コチの悩みは誰にも理解できず
食事中は大抵静かに黙々と食べるのが、強口家。それもそのはず、大概何か口喧嘩とまでは行かないものの、話が長い男衆のせいで、聞きたくもない同じような話で、聞き飽きてご飯に集中するしかないのである。下手に話に入れば、ややこしくなって面倒というのが他の家族はわかっているのである。
だから暇で、ご飯待ちの犬状態なものだから、ご飯にありつけた時の感動と言えばこれはかなりのものであり、話などよりご飯なのである。
弁当を食べ終わって、豆なわけもなく、女衆に後片付けは任せてコチはいつも通りその場、畳ぬでゴロンと横になった。畳の新しくはないが草の仄かな香りを嗅ぐのも好き、というのもあら
る。
いつもならアイナに注意されるところだが、アイナは旅行の話を清子に話すのが楽しいらしく、コチなど眼中にもない。アイナが注意しなければ、大抵、厳三の雷が落ちるが、厳三は陽一と部屋をそそくさと出て行って不在である。
「あー...美味かったなぁ〜」
ゴロンとうつ伏せになって、両腕を伸ばす。
「そうですよね...美味しかったですね、久しぶりの三光弁当」
ずずーっと自分で入れたお茶を啜りながら、片付けをさっさとと終えた正義が相槌を打つ。
「...そうですね......ところで、正義さんって...サヨねぇと出会った感じの時はどんなでした?」
「ん?!...急にどうしたんだい?」
「...いや...」
そこで、コチの回想が始まった。
「あ!コチ君だ!おはよ〜!」
昔から元気が取り柄で幼馴染の不動産屋の娘、花沢縁。昔は背が低くちょっとぽっちゃりしていて、可愛いかと言えばそうでもない。どっちらかと言えば肝っ玉かーさんみたいな性格世話好きで、友達としては一緒にいて楽で居心地が良く、宿題を忘れると、仕方ないなぁと写させてくれる都合は良い感じであった。だから、明るく元気でサバサバしてて一緒に遊ぶのは楽しいが、当時は女性としては見てはいなかった、コチ。
それがどういうわけか、中学三年からだんだんと高校になれば美人に変わったのである。
中学の時を思い出す。
中学はどこも部活必須で、元々活発であり当時はテニス漫画が流行っていたというのもあって、テニス部にお互い入った。
「コチ君入るなら、私も入ろうかな」
当時は大概、そんな感じであった。
中学は軟式であり、漫画のような激しい感じとは少し異なり、和気藹々であったのだが、担当していた先生が熱血漢で、基礎はしっかりと、テニスよりも基礎体力つける方が多かったのだが。
そのため、グランドの周りをぐるぐる走らされることが多く、嫌でも痩せていくというわけである。
中学と言えば、代謝も良く運動したら腹が減ってたくさん食べて、激しい運動すれば良い子は風呂入ったらすぐ寝るので成長も早い。コチはそれで成長した口である。
だが、縁の場合、代謝は良くなったものの、親の遺伝子的なものなのか背はさほど伸びず。ただ、痩せたことによって、コチを初めとする他の男子の見る目が変わって、周りも恋だのなんだのと浮き足立って青春真っ盛り、雰囲気に飲まれ、よく遊ぶ女友達の影響がかなり大きく、プチプラと言われる百円均一に売っているマニュキア、付け爪に始まり、化粧をするようになったり、遊ぶのも近くの小さな百貨店ではなく、わざわざ電車に乗って都心のイーオンデパートで子供向けブランドのちょっとお高めの洋服を買ってなどなど、開花されてオシャレに目覚めた。
一緒にいた女友達は元々家も中間層で裕福でオシャレな感じだったこともあり、高校で垢抜けたのである。
高校でも男子からの告白は少なくなく結構人気だったが、オシャレには目覚めても、恋に目覚めることはなく、面倒だなと思い全て振ってきた。
そういうこともあり、唯一、幼馴染のコチだけは仲が良く、高校も大学も一緒で既に腐れ縁、と言っても縁は一発合格であり、コチは大学では後輩である。
そんなわけで、友達にしては家族のような仲良しだが、それ以上発展する兆しは全く縁の方にはないのである。
のだが、コチはどうも最近というか、浪人してあまり昔ほど頻繁に会っていなかった時期もあり、大学になってちょっとギャルっぽかったのがフェミニン系に落ち着いて、大人っぽく急に更に綺麗になった幼馴染にドキドキと胸が高なってしまっているのである。
中学三年くらいかの時も確かに少しずつ綺麗になって女性という意識が芽生えた。だが、高校時代は、女なんていらないっていうグループに入ってしまう。当時週間漫画雑誌で掲載していた、不良漫画の影響だ。喧嘩は流石にしなかったが、硬派が流行ったのである。
女好きだったのにも関わらず、そのグループに合わせてツッパっていた手前、縁が来ようとも、そっけなく、学校ではよく縁の方が話しかけてきたのだが、漫画の中の登場人物を真似てはーんとか見栄を張って、子供の頃のように個人的に遊ぶことはしなかった。
というのこともあって、高校時代は、ドキドキよりも女で鼻の下が伸びているのがば仲間にバレないように、仲間はずれにならないように必死すぎて、意識どころではなかったというわけである。
で、今である。
だから余計、異常な意識過剰なのだ。
昔の肝っ玉かーさん気質は薄れていて、ただ、気が良いのは変わらず、コチが寝坊したらノートをわざわざ昔習ったからと見せてくれたり、お腹いっぱいだからと半分お昼をくれたり、バレンタインとクリスマスと誕生日は毎年プレゼントをくれて、そういうのを思い出すと俺に惚れてるんかなとコチは勘違いしてしまっているのであるからして、余計、恋モードが加速する。
「お、おお」
コチの顔は務めて真面目だが、少々、最近は何度会っても、ほのかに桜色。
「今日は、ちゃんと来れたね!えらい、えらい!」
縁は、背の高さがあるので伸ばしても手は頭に届かないのだが、手を伸ばしてエアーヨシヨシをしてにっこり笑う。
「うぉわぁぁ!!」
「え?」
四角い革カバンを後ろ手に持って、秋らしく落ち着いた茶系と若葉色の洋服で、ひらひらと舞う少し短めのふんわりしたスカートもあいまって、コチにはドストライクで、思わず鼻痔でも出るかの勢いで顔を覆う。
ちなみにコチは寝坊はしないが時間ギリギリで、青のナエキのお気に入り部屋着兼外着のジャージに、後頭部は派手な寝癖である。
普通ならあまり声を掛けたくないというのは、髭も剃っている暇もなく、無精髭だからだ。
背負っている青いリュックが、お高めのザノーノースでなければ、不審者と間違われても仕方ない。現に、入学当初あたり、寝坊しすぎて昼頃それで来て警備員に止められた過去を持つ。
「もぉ〜、コチ君はいつも面白いなぁ〜!!」
バンバンバン
縁は昔からのおばちゃん気質な所は抜けず、笑うと他人の腕を遠慮なしにバンバン叩くのが癖である。
昔は痛いと思ったコチで嫌な顔をしたのだが、今はさほど痛くもなく、逆に女から触られて嬉しいと浮き足立っている。のも、縁は垢抜けて、コチは垢抜けない今の状態にちょっとマシくらいだから、女子が多めの大学だ、敬遠されているのである。
「でも、せめて...髭は剃りなよ!また警備員さんに止められるよ!あははは」
コチの気持ちはそっちのけ、コチは髭を指さしてコロコロ笑っている。何せ、警備員に止められたのを縁が助けたのを思い出しているからだ。
そんなこととは知らず、そんな姿も、コチは可愛くて仕方ないというだらしない顔。
「そう言えば、今日、大学のメッセで連絡来たけど、こーちゃん先生体調崩して休講だから、朝一の授業ないって知ってた?」
「はぁああああ???なんじゃそりゃ、あのババアっ!!」
「ちょ、口悪いよ」
シーシーっと唇の前で人差し指を立ってて、少し慌てたように縁は言う。
「あっ...うん。悪い。今日は絶対寝坊せずにって走って来た手前...」
「もぉ〜...いくらご高齢でも、先生は先生だし、厳しいけどとってもお上品で熱心な先生で、いい先生なんだから、ババァはもう言ったらダメだよ」
コロコロ表情が変わって、ニコッと笑った縁に、心奪われるコチはガン見。
「う、うん」
寝不足もあり急激に沸点が切れて、少しイライラしていた気持ちが、縁のほんわかした雰囲気に飲まれて、和らいでだらしない顔に戻る。
会うとたわいもないお互いの小さな出来事を話していつも校内へ入っていくのだが、先輩、後輩であるため学科が違い、教室が別れて終わる。
がいつもパターン。
なのだが、何故か、昨日に限っては、どうしてもと懇願されて学校帰り、とある場所に一緒に行ったのである。
コチの回想終わり。
「っていうわけで、デートですよね、ね?」
「え?何?何か喋ってたかな?あれ?耳おかしくなった?僕」
ちびちび飲んでいたお茶を置くと、不思議そうな顔をした後に小首を傾げて腕を組む。
「とーさんは別に、耳おかしくなってないし。コチが、全然喋ってないだけ」
「あれ?俺、喋ってない?」
「うわっ...バカ炸裂」
間髪入れずに龍子とウサギが突っ込む。龍子はいつものことと、平然とした顔で正義の入れたお茶を啜り、凸凹した正義と昔一緒に自分で作った湯呑みを手持ちぶたさでなぞり、ウサギは苦虫でも噛んだような顔ではぁっとため息を吐き捨てる。
「ちょ、お前、いっつも最悪なんだよ!!」
牛みたいにぬーんと寝っ転がっていたコチが兎みたいに軽快にぴょんと飛び起きて、少しウサギに近づくと仁王立ちで腕を組み、ビシっと右人差し指を前に出してウサギを軽く睨んで見下すと指を刺す。
「はぁあ?」
毛嫌いしているため、そんな上から目線というか態度が気に入らず、そうでもなくても、今日は少し腹の虫が悪く、ウサギも勢いよく立ち上がってコチを睨みつける。
はい、始まりますよっと、どこからかゴングがなりそうな雰囲気。
一触即発状態。
兄妹喧嘩が始まりそう、である。
ちなみに、井間にいる正は興味なさげにカバンの整理を始めて開いた雑誌に夢中で、正義はあぁ始まったなぁと湯呑みを手にして、そそくさと這って正の席の前に逃げる。それを見て龍子もすすーっと横滑りして、席を離れた。
そこに固まった三人は一瞬顔を見合わせると小さくため息を付いて、正は雑誌を、正義はお茶をまた啜り眼鏡が曇り、龍子ははぁ〜と眠たそうなあくびを小さく噛み砕いてコタツの上に顔を伏せたのだった。