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休息

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「ありがとう。だいぶ良くなったのよ。馬車を降りて歩いても大丈夫なくらい」

「まだダメだよ。ラハテラのお医者さんも言ってたし。傷が治るまでラハテラの僕の家にいてね。お父さんもそうしなさいって」

「ありがとう、カシット」


 奏羽は、同じ馬車に乗るカシットに笑顔を向け、その頭をそっと撫でる。


 キャラバンは予定通りの日程でラハテラを経ち、いくつかの街に寄りながら、取引のある薬屋やヴァレ商会の店にイカルの薬を届けた。一行は今、最終目的地であり、ヴァレ商会の本店のある首都ウルマスへと向かっている。

 大腿部を矢がえぐり、さらに肩を射貫かれた奏羽は、医者からまだ動くなと言われている。普通の医師では、化膿しないように清め、傷口を縫い、止血剤を塗るくらいしかできない。ここがイカルであれば、癒やし手という特別な力を持った者たちの能力により治癒が可能だ。奏羽の傷であれば、すぐの戦闘は無理でも動ける程度には治るだろう。

 また外科的治療もイカルの癒やし手たちの技術は他国より何段階も進んでいる。戦いの多い矢杜衆にとって、必須の技術だからだ。

 しかしソムレラには、首都ウルマスにしか癒や手は滞在していない。イカルの商館を装っているので、他国の者には言えない。

 ウルマスでの任務完了後に、奏羽はイカルの商館を装う矢杜衆詰め所で癒やし手の治療を受け、数日様子をみた後に、帰還の途につくことになっている。

 ウルマスまではカシットと同じ馬車に乗るようにと、真鳥から指示が出た。


 まもなくウルマスに着く。

 奏羽は、弟と同じ年代のカシットと離れがたい気持ちが日に日に高まるのを感じている。


 この旅で、カシットは大きく成長した。

 奏羽が初めてカシットに会ったのは、イカルの首都ルーだ。キャラバンの出発時に合わせて矢杜衆四人が集合し、商会の主人であるマウリに挨拶をした時に紹介された。

 元気が有り余っていて、好奇心旺盛の、子どもらしい子どもだった。

 家族と離れて暮らしている奏羽は、活発な弟によく似たカシットに庇護欲を掻き立てられた。

 決して安全とは言えない旅で、この子も、キャラバンも、その貴重な荷も、必ず守り通すと心に決めた。

 そして、あの日。

 カシットが消えた日、自分の失態を悔やみきれず、奏羽は命令に逆らってカシットを追った。その結果、大きな怪我を負い、嫌悪していたリーダーに助けてもらうというさらなる失態を重ねた。

 真鳥に助けられ、キャラバンに戻ってからというもの、カシットが攫われ、命の危険に晒されたのは、自分の不注意だと奏羽は後悔し続けている。

 ウルマスの店で再会したカシットは、寝台に座って出迎えた奏羽を、泣き腫らした目を大きく見開いて見つめたまましばし固まっていた。寝衣から覗く包帯に目をやり、息を止めた。

 奏羽が声をかけようとした時、がばりと頭を下げた。

 いつもなら奏羽を見つければ無邪気に飛びついていたのに、奏羽から距離を取り、謝罪の言葉を告げたのだ。

 自分が勝手に外に出たこと、そのせいで奏羽に大怪我をさせたこと、真鳥たちに助け出してもらったこと、そして、


「心配させてごめんなさい。迷惑をかけてごめんなさい。もう二度とこんな間違いはしないと誓います」


 顔を上げたカシットは、奏羽の目を見てそう言い切った。

 唇をきつく結び、その瞳は強い意志を宿していた。

 自分の負うべき責任を自覚し、それを全うしようという強い気持ちが表れていた。

 小さな子どもでしかなかったカシットが、一つ大人になったと感じた瞬間だった。

 それは、奏羽の心もを動かした。

 奏羽は手を差し出して、カシットを近くへと招いた。そして姿勢を正しカシットを見つめた。


「カシットが勝手に商館を出たように、私も勝手に飛び出しました。自分だけでもカシットを探しに行かなければと思った。リーダーの命令を無視して。その結果、この怪我をしました。カシットのせいではありません。これは私の責任です。何の策も立てず、ただ思いだけで突っ走った。盗賊団と戦って怪我をしたらとか、殺されたらとか、その後、護衛すべきキャラバンがどうなるか。全体が見えていなかった。最初からカシットを助けに行くことを前提としていた八束さんの考えも知らなかった。知ろうともしなかった。私は、キャラバン護衛任務を放棄し危険な状態にするという無責任な行動をした。だから、私も申し訳ありませんでした」


 カシットをキャラバンのメンバーとして、奏羽は深く頭を下げる。


 カシットは、初めて見る奏羽の畏まった態度に驚いた。頭を下げたままの奏羽を見下ろしながら、奏羽の言葉を考えた。

 そして自分のしたことと照らし合わせ、理解した。

 誰もが何か責任というものを負っていること。自分の役目があり、その役目をやり通すことで、キャラバンは大切な薬を国に届け、民を助けることができる。そしてそれは、キャラバンの役目だけではなく、いろんな役目でと同じなのだろうと。

 カシットは自分の役目について考えた。ソムレラからイカルへ向けて旅立つ前の父親の言葉を思い出す。

 父はこう言った。


「この旅はおまえにとって初めてのことばかりだろう。その時々で感じたことを覚えておきなさい。それはこの先のおまえの力になってくれるはずだからね」


 正直、その時の父親の言葉をカシットはほとんど理解していなかった。初めて国外への長旅を許されて、ただただ興奮していた。ワクワクしていた。それだけだった。

 けれど今は父の言葉が別のもののように思われた。父の言葉が自分の中にぴたりとはまって強くくっついている、そんな感じだ。

 頭を下げたままの奏羽のそばに跪くと、奏羽の手に自分の手を添えて、カシットは言った。


「お姉ちゃんも僕も同じだね。自分のやったことが間違いだったって気づいた。それから胸の辺りがぎゅーってしているのを感じてる。この今の気持ちに名前があるのかわからないけど、これを忘れちゃいけないんだって思う」


 次は奏羽が目を見張る番だった。

 無邪気で元気な少年が、ひとまわり大きく見えた。

 奏羽はカシットの手を優しく握る。


「私も絶対に今の気持ちを忘れないわ。次に同じことがあったとき、正しく行動できるようにするために。もちろんカシットの誘拐なんてもうさせないけれどね」

「じゃあ約束しよう」

「約束?」

「お姉ちゃんと僕、どっちがたくさんの気持ちを覚えられるか。たくさん覚えて忘れなければ、いいことがある、そうなんでしょ?」

「そうね。うん、競争しましょう」


 奏羽がカシットの鼻の頭に触れる。カシットも同じように奏羽の鼻の頭にちょんと触れる。


「「約束ま〜もるっ!」」


 二人の声が揃う。

 ソムレラ式の子どもの約束の所作だ。

 それから二人は、食事の時間だと呼ばれるまで、話し続けた。

 まるで本当の姉弟のように、絆が深まるのを感じた。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

「あ〜ごめん。もうすぐカシットともおわかれだと思うと寂しくなっちゃって。カシットはこの旅が終わったら何をするの?」

「来月から学校が始まるんだ。ソムレラでは冬の間に学校に行くの。寄宿舎があってそこに住むんだよ。僕はこんどから二年生になるよ」

「そっか。それは楽しみだね」

「友達にもまた会えるの嬉しい。あ、でも奏羽お姉ちゃんと離れるのは嫌かな。もうずっとこっちに住めばいいのに」

「可愛い! ありがと! 私もカシットと一緒にソムレラにいたい!」


 奏羽がカシットをぎゅうと抱きしめる。


「それダメなやつだろ。矢杜衆抜ける気か。俺はお前の追っ手なんかやだからな」


 馬車の外からぽそりと声が聞こえてくる。

 帆岳だ。


「わかってるっての!」

「へいへい」

「あたしがそんな無責任なことするわけないでしょ」

「どの口が言うかね」

「聞こえてるわよ、帆岳。あたしはもう間違えないわ。ね〜カシット!」

「うん、お姉ちゃん」

「あたしは矢杜衆だからここに残れないけど、ソムレラに来る時な必ず顔を見に行くからね」

「うん、僕は手紙を書くよ」

「「約束ま〜もるっ!」」

「仲が良くて何よりです」


 冬の初めにしては、今日は穏やかな天気だ。太陽が出ていて、暖かい。

 盗賊の気配はなく、他にもウルマスへと向かうキャラバンがいくつか列を連ねる。

 長閑な野の風景だ。


 ちょっと休憩って感じの日だな。


 帆岳が大きく伸びをする。背中にくくりつけてある大槍が陽光を弾く。


『気を抜かないように』


 どこから見ているのか、一颯からの注意がイヤホンに届く。


『いいじゃない。ちょっとくらい。天気がいいと気持ちも和らぐよね〜』

『先輩は気を抜きすぎです。リーダーならシャキッとしてください』

『休息も必要よ』

『さっき昼休憩とったばかりですよね。あなた、昼寝してましたよね』

『あ〜バレてた? でも適度な昼寝は午後の仕事の効率を下げないのよ?』

『それどこの情報ですか。根拠はあるんですか』

『前に癒し手の怖いおばさんから聞いた〜』

『癒し手ですか』

『そうそう。確かな情報でしょ? 信じちゃうよね。一颯もやってみなよ』

『わかりました。そのうち試します』

『そのうちじゃなくてさ〜今でもいいよ〜』

『任務中です』

『せっかくお昼寝日和なのに〜』

『先行して見回ってきます』

『一颯〜』


「こっちも仲が良くて何よりです」


 帆岳の呟きは、一颯たちには聞こえなかった。

お待たせしました、

あと少し、続きます。

よろしくお願いします。

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