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強口家の人々  作者: 雨月 そら
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強口家勢揃い

 旅行に行っていた姉夫婦が、戻ってきた。いつもうるさいというくらいがちょうどいいという強口家の日常で、人数が少ないと途端に静かな気がして少し寂しさが皆それぞれに湧いていた、そんな時である。


 「ただいま〜!」


 横開きの古い扉のガラガラガラと大きめの音を立てて、元気な声が玄関から響いた。

 外巻にクルクルと巻いた髪が特徴的な長女のアイナ、である。いつも父親から声がデカすぎると注意を受けるアイナは、昔とった杵柄ではないが、大学まで演劇部にいた手前、声の張りが他の誰よりも大きいのである。

 ただ昔から一人小芝居というか、シンデレラや白雪姫の絵本を読んではその情景を浮かべてなりきって一人遊びしていたのだ。

 当時市場へ仕事に行っていて忙しかった清子は、あまりアイナをかまってやることができず、結果そうなったのだが、それにしても清子は予測していなかったため、不気味がられていたという過去を持つ。


 「おお、帰ってきたか!」


 今から顔を出したのは厳三であり、今日帰ってくるんじゃないのかとひっきりないしに清子に聞いて、そうですよ、お父さんという会話を何十回も繰り返していた。それほど、顔に似合わず厳三は心配性なのである。

 それもそのはず、家族の誰かが一週間も家を開けるなど、そうそうこの家ではないのだ。


 「あぁ〜、ただいまです、お父さん」


 扉を閉める音がした後に、アイナの背後から背が高くサーフィンでもしていそうながっしりとした少し都会風な感じの黒縁眼鏡に少し日に焼けた色黒の凛々しい男の顔がぬっと出た。夫の、竜石堂陽一(たついしどうよういち)である。

 陽一は、親から代々受け継いだ喜多方ラーメン屋の亭主。店は市場の近くあって、ここら辺の町内はほぼ漁業関係者。だから、近所の馴染みが通う昼の食べ処であり、昔からの馴染みの店でここら辺一帯では有名なのである。

 昔からと言っても小さい店だ、カウンターと椅子しか無い狭い店内のため、そんなに大勢入れもしない。

 だが、昼の回転率と言ったら尋常ではないくらい客が来ててんてこ舞い。ただ、厨房は昔から二人で丁度いいくらいのスペースで慣れもあり、それに誰かを雇うほどの余裕もないときたのだ。

 大地震の時に店が流され、新たに店を建て直すとなった時に補助金もあり店を以前より大きくしようという案が出たが、将来の資金的なことと小さいラーメン屋の方が使い勝手が良くしっくりくると頑固な陽一は譲らず、同じように建てたのである。

 陽一の両親は大地震の前、陽一が高校を卒業して母親が急性の病でなくなった。両親は随分仲が良く、その一年後にはだんだんと元気がなくなって、後を追うように父親も亡くなったのだ。

 兄弟もいなかったせいで誰かが手伝ってくれることもなく、陽一とアイナの二人とたまに息子が手伝ってなんとか切り盛りしているという状態なのである。

 大震災の時に陽一の実家も流されてしまのだが、強口家は小高い山の上だったため被害も最小限家の古びた戸のガラスが割れたくらいで、そもそも大きな家で部屋も余っていたし、厳三が一番に家に来いと勧めたのもあって、竜石堂一家は移り住んだのである。

 事実上、国民的アニメの8チャンネルのさぁざえねぇさんのマスさん状態であるため、冴子は強口ではなく竜石堂アイナというわけだ。


 「あ、じぃちゃん、ただいま。元気そうで良かった!ライネでやりとりしてた時は、なんだか元気なさげだったから心配してたんだ」


 「お、お前、そういうのは今、いうもんじゃない!」


 恥ずかしくなった厳三は、早口でそう少し慌てた風で井間に引っ込む。その様子を清子は口元を押さえながらおかしそうに笑いを堪えている。


 「あぁ...ごめん」


 坊ちゃん刈りがやけに似合い、笑顔がはつらつとしていて眩しい好青年は冴子の息子、(ただし)である。

 坊ちゃん刈りでなければイケメンであろうに、少し風変わりなところがあって昔からの髪型のままガンとして髪型を変えず、昔から優しい性格であるのだが、正直者ゆえにすぐに思ったことを言葉にしてしまうのがたまに傷なのである。


 玄関にた三人はスーツケースを各々ガラガラ押しながら渡り廊下を渡って、皆がいる井間へと入っていく。当然、スーツケースは渡り廊下と井間の入口に仲良く三つ並んでいる。


 三人は大きな紙袋を両手に持っていて、それをコタツの上に無造作にドサドサっと置いた。


 「はぁ...疲れたわね。でもこれでやっと、一息つけるわぁ〜!」


 アイナは首を横に少し伸ばしながら、肩が凝ったのか片手を肩に添えて片方の肩をぐるぐる回してから、清子の隣へストンと座る。その隣に陽一、またその隣に正というのがいつもの並び。

 ついでに言えば、渡が座っていた所は、強口家長男のコチ。コチは二浪してやっと福島にある大学をギリギリ受かった。今も、勉強はあまり得ではないものの目指すところがあるようで、彼は彼なりに悪戦苦闘しながらも学校へ通っている。

 本来コチの横はウサギであったのだが、朝が弱くちょいちょい遅刻するは、口ではたいそうなことを言うが女の尻ばかり追いかけているのは昔からで、小さい頃から真面目で優秀なウサギからはしてみたらげんなりする大人代表であり、大人になってから毛嫌いされて席が離れたのである。

 なので、三女のウサギの席は龍子にチェンジしてもらい龍子の横。

 昔はおかっぱ頭の礼儀正しい真面目なお嬢さんという感じであったが、大学デビューしてからは周りの影響か、髪を少し茶色に染めて髪も伸ばしてゆるくパーマを掛けている。目が悪くなって赤フレームの眼鏡をしているが、洋服共々おしゃれなアイテムの一つになっていて、化粧も自然で大学では人気な方である。


 「でもやっぱり、ハワイアンズは福島が誇るリゾート地よねぇ。ずーと昔に行ったっきりだったからあんなに凄いことになってるなんて思わなくて、一週間もあっという間だったわ」


 「なぁ!本当、ハワイは行ったことないが、常夏ハワイって感じで、現地にいるようななっ!」


 「いや、それをいうのは、現地行ったことある人がいうんじゃないかな、とーさん」


 「あ、あぁ...まぁまぁ。にしてもだ、あのビックアロハ!なんか色んな色にチカチカしながら上からスライダーして落ちていくのは、なんかテキーラを一気にカッと呑んで頭がボン!!って弾けたような、爽快!心地よさがあって、楽しいのなんのってなぁ!」


 「とーさん、言ってる意味分かんないよ...でも、とーさんが年甲斐もなくスライダーに乗って、満面の笑みでゲラゲラ笑ってる落ちてくるのを見てたら、こっちも楽しかったよ」


 「ん?そうか?ていうか...お前は、一回も乗らなかったな」


 「...僕は...あんまり高い、速いは得じゃないから」


 「いーじゃない、プールしかないわけじゃなかったし。温泉だっていっぱいあってもー、楽しいったらないの!ね、正」


 「うん、温泉施設の与市は、嗜好が凝ってて...よかったな。江戸の湯屋をイメージしてるらしいけど、タイムスリップした感じで新鮮だったよ」


 「あー...正はそういうの、好きだよな。歴史的になんとかーとか、小難しいの」


 「とーさん、そんな小難しくもないでしょ、あそこは」


 「しょーがないのよ、陽一さんは。頭で考えるより、身体を動かして覚えるタイプだから」


 「そーだ。俺は、親父からは一切料理は教えてもらってないからな!見よう見まねで、側に張り付いて技を盗んで研究に研究を重ねて、やっと親父の味になったんだ!まぁ、親父のレシピノートは細かくてな、何書いてあるかよくわかんなかったしな」


 「...自慢にはならないよね...とーさん」


 「まぁ〜、いーじゃねぇか。昔は大概、そうやって覚えたもんだ!なぁ、陽一君!」


 「ですよね、おとーさん!」


 陽一と厳三は大概この話になると、孤立する。今の時代、他の家族からあまり賛同してもらえず、二人だけで意気投合して盛り上がり、当然のことのように話すのである。それが度がすぎるため、家族から煙たがられているというわけである。


 「はいはい、その話はまた今度にしましょ。折角お夕飯もみんなが揃うまで待とうってお父さんが言って、他のみんなはお腹ぺこぺこのはずですから...電話では、お弁当を買って帰えるって話だったから...このお土産の中に入ってるのかしら?アイナ」


 清子は、話が長くなりそうなタイミングをいつもいい感じにわざと割って、立ち上がるとこたつの上の袋を少し覗いてアイナを見る。


 「あー!そうよね。私達は少し、車の中でつまんできたから、そこまでお腹空いてないけど。待っててくれたんだから、お腹空いてるよね...そうそう、この中にみんな入ってるの」


 アイナは清子に言われて思い出したというように立ち上がると、ビニール袋をガサガサ物色し始める。


 「みんな好みは大概一緒だから、同じお弁当にしたの。トンカツ弁当にしたの!ここ昔、おとーさんがここのトンカツは日本一とか言ってよく連れてってくれたじゃない?それ思い出して。最近は、コロナもあってめっきり行かなくなったから懐かしくなって。ちょうどギリギリ間に合いそうだったから、電話でお願いして買ってきたの。亭主のおじさんも、覚えててくれて快くお弁当にしてくれたのが、嬉しかったわ」


 「おー!幸三ちゃんちのか!!幼馴染でなぁ!!もー、昔っから料理がうまくてな。俺は親の影響で早くから漁師始めたからな、若い時は貧乏でな...よく幸三ちゃんが飯を作って奢ってくれたんだよぉ〜。だから俺の舌は、幸三ちゃんの味になったと言っても過言じゃないからな!一番旨いんだ!!」


 「あら、お父さん、ごめんなさいね、幸三さんほど美味しくなくて」


 「あ、いや、かーさん...そういうことじゃなくてだな」


 「いいんですよ、幸三さんのトンカツは美味しいですから。ほほほほほ」


 「お、おう...」


 「さぁ〜、話も一段落?したし、トンカツ弁当みんなで食べましょ!」


 思い出せばテキパキと袋から弁当を人数分配り終えたアイナは、パンパンといつものように軽快な音を立てて軽く手を叩いた。


 「「はーい。頂きまーす」」


 この家族、大概一悶着があると清子が収めて、アイナがそのあとしきり、ご飯を食べるのである。

 それが昔からの癖でもあり、もうみんな慣れたらもので、話の内容など他は誰も聞いておらず、弁当を受け取るといつ食べれるのかという方にしか興味を持っていないので、弁当の上に割箸をきちんと乗せて姿勢良く弁当を今か今かと見つめていたのだ、それはすぐに対応できるというものである。


 「あ...もう冷たいから、あっためた方がいいかな?」


 「いいの、いいの。ここのは冷たくても美味しいお弁当なんですもんね、お父さん」


 「おー!そうだ!揚げたての方が最高だが、冷たくてもうまいのは、幸三ちゃんの弁当だけだからな!」


 「...他にも美味しいお弁当屋さんは、たくさんありますよ、お父さん」


 「あ...あぁ...まぁ...そうだな。モグモグモグ」


 厳三は清子に嗜められると、大人しくご弁当を頬張り始める。ふふっと清子が子供を見るような目で笑い、みんな美味しそうに弁当を食べる。


 そんな日常が、強口家である。

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