策略
前話(72部)の大幅修正に合わせて、こちらも修正しました。
お待たせして申し訳ありませんでした。
↓
(2024/1/6)さらに修正しました。
真鳥が新入した西側あたりは、厨房や洗濯室などがあることから、館の使用人たちが多く行き交う場所であることを予備知識として知っていた。
小部屋や倉庫が多く、造りが入り組んでいる。床は石畳で、壁は石灰に水と小石をまぜたものを固めたものが塗られている。全体的に色彩に乏しく暗い。その暗がりを大いに利用し、せわしなく行き交う使用人たちを巧みに避けつつ、真鳥は地下室への入り口を探す。
ふいにそばにある扉が開く気配に、廊下に積まれた木箱の影に身を隠す。出てきたのは一人の女だ。
女は真鳥が身を潜める方向へと近づいて来る。
真鳥は気配を消す。
女の衣装が見える。
美しい夜明けの空のような薄紫色のドレスの裾が床の上を滑る。金の長い巻き毛がその背で揺れる。自ら発光しているかのように、そこだけ色鮮やかに明るさを増している。
やっぱり来てたね〜。
あのヒト。
嫌な予感しかしないけど。
どこまで介入していいのかわかんないんだよね〜。
真鳥が予想した通りの人物がここにいる。
マイカだ。
キャラバンでの打ち合わせの後、真鳥たちが出発するとき、マイカの姿が消えていたことに気づいていた。臨也は他の部下たちとともにキャラバンの警護につくために残っていたが、マイカと数名の部下の姿はどこにもいなかった。
ヌーガに向かっているのだろうとは思っていたが、堂々と敵地の中にいる。
あの衣装から推測するに、今日の宴に参加するのだろう。
下働きの者たちの領域から姿を現したのは、正面玄関から入るのは、さすがにあのマイカでも無理だったのだろうか。
真鳥はマイカの去った方へと向かう。
宴は一階の大広間で行われている。正面玄関の右手、館の東側だ。
真鳥は、大広間から出てきた一人の男性とマイカが連れだって真紅の絨毯が敷かれた螺旋階段を上っていく。色素のぬけた白髪に、その瞳は翡翠の色であることを確認する。
あいつが、デノ・ハシロね。
予め、マイカから人相を聞いていたのですぐにわかった。
ハシロ商会の主人であり、この私邸の主であり、カシットを攫った張本人であり、ヴァレ商会の商売敵だ。
人身売買、それも子どもばかりを商品にしている時点で、ヴァレ商会と対等の関係であるはずもない。かつてはソムレラで競い合っていたであろうその地位は、とうに地に落ちている。
そんな男とマイカが一緒にいるのを見て、不穏を感じないわけがない。
真鳥が後を追おうとしたとき、誰かが正面玄関を騒々しく叩く。
対応に出た館の使用人と、突然現れた予期しない訪問者が揉め始める。
憲兵隊だ。
真鳥が予測したよりもずっと早い到着である。
中を改めたいと申し出る憲兵隊に対し、使用人が今夜は特別な宴があり、高貴な客が来ているため困ると拒否し、押し問答が始まる。
憲兵隊が中に入って来るまでには、子どもたちを見つけ安全な場所へ連れ出しておかなければならない。自分たちがマウリから受けたカシット救出は極秘裏に行うことになっている。矢杜衆が正式に依頼されていない行動を他国で取るのは問題になるためだ。
アカギ国で憲兵隊に捕まったことを思い出す。矢杜衆ナンバーツー加内永穂からの審問は真鳥の記憶に新しい。二度と受けたくない。
正面玄関には騒ぎを聞きつけたこの館の用心棒たちが集まって来ている。憲兵隊より屈強そうな男たちだ。
彼らに少しの間だけ時間を稼いでもらおう、そう考えていたとき、ジジっというノイズとともに無線機のイヤホンから一颯の声が聞こえる。
『地下室に十二名、発見しました。他にはもういないと思われます』
「了解。憲兵隊が到着した。玄関で揉めてる。あとマイカを見つけた。ハシロと一緒だ。時間がないのはわかっているけど気になるので少し調べたいんだけどいい?」
『了解しました。子どもたちを外に出した後で戻ります』
ジっ。
軽いノイズとともに一颯との通信は終わる。
子どもたち全員が見つかったことは朗報だ。一颯が屋敷の外に連れ出せば、あとはこの国の憲兵隊がなんとかしてくれる。手が出るほど欲しかった、ハシロを摘発する証拠だ。
後はマイカだけだ〜ね。
憲兵隊が押し寄せてくるまでの時間はわずかだ。
真鳥はマイカとハシロの後を追う。
マイカが現れたときから、ずっと気になっていた。
彼女の申し出は尤もだった。でもそこに彼女の本当の目的があるとは、素直に思えなかった。
ヴァレキャラバンの行程と状況を詳細まで調べ尽くし、まさにここぞというタイミングで登場し、矢杜衆を助けた上で、さらに子どもを助けるための助力を申し出る。
そこには計算された何かがある。
どこまでが表でどこからが裏なのかわからない。
そこに彼女の真の目的が巧妙に隠されている。
そしてそれは黙って見過ごしていいものでもないと、真鳥の直感が訴え続けている。
相当の修羅場をくぐり抜けた戦士にも劣らない判断力と行動力を持ち、あの美貌を武器に、彼女は何のために戦っているのか。
あるいは、誰の命なのか?
真鳥の中でマイカという人間への興味が募っていく。
八束真鳥という人間は、他人に興味を持たない。
秀麗と評されるその容姿と、一見人当たりのよさそうな雰囲気故に、周囲の女性たちから興味を持たれることは多い。また、任務ではそつなくリーダーを務め、その実力も飛び抜けているため、部下たちから憧れの存在とされることもある。
しかし他人に興味がない真鳥は、特定の誰かと仲良くなって、任務以外で共に時間を過ごすことはない。
それは、犬神の御技によって、すべての者から真鳥の記憶が消される以前から変わらない。
家族も無く、親しい友人もいないことに慣れてしまっており、新しい関係を築く必要性を感じないのだ。
親しくなっても相手が矢杜衆であれば、父やそのバディのように、ある日突然いなくなってしまう。幼い頃からのそうした経験が、人との関わりを抑制している。
どうせ、またいなくなるんでしょ。
大切なものが無ければ、無くす心配もないし。
だったら最初から独りが楽だよね。
付き合いたいと告白してくる女性に、命に替えても貴方を護るからとバディを申し込んで来る相手に、真鳥はそんな言葉を投げかけていた。そして、作り笑顔を向けて笑いかければ、それだけで相手は逃げるように真鳥の前から消えるか、悪態をついて走り去っていくかだった。
渡会一颯に出会うまでは。
彼だけが、バディを組む前から他の誰とも違っていた。
バディを組むことを最初は拒否していた真鳥だったが、一颯の言葉に、そして言葉を違えず実行しようとする彼の行動に、それまでの考えを変えた。
『どんな状況でも、一緒に生き抜くことを考える、それがバディだと思います。僕は、あなたと共に生きることを誓います』
一颯は今でもその言葉の通りに行動してくれる。
そんなバディに巡り会えたことで、真鳥は変わりつつあった。
一颯とともに、任務外で食事をしたり酒を飲んだりするようになった。何度も同じ任務に就く仲間たちの名前を覚えるようになった。そんな彼らと詰め所で顔を合わせれば、挨拶をするようになった。たまには大勢の飲み会に顔を出すようになった。告白してくる女性たちに「ごめんね」と言えるようになった。
そんな風に変わった真鳥だからこそ、敵国ニリとの戦いで一颯を失いかけたとき、迷いなく自分の記憶を差し出し、犬神の御技で彼の命を繋げることができた。逆の立場だったら、一颯も同じようにするだろうとわかっていたからだ。
あの時、一颯を失っていたら、真鳥はまた以前のように、独りで生きることを選んだだろう。
一颯と共に任務に就きながら、真鳥はまた変わりつつある。そんな自分に気づいている。
単独で飛び出した部下を追って、助けた。
本来の任務であるキャラバンの警護を抜けてでも、攫われた子どもを助けようとしている。
以前の真鳥なら、絶対にしなかっただろう。その結果、部下と、警護対象の一人を失おうとも。
そして今、真鳥はマイカに興味を持った。
矢杜衆である自分が背後を取られたその出会いから、衝撃だった。
その身体を武器に男を誑かしているというのに、どこかに高貴さも併せ持っている。誰にも穢すことができない輝きを持っている。そして巧みに周囲の者を動かし、目的を達すれば煙のごとくに消え失せる。
女性としてとても魅力的だけど。
と、真鳥はマイカの艶やかな後ろ姿に思う。
真鳥とて年頃の青年だ。異性を意識することくらいあるし、女性経験だってある。その中でも、マイカは特別に思える。
なんか目が離せないんだよね〜。
あのヒトがいるだけで、裏で何かが動いている気がするし。
存在がもう不穏というか。
臨也と連んでる時点でイカルにも火の粉がかかりそうだし。
マイカへの興味は恋愛感情ではないが、これまで誰とも深い付き合いをしてこなかった真鳥にとっては特別な相手だった。
というわけで、何が起こってるのか確かめさせてもらうよ〜。
真鳥が使用人用の階段を上ると、二階の西側にある客室の扉が静かに閉まるところだった。
美しい色のドレスの裾が真鳥を誘うようにするりと消えた。
こんばんは。
今日の更新が遅くなりごめんなさい。
今日もお読みいただきありがとうございます。
次話は明日(1/4)更新予定です。
よろしくお願いします。




