第5章11話
「さて、そろそろ本題に入りましょう」
熱い緑茶をずずっと啜った後の祈織の一言で、懐かしい回想の時間は終わりを告げる。
「まず、あなたが気づいたことを教えてください」
「はい」
真鳥は、短い間に見聞きしたことから、手短にまとめて説明する。
敵は二組であること。
一方は議長退陣を狙い、それに乗じる形でもう一方が議長暗殺を狙っていること。
前者は盗賊やごろつきたち雇われ組で、後者は高度に訓練された者たちの集団であること。
そしてもう一つ、最後に付け加える。
「議長はご自分が狙われていることを以前からご存じですね」
真鳥の説明は簡潔で的確だった。
詰め所に式を飛ばしてから真鳥たちが現場に到着するまで一時間ほど。その短い間にそれだけの情報を集め組み立てることは、誰にでもできるものではない。
「さすがですね。そこまで理解しているなら話は早いです」
「あなたの教えのおかげです」
「私の?」
「戦場での状況判断、戦略の立て方の基礎はあなたに叩き込まれましたから」
すぐに溢れ出してくる過去に気づいて、真鳥は小さく余談でしたと謝る。
祈織は笑顔で返すと「付け加えるとすると」と続ける。
「一度目は議会からの帰宅途中でした。武器を持って襲ってきましたが反撃したら逃げていきました。三ヶ月前のことです。これは退陣を狙う組ですね。殺意は感じられませんでしたから。二度目は外交官を招いた宴の席でした。渡された盃に毒が入っていました。飲む振りをしました。後で調べたら致死量でしたのでこれは暗殺組の仕業でしょう。その次は……」
「ちょっと待って下さい。まだあるんですか?」
「はい。これまでに四回の襲撃を受けています」
事も無げに答えると、祈織は残りの二回分を一気に説明する。
三度目は暗殺組で、家に侵入されて襲われた。自身も負傷したが相手は重傷を負いながらも逃走した。
「そして四度目が今朝の襲撃です。あなたが気づいたように、これには両方の組が関わっています」
「長は知っているのですか?」
「いいえ。話していません」
真鳥は何故? と問いたい気持ちを押し留める。
もし自分だったらどうするか、そう考えたからだ。
下手に騒げば事は公になり、動きづらくなる。被害を最小限に抑えたいならば、情報の流出も最小限にするべきだ。
真鳥は問いの内容を変える。
「襲撃の原因に心当たりはありますか?」
「議会や経済界に敵がいないわけではありません。これまでも色々とありましたが、今回の一連の襲撃は、ソムレラの情勢変化に起因しています」
「皇帝が病に倒れ、その後継者問題に揺れていることは知っています。次期皇帝が誰になるかによって、ニリやアカギがどう動くか、我々でも調べていますから」
そういえば、今日からソムレラの後継者問題を探るために潜入捜査することになっていた。一颯と待ち合わせしていたが、書き置きする余裕もなく家を飛び出してしまったことを思い出す。
今頃、一颯はどこでどうしているだろうか。
一颯のことだから、イカル中、探しているのではないだろうか。
真鳥の心配を余所に祈織の話は続く。
「今回のアカギ訪問は、グラウェおよびアエスタース両大臣と私だけの極秘会見の場を持つことが本当の目的でした。現在、皇位継承第一位の皇子はやり手と聞いています。鉱山を持つソムレラと技術を持つニリが手を組んだ場合、これまでなんとか保ってきた均衡が崩れることは明らかです。イカルは小国ですが、これまで各国と対等に国交を続けてきました。それは、イカルを取り囲むソムレラ、ニリ、そしてアカギが対等だったからです。けれどそれは絶対ではない。いつか崩れるときが来ます。崩れてからでは遅いのです」
「アカギと手を結ぶというのが議長の戦略ですね」
「選択肢の一つに過ぎません。道を決めるためにはソムレラの動向を慎重に見極める必要があります」
「同時にイカル国内の動向もですね」
「はい」
イカルは特定の国との繋がりを密にしないという習わしがある。その背景にあるのはイカルにしかない医療技術力と矢杜衆の力だ。その力だけを信じて、これまで小国ながらも一国としての威厳を保ってきた。よって議長のように積極的に国外に目を向けるだけでも、異端者として扱われる。
もちろん選挙で選ばれた議長であるから彼の支持者は多いだろう。
しかし同時に彼を良く思わない連中もわんさかいるということだ。
「なるほど。議長一人を狙う理由が分かりました。議会であなたに反発する勢力のトップは誰です?」
「芳司守土でしょうね」
「副議長、ですか?」
思わず言い澱んでしまう。
「はい」
「彼については調べましたか?」
「いいえ」
「何故です?」
「彼が望むものは議長の椅子、ただ一つです。私は目の上のたんこぶで、私を引きずり下ろすためにはなんでもするでしょう。けれど、私たちは議会に必要な人材であると、互いに理解し認識しています」
「その根拠は?」
「そんなもの、言葉で説明できるものではありません。わかりにくい信頼とでもいうのでしょうか」
「それ、本気で言ってるんですか?」
真っ先に疑うべき相手を必要であると言う。
真鳥には祈織の言っていることが全く理解できない。
「議長退陣組の裏にいるのが副議長ということでしょうか?」
「わかりません。ですが……」
祈織はそこで瞼を閉じ、真鳥の次の言葉を遮る。
真っ先に瞼の裏に浮かんだのは、茶色い猫っ毛の青年の顔だ。
今も自分の手のひらには、彼の身体から流れ出た血の温かさと、冷えていく彼の体温の両方が染みついている。春に行われる杜仙への昇格試験に推薦するつもりだった。リーダーとしての才能もあったと思う。
前途ある若者の命が奪われた。
そのことを黙殺することはできない。
「ですが、人一人の命の代償は払っていただかなくてはなりません」
再び開いた祈織の瞳には、強い光が灯っていた。
「月埜然の命を奪った者の右頬に傷を負わせました。イカルへ逃げていったと思われます。その男を捜し出します」
真鳥が「諾」と答えた直後だった。
二人は同時に異変を捉える。
真鳥は脇に置いていた刀を手にとり、いつでも飛び出せる姿勢で様子を窺う。
祈織も自身の刀を手にしていた。
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