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第4章1話、憂国の彷徨う刀(1)

 ガキッ


 嫌な音がした。


 どこからか折れた刃先が飛んできて、真鳥の足元を掠め、散り始めたばかりの落葉の上を滑る。目の前の敵がほんの一瞬、それに気を取られた隙に、腹に一撃を食らわす。意識を失った男の体をその場に投げ出すと、真鳥はすぐに地を蹴る。


「あぁっ……うわぁっ!」


 刀を折られ体勢を崩したままの部下の男に、今にも敵の刃が振り下ろされようとしている。

 真鳥の身体は空を切り裂くように、大剣を振りかぶる敵の前に滑り込んでいく。


 ギンッ

 ガッ


 二本の長刀が、迫る夕闇の中に火花を散らす。


「お前は奏羽の援護に行け!」

「はっ、はいっ!」


 真鳥の背後で助けられた男が立ち上がり、すぐに気配を消す。

 少し離れた場所で、軽い爆発音があがる。向こうも苦戦しているようだ。


 矢杜衆長の伐瑛至は今回の任務のために、真鳥に二チームを与えた。捕らえるべきターゲットは一人だが、その者が仲間を集め、徒党を組んでいるという情報が入っていたためだ。


 その者は、元・矢杜衆。

 それも手練れの隠の者だという。


 隠の者とは、市井に紛れて活動をする矢杜衆たちのことである。市場の魚屋、酒場の女将、各国を回る商人、神殿に務める女官、普通の家庭の母など、彼らの幅は広い。周囲の者に気づかれることなく、国内外で情報収集や調査などを行っている。


 今回のターゲットは隠の者でありながらも、戦闘力も高いという。

 彼らが根城にするイカル国首都ルーの北東部山中にて、対象が率いる者たちと対峙した真鳥のチームは、全体数を把握できないよう巧に立ち回る敵に完全に分断されていた。


 やはり皆、訓練されている。これほどとは……。


 元・隠の者の実力を、その手下の働きからひしと感じていたが、実際に自分が相対してみて、この男ならばと、その力と才覚を再認識する。


「くっくくく」


 互いに刀を交えたまま、目の前の対象がふいに笑い出す。


「何んで笑うの?」

「命知らずにもほどがある。俺の前に飛び込んでくるとはな。俺を隠の者と知ってるんだろ?」


 男はニヤつきながら、真鳥を正面から見据える。


「元でしょう?」


 真鳥は冷然と男を見返す。

 ギリギリと刃の擦れる不快な音が深い森に響く。


「ただの矢杜衆にしておくのはもったいねえな。お前、俺と組まないか?」

「好みのタイプじゃないので遠慮しま〜す」


 男がいかに才覚に溢れていようとも、所詮は徒党のボス。矢杜衆の精鋭、二チーム八名によって、男の仲間はほとんど始末されたか、立ち上がることができないよう動きを封じられているはずだ。

 残るは奏羽が相手をしていた二人と、目の前のこの男だけ。

 危機的状況に追い込まれてなお、不敵な笑みを漏らし、真鳥を仲間に誘う男の言葉が、真鳥の神経にざらりといやな感触を与える。


 この男が今回の任務のターゲットだ。

 この男にとっては仲間など、時間稼ぎ用の囮でしかないのだろう。

 かつて、凄腕として活躍していたというこの男が、どういう経緯で盗賊などに成り下がったのか。理由など、今の真鳥にはどうでもよかった。

 何人もの矢杜衆がこの男によって命を落としている。中には同じ隊で任務をこなした同期もいた。先を期待された若い矢影もいた。共に戦ってきた大切な仲間を、この男は理由もなく奪ったのだ。


 刀を向けるには、それで十分だ。


 真鳥は刀を捻り、男を突き放す。


「おっと」


 男は楽しそうに笑み、片手で刀を構える。初めて見る構えだ。不自然に見えるけれど、どこにも隙がない。やはり相手は、元とはいえ隠の者。正攻法で攻めても軽く躱されるだけだ。


 やっぱり奏羽たちの準備が整うのを待った方がいいな。


 剣術にも体術にも優れたこの男を捕らえるには、四人同時の攻撃が必須だろうと、事前の打ち合わせで確認していた。そのための作戦も立ててある。

 しかし、彼の仲間は、事前の調査によって想定されたものより、数・質ともに上回っていた。明らかに手練れとわかる訓練された者が、アジトを中心に満遍なく配置され、それぞれが数名の部下を統率している。

 彼らの無駄のない行動によって、真鳥たちの進行は初めのうち、完全に乱されたのだった。


 他にも隠の者が混じっているのだろうか。

 彼一人でただの夜盗だった者たちをここまで鍛え上げられるだろうか。


 真鳥の疑問に答えられるのは、この男だけだろう。隠の者についての情報は無きに等しい。

 彼らがどのような訓練を受け、どのような技術を持ち、どのような任務についているのかはすべて極秘扱いとされ、表で働く一般の矢杜衆たちに知らされる事はない。ターゲットの名前さえ、明らかにされていないという有様だ。


 敵の総戦力が未確定のまま始まった戦闘だったが、昼を超える頃には、少しずつその優位が真鳥たちに移っていった。

 一時的な徒党の群れは、そのリーダ的存在を失えば烏合の衆だ。真鳥たちは、敵チームのリーダを見極め、彼らを先に戦闘不能にすたのだ。


 奏羽たちもあと数分もあればその仕事を終えるだろう。

 だが、あまりここで時間をかけては、仲間を待っていると気づかれる。


 真鳥は、自身の刀を構え、流れるような動きで男へと向かう。

 同時に、三方からホロロと鳥の鳴き声のようなものが聞こえる。


 準備が整った。

 その合図だ。


 キンッと澄んだ音を立てて、刀が弾かれる。真鳥の長刀はしなやかな柳のように受けた力を流し、再び男へと向かう。

 同時に、四方から攻撃が加わる。


「!」


 男の足首に鎖が絡み付く。よろめきながらも右側からの奏羽の攻撃を刀で払い、男は倒れ込む寸前に背後に毒羽を投げつける。

 男の身体が落ち葉の上に倒れ込む。

 転倒の衝撃も覚めやらぬその首筋に、ピリリとした痛みを感じた男は、仰向けになったまますべての動きを止めた。


 真鳥が馬乗りになっている。

 その利き腕は、真鳥の左膝でギリギリと抑えつけられ、自分の刀を手放すしかなかった。真鳥の仲間がすかさずその刀を拾い上げ、男から遠ざける。

 真鳥の右手の刀は男の首の皮膚一枚を切り裂く深さで止まっている。少しでも逃げる素振りを見せれば、容赦なく動脈を切り裂くだろう。

 男の傍らでは、毒羽を受けた部下が藻掻き苦しみながら倒れている。奏羽が介抱にあたり、残り二人が真鳥をカバーするようにそれぞれの武器を携え立っている。


「さすが、八束真鳥だ……」


 男は少しも乱れていない息遣いで、真上にいる真鳥の名を口にした。

第四章、スタートしました。

またよろしくお願いします。

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