揃う
『こちらゼロ。聞こえたら応答願う』
ブッツと音を立てて、ずっと沈黙したままだった無線のイヤホンがふいに息を吹き返したのは、マウリ・ヴァレ商会のキャラバンがシラルを出発して一時ほど経ったころだった。
澄み切った空の下、一際冷えた朝の空気の中を、キャラバン一行は次の目的地へ向けて黙々と北進していた。
『先輩!? 奏羽は?』
『リーダー! 無事だったっすね!』
一颯と帆岳の声が重なる。
昨夜、真鳥が奏羽を追って出て行ってから一度も連絡がなかったため、二人ともずっと気を揉んでいたのだ。いつ真鳥や奏羽からの連絡が入ってもいいように、無線機は装着したままにしていた。
無線での応答手順を完全に無視した反応に、イヤホン越しの真鳥にも二人の切迫感が伝わってくる。彼らの顔が手に取るようにわかる。
真鳥は苦笑しながらも、『心配かけて、ごめんね〜』と詫びてから、奏羽と一緒にキャラバンに向かっていることを告げる
『すいません、奏羽が迷惑かけて』
『謝るのはこっちだよ。実は無傷で連れて帰ってあげられなくて……』
盗賊に加えて明らかに訓練された傭兵たちのような男たち数十名の襲撃を受け、ひどい矢傷を負っていること、命に別状はないがしばらくは安静が必要だと伝える。
『生きているなら問題ないっすよ。あいつ、身体はちっさいですけど、とにかく頑丈なんで』
帆岳が明るい声で答える。
『奏羽の受け入れ準備をしておきます。無線が通じるってことは、合流までそれほどかからないっすよね?』
『うん、頼むね〜』
『了解です。一度、無線、切ります。あ! あいつを連れ戻してくれて、ありがとうございます。リーダーが八束さんで良かったっす! じゃ俺からはこれで!』
帆岳の無線を切る切断音が響く。
同時に真鳥の小さな嘆息が一颯のイヤホンに届く。
奏羽を無事に連れて帰って来られなかったことを悔いているのだろう。帆岳に礼を言われる様なことは何もしていないと言いたげだ、と一颯は思う。
あなたは悪くない。
そんな言葉で慰めたところで、隊を預かるリーダーにとって部下の負傷は重い。責任だとかの問題ではなく、仲間を守れなかったという自責の念に打たれるのだ。自身もリーダーとして隊を率いることがほとんどの一颯にとって、今の真鳥の状態を理解するのは容易い。自分なら、余計な慰めは不要だ。
『先輩、報告しておきたいことがあるのですが』
真鳥の嘆息に気づかぬ振りをし、一颯は話題を変える。
『不審者でも現れた〜?』
『どうしてそれを?』
真鳥の反応に、一颯の方がたじろぐ。
『こっちも似たような状況なんだよね〜。後で説明するけど……で?』
真鳥に先を促されたので、問いたい気持ちを留め、一颯は昨夜からの状況を報告する。
真鳥が奏羽を追うために商館を出て行った後、一颯はマウリのキャラバンが滞在しているフェーベ商館の周囲を見回っていた。そのとき、商館から遠からず近からずの一定の距離に、一定の間隔で人が佇んでいるのに気づいた。
さり気ない様子で街に溶け込んでいた彼らだが、敵ではないことは少し観察すればすぐにわかった。彼らの注意はフェーベ商館の中ではなく明らかに外に向いていたからだ。二十人くらいの男たちが、フェーベ商館を守るように組織だって配置されていた。
カシットが誘拐された事件を踏まえ、フェーベ商館が護衛を頼んだのだろうか。
マウリキャラバンの護衛が任務である自分たちは、キャラバンの周囲の不審者はすべて確認する必要がある。フェーベ商会の主であるスルトに問い合わせたが、新たな護衛は頼んでいないという返事だった。
では誰が?
その答えは出ないままに朝 になり、シラルを出発する時間となった。
キャラバンが街を出てからも、やはり彼らは付いてきた。
『キャラバンの人たちは誰も気づかない距離ですが、今もいます。おかげで盗賊が寄って来ないので助かっていますが』
一颯の報告を聞いた真鳥は、ほぼ同時刻に、自分の援護に現れた男の存在について考える。
真鳥の窮地に臨也が現れたことと、真鳥と奏羽の不在で薄手となっているキャラバンの警備を補う者たちが現れたこと。
この二つは偶然であるはずはない。
こちら側の状況をすべて把握している何者かがキャラバンを護衛し、さらに臨也を真鳥の元へ寄越したのだと考えた方が理に適う。
それが臨也本人であるという可能性は、真鳥の直感が否定している。
理由は明白だ。
臨也が自分から矢杜衆に関わろうとするはずはない。
それに真鳥のことを覚えているならまだしも、臨也も真鳥のことは他の者たち同様に、完全に忘れてしまっている。そのことはアカギで臨也と向き合ったときに確認済みだ。
ならば、相手は臨也を動かすほどの者……。
今、彼は誰に付いている?
何の目的で?
一つだけわかることと言えば。
真鳥たちを助けることで得をする者がいる。
それくらいだ。
真鳥の意識が、右耳に装備した小型イヤホンから、奏羽を抱えたまま前をゆく臨也の背に移る。
真鳥でさえ分が悪いと感じていた局面に突然現れた臨也は、軽々と追っ手を撒き、途中で奏羽の肩から矢を抜く処置をしてくれた。癒し手並の技術だった。今、奏羽は薬で眠っている。
臨也は、真鳥の目的地を予め知っており、確実にそこに向かっている。
これは明らかに計画された動きだ。
説明は後ですると言ったきり、臨也は何も語らない。ここで臨也に問い質しても、簡単に返事が来るとは思えない。
つまり、待っていれば、向こうから現れる。
そういうことなのだろう。
真鳥はイヤホンの向こうに注意を戻す。
『とりあえず、オレが戻るまでは何もしなくていいよ。警戒だけしてて。戻ってから話そう』
『了解です。こちらは予定通りのルートで進んでいます』
『ん、りょう〜かい』
真鳥が臨也を伴って戻ったとき、一颯がどのようは反応を示すか気がかりだが、考えても無駄なので、成り行きに任せることにする。
半時後。
真鳥とともにキャラバンに現れた臨也を前に、想定通りに一颯は驚きを隠せない表情を見せたが、それ以上に真鳥の方が、その場に現れた一人の女性の登場に息を呑むことになる。
彼女は悠然と真鳥の前に立つ。
北の大地に調和する金の髪と碧に近いすみれ色の瞳。
黄金の髪が朝陽を弾いて輝きを増し、その存在感を顕著に示す。
その場を従えてそこに立つ彼女は、まさしく女王だ。
「また会えて嬉しいわ、銀の髪の矢杜衆さん」
「なるほど、あんたがあの人の新しい雇い主ってわけね〜」
女王は威厳と気品さえ含ませて、美しく微笑んだ。
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やっと役者が揃いました!
次話は明日(12/22)投稿の予定です。
よろしくお願いします。




