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聖女の中身は×××  作者: 藤乃病


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10/11

10.

 さあ、行きましょう。再びあの場所へ向かう時が来たのよ。




 事の発端は……、いえ、発端を考えるとよくわからないから少し前の話をしましょうか。

 少年は来る日も来る日も訓練訓練……、あぁ、なんか辛くなって来たわ。もう最強の聖女リリシア様の美しい身体が……、筋肉とかついて来ちゃって……。こんなことなら少年が沈んだままでいてくれた方が良かったわ。

 と、まあ、瘴気の森で自分の死体を見て、それからオーストと話をしてから、非常に残念ながら少年は今まで以上に訓練に励んでいたわけ。しかもオーストも今までよりずっと協力的だわ。何なら近隣の魔物退治に積極的に連れ出したりしてるからね。おかげさまで弱い魔物なら物怖じすることなく倒せるぐらいにはなったわ。周りも才能があるなんて持て囃して……、どうかしてるわ!

 しかし構えた剣から聖女の力を発するってのはちょっとかっこいいんじゃない? その辺りは一考の余地ありってやつだわ。

 とにかくそんな日々が続いて、ある日エコーがこんな話を持って来たわけ。

「トルチェ様が瘴気の森の探索に力を貸しても良いって言うんだけどどう思う?」

 トルチェ、あの小娘がそんなことを言い出したわけよ。イブラナの聖女ってそんなに暇なのかしら?

「この前こちらにお越し頂いた際に騎士団を派遣したでしょ? そこでの交流が思いの外いい感じだったみたいでね、騎士団同士の行き来が多くなってて本格的に協力関係を築きたいみたい」

 ……へぇ。ウィロンド王国としては断る理由は無さそうね。現在こちらの聖女は力を失っているわけだしいざという時に力を借りる相手は欲しいでしょう。イブラナにとっては、まあ、そうねぇ。実際うちの騎士は戦力としては中々のものでしょうし平時から協力しておくのはありがたいのかしら。トルチェ一人で広い国土を全て守り切れるわけでも無いでしょうしね。

「……瘴気の森の探索状況はどうなっている?」

「正直あまり進んで無いわ。うちの魔導士団が出張ってるけどまだ例の木の実の群生地にも辿り着いてないみたい」

 瘴気の森の探索ってそんなに進まないものなのねぇ。少年と行った時は結構さくさく進んでたしすぐに終わるものだと思っていたけれど。

「そうなるとトルチェ様のお力を借りられるのはありがたいな。しかし……」

 オーストはちらりと少年の方を見る。まあ、気になるわよねぇ。

「……僕も行ってもいいですか?」

 少年は恐る恐るというような感じで、しかし確かにそう口にした。気弱そうな雰囲気で騙されそうになるけれどこれは間違いなく自分の意思だと言わんばかりに強い瞳の色をしているわ。

 前よりは良くなって来たじゃない。その調子でもっと我が儘に生きた方が良いわよ。

「リリシア様。既にその、あなたの……、元の身体はありませんがあそこは」

「大丈夫です。その……、なんて言うか……」

 少年は自分の中で言葉を考える。自分の思いを表せる言葉を形作って行く。

「前に出来なくて、失敗して、でもだからその……、今度は、今度こそはちゃんと……」

 少年の意志は固い、その事を察したエコーはオーストの方を見る。

「リリシア。やると決めたのなら、やり切ることだ」

「……はい!」

(今度はみんなの力になるんだ。それで、村の人たちにも食べ物を届ける!)

 やる気満々ね。正直私はあまりこういうの興味無いんだけど。でも少年がどこまでやれるのかはちょっと見てみたいわ。

 せっかくならやり切って見せなさい。

(……あ、そうだ)

「オーストさんも行くんですよね?」

「ん? ああ、今の俺の最優先の役目はお前の護衛だ。当然だろう」

「ですよね」

 オーストとエコーはなぜ今更そんなことを聞いたのだろうと不思議そうに顔を見合わせる。でも私はちゃーんとわかってるわ。いや正直わからなくてもいいけれど少年が考えてる事が分かってしまうんだから仕方ないじゃない。

(トルチェさんはオーストさんが好きなんだし会えたらきっと喜ぶよね)

 ……いやもう……、めっちゃどうでもいいわ。




 瘴気の森への道のりは前と同じ。メンバーも同じね。要するに何も起こり得ない布陣よ。ただまあ、森の前には見ず知らずの馬車が一つ。

「オースト様、リリシア様、お久しぶりです。他の方々もどうぞ今日はよろしくお願いします」

 精一杯聖女らしく振舞うその姿、呆れちゃうわ。この女こそが聖女トルチェ、隣国イブラナの聖女にしてオーストを好きとか言ってる頭のいかれた女よ。

「お久しぶりです。よろしくお願いします」

「この度はわざわざこんな僻地までご足労頂き感謝いたします。また我々が瘴気の森の探索に手をこまねいているのを見かねて助力頂けると聞いております。その点においてもウィロンド国を代表して感謝させて頂きたい」

 深々と頭を下げるオーストに倣い後ろにいた他の皆も頭を下げて、それから一拍遅れて少年も頭を下げる。イブラナの聖女様はたぶん目の前で思い人がかしずいているのにご満悦なんじゃない? どうでもいいっての!

「お気になさらず。困っている隣人がいれば手を貸すのは当然のことですから」

「ありがたいお言葉です」

 けっ、いい子ちゃんぶるのも大概にすることね。

 そこっ! 本物のリリシア様とはえらい違いだとか言ってんじゃない! 本物の最強の聖女リリシア様の素晴らしさをわかってないのか!

 ……はぁ、最近はつい言葉を荒げてしまうことが増えた気がするわ。そうでもしてないとやってられないのよねぇ。




 森の中をずんずん進む。とにもかくにもずんずん進む。流石に聖女がいると前とは偉い違いね。前回はオースト達は専用の瘴気対策マスクを着けて進んでいたけれど、今回は外しても問題ないんじゃないかしら?

「流石に聖女の力があると楽だな」

「ああ……、瘴気がこんなに晴れるなんてな」

 トルチェの周囲を光の球が漂う。あれは恐らく聖女の力の塊でしょう。それが空気中を漂うだけで瘴気が浄化されて消えて行くのが見えるわ。白く濁った瘴気の風も彼女の傍を通れば澄み切った爽やかな風に変わるってわけ。

(これが聖女の力……)

 そういえば少年が聖女の力をちゃんと見るのって初めてだったかしら? 前回トルチェに会った時にも見てはいるだろうけど瘴気や魔物を相手にしていたわけじゃないものね。光るだけならただの灯りと変わらないけれど瘴気も晴らせるとなれば全然違うのはよーくわかったでしょ。

 その身体にも同じどころかそれ以上が出来るだけの力があるはずなんだけどねぇ。

「どうやってるんですか?」

「どう……、と聞かれるとやはり難しいですね。基本的には……、手を動かすのと同じぐらい自然にこの球を出せるというだけですね。指先に光を灯そうと思えば」

 トルチェがそう言って指を立てるとその先に光が灯る。

「こんな風に光を出せるのです」

「うーん……」

 少年も自分で試してみようと人差し指を眼前に立てたけれど残念なことに何も起こらないわね。

「えっと、リリシア様は光を灯したりはなさらなかったとか?」

 そう言って周囲を伺うが反応は芳しくない。そうね、ここで光を出すのは苦手だったとか言ってあげたら少年が喜ぶかって言うと微妙よね。

「……あれは馬鹿みたいに派手にやるのが好きなやつだった。以前、魔物の群れを吹き飛ばす余波で出た光に目を焼かれて引退した者もいる」

「えぇ……?」

 ……ああ、確か双眼鏡でたまたま光の中心を覗いてたってやつね。まあその目はすぐに治ってついでに国から補償も出たんだから気にすること無いわよ、うん。あの後はそんな事が無いように気を付けてたし。

「少なくとも、本物ならやろうと思えばやれただろう。あの馬鹿がちょっと光らせるだけで我慢できるかが疑問なぐらいだ」

 ……最近オーストってば最強の聖女リリシア様を馬鹿にしてるわよね? 今なんてあの馬鹿とか言い出したわよ? 確かにもう半年、いえ、八か月ぐらい? とにかく長いこと表に出てないからってちょっと調子乗ってるんじゃない?

 言っておくけど、最強の聖女リリシア様がいなかったらウィロンド王国なんてとっくに滅んでるのよ! そこらへん弁えた方がいいんじゃないのぉ?

 ……ま、今は何も出来ないんだからそんな風に言ったところで虚しいだけね。

 少年も今はどうやら出来ないらしいと諦めた様で先へ進むことを優先する。このペースならあっさりと前回辿り着いた所まで行けそうね。今回は少年の死体はもう無いしハプニングが起こる心配は無いでしょうね。

 さあ! 目的地までさっさと行ってさっさと帰りましょう!




 旅路は順調、少年が取り乱すような事態も起こらず進む進む。途中でトルチェがオーストに何度も話しかけてみたり信者共が少年を持ち上げてみたり一人が脱会してトルチェに言い寄ってみたり、まあ賑やかな事ね。御覧なさい、エコーが呆れてるわ。いっそあなたも騒がしい連中の一員になれば良いのに、よく似合ってると思うけど?

 ……と、まあ目の前の状況から目を逸らすのはこれぐらいにしましょうか。

 襲撃は突然だったわ、先頭を行くオーストが何気なく足を踏み入れたその場所が丁度狩りの場所だったのでしょう。不意に襲って来た黒い光を放つ球状のエネルギー。盛大な爆発と共に煙を大きく巻き上げたけれど、ようやくそれが晴れて行く。

「……オーストさん、無事ですか?」

「この程度の傷なら問題ない」

 ……直撃を受けたとはいえあのオーストが手傷を負っている。それも聖女の援護がありながら、ね。

 道中の和やかな雰囲気が嘘みたいにみんな険しい顔をしているわ。精鋭の騎士たちは自らの身体を盾にすべく少年の前に立ち、エコーはその後ろで魔法の準備をしている。少年はただ一人状況が分かってないみたいだけれど、ま、それも当然かしら?

「悪魔、だな」

 オーストが遠くに見える生物に剣を向ける。

 ほら少年、よーく見て御覧なさい? あなたは初めて見るのでしょう?

(……あ、あれが、悪魔)

 人のような姿でありながらその肌は黒く染まり、頭部には巨大な角が生え、その背には翼の骨格とも昆虫の脚ともつかない何かが幾つもある。それは瘴気の中に身を置いているように見えるがよくよく観察すればわかるだろう、瘴気の中にいるのではなく瘴気を周囲に放っているのがそれなのだと。それは時に人の世に降り立ち村や町を簡単に滅ぼす。

 それが人間の敵、悪魔。

 あ、今のは私がそう思ってるわけじゃなくて大昔に読まされた本の一節よ。

「人間……、そこの女は聖女か」

 少し驚いたような表情を見せる悪魔。実際、彼らも感情を持つ私たち人間と大差ない生き物なのよ。

「我が瘴気に触れて生き残るとは、やはりいつの世も聖女とは厄介なものだ。お前たちが居なければこの世はとうに我々の物になっていただろうに」

 問題は連中が完全に私たちを滅ぼそうとしてるって所ね。

「私としては早く手を引いてもらいたいものですが、ね!」

 聖女の力が槍を模して宙を舞う。へぇ、トルチェはこんな風に聖女の力を使うのね。無数の槍が悪魔に向けて飛んで行く、か、中々かっこいいわね。

 通じていれば最高だったわ。

「遅いな」

 悪魔の速度はどうやら尋常じゃ無いわ。トルチェの攻撃は常識的な範囲で言えば決して遅くは無かったもの。うちの騎士の中でオースト以外は避けられないと思うわよ。それを当然のように身を躱し一行に接近する。

「死ね!」

 その声と共に悪魔の爪が鋭いナイフのように伸びた。あんな便利な機能あるのね。

 キンッ――!

 それを放っておけばトルチェにその爪が届いていたところだけれどそれを放置するほどうちの騎士は甘く無いわよ。

 攻撃を弾かれた悪魔は驚きの表情ね。

 対してオーストは喜んだりしないわよ、ただ容赦なく追撃を決めるだけ。

「ちっ」

 ……ん? 今のは何かしら。悪魔が舌打ちした瞬間その姿が霧のようになって、オーストの剣が擦り抜けた?

「まさか人間如きが我が速さに対応してくるとはな」

 いつの間に木の上になんか行ったのかしら?

「……瞬間移動の類か」

「良く知っているじゃないか。どうやらお前はさぞかし名の知れた騎士なのだろうな」

 へぇー、もしかしてよく悪魔が使う魔法なのかしら? 改めて考えると悪魔がどんな事するのかなんて私よく知らないのよ。何度か聞いた覚えはあるけど真面目に覚える意味も無かったしね。

「黙ってその首を差し出すなら楽に死なせてやるが?」

「首を献上するのはお前の方だろう? 名の知れた騎士であれば悪魔の中で我が名声も上がるというものだ」

 化け物同士の戦いが、今、始まる!

 ……まあ冗談めかして言ってるけどどう考えてもピンチよね。やばいわよね。命の危機よ。どうにかして少年だけでも逃がして……、いや、それで悪魔が追って来たらお終いよね。

 オースト、トルチェ、どうにかして勝ってちょうだい!

 化け物同士の戦いは一進一退、まあ互角ね。トルチェの援護とオーストの人間離れした身体能力があって互角。こうしてみると悪魔って結構強いわね。それともあれが結構名の知れた悪魔なのかしら?

「ぼ、僕らも何かした方が?」

「……いえ、あの戦いに我々が割って入れば却って足手纏いになります」

 少年と他の騎士たちはあの戦いに割って入れない、と。まあ実際そうでしょうね。聖女無しで悪魔を討伐した記録もあるけどその時は大勢の人間が自らの命も省みず向かって行った結果だったらしいわ。あれに聖女とたった一人の騎士で対抗できている今がおかしいって事ね。

 悪魔としても流石に現状は想定外らしいわ。

「ちっ、人間風情が……。森ごと消し飛ばしてやる!」

 空を飛ぶ悪魔。

「逃がしません!」

 それを追うように幾つかの光の槍が追う、けど。突然それが弾ける。

「なっ!?」

 羽……、本当に羽なのかしらあれ? とにかくそれっぽいのを切り落として光の槍にぶつけたのが見えたわ。その爆風で更に悪魔は高く飛ぶ。

「見せてやろう! 我が最大の奥義を!」

 周囲の瘴気が集まって行く。悪魔の手に黒い光が、禍々しい光が溜まって行く。……あの威力、トルチェで防ぎ切れるかしら……?

「皆さんこちらへ!」

 光の盾が空に浮かび全員がその下へ。

「砕けろ!」

 直後、悪魔の手から一筋の黒い閃光が放たれる。それは光の盾にぶつかり。

「くっ、ううぅ……」

 トルチェが必死に耐えているのは分かるけれど徐々に盾にひびが入り始める。……ちょっ、これってまずいんじゃ。

「エコー、防御の魔法は出来るか」

「出来るけどあの威力相手じゃ焼け石に水だよ!」

「全部俺にかけろ! 盾が破られたら俺が受ける!」

「待った、隊長がやられたらあの悪魔を倒せない! あの魔法を受けるのは自分の役目です!」

 そうね、誰かが犠牲になってあれを受け止められれば全滅の危機は免れるかも。

(こんな……、みんな死んじゃうの?)

 少年、今はそうならないように誰が犠牲になるか話し合っている所よ。

(僕は、また何も出来ないの?)

 あなたの腕じゃ悪魔なんて相手に出来ないわ。諦めなさい。

「ごめんなさい、破られます!」

 トルチェが叫ぶ。次の瞬間、光の盾全体に一気にひびが入った。ああ、次の瞬間には砕け散る、覚悟を決める時ね。

(……あんな魔法を受けたらみんな死んじゃうのかな)

 だからそうならない為にって言ってるでしょう!

「……魔法?」

 ん?

「オーストさん!」

 あ!

 オーストは呼びかけられた瞬間に少年の考えを全て理解したみたい。その反応は早くて他の誰も追い付かなかったわ。

 盾が砕け闇の閃光が落ちて来る。エコーは既に傍にいた騎士に魔法をかけて彼は皆に代わってあの強大な魔法を受け止めようとしていたのだけれど、それよりも早く、速く、宙を舞った影。

「う、わっ!」

 少年の姿。

 オーストにぶん投げられて宙を舞った少年、そこに悪魔の放った闇の閃光が、魔法が、瘴気を由来とした攻撃が襲い掛かる。

 そして次の瞬間。

「はぁっ!?」

「……え?」

 敵も味方も驚き固まってしまった。まああの魔法が少年に当たった瞬間に弾けて消えてしまったんだものね。

「……あ!」

 そうなると予想してこの行動に出た少年とオーストに次いでエコーが気付く。

「あの身体に魔法は効かない」

「あ!」

「そうか!」

 それを聞いても理解が及んでいないのはトルチェと悪魔だけね。まあ二人は少年がこれまでにどんなことをして来たか事細かに知っているわけでは無いでしょうし。

 いいわ、教えてあげましょう。

 そもそも少年の肉体が最強の聖女リリシア様のものであると言う前提は知っているでしょう? そしてその身体には未だ聖女の力は残っている。なぜか少年はそれを意識的に外に出して使う事が出来ないだけで、瘴気由来の力、エコーなんかの魔術師が扱う魔法が一切通じなかったのよね。これは聖女の力が瘴気を弾いてしまうからと考えられてるわけだけど、それは当然悪魔が相手でも変わりは無いって事。

 残念だったわね、悪魔さん。少年を殺したかったら魔法じゃなくて直接殴った方が早かったわよ。

「リリシアを頼む!」

 オーストはそう言うと地面を蹴って木の上に跳び上がる。……どんな跳躍力よ、本当にあなたって人間なの?

 空からは悪魔が落ちて来るのが見える。どうやらさっきので力を使い果たしたのか背中の羽、飛べないんだしやっぱり羽なのよね? を切り落とした所為かもう飛べないらしいわ。

「ま、待て!」

「待つと思うか?」

 銀色の光が走る、オーストの剣が悪魔の首を切り落とした。

 地面に落ちて行く悪魔の身体。そしてそれを残った面々が念入りに間違っても生き残ったりしないよう何度も何度も刺し貫き細切れに。あの肉片から蘇って来たらホラーよねぇ。まあその肉片もトルチェの聖女の力で消えて行くのだけれど。

 ……終わったわね。

「……痛い」

 少年は残念ながら誰にも受け止めて貰えなかったわ。まあ悪魔から目を離すわけにもいかなかったしね。あーあ、折角の服も木の枝に引っ掛かりまくってボロボロだわ。どうするのよこれ、結構気に入ってたのに……。

 ま、生き残ったし今日の小言はこれぐらいにしておきましょうか。




 結局少年は色々と服やら何やら引っ掛かったせいで身動き取れず諸事情によって男性陣の力を借りられずエコーとトルチェに助け出されたわ。

 ま、賢明な判断ね。多少の露出は最強の聖女リリシア様の美しさを引き立てるけど流石にちょっと、色々見え過ぎだったわ……。

「すみません、その、助けてもらってしまって……」

「何を仰いますか。リリシア様が身体を張ってくださったから私たちがこうして無事でいるのですよ」

 そうね、トルチェの言う通りだわ。最強の聖女リリシア様のおかげでお前たちはこうして無事なんだからね! その辺ちゃんと認識してきっちり感謝して頂戴よ!

「とりあえず私の上着を羽織っておいて」

「でもエコーさん寒くありませんか?」

「大丈夫よ、魔法って結構便利なのよ」

 そう言ってエコーが指先に火を灯す。

「自分の身体を温めるぐらいはわけ無いわ。幸か不幸か瘴気がそこら中にあるからエネルギー切れって心配もないし」

「……ありがとうございます」

(魔法って便利だなぁ。僕も魔法が使えたらよかったのに)

 あなたねぇ、聖女の力は魔法なんかよりも何倍もすごいのよ! それも最強の聖女リリシア様の聖女の力を持ってるんだからエコーなんか目じゃないのよ!

 大体本来だったらこんな服が破けるようなこと無いわよ。その辺もちゃんと理解しておいて欲しいものだわ……。

「もうよろしいですか?」

「ええ。とりあえず上着を羽織らせたからもういいわよ」

「いやはや、少々我々には刺激の強い格好になられておりましたからね。自分としてはリリシア様の玉のような肌に傷が無いかが心配でありますよ」

「見たところちょっと枝で引っ掻いたような傷はあったけどね。あのぐらいなら痕も残らないと思うわ」

「それは良かった」

 いやぁ良かった良かった、なんてね。もし傷跡が残ったりしたらただじゃ置かないからね! もうちょっと最強の聖女リリシア様の身体だと言う事を考えて丁寧に扱って欲しいものね。

「オースト、もういいわよ。いつまでもそこで蹲ってないで早く行きましょう」

「……ああ」

 ……? 何かしら。上の空な感じで生返事ね、珍しい。

「リリシアの服は枝に引っ掛かって破れていたんだったな」

「……何かしら、ちょっと気持ち悪いんだけど」

「えーっと、一応、まあ、その通りではありますけど……」

 普通に考えて女性の服が破れているかどうかを聞く成人男性って気持ち悪くない? というかどういう意図でそれを確認したの?

「それは悪魔の魔法を受けても衣服に大きな損傷は無かったと考えていいのか?」

「まあ、そうなる……、そうなる? え?」

 ……あっ!

「聖女の力で衣服を守ったって事!?」

「枝に引っ掛かって破れた程度の損傷なのだとすればそうなる、という事だろう」

「ちょっ、ちょっと待って。リリシア様」

「はい?」

「えーと、あ! これ持って」

 エコーが地面に落ちていた葉っぱを少年に渡す。

「こう、前に構えて」

「こう?」

 エコーの言う通りに素直に手を前に伸ばす。当然その先には葉っぱが摘まれていた。

「じゃあ目を閉じて」

「はい」

 うーん、素直。素直過ぎて心配になるぐらい素直だわ。まあエコー達からしたらやりやすくてありがたいし、そういう所が周りから好かれるところなんでしょうけどね。

 でも時には疑う事も覚えた方が良いわよ。今もほら、エコーがあなたに向けて炎を放ったわ。

 突然の行動にトルチェやオースト以外の騎士が唖然とする中で炎は少年の手に当たり、そして弾けて消えた。ま、魔法は瘴気由来の力だからね。さっきの悪魔の一撃が効かなかったんだからエコーの魔法程度が効くはずも無いわ。

 それでここからが本題。少年の手で摘ままれている葉っぱよ。

「……燃えて無いわね」

「何らの影響も受けていない感じだな」

「えっと、もう目を開けても良いですか?」

「良いわよ」

 少年は目を開けてすぐ傍にいるエコーとオーストが神妙な顔で自分が摘んでいる葉っぱを見つめているのを、それから周りで未だに啞然とした表情をしているトルチェや騎士たちを見る。

「……えっと?」

「いつの間にか聖女の力で自分の持つ物を覆うことが出来ていたのか」

「全然気付かなかったわね。それともさっきの悪魔との戦いの中で偶然コツを掴んだとか?」

「あり得ん話ではないな」

 二人は少年が聖女の力をほんの少しとはいえ扱えるようになった事でこれから先の展望でも考えているんでしょうね。実際、あの悪魔の魔法を弾ける力なんて使いようは幾らでもあるでしょうし嬉しいのはよくわかるわ。

(よくわからないけど二人共喜んでる?)

 そうね、その通りよ。未来に希望が見えて来たって事よ。私も少しはそういうものが見えて来たわ。

「よし、行くぞリリシア。瘴気の中を突き進め」

「ええ! きっと瘴気の中にいることで何か掴めたのよ! とりあえずオーストと二人で先頭を行きなさい!」

「え? ええっ!?」

 ……何か全然関係ない事を考えていたら二人の中で変な結論が出たみたいね。オーストと肩を組んで先頭を走り出したわよ、大丈夫かしらあれ。

「……り、リリシア様ずるい」

 トルチェもわけわかんないこと言ってるし。もしかしてあんな風にオーストと肩を組みたいって事かしら? あんな化け物みたいな力持ちに振り回されるの私なら御免よ。

「わ、わわわっ!」

(か、体が浮いてる!)

 ほらね、足も付かないまま振り回されて少年もおっかなびっくりよ。

 とりあえず最強の聖女リリシア様の美しい身体にこれ以上傷は付けないでよ。私、変な傷跡が残るの嫌だからね。




 爆走というか暴走と言うか……、結局あれから例の木の実の群生地まで一直線。道中の魔物を蹴散らして時にトルチェや他の騎士を置いてけぼりにしながら突き進んでいったわ。

「ここに杭でも立ててみるか」

「そうね」

 オーストとエコーの提案で少年によって木杭が一本立てられる。ちゃんと意味はあるわよ。

「私が試すわ」

「頼む」

 エコーがマスクを外す。あれは瘴気の吸入を防ぐ為のもの、要するに瘴気の濃い場所でも活動できるようにあるわけ。今この場の瘴気はトルチェによって浄化されてない、要はまだ大量の瘴気があるはずなのだけれど。

「んー、ほとんど感じないかも」

「リリシアの聖女の力で浄化出来ているという事か」

「多分ね。色々と検証は必要だけど間違いなく一歩前進よ」

(……どういう事だろう)

 少年はまだよくわかってないみたいだけど、結論から言えば少年が手に持った杭には程度はともかく聖女の力が纏われているって事よ。それによって周辺の瘴気が自然に浄化されてるってわけ。

「トルチェ様はどうですか? 何かここから力を感じたりは?」

「少し触ってみても?」

「どうぞ」

 トルチェは木杭に触れて、それから少し驚いたような表情を見せたわ。

「凄いですね……。確かにこの杭からは聖女の力を感じます。昔に一度リリシア様のそれを見たことがありますが、それと同じで、こう……。人を寄せ付けぬというか……。私が改めて力を込めようとしても弾かれるような感じで……」

「力の方もあの馬鹿と同じで我が儘なのか」

 ちょっとそれどういう意味? そもそも本来なら最強の聖女リリシア様に手助けなんて必要無いのよ! わざわざ他人に力を借りないと事も為せない少年に問題があるわ!

 とはいえまあ、聖女の力を何かしらの形で活かせるようになったのは認めるわ。少しは成長したみたいね。

「ですがこれを周辺に幾つか立てれば村の方々は大変助かるのではないかと思いますよ」

「え?」

「どうする、リリシア?」

 そう尋ねられた少年は、そうね、久しぶりにこんなに笑顔になるのを見たかもしれないわ。

「頑張ります!」

 えっちらおっちら皆さんで頑張って、ついでに少年に聖女の力を上手く使えるように様々な方法を試しながら、一夜をそこで過ごす。

 危険じゃないかって? そんなわけないじゃない。聖女が二人にオーストまでいるんだからここが世界一安全な場所かもしれないわ。魔物も悪魔も寄り付かないわよ。




 翌朝、大量の木の実と共に村へ向かう。少年が本当に少年だった時に僅かな期間を共に過ごした人々の元に食料を届け周辺の安全が確保できたことを伝えに。

 それで今なぜか少し離れたところから村人と話をする騎士の姿を見つめているのだけど。

「本当に直接話をしなくて良かったの?」

「……はい」

 少年は直前になって会うのは止めると言い出したのよ。本当は何か言いたいことぐらいあるでしょうに。

「……話をしようと思ってもなんだか、色々と……、分からなくて」

(今の僕はこんな姿だし、あそこを勝手に出て行ったのも僕だし、なんて言えばいいのか……)

 エコーは背中を押すべきか悩んでいるみたいね。私も、どっちがいいのかわからないわ。

「……でも僕はその……」

 遠くで礼を言いながら頭を下げる村人が目に入る。後ろでは喜びを顕わにする人々がいる。

「……あんな風に喜んで、みんなが喜んでくれたらなって思います」

「……そっか。そうなったら嬉しい?」

「はい」

 少年の目には涙が浮かんでいる。

 ……本来なら泣き腫らした目が不細工に見えるからやめて欲しい所だけど、今日だけは見逃してあげるわ。

 全く……、子供なんだからもっと好きに生きればいいのにねぇ。そういう所もきっと周りから好かれる一因なんでしょうけど。

 でも絶対に最強の聖女リリシア様の方が最高で最強だってことは忘れないでね!




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