと早朝だろうと関係なく叩き起こされて手間のかかるスイーツを注文される方でしたわ。日付が変わった頃に一から折ったパイ生地でミルフィーユを作れと言われた時は殺意すら沸いたものです」

「騎士が魔物と戦っているのを高みから見物して高笑いしているような奴だ。後で本物の悪魔とあれとでどちらがより悪魔らしいか議論した覚えがある」

「わざわざ魔導士団の訓練場に来たかと思ったら私たちの魔法を簡単に受け止めて三倍ぐらいの威力で返されたわ。おかげで骨にひびが入ってしばらく歩くのもしんどかった」

 あからさまな怒りを顕わにしながら三人が三人次々と本物の聖女リリシアに対する愚痴をこぼし続ける。

 ……ちょっと、いや、確かにやっていたことだけど、言い過ぎじゃない? もうちょっとほら、良い所とか言っていきましょうよ……。

「それは、その……、こういうことを言ったらいけないのかもしれないですけど……。どうして皆さん本物のリリシア様を取り戻そうとしているんですか?」

 三人は顔を見合わせて思わず頭を抱える。そしてオーストがそのわけをやたら口が重そうにしながらも一言で言い放つ。

「あれが最強の聖女だからだ」

 少年はぽかんとしているけれど他の二人はまあねえ、なんて言ってるわ。

 そうよねぇ、最強の聖女なんだもの。多少の我が儘ぐらい可愛い物でしょ? 三人共よくわかってるじゃない。




 さて、あっという間にトルチェが訪問してくる日になったわ。この日をどれほど楽しみにしていたか。

 それはそれとして少年の方はどうかしら。

(……とうとう、隣の国の、聖女様、とうとう来ちゃった……)

 ……あー、まあ、がちがちに緊張してるわね。心の内なんて探るまでも無いわよ、顔中の筋肉が強張ってるし拳はほぐすのが大変そうなぐらい握り締められて動きも固いのなんの。

 もっと堂々としなさいよ。あなたが入ってる身体は最強の聖女リリシア様のものなんだからね!

「……準備は良いか?」

 オーストが少年をエスコートするべくやって来たけれど頭を抱えているわね。緊張してるの丸わかりだもの、この何日かで練習した本物のフリが出来そうには見えないわね。そもそもあんまり上手く行ってる様子も無かったけれど。

「行くぞ」

「は、はい!」

 オーストが先導するように部屋を出る、けれど少年の足が動いて無いわね。あ、付いて来てないのに気付いて戻って来たわ。

「わっ」

 そのまま手を引っ掴んで引っ張ってっちゃったわ。

(……凄い力だ、僕もいつかこんな風に……)

 ねえ、少年はさあ、どこ目指してるのよ……。




 来賓室に用意された特注の椅子に座って待っていたのはふんわりとした美しい黒髪をたなびかせる、まあ最強の聖女リリシア様には劣るけれどそれなりに整った顔立ちの女の子。美しいというより可愛らしいドレスに身を包んだ彼女こそが隣国イブラナの聖女、トルチェ・セブラシカその人よ。

(……綺麗な人だ)

 ……綺麗~? あなたあの子よりもずっと美しくて素晴らしい美貌を持つ聖女リリシアの顔を毎日見てるでしょ!? 何をあんなのに鼻の下伸ばしてるのよ!

 ……なーんて、十一歳のおこちゃまに怒っても仕方無いわよね。……仕方ないのよねぇ。もし身体があったら今頃怒りのあまり歯ぎしりが止まらないことでしょうよ!

 まあいいわ。トルチェは二人が入って来たのを見て優雅に立ち上がるとそのままスカートの裾を摘み上げ恭しい挨拶を見せたわ。

「リリシア様、オースト様。お久しぶりでございます。この度は少々お困り事があると聞きまして、微力ながらこのトルチェ・セブラシカが力になれればと馳せ参じましたわ」

 それを見てオーストは躊躇いなく膝を付き首を垂れる。

「この度はわざわざお越し頂き感謝致します。その尽力に対し我々は最大限の感謝を捧げます。そして今後イブラナとの関係がより良く続くよう尽力することを誓いましょう」

 まあこの辺りは社交辞令みたいなものね。お相手は隣国の至宝、聖女トルチェ様だもの。彼女に馳せ参じましたなんて言われればそのぐらいは言っておかないと恰好付かないわよね。

 ……ん、ちょっと!?

「……えーっとぉ?」

 トルチェの微妙な反応に思わずオーストは顔を上げ、そしてその視線が自分の隣に向いていることに気が付く。そして、うん、珍しいものを見たわ。あのオーストが顔面蒼白になる所なんてね。

 でも仕方無いわよねぇ。だって聖女が偽物な事は隠すように言われてたんだもの。こんなんじゃ一瞬でばれちゃったんじゃないかしら?。

 全員が無言。誰も何も言おうとしないわ。トルチェは突然の事に反応出来てないか、下手なことを言って最強の聖女リリシア様の機嫌を損ねたくはないって感じでしょうね。オーストはこの状況をどうにかしなければならないのは分かっていても、下手なことを言えば誤魔化すことも出来ず状況がばれてしまうので何を言えばいいかわからないって所でしょう。

 それで少年は。

(……まずいことをしたのかも)

 自分のミスに薄々気付いてるみたい。まあその通りよ。あなたこの数日何をして来たのかしら。

 最強の聖女リリシア様がトルチェなんかに跪くわけないでしょ!

(えっと、本物のリリシア様ならこんな時、どうするんだっけ……)

「……ふ、ふふふ」

 絞り出した笑い声。それは不敵さを感じさせることは無くどちらかと言えば同情を誘うわ。

「お、驚いたかしら!? 驚いた顔が見たくて、こんなことをした甲斐があったわね!」

 若干やけくそ気味に声を張る少年。健気ねぇ。もし今のがすらすらと言えていれば案外騙せてたかもしれないわよ。

 ええ、そう、流石に若干涙目になりながら震えた声で言われても誰も騙されてくれないわよ。

「……えっと、リリシア様は体調不良と聞いていましたが……」

 トルチェがオーストをちらりと見やる。事ここに至っては隠す意味も無いでしょう。

「……トルチェ様、どうか内密にして頂きたいのですが」

 結局、これまでの数日の成果を見せることは出来ずオーストはこちらの事情をぺらぺらと話し出したの。ふふふ、後で王様に怒られると良いわ。

「……成程、悪魔の呪いで別人が中に」

「本人の発言や我々の調査結果を鑑みるにそのようです」

「あの、す、すみません」

「あらあら、謝る必要なんて無いのよ」

 トルチェは少年を安心させるように微笑んで見せる。この子いつも穏やかに笑みを浮かべているのがちょっと周りに媚びを売っているみたいであんまり好きじゃないのよね。人間もっと我が儘気ままに生きた歩が良いと思わない?

(トルチェさん、良い人だな)

 ……人間もっと我が儘気ままに生きた方が良いの!

「今のリリシア様……、リリシア様と呼んで良いのかしら?」

「構いません。我々も彼をそのように呼んでいます」

「あら、男の子なの? まあ……、本当に前のリリシア様とは全く正反対の方ですのね」

「あの、そんなに、全然違いますか?」

「ええ。あの子は、まあ、その、ちょっと……、かなり我が儘で……」

 それで言葉を選んでるつもりかしら。

「トルチェ様は悪魔との戦場で何度かお会いになったことがあるのだが、本物のリリシアにはかなり振り回されて正直見ていられなかった」

 ちょっと、オーストあなた何呼び捨てにしてるのよ! 最強の聖女リリシア様でしょうが! せめて様ぐらい付けなさい!

「……正直な所、ここに来るのもあまり気乗りはしていなかったんですの」

「真に感謝申し上げます」

「いえ、魔導士の方が何度も何度も頭を下げて頼み込むもので、根負けというやつですね」

 まあ頼み込むならトルチェよねぇ。この子本当に押しに弱いから。

「でも、来て良かったわ」

 言いながらトルチェは立ち上がり少年の後ろに回りその頬をこねくり回す。

「リリシア様のこんなに可愛らしい所を見られるなんて、役得と言うやつかもしれませんね」

「え、あ、うぅ……」

 なんだか楽しそうに見えるわね……、もしかして普段の恨みを晴らしてるつもりかしら? それ別人よ?

 ……というかエコーと言い侍女と言いトルチェと言い、やたら少年ってば人気あるわね。本物の最強の聖女リリシア様は寧ろ避けられていた記憶しかないのだけれど?

「トルチェ様、それで、聖女の力に関してですが……」

「ご安心ください。私も遊んでいるだけではありませんから」

 だけでは、って言った? 要するに半分ぐらいは遊んでるってこと? 真面目にやりなさいよ!

「この身体からは確かに聖女の力を感じます。私のものなどよりも遥かに大きな力を」

 ま、それは分かっていた事ね。まさか魔法を弾く力が他の何か由来とは思えないし、悪魔の呪いだか何だか知らないけれど最強の聖女リリシア様の力を消し去るなんて出来るわけ無いでしょ?

 ただまあそれだけじゃないみたいだけど。

「それと同時に凄まじい悪魔の力も感じます」

 ……はぁ、悪魔の力ねぇ。

「悪魔の力……、それはつまり」

「ええ、確かに彼女は悪魔の呪いを受けているのでしょう。それが聖女の力を、或いは人格をも封印している、と考えるべきでしょうね」

 ……トルチェの考えは恐らく正しいわ。ただ一つ疑問があるのよねぇ。

「その呪いをトルチェ様の力で破壊など出来ないものでしょうか?」

「不可能です」

 あらばっさり。

「あの聖女リリシアの力を封じている、と言うだけでも十分伝わるかと」

 オーストは黙り込む。まあ、ね、そう言う事よ。

 本物の聖女リリシアは誰もが認める最強の聖女だもの。その力を封じられるってことは、他の聖女が手出し出来るような物じゃ無いわ。

「……あ、の」

 不意に少年が声を上げる。 

「いいですか?」

「はい、どうぞ」

「僕、は、その、どうしてこの体に?」

 ああそう、それよ。私が疑問に思った事。力を封じるだけなら他人をこの体に憑りつかせる必要ないじゃない。何の目的があってこんなことするのよ。

「そうですねぇ……。あくまでも推測になりますが、呪いをより確実にする為ではないかと」

「と言うと?」

「以前に悪魔との戦いで呪いを受けたことがありますが、呪いには強い意志を持てばある程度抵抗することが出来ます」

 そういうものなのかしら? よくわからないわね。

「そこで衰弱した人間を聖女に憑依させその人間の方へ呪いをかける、という手順を取ったのではないかと……」

「そんなことが可能なのですか?」

「分かりません。あくまで仮説として考えて頂ければ」

 ……人間の魂を憑依させるのだってそんなに簡単とも思えないけれど。でも呪いをかけるよりはましかしら? 少なくとも人間の魂相手だと瘴気由来の力に比べて聖女の力の効力が弱まる気はするわね。そうして侵入した魂を起点に呪いをかける……、不可能では無い、って所かしら。まあ色々とよく考えたものねと称賛でも送っておきましょう。

「……じゃあ、僕のせいで本物の聖女様はいなくなったんですか?」

「いいえ、それは違いますよ」

 トルチェは少年の問いを一切の間を置かずに否定した。

「あなたは確かに利用され結果として今このような形になっています。しかし真に悪とみなすべきはそれを企んだ者、我らが仇敵である悪魔たちです」

「でも……」

「大丈夫ですよ。あなたがそういった心を持っている限り、あなたが悪になることはありません」

 トルチェは微笑みと共に少年を優しく抱きしめる。

「あなたは心優しい人です。自らが利用されたにも関わらず他者を案じることが出来る。それは素晴らしい事ですよ。ですが、その優しさは自身を悪と断じる為では無く周りの誰かの助けとなる為にこそ使ってください」

「……トルチェさん」

「これまでに起こってしまった事を悔やむ必要はありません。私たちの前にあるのはこれから起こる未来だけ。あなたはそれをより良いものへ変えられる、そういう心を持っていますよ」

 少年の目に涙が浮かぶ。

 ……実際、少年はずっと悩んでいたのよ。自分がここにいてもいいのか、自分は誰かの為になっているのか。もしかしたら自分のせいでこんなことになってしまったのではないか。トルチェは会ったばかりにも関わらずその辺りを感じ取っていたって事かしらね。

 ……うーん、これってもしかして感動のシーンだったりする? 私こういうの苦手なのよねぇ……、なんだか鳥肌立っちゃうわ。身体無いけどね!

 涙を流す少年とそんな彼を優しく抱き止めるトルチェ。しばらくオーストは黙って二人の事を見つめていたけれどやがてそっと外に出たわ。

 ……はぁ、これいつまで続くの?

 ん? トルチェの視線が外の方を向く、より具体的にはオーストが出て行った扉の方を向いている。まるでそうね、確実に誰もいない事を確かめているみたいだわ。

「リリシア様」

「はい」

 ゆっくりと距離を離し真正面から少年を見つめる。うーん、何かしらこれ。

「えっと、その……。こういうことを言うと、ちょっと、さっきの話が嘘っぽくなってしまうかもしれないのだけれど」

「……はあ」

 少年は何を言いたいのかわからないって感じの表情。私でもきっと同じ表情してたと思うわ。トルチェは何がしたいのかしら?

「さっきのは心から思って言ったことなの、それは信じて欲しいの」

「まあ、はい」

 少年は素直ねぇ。私ならそんな訳の分からないことを言われたら一発殴っちゃうかもしれないわ。

 ……しかしトルチェの様子は妙だわ。さっきからやけに扉の方を気にしているし、なんだか顔も赤いのよねぇ。

 何か言いたいのならさっさと言ってちょうだいな。

「あのね、その、リリシア様はオースト様とずっと一緒にいる、のよね?」

「えっと、僕がここに来てからは基本的に毎日です」

「だったらオースト様が何を考えてるかとかも少しは分かるわよね?」

「え? えっと、一応、不機嫌そうだなとか、そう言うのは? 少しは?」

「じゃあさっきの! ……さっきの私の言葉を聞いてオースト様どんな顔してたかしら」

 ……こいつ何言ってるのかしら。ちょっと私の理解を超えた発言で、意味が汲み取れないのだけれど。

「オーストさんの顔ですか?」

「そう! その、感心しているみたいとか、見惚れてたとか、そういう、ね、ね!」

「……ごめんなさい、その、僕、さっきはオーストさんの方を見てなくて」

 まあそうよね。あなたずっと泣いてたもの、感動のシーン過ぎて鳥肌立つぐらいだったわよ。映画でも撮ったらどうかしら?

 それはそれ、トルチェの反応は……、ああ、まあ、こういう所はまともね。

「ご、ごめんなさい。そうよね……、私、変なことを聞いたわ。あんなに涙してたのに見てるはずないのに……、私、つい、こんな……、」

「え、あ、そんな、その……」

(ど、どうすればいいんだろう……) 

 反応に困るわよねぇ。さっきまで母性と包容力に溢れる感じだったのにいきなりなんか、その、何なのこれ。意味わからないこと聞いたかと思ったら急におたついて謝り出して、この子少年の事を困らせに来たのかしら。

「えっと、トルチェさん、その、オーストさんが何か、その、悪い事でも……」

 ああ成程! オーストにびびってるってわけね! 確かにそれなら納得だわ。あんな狂犬みたいな奴に睨まれたら怖いものねぇ。さっき少年を抱き締めたりしてしまってオーストが後ろから睨みを利かせていたんじゃないかって怯えてたってわけ。あ~、すっきりした。

「え、あ、いえ! 違います、そんなことは……」

 すっきりさせなさいよ!

 え、違うの? じゃあ何よ、あーもう、さっさと話してくれないかしら。

「あの、これは、その、内密に、誰にも話さないで欲しいのですが……」

「え、あ、わ、分かりました」

 ……深呼吸、深呼吸、トルチェが何度かそれを繰り返し、扉の方を見つめ、もう一度深呼吸。早く話してくれな~い?

 と、ようやくその重い口が開かれる。

「……私、オースト様の事を、その……、お慕いしていますの」

 その言葉が発された瞬間、まるで雷鳴が部屋中を走り抜けたかのような衝撃があった。いや、その、冗談抜きよこれ。

 少年はぽかんとしたまま口を利くことも出来ずただただ真っ赤に頬を染めたトルチェの事を見つめている。

「お、幼い頃から、その、聖女として力を振るう中で何度かお見掛けした事がありまして……。最前線で魔物との戦いに臨むあの方の姿はどのような絵姿に残る騎士の姿よりも煌めいて見えましたわ。とある悪魔との戦いの際には私の前に立って、悪魔の攻撃から庇ってくれた事もありますの。あの時のオースト様の手の温もりは今でもはっきりと覚えていて」

 ……いきなり語り出すのやめてくれる?

 へ、へぇー、あんなのが好きなんだ。トルチェ、あなた男の趣味が悪いんじゃない? というか、その、うん……、もういいわ。なんだか疲れて来ちゃったもの。

「オーストさんの事、とても好きなんですね」

 ほら、少年も愛想笑い浮かべてるじゃない。あの子楽しい時はもっと楽しそうに笑うわよ。

「そうなんです。その、リリシア様には本当に申し訳ありませんが、ここに来る間もオースト様にお会い出来ることが楽しみで……。ごめんなさい、あなたは本当にお辛い思いをされているのに」

「あ、いえ、そんな……。寧ろ僕はその、来てもらえただけとても嬉しいです」

「ありがとう、そう言ってもらえると助かります。……ふふ、あなたは本当に良くできた人なのね」

 二人が微笑み合う。なんとなくいい雰囲気で終わったって感じね。何の話だったのかもうよく分からないけれど。

「……そういえば、その、私が来るって聞いてオースト様は何か言っていたかしら。ほら、とても美しい方だとか」

 あんた諦めなさいよ。

 ところでこの問いに少年は律儀に聖女の中で一番の人格者だと言っていた、なんて答えていたのだけれど私の記憶が確かならそれはエコーが言っていた言葉じゃなかったかしら?

 ま、どうでもいいわね。後の時間はつまらない話ばかりかしら? 一応呪いの解除ぐらいは試しにやってみるのだろうけど……、結果の分かっている事なんて見る必要もないわ。

 私は少し寝るわね、じゃ、お休み~。



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