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救出

(2023/12/27) 第72部、大幅に書き換えました。

(2024/1/3)この次の第73部分の書き換えも完了しました。


「カシット! ちゃんと結んでる? きつくよ」

「やってるよ。でもほんとにここから降りるの? この切れ端で」

「でもじゃないでしょ! 今、逃げないとあたしたち売られちゃうんだから!」


 金髪に近い薄茶の長い髪を二つに結い、水色の綺麗なドレスを着た少女が、カシットを振り返って小声で怒鳴る。カシットよりも二つか三つ年上に見える。


 ここはデノ・ハシロの私邸の二階、東側にある客間の一つである。

 大きなベッドはシーツが引き剥がされ、その周囲には枕やクッションが散らばっている。

 窓が開かれており、バルコニーの端に小さな影が三つ、固まっている。

 外は夕闇が迫っており、室内の照明も落とされているため、彼らが何をやっているのか、外からは見えないようだ。

 先ほども見回りの男たちがバルコニーの下を通ったが、三人は口を閉じてやり過ごした。


「アイラちゃん、やめようよ。危ないよ。ここ二階だし」

「レットまで何を弱気になってるのよ。わかってないでしょ。売られた先であたしたちがどんな目に遭うのか」

「わかって……るよ」


 レットと呼ばれた金髪の少年が語尾を振るわす。この三人の中で、一番、体が小さい。カシットより三、四歳は幼いだろう。アイラが一番年上で、次にカシット、最後にレットという順番だ。


「わかってないから言ってるのよ!」


 アイラは手に掴んでいるシーツの切れ端をぎゅうと握りしめる。

 すでに十三歳のアイラには、自分が置かれている状況が嫌というほど理解できていた。




 数日前、近隣の街に済む親戚宅を家族と訪れたその帰り道、馬車が襲撃に遭い、一人娘のアイラだけが連れ去られた。そして昨日、この館に到着した。アイラが乗せられていた荷馬車には他にも子供が三人いたが、この部屋に連れてこられたのはアイラだけだった。「そいつらは地下へ連れて行け」という男たちの声を聞いた。他のみんなは地下に閉じ込められているのだろう。

 アイラが部屋に入れられたとき、そこにはすでにレットとカシットという二人の少年がいた。金髪を持つ二人は、大きなベッドの上で手を握り合って小さくなっていた。

 アイラは一目見て、すべてを察した。

 この三人は、この国の貴族階級が持つ金髪碧眼に近い容姿だったからだ。

 そういう容姿の少年少女は高く売れるのだと、聞いたことがあった。売られた後のことも知っている。好事家たちの玩具にされるか、奴隷にされるのだと。そして飽きられたらゴミのように捨てられる。


「あたしたち、売られるの。その後の命の保証なんてないわよ」


 何度もそう告げては逃げようと説得した。けれど、二人ともアイラに耳を貸そうとしなかった。泣き続けるレットをカシットがひたすらなだめているだけで、やがて疲れて寝てしまった。

 今日の午後に、侍女たちがやってきて、三人を風呂に入れた。部屋に戻ると、男たちが三人分の服を用意して待っていた。宴や誕生会などで着るような華やかで綺麗な服だ。


「夜までに着替えておけ。そしたらお楽しみの時間だ。せいぜいいいご主人に買って貰えるように精一杯、身なりを整えておくんだな。見栄えがよければいい思いをさせてもらえるかもしれねえぜ」


 男はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべてそう言った。

 男の言葉で、カシットとレットがようやく状況を理解したらしい。男が再びドアを施錠した後、レットがアイラの袖をぎゅっと掴んだ。


「アイラちゃんどうしよう。僕たち売られちゃう」


 レットが再び涙声になっている。

 アイラはため息をつく。


「だから昨日から何度もそう言ってるじゃない」

「レットはまだ小さいんだからしょうがないよ。でもアイラは逃げるって言ってるけど、どうやって逃げるつもり? ドアには鍵がかかっているし、ここ二階だよ」


 カシットがそう言えば、アイラは胸を張って二人が座り込んでいるベッドを指さす。


「シーツを裂いて紐にしましょう。あたしたちくらいの重さなら、それを伝って下に降りられるわ」


 カシットとレットがお互いの顔を見合わせて小さく頷くと、アイラが指示を出し始めた。まずは言われた通りに服を着替えてから、ベッドからシーツを引き剥がす。燭台の尖った部分を利用して、アイラが器用にシーツを裂いていった。





 そうしてできたいくつもの紐を三本寄り合わせながら、一本の太めの紐を作り、ようやくできた紐を、今、バルコニーの柵に結びつけているところだ。

 すでに陽が沈んでから久しく、一階の窓からは煌々と灯りが零れている。楽団の演奏や、人々の喧噪が二階のバルコニーにも聞こえてくる。宴が始まったようだ。

 レットはカシットの側にへばりついている。

 アイラは周囲を見回しながら、カシットが縛った紐を引っ張り、緩まないか確かめている。

 紐の端を握り閉めたアイラの手が小さく震えていることに、カシットもレットも気づいていない。


「あたしが先にいく。次がレット、最後がカシット。いい?」

「僕ひとりで降りられないよ」

「できなきゃ死ぬだけ。死にたくないならやりなさい」


 レットの弱音にアイラがきつい言葉を放つ。

 その通りだと思いながらも、カシットが二人の間に入る。


「アイラ待って。レットはまだ小さいから僕が背負って降りるよ」

「二人も支えられるの?」

「大丈夫。イカルからここまで、矢杜衆のお兄ちゃんたちと特訓してたんだ」

「何それ」

「矢杜衆ってすごいんだよ。自分の背の高さよりも高いところにぴょんと飛び乗ったり、すごい早さで走ったりできるんだ。僕もそんなことができたら、自分で商隊を護れるって思ったんだ。だから矢杜衆になりたいって思って教えてもらってた。今もきっと僕を探してくれてるよ」


 この状況に似つかわしくないくらい、カシットの目がキラキラしている。それほど矢杜衆を信じ、憧れているのだろう。アイラもイカル国の矢杜衆は知っている。数年前、他国に行く時に護衛してもらったこともある。確かに、彼らはすごい。子供心に自分も憧れを持ったものだ。

 レットもカシットの話しを目を見開いて聞いている。

 アイラはそんなカシットたちに小さく息を吐く。


「誰もがそんな簡単に矢杜衆になれたら、今、あたしたちはこんな目に遭ってないわ」


 その声はとても小さくて、そばにいるカシットたちにも届かない。

 アイラは一度、深呼吸すると、バルコニーの下を覗いて誰もいないことを確認すると、シーツの紐をそっと垂らした。


 それは、真鳥と一颯がヌーガに到着し、マイカに教えれた郊外の邸宅に着いたときだった。





 ヌーガ郊外の高級宅地に、煌々と松明を掲げた一角がある。

 大きな館に広い庭。

 その背後には森と湖が広がっている。

 今回の取引が行われる、デノ・ハシロの私邸だ。

 正面玄関の衆院には、一目で高貴な者のためにあつらえたとわかる馬車がいくつも並んでいる。館の窓からは暖かな光と人々の影が漏れている。 


 すべてマイカの情報通りだ。

 真鳥と一颯は、目立って動きにくい外套を脱ぎ、黒を基調とした矢杜衆の戦闘服姿となる。

 一颯は長刀を背中に装備し、真鳥はクナイの本数を確かめる。

 彼らの任務は、カシットを含めた子どもたちを救出することだ。

 すでにヌーガの憲兵隊には、マイカの計らいによって偽名でタレコミ済みである。直に一個小隊がやってくるだろう。彼らもハシロ商会については裏の噂はあるが証拠がなく、下手に身動きすれば上から圧力がかかる、という状態で下手に手を出せないでいた。

 マイカを通じて真鳥たちの流した情報に喜び勇んで食いついたのは言うまでもない。


「あとは、子どもたちがどこにいるか、ですね」

「ここからは二手に分かれよう。無線機の準備はいい?」

「はい。大丈夫です。先輩はどこから行きます?」

「オレは左下から」

「では僕は右下から行きます」


 東西に長く大きな屋敷の両端からしらみつぶしに探す作戦だ。


「発見次第、連絡ちょうだい。子どもたちの救出が最優先ね。保護場所は打ち合わせ通りに」

「諾」


 二人の矢杜衆の姿は、松明の光の届かない闇の中へと消えていく。





「おい、上玉の準備はいいか?」

「ああ、風呂にいれて綺麗な服を着せてある。まるで人形のようだぜ。あの特別客のために用意したらしいな。そういう趣味があるんだってさ。気色悪いぜ、まったく」

「雲の上の人間の趣味なんざ、大概、そんなものさ」

「平民の俺らには関係ない話ってか」

「さあ、仕事はまだまだあるんだ。行くぞ」

「おう」


 館の東の端にある階段を、使用人と見られる二人が仕事の不平を語りながら降りていくのを、一颯は暗がりに身を隠してやり過ごす。

 今の男たちの会話で、上の部屋に子どもがいる可能性が示された。

 一颯は耳を澄ませ辺りに誰もいないことを確認し、階段を駆け上がる。

 この館は三階建てで、東西に長い。中央に正面玄関があり、一階は玄関ホールと大広間と応接室がいくつか、北側に厨房などがある。

 東と西の端にも出入り口がある。そこにも階段があり、それらは使用人が専用で使うものらしく、幅も狭く暗い。潜入するには持ってこいだ。この館の主や客たちは、正面玄関入ってすぐの緩い螺旋を描いた豪奢な階段を利用する。

 そういった情報は、すべてマイカからもたらされている。

 一颯は東の入り口から中へ入り、ほとんど灯りのない階段を上がっていく。

 二階の一歩手前で止まり、再び周囲を伺う。

 廊下には毛足の長い絨毯が敷き詰められており、足音だけでなくすべての音が吸収されている。それでも矢杜衆の訓練された耳には、一番手前の部屋の中からの小さな物音を捉える。

 近づくと声が聞こえる。言っている内容まではわからないが、明らかに声質が高い。少女のようだ。ドアに見張りはいない。中の気配を追うと三人の小さな足音が拾える。


「じゃあ行くわ」

「気をつけて」

「アイラちゃん」


 三人の子供の声がする。


 逃げようとしているのか?


 ドアノブに触れると案の定、鍵が掛かっている。それを丁寧に開けている時間はない。威力の弱い起爆札をドアノブに設置し、術を発動させる。

 ぽんっという軽い音とともに煙があがり、軋みながらドアは一人でに開く。

 同時に一颯が部屋に滑り込む。

 部屋の奥、森と湖に面したドアが開け放たれている。その先にあるバルコニーに、三人の子どもたちの姿がある。

 そして、今まさに、少女がバルコニーの柱に結びつけた紐を頼りに、下りようとしている。


「きゃっ!」


 少女が扉を開けた一颯に気づき、声を上げる。その瞬間、紐を掴んでいた手が緩む。


「アイラ!」


 カシットがバルコニーから身を乗り出そうと立ち上がる。カシットが手を伸ばすよりも先に、その横を風が通り抜ける。


 トサッという小さな音がバルコニーの下から聞こえる。


「アイラ!」

「アイラちゃん!」


 二人がバルコニーから身を乗り出して覗き込む。

 そこには黒い矢杜衆の戦闘服に身を包んだ一颯が、水色のドレスの少女を抱きかかえているのが見える。


「矢杜衆のお兄っ!」


 カシットが思わず叫びそうになるのを、一颯が口に指を当てて制する。気づいたカシットが口を押させて首を縦に振る。


「あなたは」


 一颯が腕の中のアイラをそっと芝の上に下ろす。


「イカルの者です。カシットのお父上のキャラバンの護衛をしております。町中でカシットを見失い、追ってきました。バルコニーから逃げようとしていたのですか?」


 少女を怖がらせないように、一颯は優しい笑みを浮かべながら丁寧に話す。

 アイラがこくんと頷く。


「だって、売られたら、終わりだから」


 その両手はきつくドレスのスカートを握り閉めている。


「先ほどは驚かせてしまってすみません。お怪我はありませんか?」

「大丈夫です」

「貴女はとても勇敢ですね。カシットたちを安心させるため一番最初に降りようとしたのでしょう?」

「あの子たち、ぜんぜん状況をわかってなくて、泣いてばかりなんだもの」

「もう大丈夫です。じきに憲兵隊も来ますから。安全なところに行きましょう」


 一颯がそう言うと、アイラは小さく頷く。

 そのまま顔をあげないアイラに、一颯がそっと手を伸ばす。

 その手に大きな雫がぼたぼたと落ちてくる。


「ふっうっううっ」


 声にならない声がアイラから零れてくる。

 ドレスをきつく握り閉めた手が震えている。

 一颯はアイラの両手をそっと握る。


「頑張りましたね」


 その瞬間、アイラが一颯に抱きついた。

 跪いた姿勢の一颯の首にすがりつき,肩に顔を埋めて声を殺して泣いている。本当は大声を出したいだろうに、今の現状をちゃんと理解しているのだろう。


 賢い子だ。

 そして、とても勇敢だ。


 一颯はその背中をそっと撫でる。

 小さな身体は発熱して火照っている。


「もう大丈夫です」


 そう声をかけながら、バルコニーの上を見上げる。

 カシットがもう一人の少年を背負って、降りてこようとしている。


「二人が降りようとしています。ここで待っていてください。すぐに戻ります」

「えっ? あ!」


 一颯の言葉にアイラが顔を上げて、二人の姿に目を見張る。

 一颯はアイラの側を離れると、軽々と二階のバルコニーへと飛び上がり、今まさに、バルコニーを越えようとしている二人の少年の身体を抱えて、バルコニーに下ろす。


「お兄ちゃんっ!」


 カシットが一颯に飛びついてくる。

 一颯がカシットを受け止める。


「カシット、無事でよかった」

「うん!」


 その声は涙声だ。

 こんな小さな子が人買いに捕まって売られようとしていたなど、どれほど怖かったことだろう。


 カシットの背中にはもう一人の少年がぺたりと張り付いたままだ。彼はもうずっと泣いていましたというように、目も鼻も赤い。それに気づいたカシットが、自分の涙を腕でゴシゴシと越すって、レットをぎゅっと抱きしめる。レットは何が起こっているのかわからず怯えた表情でカシットにしがみついている。


「この子はレット。お兄ちゃんが助けてくれたのがアイラだよ」

「二人とも怪我はないですか?」

「大丈夫。僕たちは上物だから大切に扱われているんだってアイラが言ってた」

「他にもまだいるのですか?」

「この部屋にはいない。地下だってアイラが言ってた」

「わかりました。まずはここから安全な場所へ移動しましょう」


 一颯は両手にカシットとレットを抱きかかえると、「口を閉じていてください」と言って、バルコニーからひらりと飛び降りる。


「カシット、レット」


 アイラが二人に駆け寄る。

 ぎゅっと抱き合う三人の子どもたちを促し、一颯は邸宅を囲う柵を越え、少し離れた林の中へと連れて行く。そこには小さな小屋があり、マイカの仲間の男たちが二人、待っていた。憲兵隊が来たら、子どもたちを引き渡す役目を追っている。

 矢杜衆が異国の富裕層の私邸に勝手に乗り込んで奪還劇を繰り広げたとあれば、イカルとソムレラ間の外交問題に発展しかねない。そのため、一颯と真鳥は影として動くことになっているのだ。


「ここなら大丈夫。この人たちが守ってくれます。もうすぐ憲兵隊がやってきますから、それまでここから動かないでいてください」

「お兄ちゃんはどこへ行くの?」


 カシットが不安そうに一颯の袖を引く。


「他にも子どもたちが捕らわれているから助けに行ってくるよ。ラハテラで合流しよう」


 一颯はカシットの頭をそっと撫でると、踵を返してデノ・ハシロの私邸へと戻っていく。


「待って!」


 アイラが叫ぶ。

 足を止めた一颯が振り返る。


「助けてくれてありがとう!」


 アイラが声を振り絞る。

 その頬がほっこりと赤い。

 それに気づいたのは、隣に立つカシットだけだ。


 一颯は一度、右手を挙げて答えると、すぐに夜の闇へと消える。


「あの人の名前、聞くの忘れたわ」

「ワタライ・イブキだよ」


 呟くように小さなアイラの問いに、カシットが答える。


「ワタライ・イブキ」

「うん。カッコイイよね!」


 カシットが嬉しそうに言うと、アイラがぷいっとそっぽを向く。


「あ〜アイラってば照れてる」

「違うわよ」

「アイラちゃん顔赤いね」


 レットにまでそう言われて、アイラは両手でその頬を隠す。

 そして二人の男性に促されて小屋に入っていった。





『カシット他二人の子どもを確保。地下室に他にも子どもたちがいるとのこと。三人は小屋に預けました』

『よかった。地下室の入り口はまだ未確認。ちょっと別の問題が起こりそう』

『問題ですか?』

『まあちょっとは予想していたことだけどね。だから、地下室、頼めるかな』

『はい。早々に戻ります』


 無線機を通じてカシット発見の報告をした一颯は、それ以上、語ろうとしない真鳥の言葉に不安を覚えながら、邸宅へと滑るように走っていった。


今日もお読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。


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