オキザリス・クローバー
北西にあるウェールズに、数十年前から東方の日ノ本という国からきたという魔法使いが住んでいる。
今は少なくなったが、魔女狩りがある中で千年以上前に組織として設立された『東のエデン』に属する
魔法使いが静かに暮らしていた。
その魔法使いは何でも日ノ本で一般的に信仰されている『神道』という聖道の魔術を扱うという。
西方での一般的な、聖道の概念として必要な『教祖・教義、戒律・人物や神の象徴』がないとされている。
では一体何を崇拝しているのかというと『大自然崇拝』であり、『教祖とは大自然』ということらしい。
西方の大陸では少なくなった思想だが、日ノ本という国ではそれが一般的な考え方だった。
それが魔法使いの聖道と考えが似ており、相性が良いとされているのが『妖精・ドラゴン・妖怪』などと呼ばれる存在。
人とも動物とも異なる容姿をして、異なる世界に住む住人。
何千年も昔から各地で人間と寄り添って暮らしてきた隣人。
しかし、人間が外から来た聖道に思想が飲み込まれた結果、妖精との交流が薄れ、途絶え、良き妖精の総称の『シリーコート』は人々から忘れ去られて『大昔の話』や『神話の物語』として扱われ、代々受け継がれてきた契約も、反故にされた『シリーコート』は怒り、悲しみ、憎しみから人に害を及ぼす妖精『ボギー』へと転ずることが多く、人々への被害が増加している状況が続いている。
元々妖精たちの中には人間を助ける以外にからかったり、試したりすることが性質としてある。
その気まぐれで予測がつかない行動は自然と似通っている。
突然風が吹いたり、嵐になったかと思いきや晴天になったりもする。
日ノ本は地形、位置的に天災に見舞われることが多く、その度に立ち上がり生きてきた。
その生き方、神道のあり方が今の西方には必要だと東のエデンは考えたようだ。
また、彼女の得意としたのが医療として使用する『アロマ』が西方では治療として主流であるため、適材適所ということらしい。
この2つの理由で日ノ本の魔法使いが選ばれ、東のエデンが管理、援助、任務依頼などを行っている。
◯●◯●◯
魔法使いはスクウェンという街から少し離れた森の中に住んでいる。
森の中を進むと開けた空間があり、川を渡ると西方式の建物とその奥には木組みで変わった形をした日ノ本では『神社』と呼ばれている建物と弓道場、その隣には大きな木が一本立っている。
さらににその奥にも畑なども見えるが、空間ともいえる場所、全体がとても手入れが行き届いているようで、朝露に濡らされた草花がキラキラかがやいており、まるで何かの物語に出てくるような景色のように思える。
そして西方式の建物の前には『オキザリス・クローバー』と書かれた看板があった。
◯●◯●◯
「さて、こんなものかな…」
満足そうに、ノエルはテーブルに並べられた1人分の朝食を見た。
本来、少年は食事を取らなくても生きていけるが、2階でいまだ寝ているだろうここの主は食べなければ死んでしまう。
壁にかけてある時計を見ると、7時を回っていた。
(やっぱり降りてこない…しょうがないなぁ)
やれやれ、と思いつつ2階でイジケているであろう人物を起こすため階段を登ったが、途中でその人物が起きている気配を察知し、ドアをノックしてみる。
「起きてるよ」
奥から、やや気だるけな声がした。
ドアを開けるとまだ部屋は暗いままだったので、部屋に二つある窓をドアから近い順にカーテンと窓を開けていく。
外を見ると朝露で輝いている草花からは少し甘い香りがした。
空はこちらの地方では珍しく、晴天となっているが風の匂いから、多分夕方から雨になるなるような気がする。
(お昼までには洗濯物乾くといいけど、その前に)
くるっと、ベッドほうへ向き直ると憂鬱そうな顔をした女性が座っている。
「今日はお店を閉めて、午前中は店の在庫チェック、午後から外出だから」
「うん…」
部屋から出たくない、というオーラが出ている。
このまま放おって置いたら茸でも生えそうだなぁと観察したが、今日は頑張ってもらわねばならないことがある。
少しでもやる気を出してもらう為に、今日はある物を作った。
ノエルは部屋から出る際に、ゆっくり、はっきりと聞こえるように大きな独り言を言う。
「今日の朝食は、ツバキの好きなトマトチーズオムレツなんだけどなぁ」
相手の反応を伺うように、ゆっくり階段を降りる。
ガタガタと音がしたかと思うとツバキと呼ばれた女性は、嬉しそうに小走りに階段を降りてきた。
その様子を確認すると一安心しながら、今日の朝食には何の紅茶を入れようか、と考えを巡らせていた。
◯●◯●◯
「いただきます」
ツバキは手を合わせたかと思うと、早速フォークで大好物のトマトチーズオムレツに舌鼓をうっていた。
その姿を横目で見ながら、ノエルは紅茶とミルクを用意して一緒にテーブルにつく。
以前ツバキから「一人で食べるご飯は美味しくない」と、不満を漏らしていたため、ノエルの好きな蜂蜜入りミルクを一緒に飲むようにしている。
大好物を幸せそうに食べているツバキを見る。
身長は160センチくらいで歳は20代前半くらい、黒髪で前髪は右目をやや隠すように伸ばしている。
見た目は暗い感じがするが、隠され気味の右目は不思議な色をしている。
いつもは深い青緑の様な色だが、妖精関連のことになると翠眼となり、神事を行う際には碧眼となる。
その姿を見た者は皆『神秘的』という。
ただ、実際のところ東方の国は西方に比べると幼く見えると言われているのでわからないし、ノエルがツバキと初めてあった時から変わっていないので年齢不詳といえる。
改めてツバキという人物を見ていると人間じゃないのかもしれないと、考えながら時計を見ると8時近くになっていた。
まだ美味しそうに朝食を食べているところ申し訳ないが、仕事の話をしなくてはいけない。
ノエルは軽く咳払いをすると、
「店の在庫チェックの話はあとで詳しく、先に午後の外出だけど正装?」
ちょうど大好物を食べ終わってしまった上に、タイミングが悪かったらしく、急にテンションが下がっていく。
「いや…祭事で行くわけじゃないからいつもの家紋付きかな…ノエルもね」
「分かった」
いつものことながら安心材料が欲しいのかノエルをお留守番として置いていくことは微塵も考えていないようだ。
「…いかないとだめかな?」
訴えかける様に見てくるが、そう言われたって困る。
「そうだな、腹をくくってくれ」
「…・うぅぅん…・」
分かってはいるけれど、納得が出来ない。とまぁ、駄々をこねている。
こちらもツバキが言わなければ行きたくない場所だ。
考えたくもないのか「いい天気だねぇ」と窓の外を見ながら現実逃避している。
仕方がない、あまりこれは言いたくないのだが、意を決して言わねばなるまい。
「行かないと来るぞ?それでいいのか?あの人きたらシリーコートがボギーに変わるかもしれないぞ?」
脅すように一気にまくし立てた。
窓の外をぼんやりと見つめていたかと思いきや何かを思い出したかのように、勢いよく顔をこちらに向けたが真っ青だった。
「だめだ!…それだけは!行きます!」
過去の過ちを思い出してくれたようで、やっと行く覚悟できたらしい。
こちらはほっとしたがやはり嫌そうだった。
(ここら辺に住む住人の為だからな!頑張れ!)
心の中でエールを送る。
「じゃぁ、用意するからな」
「うん。お願い」
残りのサラダを食べ終えたのを見計らうと、ノエルは空いた皿を片付けていく。
(分かるけど…慣れないものかなぁ)
疑問に思いつつ、紅茶を飲んでいるツバキを一瞥する。
「苦手なのよ、あの副官が」
驚いて片手で持っていた皿を落としそうになった。
ツバキは時々、こちらの考えが分かるか口に出していないことに対して返事をしたり、言い当ててくる。
いつも突然なので驚かされていまう。
(しかし、副官…なるほどね)
「あっちかぁ…」
「そう、あっちの方に決まってるじゃない」
確かに、あの副官とは相性が悪い。
性格的な部分もあるが生業としているものが真逆という大きい理由だろう。
(アンダーテイカー…ツバキの国ではたしか…葬儀屋もしくは墓守…だもんなぁ)
神道を歩む者にとって死に纏わることは『穢』となり、なるべく遠ざける必要があるのだ。
とにかく、目標は今日一日を乗り切ろう!と心に決める。
何事もなく…




