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第5章4話

 真鳥が枝の上で足を止める。

 音も立てずに地面に下り立つ。

 そのすぐ足元に、死体が一つ転がっている。頸動脈をすっぱりと切り裂かれ、大量の血に濡れている。身なりから矢杜衆ではない。相手の盗賊の一人だろう。


「隊長」


 真鳥に追いついたゼータチームのメンバーも、真鳥を追って木の上から下りてくる。


「この辺りみたいだね」

「あちこちに敵と思われる死体があります」

「あの焦げた木をポイントゼロに指定。死体の数を確認して。残党がいるかもしれないから用心してね」

「はい」


 真鳥の指示で三人はさっと周囲へ散る。


 真鳥はゆっくりと周囲を改める。

 ポイント指定に使った一本の木は、その姿の半分を不自然に失っている。黒く焦げた跡がある。幹についた火薬の匂いは、矢杜衆の使う火薬と同じ匂いだ。先ほどの報告にあった爆発はここで起こったのだろう。木を中心にあちらこちらの茂みの中に人の腕や足が転がっている。敵を誘い込み、まとめて叩いたと推測される。


 真鳥は戦闘の痕跡を確認しながら、それがどちらの方角へ展開したのか、迅速かつ丹念に調べていく。

 折れた枝先、死体の傷の跡、なぎ倒された下草の向き。血痕。

 探せばいくらでもあるが、そういった訓練を受けていなければできない。これもまた、真鳥が幼いころに祈織たちから教わったことだ。


 動くものの気配を感じ、真鳥が足を止める。


「……っうう」


 低いうめき声だ。

 この戦場で初めて、植物や昆虫以外の生あるものに出会う。


 敵か、味方か。


 真鳥の右手にはすでにクナイが握られている。

 真鳥が歩き始めてから少し経つと、発見した死体に付けられた傷が増えていることに気づいた。一撃で仕留められなかったことを示している。

 祈織たちの消耗が激しいか負傷しているのか、あるいは敵がただの盗賊ではなかったか。

 考えられる要因はいくつかあるが、いずれにしても祈織たちにとって良い状況と言えない。


 真鳥は気配を消したまま慎重に歩みを進める。

 その男は、左脚付け根部分の動脈を切り裂かれ、失血死目前の状態で灌木の下で震えていた。

 見た目から仲間でないことはすぐにわかる。汚れた衣服に毛皮を身につけている。どう見ても街道に現れる盗賊の類だ。


 普通の盗賊は金品が目的だ。商人の馬車やキャラバンを狙う。今回の議会衆たちの一行は、どう見ても商人には見えない。大きな四頭立ての馬車が二台に、周囲は矢杜衆たちが警護で固めている。そんな一行を、大した武器も持たない盗賊が襲うことはまずない。加えて、このアカギとイカルを結ぶ街道は、矢杜衆の行き来も多いため、盗賊も矢杜衆を恐れてあまり出なくなってきている。


 やはり議長だとわかっていて襲ったとしか思えない。

 なぜ、一行が今日、ここを通ることを知っていたのか。

 彼らは予定を一日遅れてアカギを出立している。イカルあるいはアカギ内部の人間が絡んでいなければ、わかるはずもない。


「やな感じだよねえ」


 自分を見下ろし呟いた真鳥に気づき、男は助けを求める手を伸ばす。


「た、たすけて、くれ……こんな、はずじゃ、なかっ、た……だ……ぎ、ちょ……を……おどてすだけ……だったんだ……それ……をあいつら……が」


 声を震わせながら、男は必死で真鳥に訴える。


 議長に怪我をさせて脅すはずが、途中からおかしな連中が加わってきて、そいつらが議長を殺そうとした。自分たちも彼らにやられた。

 男の訴えはそんな内容だった。


「おかしいな連中って?」


 男を介抱するでもなく、上から見下ろしたまま真鳥は問う。


「かっこう……はごろつき……だったが……おそろしくつよい……やつらだ」


 ジジっとヘッドセットが動きを伝える。


『隊長。周囲の確認終了しました。議長および月埜はまだ発見できていません。生きている残党はゼロ。ただおかしな点が一つあります。先の報告では敵の数は三十名でしたが、死体はどうみてもそれ以上あります。追加で八名確認しました』


 真鳥は部下の報告に対して、ヘッドセットを一つ叩き、了解を示す音を発する。追加の指示は出さないまま、ヘッドセットのスイッチを切る。

 そして、男の方へ屈み込む。


「オマエらの依頼人の狙いは議長に怪我でもさせて、議長を退陣させるってところだよねえ。それに乗じて議長暗殺を狙う輩が現れたって? オマエたちにとってずいぶん都合のいい話だねぇ〜」

「ほ、ほんと、なんだ……しんじ……てくれ」

「依頼人の名前は? な〜んて訊いても答えてくれるわけないよね〜。まあそれはいいや。オレが訊きたいのは後から乱入してきた方。強いって言ってたけど、どのくらい強かった?」

「おまえたち……やと……しゅ……くらい……だ」

「ふうん」


 男を覗き込む真鳥の瞳の冷たさに、男は切れ切れの息を呑む。真鳥の顔と、その右手で鈍い光を発するクナイに、視線を行ったり来たりさせながら、言葉にならない声をあげる。

 ふっと影が過ぎる。


「っや、やめてくれ! っわあぁぁっ!」


 男は自分が止めを刺されるのだと思った。腕で顔を隠すように身体を縮める。


 しかしその後に訪れるはずの最期はいつまでたってもやってこない。


「?」


 恐る恐る腕を解き視界を広げると、さっきまでそばにいた銀髪の矢杜衆の姿は消えていた。


 真鳥の視線はもう、倒れた男を見ていない。

 周囲をゆっくりと見回す。

 点々と連なる血痕を見つける。

 その先を見つめる。


 異なる二つの賊が、それぞれに議長を襲った。片方は失脚を、そしてもう片方は明らかに命を狙っている。

 明らかに、イカル国内の厄介事だろう。

 だとすれば、敵は自分と同じ矢杜衆である可能性が高い。


「マジで無事でいてくださいよ。オレの家族がまた一人減るとか嫌ですからね」


 ヘッドセットを再びオンにすると、部下に指示を出す。


「ポイントゼロから南へ二百メートルほどのところにまだ息のあるやつがいるから、誰か手当してやって。詰め所に連行。あと、倒れているやつらの身元の確認をお願い。どうやら二つの目的があったみたいだ。片方は矢杜衆並みの能力があるから警戒を忘れないで。オレは議長他一名の探索を続ける」


 真鳥が固く凍った土を蹴り再び枝上に上がったときには、男のことは綺麗に消えていた。真鳥の頭の中は、議長暗殺を狙う連中に向いていた。

 この襲撃が議長を狙ったものであることは間違いない。副議長や事務官が無事に逃げることができたのも、狙いが議長だけだったためだ。しかし、問題はそこではない。

 敵は二組いたということの方だ。

 議長退陣を狙う一味と、議長暗殺を企む一味。

 しかも後者の方は前者の動きに乗じて行動を起こしているらしい。そして彼らの能力は矢杜衆並だという。


 失脚を狙われるだけであれば、議会の日常の一コマに過ぎない。それでも政治的な隙や失敗を狙うことがほとんどで、暴力まで発展しない。

 命まで狙われるのは異常だ。


 狭總祈織という人間は、潔癖だ。そして刃物のような男と言われている。

 イカル国内の古い澱みを躊躇なく取り去ることで、わずか五年で議会のトップに上り詰めた。絶対に逃げられない証拠を押さえ、少しの申し開きも許さず、切って捨てる。鮮やかとしかいいようのない手管に、世間は湧いた。それゆえに彼の派閥には若者が多い。崇拝する者もいる。

 言い換えれば、それ以外は彼の敵だ。単純に急激な革新を望まない者。彼によって議会を追われた者。彼の躍進により議長になれなかった者もいる。


 そういう輩が、祈織の暗殺を命じたのだろうか。

 彼が不在になれば、自分が議長になれたり、議会を利用して再び甘い汁を吸うため?

 そこまでイカルの議会衆は馬鹿なのだろうか。


 真鳥中でまったく腑に落ちない。

 そんな単純な問題ではないだろう。

 祈織をよく知る者として、祈織の性格から彼が招いた状況という気もする。


「何やってんですか、祈織さん」


 小さなため息を捨て、真鳥は枝を蹴る。


今日もお読みいただきありがとうございます。

次は4/10(水)の更新を予定しています。

よろしくお願いします。

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