奏羽の変化
ヴァレキャラバンが、商会の本拠地であるソムレラの首都ウルマスに着いたのは日が暮れた後だった。
本格的に降り始めた雪に、その日は荷下ろしができず、翌朝に作業をすることになった。商館の中庭の荷馬車置き場には、ヴァレ商会の者たちが交代で警護につくことになり、真鳥は一颯と帆岳に彼らの警護を命じた。
真鳥は外套に包まれた奏羽を抱き上げる。イカルの商館で手当をしてもらうためだ。
奏羽が小さく悲鳴をあげる。
「あ、あの! 自分で歩けますから」
「癒し手に診てもらうまではダメだ〜よ。ちょっとだけ我慢してね」
奏羽が慌てて真鳥の腕から降りようともがく。
「大人しくしててね〜。落ちちゃうよ」
嫌いなやつに抱えられて、なんて嫌だろうけど。
真鳥はその言葉は飲み込んで、軽く跳躍し立ち並ぶ商館の屋根に乗る。急な動作に驚いた奏羽が真鳥の外套にしがみつく。
「最短距離で向かうよ」
その宣言の通り、数分後に二人はイカルの商館の中庭に降り立っていた。商館の役割も持っているが、矢杜衆詰め所でもある。
「これは少し時間がかかりそうですね。三日はここで療養してもらいます。もっと早くに連れてきていただければ……リーダーのあなたが気遣うべきでしょう……部下を大事にできないなんてリーダー失格ですよ。あなたはリーダーの責任というものを……」
ソムレラ在住の癒し手は年嵩の男性だった。商館の主人という肩書きだ。奏羽の傷の具合を診ながら、仕切りの向こう側で待つ真鳥への小言が止まらない。
真鳥はと言えば、はあすいません〜、はいそうですね、おっしゃる通りです〜、など言っている。きっとヘコヘコと頭を下げているのだろう。
その姿は、戦いの場の真鳥と同一人物にはとても思えない。
イカルを発つ前の奏羽の知る真鳥はこの姿だ。
確かにこれだけ見たら、隊長として頼りなさしか感じない。
けれど今の奏羽は、真鳥が見た目だけの人ではないことを知っている。
誰よりも仲間のことを大切にしている。
言われっぱなしで、言い訳さえしない真鳥に、奏羽は小さな苛立ちを覚える。
「八束さんはちゃんと隊長としての役割を果たしています」
「どうせ戦いに特化しているのでしょう。それだけではだめなんですよ。杜仙を授かるということは……」
あ、失敗した。
ごめんなさい、八束さん。
真鳥が見た目だけの人ではないということを癒やし手に説明したかったのに、さらなる小言が増えて真鳥に申し訳ない気持ちになる。
あたしって言葉が足りないのかも。
言葉よりも先に体が動いちゃうし。
その時、ふいに気づく。
真鳥もまた言葉が足りないだけなのだと。そしてその分を行動で示す人なのだと。
あたしが言うのもなんだけど、不器用な人なんだな。
普段のあれは、面倒ごとに巻き込まれないように、適当に流すためかもしれない。さすがにソムレラまで噂は流れていないが、イカルでは八束真鳥は時の人だ。奏羽が耳にしただけでも、異国人が犬神の力を得てイカルを乗っ取る、など、ひどい噂ばかりである。
そういう自分もそれを半ば信じてしまっていた。
それというのも、この人が反論しないからよ。ちゃんと言わなきゃ伝わらないのに。よくこれで杜仙なんてやってられるわね。
そんなことを考えているうちに、奏羽の治療が終わる。今日から三日間は絶対安静ということで、イカルの者が訪れた時に宿泊できる部屋に運んでもらう。運び手はもちろん真鳥がかってでる。
癒し手の部下の若い女性が案内する後を歩きながら、ふたたび真鳥に横抱きにされて運ばれる。
「少し良くなったみたいだね。よかった」
「わかるんですか?」
「うん。呼吸が楽になってる。治療で痛みが引いたんだね。だいぶ無理してたでしょ。カシットにこれ以上、責任を感じさせないように」
「そんなんじゃないですよ」
奏羽の声が小さくなる。
「奏羽はいい矢杜衆になるよ」
「あなたの命令に背き、勝手に単独行動して、自分の力量も測れず怪我をした大馬鹿者ですよ」
「カシットやマウリさんの気持ちを一番に考えてのことでしょ。誰かのために動けるのは悪いことじゃないよ」
「でも」
「でもね」
奏羽の言葉を真鳥があえて遮る。
「そんなときは誰かに相談してね。一人じゃできないことも、みんなで考えれば手はあると思うのよ。まあオレには言いにくいだろうから。帆岳でもいいし。あ、一颯はおすすめだよ。優しいからね。イカルに戻って、他のチームに入った時もね、ちゃんと頼ってね」
「これからはあなたに相談します!」
奏羽は間近にある真鳥の目をしっかり見て宣言する。
「え、オレ? なんで? 無理しなくても」
「八束さんがいいんてす」
奏羽が真鳥の服をぎゅっと掴む。
真鳥には、奏羽の心境の変化が伝わっていないようで、少し首を傾げている。
「奏羽がそうしたいなら。いつでもどうぞ」
そう言って、真鳥は微笑んだ。
至近距離でその美しい笑みを見せつけられた奏羽はさすがに顔が火照るのを感じ、ばっと目を逸らす。
それでも真鳥への返事は忘れない。
「はい。そう言うわけなんでこれからもよろしくお願いします」
「りょ〜かい」
またこんな優しげな微笑みをばら撒いて。
この人、絶対、自覚ないよね。
自分の容姿にどれだけ破壊力があるか絶対にわかってない。
奏羽は、真鳥を遠目に見る女子が多いことを知っている。目の保養とか言われている。
その頃の奏羽は、彼の綺麗な顔を見ても、胡散臭い以外の感情は生まれなかった。女友達がなぜあれほど騒ぐのか、わからなかった。
「奏羽は人生の半分を損してるよ」
などと言われた。
これまであまり異性に興味を持てなかったし、誰かとお付き合いするなどきっとこれからもないだろうと思っている。バディの帆岳には幼馴染の彼女がいるが、それを羨ましいと思ったこともない。実家から見合いの話が来ることもあるが、全く興味がなく、いつも断っている。
矢杜衆の戦士として生きて死ぬ。それでいいと思っている。
そんな奏羽でさえ、至近距離の八束真鳥の微笑みには圧倒される。
幸い、奏羽の好みのタイプではないので、この微笑みで恋に落ちることはないが。
こんな姿を友人に見られたらなんて言われるか。
黄色い悲鳴が上がるかも。
いや、あたしが恨まれるか。
そんな様子が目に見える。
そして、真鳥にこんなにも気遣ってもらっていることを嬉しく、そして誇らしく思う。
独りで飛び出した時、この人は追ってきてくれた。もうだめだと思った時、助けてくれた。
そして、後から帆岳に教えてくれた。
この人はあの夜、独りでカシットを助けに行こうとしていたのだと。
カシットを案じ、マウリさんの気持ちを汲める人。そしてそれを行動にできる人。
この人を信頼する理由はそれだけで十分だ。
きっとこの人は、こんな私の変化に気づいてさえいないのだろうけど。
それは興味がないからではなく、きっと深く人と関わってこなかったのが原因だろう、間合いがわからないんじゃないかと、これも帆岳が言っていた。ほんと、あいつは人をよく見ている。
いつ真鳥が気づくのか、帆岳と賭けをしながらイカルに帰還するのもおもしろいかも。
「なに笑ってんの〜?」
独り部屋の寝台に下ろしながら、真鳥が言う。
「いえなんでも。ありがとうございました」
「うん。オレたちは今夜はマウリさんのとこで警備するから、なにかあったら連絡して。イヤホン、届くと思うし」
「はい。承知しました」
「明日、また来るね。大人しくしててね」
「子どもじゃないですよ」
「ねえ、この人、夜に独りで抜け出したりするから気をつけてね」
と、癒し手の部下の女性に頼んでいる。
「もう抜け出したりしませんから!」
「抜け出さなかったらご褒美あげるよ」
「どうして抜け出す前提なんですか」
「マウリさんが少し離れたところに温泉があるって教えてくれたんだ」
「えっ! 温泉ですか!」
思わず飛びついてしまう。
奏羽の実家はイカルの山間部にある。そのあたりは温泉地でもあり、実家の風呂は源泉掛け流し、毎日、入りたい放題だった。
矢杜衆となって実家を出てからは、大好きな温泉にあまり入る機会がなかった奏羽には、最高のご褒美だ。
「安静期間が終わってお許しが出たら、みんなで行くよ」
「はい!」
自分でも笑ってしまうほど、気持ちの良い返事が出た。女性もくすりと笑っている。
「ソムレラの温泉は湯治にも利用されますから、東木さんの体調回復にもいいですよ」
「楽しみです」
「では後はお任せください。着替えの準備もありますから」
女性は丁寧に真鳥に頭を下げる。奏羽が休むために着替えるので出ていけと言っている。
「それじゃあよく休んでね」
「隊長も無理しないでくださいね。ちゃんと休憩もしてくださいね」
「オレは大丈夫よ」
「帆岳に聞きましたよ。道中、食事とか適当だったって」
真鳥が黙り込む。
その時だ。
真鳥と奏羽がつけているイヤホンに一颯から連絡が入る。
『先輩、まだ詰め所ですか? 奏羽は大丈夫でしたか? そろそろ夜食の時間です。交代で摂りますから帰ってきてください』
「りょ〜かい。奏羽は三日間はこっちで安静。これから帰るね。それじゃ奏羽、またね」
「はい。お気をつけて」
手をひらひらと振りながら扉を開けて出ていく真鳥の後ろ姿を見送る。
「なるほど。渡会さんがいるから大丈夫か」
奏羽の独り言に、寝衣の用意をしていた女性が小さく首を傾げた。
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次話は今週中(1/28まで)にアップ予定です。
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