異世界転生したので、マッチング制度を作りました。
「さあ、クレナ。君の番です」
司祭様に名前を呼ばれたわたしは、十六歳の成人の儀を待つ列から前に出る。
ここは、バングート王国の外れにある、小さな村。
村長さんの家で、成人の儀が開かれている。
王都から来た司祭様が、水晶に手をかざすようにと言う。
わたしは、その通りに水晶へ手を置いた。
無学なわたしでは何を言っているかすらわからない、司祭様の詠唱。それが終わる頃、水晶の中に文字が浮かび上がってきた。
「むむっ? これは……」
「なあ、あれって何て書いてあるんだ」
司祭様や同じ年の子達の様子がおかしい。
なぜ騒ぎになるのかわからない。
水晶には、「赤結」と示された文字がはっきりとわかるのに。
「これはもしかしたら、新発見のスキルかもしれませんね」
「ほほう。と、いうことは」
「ええ。承認されれば、村に補助金が出るでしょう」
村長さん達の事情はわからない。
でも、わたしには文字が読めるって伝えた方が良いかな。
「あのっ……!?」
水晶から手を離した瞬間。
視界の中全部を埋め尽くすような赤い何かが現れた。
その赤い何かは、わたしが成人の儀で手に入れたスキルによるものだとわかる。
でも、それだけ。
わたしはその後、気を失ってしまったから。
◇
目が覚めたとき、わたしは理解した。
何の世界かわからないけど、異世界に転生したと。
成人の儀をきっかけに、わたしには前世があるとわかった。でも、憑依じゃない。
前世の記憶と、今のクレナの記憶の両方がある。
二人分の記憶は、脳の処理能力が追いつかない。
わたしはまた、寝込むことになった。
◇
意識を取り戻せたのは、聖人の儀から三日後。
クレナは前世のわたしと同様に、親族に縁がない。
クレナが子供の頃、お父さんとが流行病で死んじゃって、お母さんもお父さんを追うように死んじゃった。
成人は十六歳だけど、仕事は十四歳からやっている。一応、パン屋での看板娘という立ち位置だ。
住み込みで使わせてもらっているパン屋の二階から、下に行く。
「あらクレナちゃん。もう大丈夫なの?」
「大丈夫です。おばさん、ご迷惑をおかけしました」
「良いのよぉ、気にしないで。それにしても、成人の儀を迎えたからかしらねぇ。クレナちゃんが急に大人っぽくなったような気がするわ」
「そ、そうですか?」
「まぁ、良いわ。フェーンも心配していたみたいだから、店に出る前に顔を見せてやって」
「わかりました」
フェーンは、わたしよりも二つ上の、パン屋の跡継ぎ。
二年前の成人の儀で「器用」というスキルを授かった、わたしの幼馴染みのような男の子だ。
厨房へ入る前におばさんを見たら、おばさんから一本の太い赤い糸……というか、縄が出ていた。
実際にあったら邪魔だと思うから、これがわたしのスキルなんだと思う。
厨房へ行ったら、フェーンとおじさんがいた。
おじさんからも赤い縄が出ている。おばさんとおじさんとの中間ぐらいの場所で、がっしりと結ばれていた。
おじさん達はいつも仲良しだと思っていたけど、きちんと太い縁が繋がっているんだな。
「クレナ。もう平気か」
「うん。フェーンにも心配かけたね」
「まったくだ。もう問題ないなら、また今日から働いてもらうからな」
「うん。休んでいた分も頑張るよ」
「あ、いや……。また倒れても大変だ。ほどほどにな」
「ありがと、おかあさん」
「クレナを産んだ覚えはない」
いつものように軽口を言い合って、わたしは厨房を出る。
フェーンがイケメンかどうかはわからないけど、どこからか三本の赤い糸が伸びてきていた。
フェーンはモテるみたいだけど、フェーンからは赤い糸が出ていないみたい。
パン屋はフェーンの「器用」で繁盛しているからね。恋愛には、今は興味がないのかも。
わたしは店に立ちながら、自分のスキルについて考えた。
今は好きな人もいないけど、この力があったらわたしのことを好きな人と出会えるかな。
いわゆる西洋っぽい世界観で、わたしも青い瞳と金髪のショートだ。看板娘と褒められるくらいには、整った顔立ちをしていると思う。
「赤結」は、ちょっと油断するとすぐ視界いっぱいに広がる。
だから今日は気持ち悪くなっちゃって、早退させてもらった。
使わせてもらっている部屋の窓から通りを見て、スキルの調整をしてみる。
転生特典かな?
すぐに視界から赤い糸が消えた。
見たいときは、見るって強く意識すれば良いみたい。
これで明日からは、おばさん達に迷惑をかけないぞ。
◇
スキルの調整を覚えたわたしは、夜の二時間ぐらいをスキル活用時間にした。
まぁ、いわゆるマッチングだよね。
相談があった人の相手を見て、お互いに想い合っているならマッチング成功。違うなら、それを伝える。
成立しなかった場合、本人の希望があればその子を想っている人を捜す。
わたしのスキルで、出身の村だけでなく近隣の村もかなりのマッチングを成功させた。
国の中の、外れの村付近の成婚率。
その高さは、王都にまで届いたらしい。
◇◇◇
……どうして、こうなった。
わたしは今、お城のある一室にいる。
目の前には、切り揃えられた銀髪と、すべてを射抜くような氷を想起させる鋭い瞳を持つ王子様。
世間的には、氷の王子様と呼ばれているらしい。村まで豪華な馬車でやって来て、お城に近づくにつれて周りの女の子達が騒いでた。
そんな王子様の結婚相手を捜してほしいと、王妃様直々のお願いをされている。
ただの村人に王妃様のお願いを拒否できるわけもなく。
こうして、王子様と向かい合って座っている状態になってしまった。
部屋には兵士の人とか侍女さんとかいるけど、みなさん壁際に立って微動だにしない。あれ。人型の置物かな。
「あなたにも生活があるのに、母上のせいで申し訳ない」
しゃべった。
それが、王子様への感想。
この部屋にあんないされてからというもの、無表情の王子様はずっとだんまりだった。
というか、王族って謝るんだ。
勝手なイメージで、王族は簡単に頭を下げないと思っていたけど。
「クレナ殿?」
「あ、はい。えぇと、王子様にお相手がいないのはどうかと思うので、協力させていただきます」
「クレナ殿のスキルは、運命で繋がる二人を見つけるものだったか」
「そこまでロマンチックかわからないですけど、そんなようなものです」
王妃様からの依頼は、王子様の結婚相手を見つけること。
その相手は、できれば貴族が望ましい。でも王子様が独身のままでは外聞が悪いんだって。
例えば庶民であっても、美談としてまとめるから誰でも良いみたい。
正直、楽勝だと思った。
王子様からは、一本の赤い糸が出ていたから。よほどその人のことを想っているのか、縄と呼べるほど太い糸が。
問題は、その相手が誰かということ。
王妃様のお言葉を借りれば、庶民でも良いって話。
あれだけ強い思いがあっても結婚相手を捜せと頼まれるんだ。もしかしたら王子様のお相手は、簡単には結ばれない人なのかもしれない。
前世で腐道を嗜んではいなかったけど、偏見はないつもりだ。
ただ、わたしに偏見はなくても、王妃様はどうなんだろう。
「……とりあえず、この部屋には王子様のお相手はいらっしゃらないみたいです。場所を移動しましょうか」
王子様のお相手となれば、繊細な問題だと思う。
だからあえて、王子様から赤い糸が出ていると発言しなかった。
この判断が、後にわたしを助けることになるなんて。後に、わたしを苦しめるなんて。
このときのわたしは、思いもしなかった。
◇
王子様の想い人の所へ行くため、わたしは歩きながら時々王子様の方を見た。
わたし達の後ろには、さっきまでいた部屋にいた人達が一定の距離を保ちながらついてきている。
そのことと、王子様の顔色の悪さを繋げて良いかどうかわからない。でも、進めば進むほど、王子様の血の気が引いているような気がする。
無表情の王子様が、倒れちゃう。
そんな心配をした。
王子様だから、体裁のために我慢するかもしれない。
でも王子様だから、周りの人が顔色の悪さに気づくはず。
そう思って窺っても、心配する様子は見られない。
王子様の顔色の悪さは、わたしがすぐ隣にいるからわかるのかも。
このまま進めば、王子様の想い人がわかる。
でも、それはやっても良いことなのかな。
無表情でわかりづらいけど、近くにいれば真っ青な顔色がわかる。なのにこうして一緒に移動してくれているのは、わたしのためだと思う。
王妃様からの頼み事を受けた庶民のわたしが、村に戻れるように。
「……あの」
やっぱり王子様の想い人を明かしちゃいけない。
そう思って立ち止まると、王子様も止まった。でも、意識は廊下の奥に向いている。
あれだけ悪かった顔色も、出会ったときぐらいまで戻っていた。
……この先に、王子様の想い人がいるんだ。
王子様から伸びる、太い赤い糸が、ピンと張っている。
それはまるで、好きな人に会える喜びを表しているみたいだ。
王子様が無表情な分、王子様から伸びる赤い糸は感情が豊かな気がする。
王子様が秘める想い。
秘めなければいけない相手。
それは誰なのかと、廊下の先を見る。
王子様の、赤い糸の先が見えてきた。
王子様から伸びる赤い糸が、ゆったりとしたドレスを着た女性を示す。
「ルーク! 王妃様から伺ったわ。結婚相手を捜しているのよね?」
「はい、そうです。義姉上。体調は大丈夫ですか」
王子様は、何食わぬ顔で女性と話している。その女性のお腹は大きく、一目で妊婦さんだとわかった。
王子様から伸びる赤い糸は、目の前の女性が王子様の想い人だと雄弁に語る。
女性の頭上で、大きなハートが作られていた。
◇◇◇
前世の話。
わたしは一人っ子の母子家庭だった。
お母さんは若い内にわたしを産んで、お世辞だと思うけど、一緒に歩いているとよく姉妹だと間違われていた。
お父さんは、わたしが子供の頃に行方不明になったって聞いている。それが嘘か本当かは、わからない。
変化が訪れたのは、わたしが中学生の頃。
お母さんが、五歳年下の彼氏を紹介してきた。
お母さんにはお世話になっている。それに、娘のわたしが言うのもなんだけど、結構美人だ。
お母さんは、お母さんの人生を歩むべき。
当然、再婚に賛成した。
それから五年後。
お母さんが、病気で死んじゃった。
その頃にはもう十八歳だったから、一人暮らしもできた。でも、義理のお父さんが真面目な人だった。
血は繋がっていないけど、わたしは娘だって。
大学を卒業して就職するまでは、責任を持って世話をするって。
血が繋がっているお父さんの記憶はない。
思春期まで「お父さん」はいなくて、中学生のときにできた、新しいお父さん。
当時は、お母さんの恋人。新しいお父さんって認識でいたと思う。
でも、そのときのわたしは、年上の男の人に憧れる年頃だった。
お母さんが死んじゃって、お葬式も終わって。
無自覚に考えないようにしていた気持ちが、出てきちゃった。
わたしは、義理のお父さんを異性として意識した。
◇
……確かわたしは、内定が取れたぐらいで事故に遭っちゃったんだよね。
転生した影響か、名前も思い出せない、義理のお父さん。
絶対にわたしの気持ちはばれちゃいけなかったから、隠し通した。隠せて、いたと思う。
でも、もしかしたらばれちゃっていたかもしれない。表情や、声音で。
自分が隠しているつもりでも、わかる人にはわかってしまう。
だからわたしは、とっさに王子様の周囲の反応を見た。
……気づいていない? 気づかないふり?
王子様と話すのは、義理のお姉さん。つまり、王太子妃様。
聞いてはいけない内容であれば、あえて聞かないのだと思う。
その可能性を信じ、王太子妃様と話し終えた王子様を連れ出した。
目についた一室に入る。
お付きの人達は、開け放たれた扉の外で待機しているみたい。こちらの様子を窺っている感じがするから、何かあればすぐに対応できると思う。
「……先に発言すること、お許しください。王子様が想いを寄せるお方は、王太子妃様ですね?」
わたしの問いに、王子様は観念したように頷いた。
◇
王子様の結婚相手を捜すのは、楽勝だと思っていた。
でもまさか、恋叶わぬ相手が対象だったなんて。
わたしは、身をもって知っている。
恋してはいけない相手を好きになったら、どうなるかを。
なぜ好きになってしまったのかと、自分を責める。
それなのに止められない、恋心。
苦しくて、つらいのに、毎日会えるだけで何倍も嬉しくなるんだ。
声を聞いて。
名前を呼ばれて。
この気持ちを捨てなければいけないのに、毎日育ってしまう。
わたしは、恋をするわくわく感よりも、つらさが勝ってしまった。
同じ屋根の下では、どうしたって感情を持て余す。
好きな人のことを思って外では泣けないし、夜遅いと聞いていても早く帰ってきてくれることが多かった。
唯一涙を流せたのは、好きな人の帰りが遅い日の、シャワーを浴びるとき。
泣いて、泣いて。
シャワーの音で、涙を流して。
そして早くにベッドに行って、まだ家の中に一人でも、声を殺して泣くんだ。
「……クレナ殿。なぜあなたが泣くんだ」
「ごめっ……ごめんなさい……。好きになっては、いけない人を、好きになってしまう、つらさがわかるから……」
差し出された、花の刺繍が入ったハンカチ。
このハンカチは、王太子妃様からもらったものかな。だとしたら、そんな大切なものは汚せない。
わたしは、自分の袖で涙を拭いた。
◇◇◇
わたしがお城に来た理由。
それは、王子様――ルーク様の結婚相手を捜すという、王妃様の願いがあるから。
でも、それは叶わない。
ルーク様の想い人が、王太子妃様だから。
王子様と呼んでいたわたしが、名前を呼べるようになるくらい、ルーク様と一緒にいる。
お城に来て、早一ヶ月。
わたしは、自分のスキルを封印している。
だって、つらすぎるんだよ。叶わない相手に気持ちを向けているという確認作業は。
王妃様にはまだ、ルーク様の想い人が誰なのか伝えていない。
伝えられるわけもない。
だからわたしは、日が経つごとにネガティブになった。
衣食住が整っているのに、スキルを活かせていないから。
ルーク様の、何の助けにもならないから。
「クレナ殿。今日は天気が良い。庭園を案内するが、どうだろうか」
「朝摘みの花を庭師からもらった。この花がクレナ殿の癒やしになれば良いのだが」
「クレナ殿は、動物は好きだろうか。城内に子猫が迷いこんだ。あのモフモフに触れば、気分転換になると思うんだ」
ルーク様の優しさがつらい。
叶わぬ恋をしてつらいと思うのに、ルーク様は毎日声をかけてくれる。
相変わらず無表情だけど、それはルーク様のスキルのせいらしい。
「絶対零度」。いついかなるときも、表情を外に見せないというスキル。
王族のルーク様にはぴったりのスキルだと思う。
でも、わたしはここ数日で、ルーク様のことがわかるようになった。
表情ではない仕草に、ルーク様の感情が出る。
それがわかったのも、わたしがルーク様をずっと見ているから。
村に帰れないわたしを、ルーク様は気遣ってくれる。
そんな気遣いを嬉しいと感じ、村には帰りたくないと思った。
そこで、気づいちゃったんだ。ルーク様を好きだって。
初めから失恋している。
でも、わたしは前世から恋が叶わないから、そこまでショックでもない。
むしろ、狡い考えも持っている。
このままルーク様の恋が叶わなければ、ずっと一緒にいられるって思っちゃうんだ。
だからわたしは、スキルを封印したまま。
◇
「クレナ殿。クレナ殿のスキルは、あなたに向かう好意は見えないのだろうか」
「どうでしょう? 見えたことはありませんね」
わたしが気持ちを自覚してから、さらに十日。
ルーク様が、そんなことを聞いてきた。
まぁ、仮に見えたとして。
わたしに向かう赤い糸がなければ、わたしは誰にも愛されていないと落ちこむだけ。
だから、見えなくて良い。
そんな風に思っていると、ルーク様がわたしの前で跪いた。
「クレナ殿がおれのために泣いてくれた日。おれの心が前に進み始めた。それは次第に形を変え、クレナ殿への気持ちになったんだ」
「えっ、でも……」
ルーク様が、混乱するわたしの手を取る。
「クレナ殿が好きだ。おれの心を守ろうとしてくれる、クレナ殿が。おれが臣下となるか、クレナ殿に嫁いでもらうかは、母上次第だ。どちらにしても、おれはクレナ殿と一緒にいたい。おれと、結婚してくれないか」
「わ、わたしは……」
両想い。
それが信じられなくて、わたしはついルーク様から目をそらしてしまう。
そこで不意に見た、春の日差しが入る窓。
そこには、わたしとルーク様の頭上でがっしりと結ばれたハートが映っていた。
「わ、わたしも、ルーク様が好きです!」
「ああ、良かった。もしクレナ殿に断られていたら、今後出てくるクレナ殿を想う男に嫉妬するところだったよ」
「ルーク様が、嫉妬……?」
「想像できないって顔をしているね。そんなクレナ殿には知ってもらおう。おれが、どれだけクレナ殿を愛しているか」
「お、お手柔らかにお願いします」
「なるべく、善処しよう」
スキルのせいで無表情になっているルーク様が、笑った気がした。
ルーク様の笑顔は、きっと破壊力抜群なんだろうな。
笑顔が見られないことは残念だけど、逆に良かったかもしれない。
ルーク様の声は、甘くセクシーだ。
その声つきで微笑まれたら、正気を保てる自信がないから。