2.
ウィロンド王国のことを知っているかしら? ああ、わかってるわ、当然知らないわよね。私の知識をあなたに伝えられたら色々な物事が簡単に終わるのだけれど……、中々難しいものだわ。
どうしてこの国で聖女が特別か、そのことについて説明しましょう。
聖女なんてのは確かに珍しいものだけれど、それは珍しいだけで各国に一人や二人は当然のようにいるものよ。彼女たちは悪魔や魔物が現れれば前線に赴きその力で以てそれらを滅する。まあ言ってしまえばそれだけの存在。でもこれって力の大小に多少の差はあれど騎士や魔導士にも出来る事なのよ。まあ大抵の騎士や魔導士なら十人揃えても聖女の力に及ばないのだけれど。
ところで、聖女にも当然力の大小に差があるわ。例えば隣国の聖女は少し力が弱くて、その向こうの聖女の半分ほどの力しか持っていない。
ではここで問題、ウィロンドの至宝、至上にして最強の聖女たるリリーシア・ユークロンドがどのぐらい強いのでしょうか?
答えは最強。さっき言っちゃったわね。
聖女が数人がかりで動きを封じた悪魔を息をするように簡単に滅したなんて話もあるぐらいなの。まあはっきり言って彼女に比べれば他の聖女も赤子みたいなものね。
だからウィロンド王国、特に今のこの国にとって聖女は特別な存在よ。彼女がいれば恐れることなど何も無い、彼女が起こした奇跡の数々を間近で見て来たからこそ人々はそう信じられる。
では彼女がいなくなってしまったら?
何が起こるか恐ろしくて考えるのも嫌になるわね。
……本当に残念なことに、こんなに話してもあの少年には一っつも伝わってないのよね。全く嫌になるわ。
最強の聖女リリシア様の身体に貧しい少年が乗り移って一夜が明けた。残念だけどその身体が元に戻るのはまだ先みたいね。
少年はやっと起きたみたいで身体を起こして自分の手や身体を見る。
(そっか、僕は聖女様の身体に……)
外は既に明るくて、本来ならば執事がとっくに起こしに来ている時間なのだけれど……。まあこんな事態になっているししばらくはお役御免って事かしら。歳も歳だししばらくは暇を上げるべきね。
まあそれは彼が部屋でのんびり出来る事は意味して無いのだけれど。
「ようやく起きたか」
鋭い、ともすれば言葉だけで人を刺し殺せそうなその声は。
「あ、お、オースト、さん……」
ウィロンドが誇る騎士、オースト・ギュルカメインのもの。成程、少年の世話係はしばらく彼がやるみたいね。
オーストは彼の前まで行くと怯える少年の姿に思わず舌打ちをした。
「なぜ俺がこんな奴の面倒を見なければならんのだ……」
それって彼の事? それとも聖女の事? 若干気になる物言いだけれどまあ今は良い事にしましょうか、緊急時ですものね。
「いいか! まずは動きやすい服装に着替えろ! そして食事を終えたら訓練だ!」
「は、はい!」
有無を言わせぬ、ってわけね。まあオーストらしいと言えばらしい。彼、部下には嫌われてるわよ。
まあそれはそれとしてこの気弱な少年がオーストに逆らえるはずも無い。さっさと着替えて……。あら、部屋の真ん中で立ち止まっちゃったわ。
「どうした?」
「え、っと。服は……、どこに?」
……この子、クローゼットも分からないの?
着替えには想像以上に時間がかかったわ。服がどこにあるのかはわからない、どの服が動きやすいかもわからない、今着ている服の脱ぎ方が分からない……。中身は少年だものね、当然だったわ。
流石に聖女の身体ですもの、オーストが手伝う訳にもいかず事情を知っている侍女を呼んで着替えを手伝わせていたわ。でも、そう、うん。見た目が聖女だからつい忘れていたけれど、この子も男の子だったのよね。何て言うか……、うん……、まあ考えないことにしましょう。
見たことも無い豪華な食事を前に礼儀作法を叩きこまれる時間が過ぎ、ようやく訓練場へ向かうわ。
(疲れた……。偉い人もご飯を食べるのに大変なんだな……)
こっちはあなたがへまをしないか見ているだけでハラハラして疲れたわ。
さて、訓練場は主に騎士が使用する場所と魔導士が使用する場所、そして双方が合同で使用する場所の三つがあるわ。今日は魔導士の所に行くみたいね。
「はっきり言って、聖女の力に関しては分からないことが多い」
オーストは歩きながら喋り出す。
「聖女がどれ程の強い力を持っているかは知っているだろう」
(知らない、って言ったら怒られるかな……)
そんな風に考えて少年は視線を逸らす。まあオーストは流石にそれを見れば察するわね。
「……お前、どこの生まれだ?」
「ラトビ村です」
「ラトビ……? 聞いたことがないな。他国の村か?」
それから少しの間、オーストは自身が訪れた様々な地名を思い返していたようだけれどあまり成果は無かったらしくすぐにやめた。
「各国で聖女に関しては様々に研究がされている。悪魔どもに対抗するには最も強い力だから当然だ。しかしその進捗は芳しくない。彼女らは口を揃えて言う」
「口を揃えて……?」
「使い方は生まれた時から知っている、と」
まあそうね。
聖女の力が何なのかはわからないしどうでもいいけど、持っている側からすればとにかく生まれながらに使える強い力をってだけなのよ。改めて使い方なんて聞かれても呼吸の仕方を聞かれているようなものだわ。
「だからお前もその身体にいる以上、その力の使い方が自然にわかっている……。ならば何の問題も無かったのだがな」
何の問題も無いって本物の最強の聖女リリシア様に失礼じゃない? 別人になってるのよ? 問題でしょ!
「寧ろあのわがままなリリシアよりは御し易そうでいいぐらいだ」
……問題発言があったわねぇ。……ま、今は許しましょうか。寛大な心でね!
あなたが結局のところ何が言いたいかっていうのはわかるわよ。
「お前はその身体に入ってからそれらしい力の存在を感じていない、そうだな?」
「……そう、だと、思います」
(力だなんて言われても……、正直前の、僕の身体の方が身体が軽かったようなとしか……)
この二人、最強の聖女リリシアに対して敬意ってものを欠き過ぎじゃないかしら。そもそも最強の聖女リリシア様は貧しくて弱い人間と違ってわざわざ駆け回る必要なんて無いのよ。貧乏人と一緒にしないでくれるぅ? あなたとは違うのよ!
と、そんなことを声高に、聞こえないのは分かっているけれど声高に! 叫んでいるいたんだけれど……。気が付けばオーストが少年の目をじっと見据えている。
「まずお前には力を持っているという事に関して自覚してもらうことから始める」
彼の瞳はある種の嗜虐性を秘めているようにも見える。きっとこれは気のせいじゃないわ。だって少年ったら膝を振るわせて言葉も出ないぐらいなんだから。
ああ……、先行きが不安だわ。
魔導士の訓練場ってことは当然そこに待っているのは魔導士なのよ。
「こんにちは、私はエコー。ウィロンドじゃ少しは名の知れた魔導士よ」
「こ、こんにちは……」
(綺麗なお姉さんだ……)
このガキ、状況わかってるのかしら? エコーなんかよりも美しく麗しい最強の聖女リリシア様の身体に入ってるのよあなた?
っと、まあそれはいいわ。
魔導士の訓練場は、というかどの訓練場もだけれど、とにかく広いのよね。大勢が集まって訓練する場所だから当然なのだけれど。そしてこの場所の設備の多くは聖女の力が込められている。いやぁ、最強の聖女リリシア様のおかげで設備が壊れることも無くいつまでも綺麗なまま使えるなんて素晴らしいわね。もっとみんな感謝するべきでは?
少年にはそういうものを見てもっと聖女の素晴らしさを知ってもらいたいのだけれど……。
ちらちらとエコーを見るのを止めろ! 手遊びするな! もじもじするんじゃないわよ!
「緊張してるの? 本当に別人なのね、普段の聖女様よりかわいいじゃない」
「い、いえ……」
(僕、男なんだけどなあ)
このガキ、かわい子ぶってるわ。というか普段よりかわいいってどういう意味? 本物の聖女はかわいくないってこと?
「……本題に入るぞ」
不思議ね、なんだか初めてオーストが頼もしく思えたわ。……ええ、分かってるわよ、ただ単に相対的にましってだけなことぐらいね!
「わざわざエコーに来てもらったのは他でもない。こいつが聖女の力を持っていると自覚させる為だ」
「私、何をするか聞いてないんだけど。どうするの?」
「こいつに魔法を撃て」
「えっ」
「えっ?」
はっ? 何言ってるの?
「昨日の時点でこいつには魔法が通じない事が分かっている。ならばそれを実際に目で見て、身体で体験して自らの中にある力を自覚させる」
「……無茶苦茶よ!」
(……無茶苦茶だ)
……無茶苦茶ね。前言撤回、こんな奴を頼もしく思うなんてあり得ないわ。絶対こいつ部下に嫌われてるわよ。自分の部下を痛めつけて喜んでるに決まってるわ!
「俺はあまり魔法が得意ではないからな。暇そうなお前に頼んだわけだ」
「私も暇ってわけじゃないんだけど……。それに聖女様の身体を傷付けたりしたら私の首が飛ぶんじゃないかしら」
「ならば弱い魔法から試して行けばいいだけだろう。ウィロンド王のお付きですら傷一つ付けられなかったんだ、どうせ効きやしない」
「いやいやいや、あなたちょっとおかしいんじゃない?」
エコーの言う通りよ! こんな頭のおかしいやつを言う事を聞いちゃいけないわ! 少年、あなたも何か言いなさいよ!
(……もしかして僕、殺されるんじゃ)
あ、駄目ね。怯えて口も開けないんだわ。……まずは性格の方をどうにかしないとどうにもならないんじゃない?
このことをオーストに伝えたいけれどまあ私にはそんなこと出来ないのよねぇ。……ちょっとぉ、お願いだから傷付けるような事しないでよ?
「この子聖女様の身体に入っちゃってまだ一日なんでしょ? まだ頭も混乱してる頃でしょうに、そんな時にこんな恐い人に脅されて……。かわいそうじゃない」
そんなことを言いながらエコーが聖女を後ろから包み込むように抱き寄せる。
「え、あ、え」
それって少年にとってちょっと刺激的過ぎないかしら。エコーって結構出るとこ出てるし……、魔導士部隊の中でも綺麗で人気で彼女にお付き合いを申し込む人が絶えないって噂も……。
こら、少年! 顔を赤くするんじゃない!
「……お前が何を思おうが、そいつが何を思っていようが、関係ない」
対して糞真面目ね、オーストは。
(何を思っていようが関係ないって……、ひどい、よね……?)
本当にね、同情するわ、少年。
「俺達はこの国を守らねばならない。その為には、お前が苦しい思いをしようと知った事ではない」
でもこの国の事を最も考えているのはオーストではあるわね……。
「……ま、それもそうね」
「え?」
「ごめんなさい」
不意にエコーが至近距離で魔法を放つ。それは小さな光の球。それは聖女の顔に向かって飛んで行き頬に触れた。
パンッ!
そして光の球は頬に触れた瞬間に弾けて消える。
「今の、は?」
「……へぇ、本当に効かないわ」
エコーは少年の前に手を出すと、そこに幾つかの光の球を作り上げる。
「これは魔法。その中でも比較的単純な、攻撃用のね」
光の球がゆっくりと周囲に散らばって行く。そして地面に当たると小さく音を立てて弾けた。
(地面が、抉れてる……)
光の球の一つがオーストへ向かう。彼はどうやら腰に差していたらしい短い木剣でその球を切り裂く。
バキィッ!
「わっ」
「……ふんっ」
木剣が球に触れると弾けた球の威力で木剣はいとも容易く折れた。砕けた木の破片を地面に落ちて行くのをうっとおしそうにオーストは眺める。
「あなたの頬に当てたのはもう少しだけ威力が低い物だったけれど、普通当たればただじゃ済まないわ」
(あんなの当たったら頭が吹っ飛んじゃうんじゃ……)
まあ実際、頭が吹っ飛ぶことは無くても下手すれば頬が吹っ飛んで首の骨が折れたり、なんてのはあったかもね。相手が一般人ならば。
「あなたの中にある聖女の力は瘴気由来の力に対して異常とも言える力を持っている。今みたいに、魔法の威力が一切通らない、みたいにね」
「お前の中には確かに聖女の力がある、ということだ」
「で、でも、そんなの全然感じない……」
「自覚しろ。その為には……」
「私としてはこの方法で聖女の力を使いこなせるようになるとは思えないけれど、まあ、試さない理由も無いわよね」
「……そ、そんな」
いつの間にか少年の周りには沢山の、さっきよりも大きな光の球が浮いている。残念ながら逃げ場は無いみたいね。
炸裂音、なんとも派手な。少年の姿が見えなくなっちゃったわ……、殺すつもりじゃないでしょうね? 聖女の力があるのは間違いないにしても全然使いこなせてないみたいだし、流石に限度とか……。
(……何が起こってるんだろう)
あ、生きてるわね。というか……。
(周りの土が飛んで来るのはちょっと痛いけど、それ以外は何もわからないや)
これで無傷な所を見ると瘴気由来の力は一切効かないってことでしょうね。流石は最強の聖女リリシア様の身体。この子がもうちょっと使いこなせるならみんな安心できたでしょうに。
風が吹いて土煙が晴れて行く。
オーストとエコーはやり過ぎたか、なんて思ってるのか冷や汗をかいているみたいだけど、当然のように無傷よ。……いやちょっと待って!
「わ、わわわ!」
「どういうことだ?」
「オースト、あっち向いてて!」
「え、な、何か?」
「服、服が!」
……最強の聖女リリシア様の身体は当然に美しいものでその、人に見られて恥ずかしい部分は無いとは言うけれど……。あくまでその、美しくないから見られたくないっていう感情が無いってだけで普通に裸とか見られるのは恥ずかしいわけで……。
さっきの魔法で服がぼろぼろで、その、見えたらダメな所見えてない? ねぇ、ちょっと、大丈夫?
とにかくすぐにエコーが上着を被せてくれたからよかったけどさぁ。もうやめましょうよこんなこと!
「エコー、傷はあったか?」
「さっきの今で聞くことがそれなのね。まあ無かったわよ。服はともかく身体の方は見た感じ無傷」
「……そうか、無傷か」
オーストは何か考え込んでいるけれど何考えてるのかしらね。うーん、これからの育成方針かしら。どうも王様の命令に従って少年を育て上げたいみたいだし無敵の身体を生かした戦法でも考えている所でしょう。
そして少年はと言うと、さっきまではあられもない姿になった事と自分の身体に傷一つ無い事に驚いていたのだけれど。今は座り込んで。
(……地面、大穴が……)
足元の地面が抉れて大穴になっているのに今更のように驚く。遅いのよ、確かに視界は悪かったけれどそのぐらいさっさと気付きなさいな。
(でも怪我も何も無いし……、どうなってるんだろう)
だからそれが聖女の力だって言ってんでしょうが! もう、察しの悪い子ね。あなたが聖女の力を自覚して使えるようになればこんな話もう終わりなのに。
さて、オーストが少年の元に。じろじろと顔や手首など露出している部分を見つめる。怪我が無いか確認しているのは分かるけどこんなの不審者よねぇ。
「身体に異常は無いか?」
「え、あ、はい」
言いながら立ち上がり。
「痛っ」
痛っ?
「……どうした?」
「あ、ちょっと足首の辺りが、痛い、かも」
「足首?」
皆の視線が彼の足首に集まる。最強の聖女リリシア様の身体ですもの、足首一つとっても人々を魅了するに足る美しさを備えているわ。……ちょっと待って、なんか赤くない?
「魔法が通じたって事? 何か心当たりは?」
「えっと、たぶんですけど、石? だと思うんですけど、当たって、ちょっと痛かったです」
「石が?」
少し考えて、オーストは。
「腕を借りるぞ」
そう言って少年の腕を取った。そして他の誰もがその行動の意味を理解する前に。
ガッ!
そこに手刀を入れやがったわ。ちょっと!
「痛った!」
「オースト! 何を!」
美しい最強の聖女リリシア様の腕になんてことを! 痕が残ったらどうするつもりよ!
「……成程」
エコーが二人の間に入って距離を取らせ、ついでに少年を抱き寄せて密着する。この女、ちょっとはしたないんじゃないかしら? 見た目が麗しい聖女だからって男の子相手にこんな……。
それはそれとして問題はオーストよ。理由如何じゃ許さないわよ! いや、理由があっても許せないわよ!
(……な、何でいきなり?)
ほら、少年も恐がってるじゃない! 全く子供相手にそんな暴力だなんて情けない、ウィロンドの騎士ってのはそんなことしか出来ないのかしら! ばーかばーか!
あー! この声が届かないのがもどかしい!
「オースト、いくらあなたでも流石に今のは説明の責任があると思うけど」
エコー! 言ってやりなさい! はしたないとか言ってごめんね!
最強の聖女リリシア様に歯向かうだなんてウィロンド王国から追放してやってもいいのよ! ほら、早く何とか言ってみなさいよ!
「聖女の力は確かにあるようだが、今のままでは魔法の盾としても不十分らしい」
「……何が言いたいの?」
「最悪、聖女の力を使いこなせないならその偽聖女には悪魔の魔法を防ぐ盾の役割をさせるつもりだったが……、どうも防げるのは魔法だけのようだ」
(……何言ってるんだろう、この人)
少年の言う通りよ! あなたそんな適当なことを言って煙に巻くつもりなのね! そもそも最強の聖女リリシア様を盾扱いとはどういう事よ!
……いや、ちょっと待って。
「今見た通り、普通に素手で殴れば攻撃が通ってしまう。その前の魔法の時も魔法そのものは効いていないがその衝撃で抉れた地面はこいつに傷を与えた」
……本物の聖女リリシアならそんなこと無いわよ。真に聖女の力を使いこなせば自分の周りに障壁を作り出すのだって簡単なんだから。この子は無意識の内にそれをやっているんだと思っていたけど、そうじゃないってこと?
「俺は戦場で何度も見て来た。魔物の牙に頭を噛み砕かれた物、木々が折れて下敷きになる者、砕かれた岩の破片に腹を貫かれた者、流れ矢が脳天に突き刺さる者」
「……まあ、悪魔ともなれば周辺の地形を一変させることも珍しくないしね」
「そんな戦場にこいつを連れて行ってどうなる? ただ死ぬだけだろう?」
……オーストの言葉は正論だわ。少なくとも、聖女の力を使いこなせないのならば少年は足手纏いでしかない。それならばこの子は城の奥にでも閉じ込めて本物の聖女がこの身体に戻るいずれを待つ方が賢明よ。
(……悪魔。……恐ろしい魔物達の親玉)
そのぐらいの知識はあるのね。その割には最強の聖女リリシア様を知らないのはどういうことなのかしら? 知ってて当然だと思うのだけど?
(……そうだ、聖女様は悪魔を祓うって聞いたことある……。そっか、だから僕は、悪魔と戦わなきゃならないんだ……)
今は寧ろあなたを戦わせられないって話をしていたのだけれど……。少年は未だにそれが今は自分のものだって事に慣れてないみたいだけれど線が細く綺麗で美しい最強の聖女リリシア様の手を見つめる。……あなた、その目、その顔、その心、どうしてか真剣じゃない。
……少し記憶の上映会でも開催しましょうか。
少年の生まれはラトビ村。まあ、単なる貧しい山間の村よ、今も残っているのかもわからないわ。なにせあの村は魔物に襲われてこの少年を口減らしで捨てたぐらいなんだから。
さて、彼はその後どうしたのか? 捨てられた子供が一人で生きられるほどこの世界は優しくないのよねえ。それでもしばらく生きていたって言うのはつまり、運が良かったって事よ。
適当に山の中を歩き続けた少年は山の幸を採りに来ていた老婆に拾われたの。そこでの暮らしは、そうね、まあ貧乏人基準ならばこんなものなんじゃないかしら。一応毎日三食食べられるぐらいの生活だったみたいよ。
とはいえ人間って贅沢なのよね、生活が安定すれば当然より大きな望みを持つわ。
「僕、ラトビ村に帰りたい」
だからと言ってそんな望みを持つのはいかがなものかと思うけれど。まあその時の彼は自分が捨てられた事も理解できて無かったみたい。父母の声は聞こえていたでしょうに……。それとも理解したくなかっただけ? どうにも、そういうのわからないのよねぇ。
さて、でもでも老婆の方はとっくにそんな事情は察してたみたい。もしかしてラトビ村の事を知っていたとか? まあ比較的近い場所にあるのでしょうし何らかの交流でもあったのかしらね。
だからこそ。
「……お前は捨てられたんだよ」
老婆は少年に包み隠すことなく全てを話したわ。そして帰ってはいけないと言い聞かせたの。まあ悪くない判断なんじゃないかしら? どうせ隠していても何も良い事なんて無いでしょうし。それにラトビ村は魔物に襲われたのよ? 近くに魔界に繋がる瘴気渦でもあるのかもしれないわね。
……へぇ、どうやら少年は老婆の意見を聞き入れたみたい。てっきり駄々っ子みたいに聞きやしないのかと思ったけど、案外聞き分け良いのね。ああでも、なんだかナイフの使い方を教わってるわ。きっと力を付けていつか自分の力で帰るつもりなんだわ。
たかがナイフ一本で魔物に立ち向かうつもり? 馬鹿みたい。
……ああ、違うわ。この子、トラウマになってるのね。
食料が常に人を満たせるほどにあるのは王都みたいに聖女の力が行き届く場所だけよ。いくら最強の聖女リリシア様でも世界中を救えるほどの力は無いわ。どんな魔物や悪魔にも負ける気はしないけれど、いない間に王都を攻められてはどうしようもないのよ。
だからこの子がいた村が周辺に沸いた魔物のせいで食料不足になる、なんてこともあるわけ。
「だいぶ備蓄も少なくなって来たな」
「都に早馬を出してる、直に騎士団の方が来てくださるはずさ。それまでの辛抱だよ」
騎士団にねぇ。オーストに確認しておきたいところだけど、今の私にそれは出来ないのよ。
そんな話をしていたのは老婆とこの村の村長かしら? ただそういった話をするならもう少し人の目の無い所でした方が良いわよ。見てるじゃない、この子が。
だから少年はナイフを手に森へ向かった。
魔物が出ていると言うだけあって周辺の森は瘴気が出ている。
ああ、この先はもう見たわ。あなたはこの後瘴気に触れて気が触れて行く、そして悪魔に連れ去られて気が付いた時には聖女の身体の中。今に至るってわけね。
さて、とりあえず記憶の上映会は終わったわけだけど。オーストとエコーは今後について色々と話し合っているみたい。とにもかくにも聖女の力が使えない少年を前線に出すわけにはいかない、しかし騎士や魔導士だけで魔物や悪魔の対処を完全に出来るかは疑問が残る。事は国の存亡に関わるとなれば大変だわ。
そんな二人の元へ少年が行く。
「あ、あの」
二人はその声に一旦話し合いを止めた。
「何だ?」
オーストの鋭い声に一瞬怖気づいたみたいだけど、彼はそれで止まることの出来ない脅迫観念に襲われているの。
「何でも、やるので……。僕を戦えるように、して、欲しい、です……」
それに対してオーストは魔物すらも逃げて行きそうな恐ろしい眼光で応えた。
「ちょっとオースト……」
思わずエコーが諫めてしまうぐらいのそれは、この少年に対して正しい対応と言えるのかしら? 国王様、オーストにこの子を任せたのって間違いだと思うのですけどどう思いますー?
……ん? 誰か入って来たわ。
「オースト隊長! 近隣で魔物の目撃情報……、あ、えと」
……部下もビビらせる迫力って、やっぱりやり過ぎよ。
「エコー、聖女を連れてついて来い」
「何するの?」
「そいつに魔物がどういうものか見せてやる」
「……王様に怒られても知らないわよ?」
「だからお前に守らせるんだ、早く行くぞ!」
魔物ねぇ。まあここの騎士や魔導士は優秀ですもの、きっとすぐに終わることでしょう。
(魔物……、僕が戦わないといけない、敵)
はぁ、あなたはその目にしかと焼き付けると良いわ。私たちの敵の姿を。




