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エピローグ

ソムレラの大商人デノ・ハシロが、子どもの人身売買をしていたという衝撃的なニュースが、首都ウルマスを賑わせて一週間後、真鳥たち四人はイカルへの帰途に着いた。

 奏羽の傷は、癒し手による丁寧な治療と温泉の効果で、ほぼ通常通りに動けるようになっている。

 出立の朝、年嵩の癒し手は隊長である真鳥に、再び部下への気遣いについて説いていた。真鳥は変わらず、はい〜はい〜と聞いている。その後ろで、奏羽がくすくすと笑い、帆岳がやれやれとため息をつく。一颯は癒し手の言葉に頷きながら、にこやかに眺めている。


「それじゃ帰ろうか」


 真鳥の言葉に皆が「はい」と声を揃える。


「ところでさ、一颯。ここからイカルまで最短で何日かかるの?」


 真鳥がそう口にしたのは、商館を出てすぐのことだった。


「今までの記録ですと最短で二週間くらいでしょうか。私も同じくらいですね」

「じゃあ十日で帰ろう」


「「「は?」」」


 三人の声がぴたりと重なる。


「何か急ぐ理由があるのですか?」

「ないけど?」

「納得できる理由をご説明願います」


 一颯の声音が一段、低くなる。


「最短記録を塗り替えるのもいいかなって。帰りに任務入らなかったし」

「イカルに帰るまでが任務ですよ」

「普通に帰るだけじゃつまらなくない?」

「つまらないとかの問題ではありません」

「このメンバーならいけそうなのに」

「可能かどうかの問題でもありません。ほんとにあなたという人は。さっき、癒し手の方に言われたことをちゃんと聞いていたのですか? 部下に無理強いしてはいけない、部下が無理しないように気をつけるのも隊長の役目だと言われたばかりてはありませんか。ほんの数分前に」


「あ、お母さんが怒った」


 帆岳がぽそりとこぼす。奏羽の耳にはしっかり届いている。


「お母さんがいてくれてよかったわ」


 奏羽もぽそりと帆岳に返す。


「あ、お前もそう思ってたか」

「先日気づいたばかりだけどね。八束隊長には必須だなって」

「そうそう」

「いやほんと、ここから十日とかあり得ないし」

「あれでも俺たちがいる分、気を使ってる方だと思うぞ。往路の道中で最短距離がどうとか渡会さんと話してたし」


 奏羽の目つきが変わる。

 あれは戦闘準備の目だと、すぐに帆岳は気づく。


 この風向きはやべえ。


 帆岳が身構える。


「隊長と渡会さんの二人ならもっと早く着けるってことね。つまりあたしたちはお荷物ってわけね」

「いやそうじゃなくて」

「言い訳はいいわ! 一週間やってやろうじゃないの」

「はあ? 何言ってんだよ。おまえ、病み上がりじゃないか」

「だからそんなのは言い訳よ。負けられないわ」

「負けるって誰にだよ。おい奏羽!」


 真鳥と一颯の少し後ろを歩いていた奏羽が、真鳥の前に飛び出していく。


「あたしやります! 一週間を突破しましょう」

「え〜? ほんと〜? やっちゃう〜?」

「はい!」

「よし!」


 真鳥と奏羽ががしっと握手を交わしている。


「二人とも待ってください。どうしてさっきより短くてなってるんですか。やりませんよ。それに奏羽は傷が癒えたばかりです。あのルートは危険すぎます」

「あたしは大丈夫です!」

「大丈夫だってさ。だからいいよね」

「何言ってるのかわかりません。人の話はちゃんと聞いてください。あ! ちょっと! 先輩!」


 真鳥と奏羽の二人が姿を消す。

 普通の人からすれば、目の前から忽然と消えたように見えるだろう。しかし一颯と帆岳の目は二人の動きをしっかりと捉えている。


「あ〜あ、街中なのに屋根跳んじゃってますよ〜」


 帆岳が半ば諦めたような口調でのんびりと言う。


「ほんとにあの人は」

「追います〜?」

「いいえ、止めるんです」

「了解っす」


 一颯と帆岳の姿も消え去ったことに気づいたのは、商館入り口から四人を見送っていた癒し手の男、一人だけだった。







「それで? 記録は更新できたの?」


 くすくすと巫女イトゥウラルが笑っている。

 ここはイカルの首都ルー。その中心に位置する神殿の奥、巫女の住まう居住区にある中庭だ。

 すでに真冬のソムレラに比べたら、大陸の南に位置するルーはまだ晩秋だ。大きな木から紅葉した葉が落ちてくる。なぜかまだ緑色のままの芝の上に赤や黄色が美しい紋様を作っている。

 そんな中庭が見渡せるように置かれた卓についているのは二人。

 この国の宗主である巫女イトゥウラルと、この国の守護をする矢杜衆の一人、八束真鳥だ。


 真鳥がソムレラから戻った日、矢杜衆詰め所に巫女からの知らせが届いていた。


 明日の朝、神殿に来るように。


 と、短く書かれていた。

 真鳥の帰還を見計らったようなタイミングに、それを手渡す加内がニヤリと笑っていた。


「おまえの行動は巫女様に筒抜けらしいぞ。巫女様からは報告書以外の面白い話が聞けそうだな」

「特に面白いことは何も」


 しれっと答える真鳥の肩に、加内が手を置く。


「報告書が楽しみだ」


 そう言って矢杜衆長の部屋に戻っていく加内の背中を、真鳥は渋い顔で見送った。ソムレラでしでかしたことが、すでに筒抜けになっているかもしれない。そんな不安を抱えつつ、真鳥は一颯と共に報告書を作成した。もちろん真面目な一颯によって、カシット誘拐の一件は隠すことはできず詳細を記すことになった。マイカと臨也のことだけは、謎の女とその部下と記載した。監査官からはいろいと突っ込まれたが、知らないものは知らないと答えた。渋い顔をした監査官に睨まれながらも報告書を受け取ってもらった。


 そして今朝、神殿に着くや否や、入り口で待ち構えていた女官に、普通の人は入れないはずの神殿奥の巫女様専用の中庭に案内されたのだった。



 女官が淹れてくれた紅茶を優雅に見える仕草で一口飲んでから、真鳥がにこやかに応える。


「なんのお話でしょう」

「とぼけても無駄よ。ウルマスからイカルまで最短更新したんでしょ」

「なぜそれを?」

「あたしは巫女よ。巫女はこの国の民のことなら全部知っているのよ。忘れたの?」

「すべての民のことを知るにはその小さな頭では足りないのでは?」

「何が足りないのか言ってごらんなさいよ。はっきりと」

「いえ、失言でした。お許しを。巫女様」


 真鳥が恭しく右手を胸に添えて頭を垂れる。近くで控えている若い女官が、再会した途端に言い合う二人の姿を、なぜか笑顔でうんうんと頷きながら見ている。


 真鳥がソムレラに旅立ってから一か月と少し、その間の巫女の元気が三割減だったこと。そして「真鳥が三日後にルーに着くわ! 予知したわ!」と嬉しそうにはしゃいでいたこと。帰還日には疲れているだろうから、休みとなる翌日に呼ぼうと手紙を書いていたこと。

 そんな巫女の姿を女官たちは「ほんとうにイトゥウラルは八束さんのことがお気に入りなのね」と温かい目で見守っていたのだった。

 今朝は女官が起こす前から起きていた巫女の姿は大変、微笑ましかった。


 よかったですね、巫女様。


 女官は心の中で心底、安堵する。

 三割減といえど、元気のない巫女のいる神殿はかなり辛気臭かったのだ。

 ただ一人、女官長だけは、大人しく勉強や神事をする巫女を「いつもこうあって欲しいものです」と珍しく褒めていた。


「で? どうだったのよ」

「最短記録を更新しましたよ。十日でした」

「あの距離を十日……四日も早めるなんて」


 真鳥が「ん?」という顔をすると、控えていた女官がすかさず教えてくれる。


「最近の巫女様はソムレラの地図をよくご覧になっておいででした」

「ちょっ、ちょっと! 何、余計なこと言ってんのよ!」


 慌てた巫女が椅子の音を立てて立ち上がる。その頬も耳も赤く染まっている。


「へえ〜。ソムレラに興味があったんですか。巫女様が自発的にお勉強を?」


 真鳥がにやりと笑う。


「別に何もないわよ。ただ勉強していただけよ! 巫女だもの。世界を知るのもあたしの仕事よ!」

「そうですわね。地図だけでなく特産物なども調べていらっしゃいましたものね」


 女官がふふっと笑う。


「もう! 水蓮は余計なことを言わないで! 違うんだからね。別に真鳥がソムレラに行くって聞いたから、ちょっとだけ興味が湧いただけだから。それだけなんだからね!」


 巫女が膨れる。

 巫女付きの女官、水蓮が小さく頭を下げて少し後ろに下がる。


「ではご褒美を差し上げないといけませんね」


 真鳥がひと抱ある箱を取り出し、イトゥウラルの前に置く。

 立ったままのイトゥウラルが目を見開いてハコを見つめている。

 水蓮は「まあ!」と唇に手を当てる。


「これはもしかしてお土産というものなの?」


 なぜか恐る恐る聞いてくるイトゥウラルに、真鳥は箱を押し出しながら笑う。


「なんでそんな疑いの目をしてるんですか。お土産ですよ。ウルマスで買いました。開けてみてください」

「どういう風の吹き回し? なんの魂胆が」

「だからなんで疑うのかな」

「だって真鳥がお土産くれるなんていままでなかったから」

「土産土産って前回、アカギから帰還したとき騒いでいたじゃないですか」

「そうだけど。でもなんで?」

「いらないなら持って帰るけど」


 巫女がガバッと箱を抱える。


「いらないなんて言ってないわ! いるに決まってるじゃない」

「そ。じゃあどうぞ」


 真鳥のなぜか勝ち誇ったような笑みに、イトゥウラルが膨れている。

 この場にいる真鳥だけが気づいていないことを、この場にいる他の者たちはみな知っている。


『お主はもう少し乙女心というものを学んだ方がいいのではないか?』


 犬神を含めて。


「犬神様!」


 イトゥウラルの顔がぱっと笑顔になる。箱を抱えたまま中庭に現れた犬神に走り寄る。


「犬神様の言うとおりだよ〜。真鳥ったらなんにもわかってないんだから〜あたしがどんだけ心配したかとか〜」


 巫女は器用に箱を片手で抱えたまま犬神に抱きついて、モフモフ感を楽しむ。その白い毛に顔を埋めながら、巫女の文句は続く。


「あたしのことを少しでも思い出してくれたとか、そういうのを聴きたかったのに」

『この者にそれを期待するだけ無駄だそ』

「よくわかったわ」


 二人の会話は真鳥まで届かない。水蓮が継ぎ足したお茶を啜っている。


「巫女様、せっかくですからお土産を開けてみられてはいかがですか? 犬神様はこちらをどうぞ」


 水蓮が巫女の座る席のそばに、何かを置く。ミルクの入った平皿のようだ。


『我は犬ではないと何度も言っても伝わらぬのだな』

「見た目が犬なんだからしょうがないよ。採れたてのミルクだから美味しいよ。犬神様」

『せっかくだから頂こう』


 犬神がミルクを舐め始めるのを見届けてから、巫女は机の上に箱をおく。リボンなどないただの紙の箱だ。とても軽い。さっき持ち上げた時、中でがさりと音がした。何か柔らかいものが入っているようだ。


「じゃあ開けます」


 意気込む巫女のそばで、水蓮もワクワク顔で覗き込んでいる。


 巫女が箱の蓋を取ると、白い薄い紙に包まれたものが入っている。それを丁寧に開くと、そこには春の暖かな空があった。

 巫女がそっとそれに触れる。指先がするりと滑る。

 その感触を楽しんでから、そっと空色を手に取る。


「わ〜柔らかい」

「肩掛けですね。巫女様、少し失礼いたしますね」


 水蓮が巫女から受け取った肩掛けを広げる。優しい水色が巫女の目の前に広がる。そしてふわりと巫女を包み込む。


「さらふわで軽いのにあったか〜い!」

「とても美しい色ですわね。巫女様にお似合いですよ」


 水蓮にそう言われて嬉しそうにくるりと回る。

 肩掛けは小さな風を受けてふわりと広がる。


「これってカシミヤじゃない? ソムレラの特産の一つの」

「当たりです。さすがお勉強しただけはありますね」

「えへへ。っていうかものすごく高価だと聞いたけど」

「そんなことは気にしなくていいんですよ」

「でも」


 巫女は空色の肩掛けに顔の半分まで埋めて真鳥を見つめる。

 真鳥は少しだけ考える。巫女の後ろで、水蓮が身振り手振り何かを訴えている。

 真鳥が右手で巫女への敬意を示そうとすると、水蓮は激しく首を振る。

 違うらしい。


『その少女が欲しい言葉をくれてやれ』


 犬神の声が真鳥の頭に響く。他の者には聞こえていないようだ。

 出発前に巫女から貰った祝福の礼だと伝えるのはやめた方がいいことだけはわかった。

 水蓮が自分の口元を指で示す。口の動きだけで伝えてくる。矢杜衆なら唇の動きで言葉を読めると知っているのだろう。


 とてもお似合いです。

 巫女様にお会いできない間、とても寂しく思いました。

 ソムレラで巫女様のことを思い出して、あなたが一番好きな色を選びました。

 気に入っていただけたようで嬉しいです。

 

 真鳥は水蓮に軽く頷いて了承を伝えてから、こう言った。


「よくお似合いです。巫女様。気に入っていただけたようで嬉しいです」


 巫女はパッと顔を明るくし、水蓮はムッとしている。


 言えるか。

 あんなの。


 真鳥はしれっと笑顔を作っており、ミルクを飲み終えた犬神は大きなため息をついた。


『そんなことでは一生、番などできぬぞ』

「必要ないよ」

『ジジイになってから寂しいと思ってももう遅いぞ』

「オマエはオレのお父さんなの?」

『我は神だ』

「じゃあもっと神様らしくしなよ」

『お主こそもっと人間らしくだな……』

「あ、そうだ」


 真鳥と犬神のこそこそ話を見ていた巫女が、ふいに声をあげる。


「あの金髪の綺麗な女の人は誰? 聞こうと思ってたのよ」


 真鳥の動きが止まる。

 金色の巻き毛が、そこにあるかのように見える。

 笑み、艶のある声、赤い唇と、それが触れた感触、引き寄せた体の温度。

 一瞬のうちにあの場所に戻ったかのように、何もかもが鮮明に蘇る。

 マイカという女の存在が、真鳥を包み込む。

 小さく鼓動が跳ねる。


 なんだろうねえ、これは。


 あの時と同じく、自分の反応がよくわからない。

 そんな自分すら隠して、真鳥はいつものへらりとした表情で答える。


「謎の人物なんですよ」

「謎の」

「はい、謎です」

「真鳥の、こっ、恋人、とか」

「違います。通りすがりの謎の女です」

「そうなのね。そっか。通りすがりね。そっか」


 巫女はほっとした様子で椅子の背もたれに体を預ける。


「ところで巫女様」


 真鳥が上体を傾けて、巫女に顔を寄せてくる。水蓮に聴かれぬための配慮だが、巫女は身体を硬くして身構える。


「どうしてそんなことをご存知なのでしょうか。どれだけ覗き見していたのか聞かせていただいても? ご返答によっては女官長にお話せねばなりませんね」


 思わず巫女が後ずさる。が、椅子に座っているので逃げようかない。


「ひっ! や、待って。それだけはやめて〜」

「じゃあ洗いざらい吐いてもらいましょうか。幸いオレは今日は休みなので時間はたっぷりありますから」

「あたしはこれから勉強の時間だから。ね? 水蓮」

「本日の午前中は八束さんとの会見のため予定を空けております。お勉強は午後です。ゆっくりなさって構いませんよ。よろしければ昼食もご一緒にいかがですか?」

「ぜひお願いします」

「ちょっと真鳥、勝手に決めないでよ。あたしの都合も聞きなさいよ」

「オレが聞きたいのはあなたの淑女らしからぬ行動のすべてです」

「淑女らしからぬ行動とは?」


 水蓮の瞳がギラリと光る。


「あ、水蓮、これには訳が」

「巫女様、一体、何をなさったのですか?」

「いや〜別に何も」

「嘘はいけませんね〜。オレの個人情報を覗いていたくせに」

「まあ! 巫女様! お力をそのようなことに使うなんて。神のお力は大切にお使いになってくださいませ」

「突っ込むところそこなの〜?」

「犬神様〜助けて〜」

『我を巻き込むな』

「巫女様!」


 真鳥が笑う。

 巫女はそしらぬ顔をする犬神に助けを求めつつも、そのふかふかの毛に顔を埋めて堪能している。

 水蓮は腰に手を当てて巫女を嗜める。


 ここ、イカルの神の庭は、今日もいつも通りだった。


(第三章完結、第四章に続きます)


第三章、ようやく完結しました。

ここまてお読みいただきありがとうございました。

物語は、第四章へと続きます。

近いうちにアップします。

よろしくお願いします。

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