新たな依頼
真鳥と一颯の二人は、次の目的地であるラハテラへと向かうキャラバンから離れ、ヌーガへと向かっている。
森を迂回して大きく湾曲している街道ではなく、森の中を一直線に抜ける進路をとった。深い森の中では、地面の上を行くより木の上を枝伝いに跳ぶ方が速い。矢杜衆ならではの選択だ。
一颯は、真鳥の後ろ姿を見ながら、正確に彼の後を跳んでいる。後頭部で一つにまとめた銀の髪がふわりと揺れる。
ふいに溢れる既視感に、思わず笑みが漏れる。
さっきも、彼の髪はこんな風に揺れたのだ。
ヌーガへ行かせて欲しい。
真鳥がマウリにそう申し出て、深く頭を下げたときだ。
あの男とともに真鳥がキャラバンに戻ったとき、一人の女が現れた。真鳥が戻ってくるのを待っていたというタイミングだった。
一颯は初めて見る顔だったが、真鳥もあの男も、その者とは既知のようだった。
真鳥はそのをマイカと呼んだ。
女は言った。
このキャラバンを狙っているのはただの盗賊ではない。豊富な人脈を武器に、裏で人身売買を営む貿易商がその黒幕だ。そして次に狙うのは、イカルとの医薬品ルートである、と。
その女の発言に、その時そこにいた一颯を始め、奏羽を馬車へ連れて行こうとしていた帆岳や、出迎えたマウリとその部下たちは、全員が少なからず衝撃を受けていた。しかし真鳥だけは、何かを考え込むようにじっと一点を見つめていた。
一颯は、最初にキャラバンが襲撃を受けた時のことを思い出していた。気になることがあると真鳥は言った。
あの時すでに真鳥は気づいていたのではないだろうか。
長く厳しい冬に入る直前にソムレラを行き来する豊富な物資を狙うただの盗賊ではなく、何か別な目的を持った襲撃だったのではないかと。
マイカという女は、ある人物の依頼で、その貿易商の人身売買の陰謀を暴く仕事をしていると言った。目的地は同じ。ここは互いに協力し合うのが得策ではないかと提案を持ちかけてきたのだ。
その後マウリは、詳しい話がしたいからと、マイカと真鳥を自分の馬車へ招いた。そこに真鳥が一颯も同席させた。
狭い荷馬車の荷台で、四人が木箱を椅子代わりに着座すると、マウリが口火を切った。
「その貿易商とはヌーガを拠点とするハシロ商会ですね」
「ええ。そうよ」
マイカが満足そうに微笑み、
「ヴァレ商会のライバルといってもいい存在ですね」
と、真鳥が加えた。
カシットを攫い奏羽を襲った者たちがそのように話していたと。
「はい。ハシロ商会は、わたしの祖父がイカルとの外交権を得るときに競い合ったそうで、それ以来、何かとライバル視されているのです」
マウリは、ハシロ商会との関係をこう説明した。
商いの規模で比べれば、ヴァレ商会はイカルとの医薬品と医療事業だけのため小さいものだが、外交権を取れなかったことを今でも恨まれており、妨害行為が絶えないという。
「わたしたち商会も彼らへの対抗手段を講じなければならず、その過程で彼らの裏家業を知ることになりました。賊を装いキャラバンの物資を奪い売りさばいているだけでなく、子どもばかりを狙った人身売買をしています。その客層はソムレラの貴族層から他国の富裕層まで様々なのだという噂です。ただ、今の主であるデノ・ハシロが用心深く、噂はあっても証拠はまるで掴めませんでした。こちらは部下を何人も失ったというのに」
「そうでしょうね。これまで人身売買は安全を考えて国外でやっていたのよ。でも今回は違う。わたしたちが掴んだ情報によると、人身売買の競りは明後日。明日の夜には各地から客たちがヌーガに集まるわ」
マイカの説明に「なぜ今回は違うのか、理由はあるのか?」と真鳥が問うた。
「なんでもソムレラの大物が特別に客として参加するのだとか。その人物が首都ウルマスを望んだけれど、ハシロとしても、さすがに皇帝のお膝元は避けたかったみたいね」
さらりと答えたマイカの横顔は、とても美しかったけれど、何か恐ろしいものを秘めているかの様だった。
この女は何をどこまで知っているのか。
このマイカという女性は、一体、誰のために動いているのか。
この国では外見で、ほぼどの層に属しているのかがわかる。
金の髪にすみれ色の瞳は上級貴族層に多く見受けられる特徴である。それも皇族に近い。マイカは青い瞳では無いが、その所作や他者に与える印象が上級階級に属していると示唆するのに十分だった。
それほどの者が仕える相手。
それは、至高の権力を持つ一族以外に考えられなかった。
皇族に近い貴族。
あるいは、皇族。
それだけの力を持っているならば、今回、特別に参加するというソムレラの大物を用意し、ハシロ商会の動きを操ることさえできるのではないか?
そう疑わざるを得ない何かを、一颯はマイカに感じていた。
そのときだった。
一颯の顔の横を、銀の髪がふわりと掠めたのは。
「ヌーガへ行かせて欲しい」
マウリの前で、真鳥が深く頭を下げていた。
それは、キャラバンの護衛を一時的にせよ放棄させて欲しいという願いに他ならなかった。
カシットを救うために。
子どもたちを人身売買から助け出すために。
「契約不履行であることはわかっています。契約金の全額を返還し、違約金をお支払いする」
「先輩……」
人助けが理由ではあるが、一颯はこの人が自ら任務を放棄し単独行動をさせて欲しいと、頭を下げるとは思っていなかった。
だが、そう申し出るだけの勝算が真鳥にはある、一颯はそう感じた。
自分がキャラバンを離れても、代わりがいると真鳥は知っている。
一颯が気づいていたシラルからのつかず離れずにいた護衛は、マイカの部下たちだろう。先程、マイカが現れたとき、シラルの街で見かけた護衛の一人がマイカに話しかけていたのを見た。最初からこの女は、矢杜衆をヌーガへ引き出すために準備をしてきたのだ。
ヌーガまで、片道で半日の距離がある。
矢杜衆ならそれほどの労力は必要ない。
人身売買が行われるという明日にはすべてを片付けて戻って来られる。
「わたしからもお願いします。ヌーガへ行かせてください。カシットも、他の子供たちも取り戻します」
一颯も真鳥の隣で頭を下げた。
真鳥と共に頭を下げながら、これまでのことを振り返る。
奏羽に対して冷たい言葉で接しながらも、その直後に落ち込んでいたり。
昨夜、なんの躊躇いもなく奏羽を追うために商館を飛び出したり。
攫われた子どもたちが売られていくのを黙って見過ごすことのできる人ではない。まして、その中には、依頼人の息子であるカシットがいるのだ。彼の誘拐は安全な街中であることを理由に、警備を緩めた自分たちに責任がある。
矢杜衆の中には、奏羽を始めとして、真鳥にあまり良い印象を抱いていない者たちが大勢いる。真鳥のことを何も知らずにアンチを気取る彼らに、大きな声で告げたいと思った。
八束真鳥という人は、ちょっと斜めなところもあるけれど、責任感のあるとても優しい人だと。
ついて行くに値する人物であると……。
頭を下げる二人に助け船を出すかの様に、マイカが矢杜衆二人をヌーガへ寄越すのと交換条件で、自分の部下たちにキャラバンを護衛させると申し出た。
それまで動向をじっと見守っていたマウリは、矢杜衆二人に顔をあげさせると、新たな仕事を依頼してきたのだった。
ハシロ商会を摘発して欲しいと。
カシットを含めて囚われている子どもたちを解放してもらいたいと。
最終的に、マウリのその言葉で話は纏まりをみせた。
慌ただしくもヌーガへと向かう前、真鳥は奏羽の様子を見に行った。
ちょうど意識を取り戻し、薬一式を帆岳に飲ませられているところだった。
カシット救出のためヌーガへ向かうこと、キャラバンの護衛は帆岳とマイカの部下たちで行うこと、ラハテラで合流することを説明した。
「ちょっと行ってくるからね〜。奏羽はまだ動いちゃだめだよ。ラハテラにはうちの出先機関があるから、そこでちゃんと手当を受けてね」
いつもの調子でひらりと手を振り、奏羽が寝かされている馬車の荷台を下りようとする真鳥に、小さな声が届いた。
「どうかご無事で……」
真鳥が照れくさそうに「うん、ありがと」と言った。
帆岳と二人で、そんな二人を見てくすりと笑った。
今、一颯は真鳥とともに、ヌーガへと向かっている。
「さぁ行こうか」
出立の時にそう言って、隣に立つ一颯に真鳥が嬉しそうに笑った。その笑顔が一颯の中で今もさざ波を起こしている。
また一歩、この人に近づけたと思えた瞬間だったからだ。
元矢杜衆というあの土師臨也という男のこと、突然現れて協力を申し出たマイカという女のこと。
聞きたいことは沢山ある。
けれど一颯はそれら全てを自身の奥深くへと押さえ込む。
この人に付いていく。
今は、それだけでいい。
きっといつか、この人の方から話してくれる。
そう信じていよう、と。
真鳥の銀色の髪は、跳躍のリズムに合わせ、穏やかに輝いていた。
今日も読みにきていただきありがとうございます。
次話は明日(12/23)投稿の予定です。たぶん。
頑張ります。
よろしくお願いします。




