1.
何だこの人間は?
(……誰の声?)
瘴気の森に落ちていたのを拾って来たそうだ。例の呪いに使うんだと。
この小汚いガキを?
だからこそ、だろ。変に力ある者を使ってどうする。
(呪い? 何の話をして……)
これが成功すればあの邪魔な聖女を倒す算段も付くというもの、いやはや悪魔王様たちの知恵と勇気には感服するばかりですねぇ。
全くだ。我々は来たる時に備えておこうではないか。
(……何が起こってるんだろう。でも、もう……、意識が)
少年の意識は深い闇の底へ落ちて行く。
記憶が上映されているわ、まるで走馬灯みたい。
少年はとある小さな村で生まれた。彼は人々の祝福の言葉と父母の愛情を折り重ねて作られた揺り籠ですくすくと育ち、歳が十を過ぎた頃に揺り籠は他ならぬそれを作った人々の手によって引き裂かれる。
口減らし、王都から離れたところでは未だに行われている風習だとか、ま、ここでは関係のない事ね。しかし少年は残念ながらその対象に。魔物に村が襲われ食料のほとんどを失ってしまったのが原因とは言え、彼自身には何の非も無く気が付けば一人森の中。
そして……、あら、目が覚めるみたい。とりあえず今はここまでにしましょうか。
「……え?」
何が起こったのかわからない、ベッドの上でたった今に目を覚ました少年はそういう顔で天井を見つめる。まあ、そうね、今の状況は彼の理解を超えているでしょう。
とりあえず身体を起こして周りを確認。その瞳に映るのは彼が見たことも無いような装飾だらけの豪華なベッド、飴色の光沢が眩くすらあるクローゼットや調度品、天井には煌びやかな灯りが部屋を照らしているのが良く見えるでしょう?
「え、えぇ……?」
ああ、彼の困惑が伝わってくるようだわ。そうでしょうそうでしょう、生まれてこの方故郷の村にあった程度の貧相な小屋しか知らないのだもの。この部屋は、……そうね、この子が暮らしていた家よりも広いかもしれないわ。置かれている物はそれ一つで彼の生家よりも高価な物になるでしょうね。
「な、何でこんな……、何で?」
もはや何を疑問に思っていいのかもわからないみたい。とりあえず立ち上がって、窓を見つけたわ。早速そこから外を覗きに行くみたい。
「……すご」
呆然と立ち尽くす、ただただ呆然と。そこに広がっているのは王城とそこから連なる城下町。
ここは我らがウィロンド王国の王城。本来ならたかだか一貧民が目にすることなど出来ぬ光景、しっかりとその目に焼き付ける事ね。
あら、折角の光景なのにもう飽きちゃったのかしら。部屋の中に戻って行ったわ。
「……え、でも、何でこんなところに? 僕は確か……、瘴気の森で……」
あ、きちんと覚えているのね。どうやら記憶を探っているようだし便乗して私も彼の記憶の上映会を楽しむとしましょうか。
今、彼が探っているのは直近の記憶。ここに来る前の話ね。
森の中を歩いている彼はとてもお腹を空かせているみたい。あまり満足に食事をとっていないのかもしれないわ。
「……ここになら、食料があるはず」
その手には鈍く光るナイフが握られているわ。尤も全然使い慣れては無さそうだけど。その持ち方で大丈夫なの? なんだか危なっかしいわ。
とにかく少年はずんずんと森の奥へ進んで行く。
……瘴気の森よ? ここ。
霧が、紫色の霧が徐々に濃くなっていく。魔界から漏れ出た瘴気は特別な装備が無ければそれを吸い込むことで次第に気が触れてしまうもの。ましてまだ幼く腹も空かせて体力も残っていないあなたがどうなるかは考えるまでも無かったと思うけどね。
(何だろう、手足の動きが変だ)
そんな風に思った時にはもうあなたは瘴気に侵されているのよ。
(あ、あれは何だろう? 小さな生き物が……、食べられるかな)
彼はそれの背後を取るようにゆっくりと足音を消して移動を、正確には消しているつもりで移動を始めた。枯葉を踏みしめる音ももう聞こえないみたい。木々の影に陣取るとナイフを強く握る。その目は先程見つけた小さな生き物に向けられている。そして目を細め、息を呑み、それでも固く握り締めたナイフを振り下ろした。
キンッ!
「うわっ!」
ナイフは弾かれて彼の手から飛んで行った。勢いあまって尻もちをついた彼はゆっくりと後ずさる。
「な、何で、ナイフが!?」
刃が通らないのは当たり前よ、あなたが突き刺そうとしたのはただの岩なのだもの。ずっとあなたは幻覚を見ていたのよ。結局彼はそのことに気付かずその場を逃走。
(ナイフがどっか行っちゃった……、生き物を狙うのは止めよう。木の実を探さないと)
空を覆う木々を見つめて少年は初めて気が付く。視界がぐるぐると回り、軽い浮遊感が身体を襲う。立っていることも困難でその場に尻もちをついた。
(……だめだ、もう、一歩も)
そしてその場からもはや動くことも出来ず力尽き、その意識を手放した。
……へえ、その後悪魔に捕まったのね。つまりどうやらこれは連中の悪だくみと言う事なのでしょう。
上映会はここまでよ。
「……えっと、森に入って、倒れたんだ。その後、変な声を聞いて……、あれは、悪魔? でも何でこんな場所に?」
もしかしてこの子はまだ気が付いて無いのかしら。ここがどこなのかなんてことよりも気になることがあるでしょうに。私の声が届くのならすぐに教えてあげるのだけど、この部屋には大きな姿見があるのだけれど、ってね。
ま、ふらふらと部屋の中を歩き始めた彼がそれに気付くのはもうすぐよ。
「……えっ!」
まず目に付くのはその長く麗しいブロンドの髪、その光沢と艶は町を歩けば誰もが目を奪われるわ。
次にその顔、光の柔らかさを肌に閉じ込めたかのように透明感があり、微笑みを浮かべれば星の輝きを宿す瞳で全てを魅了するでしょう。
そしてドレス、あまりの稀少性に国宝級の物にしか使われることが無いとシルクをウィロンド王国で最高峰の技術を持つ織師と縫師が共同で作り上げた世界に一つしかない誰もが羨む最高級品。
最後にそのプロポーション、四肢は細くそれでいてしなやかで滑らかな曲線を描き、何よりもあなたには無かったその胸の膨らみからは目が離せないでしょう?
「女になってる!?」
そう、この体は捨てられた貧しい孤児のものじゃないの。
この国の至宝! 最強の聖女! リリーシア・ユークロンドのものなのよ!
「……何で女の子に? 僕って女の子だったの?」
……え、知らないの!?
見知らぬ場所、それも本来の自分には縁が全く無さそうな場所で。その上で見知らぬ人、なぜ知らないのか不思議でならないほどの有名人なのだけれど、の身体に突然入り込んでいるだなんてまあ恐ろしい事でしょう。いやきっと誰なのか知っているはずなのに突然の事で驚きの余りに頭から抜けているのね。最強の聖女リリシア様の名を聞けばすぐに思い出す事でしょう。
まあそれは良いわ。
彼に不安と焦燥が押し寄せて来るのが心の中を探るまでも無くわかるの、あれだけ青ざめた顔を見れば誰だってね。
「ど、どうしよう……、え? 何で、夢……、だったらいいけど」
腕をつねってすぐにやめたわ。痛かったのでしょうね、どちらかと言うと最強の聖女リリシア様の美しい肌が傷付かないか心配だけど。
「……逃げる? いや、でも、逃げるってどこに……、いや、何から?」
混乱の度合いが凄いわね。このままだとここでずっとあんなことを言い続けるんじゃないかしら。……いや、そうはならないみたい。
カツ、カツ。
(足音!?)
扉の向こう、部屋の外から響くその音は彼は知らないだろうけど聖女を起こしに来た執事の物ね。この老翁は毎日の役目を決して怠ることなく決まった時間に最強の聖女リリシア様の部屋を訪ねるってわけ。
コンコン。
いつもと同じようなノックが部屋の中に響いた。
(どうしよう、誰かがこの人を訪ねに来たんだ……。話を合わせる? でも……、この人誰かわからないし……)
コンコン。
もう一度ノックが響く。これは返事が無かった場合に彼が必ず取る行動よ。
(もしかして放っておけばやり過ごせるのかな?)
少年が僅かな希望に縋り始めたけれど、残念ながらそんな行動は彼の役目に含まれていないのよね。
「リリシア様。まだお眠りですか? 失礼ながら中へ入りますよ」
「あっ」
扉が開けられる。
当然、執事たる彼の役目は聖女を起こすところまで含まれているの。折角の食事が冷めるのは嫌だからね、そういう訳で部屋へ入ることを許すのも致し方なしってわけ。
(凄い高そうな服……、気品があるって言うのはこういう事なのかな)
呆然と執事を見つめる少年はこの状況で何だかずれたことを考えているみたい。今はそれどころじゃないしあなたが来ているその服の方がずっとお高いわよ。
対して執事は部屋の真ん中で彼を見つめながら何をするでもなく立っているだけの聖女を見て首を傾げる。
「リリシア様、おはようございます。お目覚めでしたら返事ぐらいはして頂ければ助かりますな」
「あ、はい……」
(リリシアって言うんだ、この子)
……ちょっと待って。名前を聞いたわよね、今。どうして最強の聖女リリシア様の事を思い出さないのかしら? ……いや、まあ、うん、認めざるを得ないようね、この子が最強の聖女リリシア様の事を何も知らないと。
それはともかく執事はこの子の受け答えに首を傾げる。まあ当然、だって普段と随分態度が違うのだもの。
「……何かありましたか?」
「え、あ、え?」
「先程から態度がおかしく思いますが……」
その言葉に彼は当然パニック、まあ仕方ないわ。
かの老翁の眼光は鋭く、かつては幾多の魔物を切り伏せて来たというその逸話に嘘偽りは無い。老いて衰えたとはいえそこらの貧民一人が彼の放つ重圧に耐えられるはずが無いんだもの。
「……あ、あの、僕、その」
そしてついに彼は言ってしまうんだわ。
「気が付いたらここにいて、何が、なんだか……」
その言葉を聞き老翁は即座に城に居を置く重役達に伝令を飛ばした。流石は聖女の御付き、判断も早く正確ね。
となればこれから始まるのは彼をどうするかの裁判って所かしら。……穏便に済むと良いのだけれど。
聖女の話をしましょう。
それで特別な力を持つ女性。生まれつき魔界に住まう悪魔とそれらが使役する魔物を祓う力を持って生まれた彼女たちは国に保護されてその力を振るう。多少の自由を制限され危険な戦いに身を投じる事になるけれど、彼女らは人々の希望の象徴として感謝と尊敬を勝ち取っているわけね。相応に贅沢な暮らしも出来るでしょうし、そもそも戦わなければ滅びの運命が待っているかもしれないのだもの。少しは頑張らないといけないというものよ。
まあこれがウィロンド王国以外の話。この国においてはほんの少しだけ意味が違うわ。だってこの国の聖女は最強の聖女リリシア様なのだから。
さて、ここに集まったのはウィロンド王城においても強い権力を持つお歴々の方々。部屋はしっかりと施錠され、更には周囲に誰も通さぬよう何重もの警備が敷かれている。そしてその中では中央に国王様が直々に陣取り椅子に座らされた状態で縮こまるたった一人の聖女を取り囲んでいるってわけ。
まあ、聖女の中身は、ねぇ。
「我こそがウィロンド王国の主、ヴァゲスト・ウィロンドだ。問おう、そなたは何者だ?」
その問いに少年は何も答えない。
(こ、国王? え、え? 何で国王様? ウィロンド王国の? じゃあここってお城? え?)
答える気が無いのではなく単にその問いが耳に入っていないだけね。まあ今の状況は彼にとってわけのわからない状況だし仕方のない部分はあるけれど……。そろそろ慣れてもらわないと危ないんじゃないかしら。
ダンッ!
耳が吹き飛ぶかと思うようなその音は聖女が座る椅子のひじ掛けから鳴った音だ。そこに目を向ければ鋭い短剣が突き刺さっているのが見えるだろう。
(え、ナイフ?)
それは命の危険を感じさせるのに十分なほど怪しい光沢を放っている。
「ヴァゲスト王の質問に答えろ」
本物の聖女相手には向けたことの無いようなドスの効いた声。人どころか知性の無い獣ですら震え上がるんじゃないかしら。
カタカタカタ。
だから当然彼には耐えられるはずも無いのよね。
「オースト。お前は事を急ぎ過ぎる。そのような事をしては怯えて物も言えんだろう」
「……申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
幸い国王様はまだ冷静なようね。まあ話を聞かずに殺してしまう訳には行かないでしょうから、当然なのだけれど。
「もう一度問おう。そなたは何者だ?」
彼はその問いに対して一瞬オーストの方を見た。鎧を着た彼は魔物と戦う騎士の隊長、その実力の程は推して知るべしってね。
(黙っていたらあの人に殺される……)
まあそんなことは今の彼には関係なくてただただ殺されるかもしれないと言う恐怖がその口を動かしてるんだけどね。オースト、あなたちょっとやり過ぎなんじゃない?
「ぼ、僕は、その……、森の中で、その、食料を探してて。あ、えっと、村の食料が無くて、食べれて無くて、それで森に――」
要領を得ない言葉の羅列にオーストは眉根を寄せていたが周囲の者が彼を制する。本当に幸いな事に彼以外は思ったよりも冷静らしいわ。あまりに異常事態にどうしていいかわからないだけなのかもしれないけれど。
「――で、その、気付いたら、ここに……」
「成程、つまりそなたは食料欲しさに瘴気の森に入りそこで力尽きた。しかし気が付いた時にはここにいた、と」
「は、はい」
「そして夢現で確かな事ではないがここに来る前に悪魔の声を聞いたという訳か」
「そ、うだと、思います」
王様は少し考え込むと傍にいた者に小声で何かを伝える。するとそれを聞いた彼は黙って部屋の外へ走って行った。
そして再び考え込んだ後に。
「オースト」
「はっ!」
オーストが一歩前に出る。彼は一瞬聖女の方を見たのだがその目は明らかに疑いに満ちている。先の話など欠片も信用していないのかもしれない。
「貴公の考えを述べよ」
「……では、畏れながら」
彼はゆっくりと膝を付き王に臣下の礼を取る。
「幾つかの推測は立てておりますがいずれも推測の域を出ないものであります。例えば、この者の言葉が全て真実だとすれば、それは悪魔どもが呪いによりリリシア様に何らかの危害を加えこのような状況になったとも言えるでしょう」
王様たちは誰も彼も無言。多分、私はその推測が正しいと思うけれど今のところ客観的な証拠はどこにも無いのよね。
「しかしこの者がリリシア様に成りすました偽物である可能性もございます」
一部の者がどよめきで以てその言葉に返事をする。私はその可能性は無いと思うけれどやっぱり客観的な証拠はどこにも無いのよね。
どちらにしてもこの聖女もどきへの審判をどう下すのか、それにはまだ状況が整っていないわ。そろそろさっき王様がやった遣いが戻ってくる頃でしょう。
コンコン。
丁寧なノックの音が部屋の中に響く。
「入れ」
王様の威厳に溢れた声に従ったかのように扉が開かれる。そこにいるのは……、あれは国王お抱えの魔導士ね。中へ入って来ると彼は王の目の前で跪き首を垂れる。
「ヴァゲスト王、急を要するとお聞きしましたが、どのようなご用件でございましょう」
「聖女に異変が起きた。取り急ぎ、あれの力がまだあるのかを確認しろ」
「御意に」
流石に王様の突飛な命令など慣れているのだろう。疑問を差し挟むことなく淡々と行動へ移る。聖女の前に行きその表情を一瞬見ると。
「失礼します」
そう言って両手で顔を挟み込む。
「え、あ、え?」
驚いたように目を白黒させる少年、だけど、……そう、痛みや苦しみは何も無いみたいね。そのことに気付いた魔導士は少しその手に力を込める。
「……えと、何ですか、これ?」
「何も感じませんか?」
「え? あ、えっと。挟まれてちょっと痛い?」
その言葉を聞いて魔導士は自身の両手に思った以上の力が入っていたことに気付く。顔の形が変わっちゃうかと思うぐらいよ。
「……申し訳ありません。少々、力が入りました」
「はあ……」
(何がしたかったんだろう)
ああ、なるほど。これは意識せずとも、ってことね。
魔導士は立ち上がると再び王様の前に跪く。
「……どうやら聖女の力は健在のようです。少なくとも、私では傷一つ付けることは敵いません」
「真か」
「今しがた試しました。私の魔法の腕はここにいる皆さんがご存じの事でしょう」
その言葉には誰もが、騎士の一軍を預かるオーストですらはっきりと頷いた。
「私の魔法であればある程度の魔物を一撃の下に倒すことが出来ると自負しております。今は常人に行えば顔が焼け付き爛れる程の魔力をこの手を通じて放っておりましたが……、結果はご覧の通りです」
その言葉には私だけでなくこの場のほとんどの者が若干引いている。
「……やり過ぎだ」
王様も少し引いている。
(え? 顔が焼け爛れる? どういうこと!?)
少年も唖然として彼を見つめている。実力はともかく性格にはちょっと難があるんじゃないのぉ? オーストと言いこの国はあんなのばっかり飼ってるのかしら?
「申し訳ありません。ですが、私共が使う魔法はご存じの通り魔界の瘴気由来の物。聖女の力があの身に宿っている限り決して傷付けることは出来ません。逆に言えば」
「今、ああして何事も無くしているのはあの身体が聖女の力を宿している証拠、という訳だな」
「御意にございます」
周囲が俄かにざわめく。一歩前進したのは確かだもの、少しはそうして騒ぐのも仕方ないわ。特にそう、聖女の力が失われていないというのはこの国にとって凄まじく重要な事ね。
「……ひとまず聖女の力があることを確認できたのは良い事だ。ならば次だ」
視線が自然と集まって行く。彼らが見ているのはそう、聖女だ。
「聖女の力を扱えるか?」
「え?」
「その身に宿る力を自らの意思で振るう事は出来るかと聞いているのだ」
本来、聖女は生まれながらにその力を持ち、生まれながらにその力の使い方を知ると言う。少なくとも現在、世界中に存在する聖女は全てそうだった。
では彼は? 偶然聖女の身体を得てしまっただけの彼はどうなのかしら?
「ち、力?」
その返事だけで誰もが落胆を隠せなかった。聖女ならば誰もが自らの中に眠る力の使い方など熟知している。ましてそれを感じ取れないことなどありはしない。
これは、非常に、まずいかもしれないわね。
「……オースト、どこか、広い訓練場は空いているか?」
「第二訓練場をすぐに空けさせます」
結論から言うと彼は聖女の力を扱うことは出来ないらしい。広い場所まで用意して色々と試してみたけれど聖女の力を意識して外へ出すことが出来ない。剣を振らせてみたり、魔導士が魔法を放つ感覚を説明したり、気合入れてみたり、地団太踏んでみたり、最後の方はもうみんな涙目だったんじゃないかしら?
それでも何も起こらなかったことだけは間違いないわよ。
結局、さっきの魔導士の魔法を感じもしないってことは無敵の盾になれるってことなんでしょうけど、魔物や悪魔を滅ぼせないなら意味無いわよねぇ。今、ウィロンド王国は防衛の要を失ったってことよ。
その結果を見届けた王様は大きく肩を落とし息を吐いた。
「今後の、施策を、考えねばな。軍部を早急に招集し今後の防衛計画を見直す。聖女が力を失ったことは市井には決して漏らすな。……我々には彼女の威光が必要だ」
「「「「「「はっ!」」」」」」
誰も王様の言葉に疑問を差し挟むことは無い、なぜならその言葉に疑問の余地が無いから。この国には最強の聖女リリシア様の力が必要なのよ。
「オースト」
「はっ!」
「お前を聖女リリシアの近衛騎士に任ずる」
「近衛騎士……、ですか?」
オーストは騎士の一軍を任される将兵。しかしその彼が近衛騎士になるってことは……。
「お前は彼女の戦いを最も近くで見て来た騎士だ。魔導士には本物の聖女を取り戻す手段を探させるが、次善の策として今の状態のまま戦えるようになってもらわねばならない」
「……つまり今のあれを戦える状態に鍛え上げろと?」
「そうなる」
やっぱりね。まあ悪くない考えだと思うわ。今のままじゃただの盾にしかなれないもの。もしも剣を振るう騎士として剣を振り戦えるな突撃して邪魔者共を薙ぎ倒せるかもしれないわよ。
さて、オーストはどう思っているのかしら。
「……わかりました。王命に背くこと無きよう必ずや戦線に上がれるだけの力を身に付けさせます」
「……頼んだぞ」
流石に王命とあれば断れない、わよねぇ。オーストは騎士としてこの国に忠誠を誓っている、たとえその心の内に何か思うところがあろうと命令には忠実ってことよ。それは少年に優しく接してくれるってわけでない事は確かだけれど。
オーストは王が立ち去るのを見届けると聖女を見た。その目は……。
(……も、もの凄い形相で睨んでる)
「……お前は、聖女ではない」
「は、はい」
「お前は誰だ?」
「ぼ、僕は」
「しかしそんなことはどうでもいい」
自分から尋ねておいて自分で返答をぶった切る、流石はオースト。
彼は騎士の一軍を任される将兵であるとは言ったけれど、指揮官としてはあまり優秀ではないのよね。寧ろ彼は戦場に飛び込みその剣で魔物の死体の山を築くことこそを得意としていたわ。
「お前は今日から聖女リリシアだ。偽物ではあるが、それでも聖女リリシアだ! 国の為に、民の為に、その力を存分に振るわねばならない!」
「え、えぇ?」
「その気弱な態度を止めろ! 聖女はそんな事を言わない!」
「え、あ、気弱、な?」
「返事は、はいっ! だ!」
「は、はいっ!」
……きっとこれから少年は彼の訓練を受ける事になるのだろうけど、大変ね。それはもう恐ろしい日々になることでしょう。実際よく知らないけれどやっぱり剣の素振りとかなのかしら?
……いやちょっと待って。そんなことしたら変に筋肉が付くんじゃないの? 私、嫌よ? 最強の聖女リリシア様は常に美しくあるべきなんだもの、そんな筋肉が付いてごつくなるなんて……。
あーあ、今からでも訓練とか無しってことにならないかしらねぇ。




