神の庭
「八束さん、交代の時間ですよ」
柔らかく温もりのある声に呼び止められる。
朝陽の満ちる神殿の中庭を警備のため巡回していた真鳥は、声のする方へと顔を向ける。
真鳥の視線の先で薄茶色の髪がさらりと細い肩の上を滑り、斜めに差し込む陽に煌めく。
「彩葉、さん」
思わず呼び捨てにしてしまいそうになり、わずかに敬称が遅れる。それに気づいたのか、彩葉がくすっと笑う。
彩葉はかつて矢杜衆養成所で数年間をともに学んだ同期の一人だ。
矢杜衆養成所は、矢杜衆を望む者を鍛える場所であるとともに、早いうちにその適性を見出し振り分けるための場所でもある。
はるか昔に犬神より授かった素養は、その後の家系や個体によって現れる適性が違ってくる。戦闘班に憧れて目指したものの、限界を試すような厳しい訓練に心身共についていくことができず諦めざるを得なかったり、癒し手や読み手としての特殊な才能を発揮する者もいる。
真鳥たちの世代は、その親世代が隣国ニリとの大戦時代を潜り抜けて来たこともあり、戦闘班志望が特に多く、ふるいに掛けられて挫折する者も多かった。
そんな中で、彼女はどんな訓練も必死でしがみついていた。どうしても達成できない課題を泣きながら何度も挑戦していた姿を真鳥はよく覚えている。
どんな時でも絶対に諦めようとしない彩葉を、早々に諦めた同期達がやっかみ半分で誹謗することもあった。その頃の真鳥は、異国の髪の色持ち、男にしては整った顔立ちのせいで孤立していたため、彩葉への迷惑を考えると正面から間に入ることはできず、彼らが去った後にそっと様子を窺うことしかできなかった。
『私は大丈夫だよ。あんなやつらには絶対に負けないから』
彩葉はいつもそう言って両手で拳を作って笑ったが、その笑顔は明らかに無理をしており、いつかぽきりと折れてしまいそうな危うさを感じた。
必死に縋り付く姿勢と、壊れてしまいそうな笑顔が、いつしか真鳥の心に染みついていた。
告白は彼女の方からだった。
顔を真っ赤に染め恥ずかしそうに瞳を潤ませながらも、自分に対して向けられたその感情は強くまっすぐだった。
彼女を大切に想う心に偽りはなかった。
しかし彼女の望むような形で側にいられないことは明白だった。その時の真鳥には、イカルを護るために父のような矢杜衆になる、そのためにまっすぐ進むことしかできなかった。
ごめん、と答えた真鳥の前で、彩葉は壊れそうな笑顔を溢した。
互いに十五になったばかりだった。
あれから九年が過ぎた。
「あ〜、八時を過ぎていましたか。すいません〜」
真鳥がへこっと謝ると彩葉が笑う。
その笑顔はあの頃のまま、けれど以前よりも儚さを増している。若さ故の必死さがなくなり、落ち着いた大人になったということなのだろうか。真鳥の心をざわりと揺らす笑顔だった。
「大丈夫ですよ。引継ぎはここでしてしまいましょうか。今日は天気が良くて、とても気持ちが良いですし」
「あ〜ほんと〜にい〜天気ですねえ〜」
彩葉の言葉に誘われて空を仰ぐと、重なる緑の隙間から朝陽が斜めに差し込み、その先には蒼い空が垣間見える。神殿の庭を白い蝶がひらひらと舞い、幼鳥が拙く囀る。
そこかしこに命の息吹が満ちている。
神殿を包み込む晩春の空気を、真鳥は胸の中に吸い込む。
ここはイカルの中心。
神の声を聴く巫女の住まう聖域であり、イカルの民の心の拠り所である。
巫女なくしてこの国は動かない。
何が起ころうとも、巫女は矢杜衆が護る。
夜が明ける度に、何事もなかったことに安堵し、また今日も護るのだと誓う。
神殿の中は平時より巫女付きの専任矢杜衆が昼夜を問わず務めている。しかしニリの不穏な動きに合わせ矢杜衆長が新たに三チームを加えた。
第一チームは朝八時から、午後は第二チームが引継ぎ、真夜中から第三チームが、8時間交代で、それぞれスリーマンセルで警護にあたっている。
真鳥は夜の第三チームを率いている。毎朝八時に、彩葉がリーダを任されている第一チームと交代する。
真鳥は昨夜の状況を報告し、彩葉は脇に抱えていたファイルを取り出し、詰め所から知らされる最新の情報を真鳥に伝える。
「ニリに動きは?」
真鳥の問いに彩葉が首を横に振る。
「イカルに侵入した形跡もないとのことです。国境からこちら側の岩山は、私たち矢杜衆の修業の場でもある。あの場所には歴代の矢杜衆見習いが仕掛けた多数のトラップがあります。痕跡を残さず通過するのは難しい。できるとすればそれは同じ矢杜衆、あるいはそれと同等の知識と技量を持つ者になる。そうなると動きを見破るのは非常に難しくなります」
「商人に扮して通常の街道を利用するルートは?」
「ニリとイカル間の対象には、かならず矢杜衆の護衛が付いていますが、変わった報告はありません。あと国境の関門に専任の矢杜衆が配置されているそうです」
「読み手?」
「ええ。仮にも巫女を誘拐しようとする任を負っているならば、ちょっとした仕草や態度、表情などの諸反応に現れるはず。読み手ならば見抜けます」
読み手とは、人の心を読みその性格や行動を推測する特殊な技能を持つ矢杜衆たちのことだ。
「相手もオレ達並の訓練をしていれば別だよね? 長はなんて?」
「すでにイカルにいる、そうお考えの様です」
「そう」
真鳥の認識も同様だった。
まぎれ込んだとしたら、真鳥たちの隊を襲ったあの時だろう。
イカルの内部情報を元に、襲撃と侵入の二つの目的を同時に果たしただ。
後手に回っている。
巫女はいつ襲われてもおかしくない状況にある。
「私たちも気を引き締めていかないと!」
両手で拳を小さく掲げてみせる懐かしいその仕草に、真鳥も笑顔を返す。
想いを打ち明けられた後も、彩葉は真鳥を避けるようなことはせず、普通に接していた。あの壊れそうな笑みで。
同じ笑みと、真鳥を見つめる光と熱を宿す瞳に、自分へと向けられている好意を確かに感じる。
もちろん彩葉も真鳥のことは記憶になかった。巫女護衛任務の打ち合わせて、初めましてと挨拶を交わした。
再び、寄せられ始めた彼女の想いに、九年前にはなかった感情が、いまの真鳥に存在している。好意を向けてもらえることへの感謝と、そして応えることのできない申し訳なさ。一颯に出会う前には、なかったものだ。
いま告白を受けても、結果は同じだ。けれど彼女への言葉はもっと違うもになるかもしれない。
真鳥がそんなことを考えていると、彩葉が「そうそう!」と明るい声をあげる。
「巫女様があなたを探していましたよ。八束さん、すっかり気に入られちゃいましたね」
彩葉がからかうような眼差しで真鳥の顔を覗き込む。
「うーん、あと十年したら本気で相手をしてもいいんだけどね〜」
「えっ! 本気ですか?」
「嘘で〜す」
「あら残念。お似合いですのに」
「女官長に殺されますからやめてください」
本気で困った顔の真鳥を見ながら、彩葉がくすくすと笑う。
「あっ! 真鳥いた!」
ふいに後ろから名を呼ぶ甲高い声が響く。
お付きの女官を振り切って、神殿の庭を少女が全力で駆けてくる。
白いふわりとした巫女の衣装が舞い、銀の髪飾りがシャラシャラと鳴る。
この国を統べる巫女、イトゥラルだ。
「噂をすれば、ですね」
「やれやれ。これから家に帰ってゆっくり寝ようと思ったのに」
「私はこのまま警備に入ります。巫女様のお相手がんばってくださいね」
「はあまあ適当に……」
真鳥が本気の溜息をつくと、彩葉は可笑しそうに笑いながら、神殿の中へと戻って行く。
「真鳥〜! おっはよう〜!」
「イトゥラル、おはようございます」
真鳥は片膝をつき頭を垂れる。巫女に対する最上級の敬礼だ。
銀の髪を後ろで結った真鳥の頭を小さな手がぱちんと叩く。
「もう、それやめてよ! 嫌いなんだってば」
「知っています。ですが規則ですので」
真鳥はしれっと答える。
「真鳥まで女官と同じこという〜。っていうか真鳥のは絶対わざとでしょ」
顔をあげた真鳥がにこりと微笑んで見せると、まだ十歳になったばかりの巫女はぷうっと頬を膨らませる。その顔は、街のどこにでもいる普通の女の子だ。裾が長く一目で質の良さがわかる衣装や、美しく整えられた長い黒髪、そこに添えられた繊細な銀細工の髪飾り、そして額の印がなければ。
「やな奴!」
「ならば私など構わなければいいのですよ」
「だってつまんないんだもん」
「そのようなことではイカルの長として失格です」
「好きでなったんじゃないわ。知ってるでしょ!」
「でも神は貴女をお選びになった」
真鳥は人差し指でイトゥラルの額を示す。
そこにあるのは、小さな花。
生まれつき与えられる巫女の証だ。
巫女は可愛らしい顔をめいいっぱい歪める。
「……ずるい、そういう言い方。逃げられなくなるじゃない」
「貴女は逃げる方ではない」
好きでなったのではないと文句を言いながらも、この幼い巫女がすべてを受け入れていることを真鳥は良く理解している。
神殿警護の任につき一週間、公私を問わず巫女と接する中で、真鳥は幾たびもその小さな身体に溢れんばかりの覚悟を感じることがあった。
救いを求めて集まって来た人々を迎えるその言葉に、大人ばかりの会談の席で毅然と上げたその表情に、誰にも見られないように袖の中でぎゅっと握りしめた小さな拳に。
今の巫女は前代が亡くなった三日後に、街でパン屋を営む女の長女として生まれた。
産声をあげたそのとき、赤ん坊の額には小さな花の印があった。
神に選ばれたその証を、栄誉あることと喜ぶ母もあれば、哀しみに打ちひしがれる母もあると聞く。なぜなら、巫女となる者は五歳で家族から離され、神殿にあがらなければならないからだ。
巫女は、歴代の巫女の記憶を受け継ぎ、そのすべての知識をもって国の進む道を定める責務を負う。第一にその身の安全確保のため、第二に受け継いだ知識を正しく使うために必要な教育を受けるために、幼いうちから神殿で生活を始める。
しきたりとはいえ、たった五歳で親子は離れなければならない。肉親との面会は許されるものの、もう二度と一緒に暮らすことはできない。
五年前、巫女が神殿にあがるとき、パン職人の母親はこう言ったという。
『立派な巫女になれ、なんて言わないよ。でも正しい巫女になっておくれ。逃げるんじゃないよ』
『逃げたりしないもん!』
『本当かねえ。おまえは飽きっぽくて落ち着きがないからねえ。そこだけが心配だよ』
『絶対に逃げないもん! 立派な巫女になってやる! 母さんが街のみんなに自慢できるような、すっごい美女で賢くてみんなから尊敬される巫女になるんだから!』
その話を真鳥は女官長から聞いていた。
その時の母への誓いが今も巫女の中には満ちている。
必死に巫女であろうとする。
その姿は、やがで花開く瞬間を待ちながら、今はまだ朝露の冷たさに息を潜めて震えている早春の蕾のようだ。
「私も同じですよ、イトゥラル」
ふて腐れたままの巫女に、真鳥は笑顔を向ける。
「私も矢杜衆となり、この国を護るために神に選ばれたんです。ここにある印はあなたの額の御印と同じです」
「真鳥のは彫ったんでしょ」
「資格のない者には与えられません」
左の胸に手をあてる。
「あそこで翡翠の目が二つ。私たちが印に恥じないかどうか見張っていますよ」
真鳥が投げかけた視線の先で、がさりと藪が揺れる。黒い鼻先がひょいと現れ、次に白い身体がぬっと現れる。
「犬神様!」
巫女の顔がぱっと輝いた。両手を広げて犬神に飛びつく。
「会いたかった〜!もふもふいい気持ち〜」
犬神の首に抱きついて、顔を毛の中に埋めている。
神殿という特別な土地のせいか、巫女の力なのか、ここでは犬神はアストラル体ではなく実体を持って現れることが多い。実体の犬神は、白い中型の犬だ。
犬神はあの日からちょくちょく真鳥の前へ現れる。街を歩く真鳥の後を付いて歩くこともある。
『なんでついてくるのよ』
『お前とは縁がある』
『はあ?』
『それに何故だかお前の傍らは居心地がいい』
『やめてくれない? オレが変な目で見られるんだし』
『そんなことは慣れっこだろう』
真鳥の不服を軽く流した犬神はどこへでも姿を現し、初めて真鳥が神殿警護についたその日から、巫女のお気に入りになっている。神に属するものであることを知っていても、十歳の少女からすれば可愛い犬に見えるのだろう。
「今日は何の用?」
巫女に叩かれたせいで崩れた髪を後ろで一つに結い直しながらそう問うてみると、犬神は犬の顔でにやりと笑った。
『おまえの困っている顔を見たくてな』
「ほんと悪趣味」
呆れたとばかりに真鳥は嘆息する。
「真鳥だって私が嫌なことばかりするじゃない」
巫女が割って入る。
「あれは意地悪ではありません。ただの規則です」
「真鳥はもっと頭が柔らかいと思ってた!」
「犬猫ではないのでモフモフを期待されても困ります」
「もう! はぐらかさないでよ」
巫女と真鳥が言い合いを始めると、二人を見つめる犬神の目が愛おしそうに細められる。
「犬神様だけだよ〜あたしの癒しは。はあ〜もっふもふ〜いい匂い〜」
ふかふかの毛に顔をぐいぐいと押しあててくる巫女に、犬神は嫌な顔を一つせず好きにさせている。
真鳥にとってこの光景も日常のものとなりつつある。
犬神クロウがいて、巫女イトゥラルが笑い、それを眺めている自分がいる。
クロウはイカルを授けた神で、イトゥラルは国の長で、そんなところに自分が混じっているのもおかしな話だが、気づけばその状況を受け入れていた。そればかりか、この空間を愛おしいと思い始めている自分に気づく。
ニリの件が片付けば、神殿警護の任を解かれるだろう。不穏な芽は早く摘み取ってしまいたいと願っているが、この任務が終わる日が来るのは少し淋しいかもしれないと感じている。
それは、この場所が、一颯と重ねた時間によく似ているからだ。
そういえば、一颯の具合はどうだろうか。
医療院で傷を癒している相棒を想い、意識を街の方へと飛ばしたときだった。
「あ! これだ!」
巫女が大きな声をあげる。
「何がですか?」
「あのね、二ヶ月前くらいに夢で見たの。今あたしが言ったそのまんまの言葉で、こんなふうに犬神様をもふもふしてたの。そっか〜。あれは予知夢だったんだ! そっか〜」
「予知夢ですか」
「うん。それでね、真鳥も夢に出てきてたんだよ。犬神様の飼い主だった!」
『なぬ?』
「へ〜そうなんだ〜オレが犬神様の飼い主なんですね〜」
『お主、黒い思考が漏れておるぞ』
「巫女様の予知夢だもん。オレは飼い主、オマエは飼い犬ってことでいいよね? クロウ?」
『いいわけなかろう! 我は神だぞ。名前で呼ぶな!』
「だって〜いつもオレの後ついて回ってるし〜。どこにでもついてくるし〜」
「え? 真鳥って犬神様とずっと一緒にいるの?」
「はい〜。オレたちいつも一緒になんですよ〜もう懐かれちゃって困ってます」
「う、羨ましい〜! あ〜今すぐ真鳥になりたい。っていうか犬神様を飼いたい」
『懐いてなどおらぬわ! そなたも我を飼いたいとは不敬であるぞ。そもそも我は犬ではない』
「「どっから見ても犬でしょ」」
真鳥と巫女の声がぴたりと重なる。
二人が顔を見合わせて笑う。
「!」
巫女と笑い合っていた真鳥が、急にその表情を厳しいものへと変える。真鳥の全身の感覚が、神聖な神の庭に相応しくない異質なものを捕らえる。
同時に犬神の耳先もぴくりと動く。
ここは神殿の最奥。一般人が入れるのは神殿の表側だけで、この辺りは巫女と彼女に付く一部の女官と警護の者しか入ることを許されていない。
捉えた気配の中に僅かに殺気に似たものを感じ、真鳥は警戒を強める。
「巫女、こちらへ」
腕を伸ばして巫女を背後に庇い、異質な気配へと身体を向ける。右手にはクナイを握る。
相手は一人か。
周囲の空気が張りつめる。
それを感じるのか、巫女が真鳥の制服の背中あたりをきゅっと掴む。真鳥は大丈夫というように、左手を背中に回してその手に優しく触れる。
犬神は巫女の隣に控え、耳をピンと立てて警戒している。
庭を取り囲む大きな木の枝から、一羽の鳥が飛び立つ。
ふいに殺気を含む気配が消える。
同時に、騒がしい気配が押し寄せてくる。
それは真鳥の良く知る人物のものだった。
「巫女様! こちらでしたか。八束隊長も」
神殿から手を振って駆けてくる者がいた。
「最賀」
真鳥と同じ、第三チームで夜の警護についている部下だ。矢影五位で、年は真鳥より二つ下だ。彩葉のチームに交代してもう半時は経つだろうに、まだ神殿に残っていたようだ。
「どうした?」
「女官長が巫女様をお捜しです。どうやらお勉強の時間を抜け出していらしたようで。私も探すのを手伝っておりました」
ぱっと身を翻し、犬神の後ろに隠れた巫女を肩越しに見やると、ぺろっと舌を出す。
「えへ」
「えへではありません」
「わかりました! ちゃんと戻りますぅ〜」
「信じられませんね、見届けさせていただきます」
「あの、私も行きましょうか」
そんな二人のやり取りに、幾分、引き気味になりながら、最賀が言葉を挟む。
「最賀はもういいよ。任務の時間は終わってるから帰って身体を休めて。また今夜よろしくね」
「はい、わかりました。では巫女様、失礼いたします」
巫女に向かい膝をついて最上級の挨拶をすると、最賀は神殿の奥庭の小道を表門の方へと歩き出す。
その背を見つめながら、真鳥は部下を呼び止めた。
「最賀」
「はい」
「今、誰かと一緒だった?」
振り向いた最賀に問いかける。
「いいえ? 厨房から庭に出たのですが、ずっと私一人でした。何かありましたか?」
「ん、何でもないよ。ごめ〜んね、引き留めて」
「いえ、では失礼します」
最賀の後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた真鳥の袖を、巫女がちょいちょいと引く。
「どうしたの? 真鳥。怖い顔」
「なんでもありませんよ、さあ行きましょう。私まで女官長に怒られてしまいます」
「一緒に怒られようよ」
「嫌です」
「社交辞令くらい言えないの? あなたのためなら〜とかさ〜、いろいろあるでしょ」
「相手が美女なら考えますが」
「ひどい! ねぇ、犬神様。こんな人にくっついてないで、私んとこにおいでよ」
『我は真鳥を放っておけないのだ』
「えー、なんで」
『面白いからだ』
右耳をピクピクと動かして、犬神がしれっと答える。
「あははっ! それ、わかる〜」
神殿の回廊を歩く巫女と犬神のやりとりを軽く聞き流しながら、真鳥は背後に神経を向ける。
先程感じた気は最賀のものだったのだろうか。
真鳥はまだ首筋に残る焼け付くような気を思い出す。
あれは確かに殺気を含んでいた。
彼がニリへの内通者か?
最賀のことは彼が矢杜衆になったばかりの時から知っている。ちょっと調子に乗るところはあるが、任務に対する意気込みはいつも人一倍旺盛だ。
だが、彼の私生活のことをほとんど知らない。真鳥は、違うと言い切るだけの確信が持てなかった。
「なんか嫌な感じだ」
「なんかいった? 真鳥」
巫女が後ろを振り向く。
「恐ろしい気配を感じます。女官長に怒られる覚悟をしておいた方がいいですよ」
真鳥はこれまでになく優しげに微笑むと、前方を指で示す。
「イトゥラル!」
「ひっ!」
回廊の先には鬼の様な形相の女官長が仁王立ちで待ち構えていた。
矢杜衆には階級があります。
杜仙:1位~3位まで
矢影:4位~9位まで(数字が小さい方が上)
長に階級は存在しません。
杜仙は幹部クラスで、部隊長として任務にあたります。
読んでくださってありがとうございました。
次の更新は明日(9/9)です。




