第5章3話
『……芳司様一行を確認しました。ご無事です』
ジジっという雑音とともに、八束真鳥のイヤホンに斥候隊からの報告が入ってくる。
「議長は?」
『護衛の話では議長が敵を引きつけて芳司様たちを逃がしたようです。敵は議長を追っていった模様。専任護衛が一人、議長の元に戻ったそうです。名前は月埜です』
「つまり、まだ二人は戦闘状態にあるかもしれないってことね」
『二人からの連絡は入っておりません』
イカルの首都ルーから最速最短で駆けつけたが、斥候の声も真鳥の息も、少しも乱れていない。チームの者はみな、足取りも軽く枝から枝へ軽快に枝を蹴り跳んでいく。
「敵はどんなヤツら?」
『盗賊のようだということでした。人数は三十名程度』
「ありがと。アルファチームはそのまま副議長の護衛を頼むね。詰め所まで連れてって話を聞いて。ベータとゼータはこのまま前進、戦闘区域を探すよ」
『了解』
『了解』
複数の声が真鳥の指示に返答した後、イヤホンが沈黙を取り戻す。
真鳥が矢杜衆長直々の式で目を覚ましたとき、窓の外に朝の気配はまるでなかった。
戦闘装備でアカギへの街道へ向かえ、議長を救出せよ、三チームを任す。
詳細は記されていなかった。
長から直々の式など滅多にない。それほどに緊迫した状況が起こっているということを示していた。
いつもならまだ恋しい寝床を飛び出し、一分で矢杜衆の戦闘服を身につけた。状況がわからないため、予め十分な武器を用意する。クナイや札の他に、押し入れから父親の形見の長刀を引っ張り出し、防寒用の白い外套を纏うと、夜明けの森へと飛び出した。
真鳥がルーの街を一直線に駆け抜ける間に、次々に仲間が合流し、街を出る頃には三チーム全員が揃っていた。ヘッドセットで連絡を取り合いながら、一行はアカギへと続く街道を目指した。
ルーを出立してからも矢杜衆長からの詳細な続報はなかった。詰め所で得られた情報が余りにも少ないのだろう。
真鳥はアルファチームを斥候として先に向かわせた。
アルファチームから副議長である芳司守土と接触したと報告があったのは、真鳥が家を飛び出てから四十分が過ぎた頃だ。
戦場での四十分は大きい。
三十人余りを相手に、たった二人でどこまでもつだろうか。
盗賊ならば旅の一行を一網打尽に奪えるだけ奪うはずなのに、副議長を含めほとんどの随行員を逃がしている。
どこかおかしい。
盗賊に見せかけた組織か。
狙いは議長。
嫌な予感がする。
「スピードあげるよ。ゼータ、ついてこられる? ベータは上下左右に展開して、広い範囲でチェックしながらきて。何か発見したらすぐに連絡ね」
『ゼータ、了解』
『ベータも了解です』
部下たちの声がヘッドセットを通して届く前に、真鳥はぐんとスピードをあげる。
そのすぐ後を真鳥自身がチームリーダーを兼ねるゼータチームの三人が、遅れまいと必死についてくる。
新しい報告が入ったのは、ベータチームの四人が広範囲の索敵を始めたすぐ後だった。
『隊長! 煙りが上がっています。東南東、二キロほど先です。狼煙ではなく、何かが爆発したものと思われます』
「了解。ゼータはこのまままっすぐ東南東へ。ベータは今の隊形を維持したまま進んで。敵に注意」
『了解』
示された方向は、街道からかなり南へずれている。街道沿いを逃げる仲間たちから敵を引き離すためにわざと外れたのだろう。
祈織ならきっとそうする。
真鳥には確信があった。
真鳥の父・華暖とそのバディである土師臨也、現矢杜衆長の伐瑛至、そして伐のバディであり、現議長の狭總祈織の四人は、若い頃から生死を共に戦ってきた仲間だ。真鳥が物心ついたときには、彼らは真鳥にとって家族同然の距離にいた。ニリの脅威に脅かされ決して明るくない時代だったけれど、しばしば八束家に集まり食卓を囲み飲み明かした。時には一緒に神殿の祭りに行ったこともあった。
矢杜衆となった真鳥の担当師に任命されたのは現ナンバーツーの加内永穂だったが、それよりも以前、矢杜衆養成所に入るまでの幼少期は、真鳥にとっては父を含めたその四人全員が師だった。基本はもちろんのこと、戦闘、潜伏、厳しい条件下で生き残る術、戦略、彼らから教わったことは、今でもしっかりと身に焼き付いている。
ゆえに、祈織の考え方は真鳥には明白だった。
一般人である副議長・芳司を助けるため、敵を一手に引き受けて街道を逸れた。
それは納得できる。
しかし、その相手が三十人となると、話は別だ。
いくら祈織でも、それは無謀すぎる。
しかし彼は実行した。
一行を護るためにそうすることが最善だと判断したからだ。
つまりすべての敵が祈織を追っていくことがわかっていた、ということになる。
真鳥の鼻が小さく動く。
火薬を含む空気の流れに敏感に反応する。
この先で、明らかに戦闘があったことがわかる。
しかし襲ってくる敵の気配はどこにもない。進めば進むほど次第に強くなるのは、血の匂いばかりだ。
「さて、このあたり一体は敵に包囲されました。武器も残り少ない。私たち二人が帰還するために、あなたならどうしますか? 真鳥」
北の杜での修行中、祈織がそう言った。
真鳥が十歳の頃だ。
二人を追う役目は、華暖と臨也だ。
早朝に始まった修行は夕闇迫る頃になってもまだ続いていた。
真鳥は小さな傷を幾つも負っており、息も上がっていた。握りしめていたクナイが腕から流れた血で滑る。服の袖を破いて手と刀の血を拭い、手のひらに巻く。
逃げられない。
なら、隠れる?
だめだ。
止まったままならすぐに見つかる。そうしたらそこで終わる。
矢杜衆は生きて還るまでが任務。
こんなところで終われない。
「敵はどこにいると思いますか?」
祈織が問う。
真鳥は呼吸を抑えて耳を澄ませた。
「東と西にそれぞれ」
南側には街道がある。
そこは商人や旅をする者たちも通る。彼らを戦闘に巻き込むわけにはいかない。
けれど帰還先に設定された真鳥の家は南側だ。
「あなたはどちらへ行きますか?」
真鳥と違い、祈織は息も上がっていなければ、かすり傷さえ負っていない。余裕の笑みを向けられ、空っぽの胃の中がチリチリと痛む。時間はない。必死に考える。汗がこめかみを伝い流れる。
まるで余裕のない自分に気づき、息を吐く。
そんな自分を、祈織はにこやかに見ている。
「北へ」
「なぜ?」
「南はダメだ。一般人に影響がある。東と西、どちらかに向かえば挟み撃ちに合う。北は岩場が多い。隠れる場所もある。一度、体勢を整えたい。あそこに行けば……」
「行けば?」
真鳥はニッと笑った。
この杜は、真鳥にとっては修行の場だ。もっと小さな頃から日々、走り回っていた。どこに何があるのか、すべて頭に入っていた。北側の崖のところにある洞穴には、武器や医療道具、簡単な食料を隠してある。父にも知らせていない。その辺りには、先日張ったばかりの罠もある。二人を足止めできれば、北から西周りで目的地に辿り着ける。かもしれない。
「今、必要なのは時間と武器。それを優先する」
祈織は、真鳥の戦略に間違いがないことを笑みで示した。
結果は、失敗に終わった。罠が少し機能したおかげで、西回りの帰路についたが、追手である華暖たちに背後から捕えられて終わった。矢杜衆トップの戦績を持つ彼らをどうこうできるはずもなかった。が、学びはあった。
「焦らないこと。それが一番、大事なことです。戦術以前の問題です。今日の真鳥はその選択ができていましたよ」
家に戻ってからの反省会で祈織はそう言った。
だから祈織を信じよう。
彼は必ず生きている。
強くなる血臭と爆発の跡を辿りながら心を落ち着ける。
「無事でいてくださいよ」
真鳥は小さく呟いた。
大変お待たせしました。
更新を再開します!
またよろしくお願いします。




