現実の続き(1)
冒頭に少しダークな拷問シーンがあります。
リアルな表現はしていません。
苦手な方は***から***まで、スルーしてください。
***
赤く揺れる炎が、二つの影を浮き上がらせる。
大きく黒い影が、細い身体を組み敷いている。
霞んだ視界の中で、ゆらゆらと動いている。
まるで、影絵の芝居のよう。
男たちの荒い息遣い、卑下た笑い声、生臭い匂いしかないその場所で、女は、ぼんやりと思う。
時折、薪の爆ぜる音が蒸し暑い部屋に響く。
目の前の彼女の乾きひび割れた唇からは、もう何の音も発せられない。投げ出された手足は男の動きに合わせてぱたりぱたりと力なく石の床を打つ。
男が呻く。
がくんと大きく揺さぶられ、彼女の虚ろな黒い瞳がこちらを向く。
その瞳はまだ光を捉えているだろうか。
そこに映る私は、まだ彼女の幼馴染みのままだろうか。
私はまだ、人の形をしているだろうか。
「やっと死んだか」
「三日か。よくもったな」
「閨の訓練もされてたんじゃねえのか」
「男を騙すのも矢杜衆の任務だって聞いたぜ」
「怖いねえ」
男達の嘲笑が彼女の遺体を更に辱めてゆく。
やめて。
もうやめて。
叫びたいのに、薬に支配された身体からは呻き声一つ、出てこない。
「次はお前の番だよ」
下劣な薄笑いが薄暗い部屋に響く。
首筋に冷たい痛みが走る。
新たな薬が打ち込まれ、視界が滲んでいく。汗ばんだ男の手が頬を撫でる。
もう何も感じない。
感じたくない。
ゆっくりと遠のいていく意識の中で、疑問ばかりが渦を巻く。
なんでこんなことになっているのだろう。
薬を届けるという任務は、矢杜衆の正義ではなかったのか。
老牙衆と名乗ったあの高官は誰だったのか。
どこで何を間違えたのか。
あんたのせいよ。
もう動かないはずの親友の唇が、自分を責めるような言葉を吐いたような気がした。
それが、バディであり親友との別れだった。
***
「お前が二位の杜仙だと? 杜仙の顔ならすべて覚えている。それが俺の仕事だからな! お前のような杜仙はいない。でたらめを言うな!」
矢杜衆詰め所の入り口を塞ぐほどの巨躯の門番の前で、八束真鳥は途方に暮れている。
陽はとうに落ち、入り口の両側に掲げられた松明が轟々と音を立て燃え盛っている。
犬神クロウの力で一命を取り留めた一颯を医療院へ運んだ後、矢杜衆長に報告すべく矢杜衆の本部たる詰め所を訪れている。いつもなら顔パスで通れるその場所で、お前は誰だと詰問されている。
上着の脱ぎ、左胸にある矢杜衆の証、犬神の入れ墨を見せても信じて貰えなかった。
『記憶をもらおう』
犬神クロウの言葉は間違いなく実行されているようだ。
常日頃より矢杜衆の最後の砦とも言うべき詰め所への門が顔パスというのもどうかと思っていたが、門番という厄介な保安機能を前に、顔以外に自分を証明する手立てを思いつけない真鳥は、結構、これって難関だったんだなと、疲労困憊の身体で溜息をついた。
「その銀の髪」
門番は真鳥の上から下までを舐めるように見回した後、真鳥の銀髪を指差す。忌まわしいものでも見る目つきだ。
「もしやお前、他国のスパイじゃねえのか? 銀色の髪なんてこの国の人間じゃねえ。犬神様の入れ墨まで用意しやがって矢杜衆になりすまそうってのか? そんなもんで俺たちの目をごまかせると思うなよ。警備部に突き出してやる! 来い!」
男の太い指が真鳥の腕を掴み、強く引き寄せる。
抵抗しようと思えば出来たし、拘束を解くのも簡単だったが、真鳥は敢えて男の行動を遮らなかった。
警備部は犯罪者や敵方の捕虜の尋問を担当する。所作や言動で人の心を読む読み手と呼ばれる者も属している。彼らなら自分が矢杜衆であることを見抜けるだろうと考えたのだ。頭ごなしの門番の男よりは、警備部の方がいくらかましだという判断だ。
「ここ頼むぜ!」
男はもう一人の門番に声をかけると、真鳥を半ば引きずるように歩き出す。すぐそこにある入り口ではなく、裏口へと連行されるようだ。建物横の暗い通路へと連れ込まれる。男の指が腕に喰い込み、圧迫された傷の痛みに真鳥が唇を咬んだ、その時。
「待て」
低い声が門番を止めた。
声の主へと門番が振り向く。真鳥の腕を掴んだままなので、自然と真鳥の身体も引きずられて声の方へ向く形となる。
松明がバチッと大きな音を立てて爆ぜる。
炎に照らされ夜に浮かび上がるその姿は、門番さえも凌ぐ大男だ。
その精悍な顔は誰もが知っている人物だった。
伐瑛至。
矢杜衆五万人を束ねる長だ。
「長!」
門番は真鳥の腕を放すことなく、矢杜衆長へ礼をする。
「そいつは俺の部下なんだ。放してやってくれないか」
部下?
真鳥と門番は同時に伐を凝視する。どちらの顔にも疑問符が浮かんでいるに違いない。
一颯を助けるための代価は、この門番の行動からも明らかのようにすでに支払われている。伐だけが例外ではないだろう。真鳥の顔も名前を忘れているはずだ。つまり、今の伐の言葉は偽りである。
この状況においては、明らかに真鳥を助けるために違いないが、その根拠がわからないままでは素直に喜べず、真鳥は僅かに眉を顰める。
伐はそんな真鳥の視線を受け取ると目を細めて笑う。何かを懐かしむような優しげな眼差しが真鳥を捉えている。
「長期の外回りの任務に就いていたんだ。お前が警備に就いた二年前からだから、知らないのは無理もない。そいつの身元は俺が保証する」
伐は誰にでも気軽な物言いをする。決して偉ぶらず親しみのこもった声音に、門番も怒らせていた肩の力を抜いた。真鳥の腕を掴んでいた指も離れる。
「失礼しました」
真鳥に対する無礼への謝罪なのか、手間をかけさせた伐への言葉なのか、どちらともわからない口調だ。
「お前の行動は間違っちゃいないさ、砦の入り口は堅牢であることにこしたことはないからな。もうここはいいよ」
「はっ!」
門番は最敬礼すると、真鳥の脇をすり抜けて本来の持ち場へと戻って行く。伐は通り過ぎ様に門番の肩を叩き、「これからもその調子で頼むよ」と笑いかける。門番も安堵したかのように強面の笑顔を返す。
こういうところが伐の人気の所以なのだと、真鳥は思う。
未だ、一颯以外の人間にはうまく心を伝えられない自分とは大違いだ。
「さて、俺らも中へ入ろうか。こんな暗がりじゃゆっくり話もできん」
「はい」
伐は正面から詰め所の中へと入っていく。
その広い背中を見上げる。
亡き父、華暖の親友であり、幼い頃から憧れ続けたその背に、張り詰めていた緊張がふと緩む。小さく吐息が零れる。
開いた扉からは待合所の喧噪が零れてくる。一日の任務が終わり、帰還した矢杜衆たちが集う、一番、賑やかな時間帯だ。
還って来たという実感が湧いてくる。
「どうした?」
伐が振り返る。
「いえ、なんでもありません」
真鳥は、まっすぐに伐を見上げる。
本当の戦いはここからだと、残りわずかな気力を奮い起こした。
イカルの民の外見は黒髪、黒目が一般的です。
なので、真鳥の銀色の髪はかなり目立ちます。
なので、門番以外にも、居合わせた人達の中には、真鳥を怪しいと思ってる人が沢山居ます。
特に戦闘要員は目立つと生存率が下がります(標的になるので)。
だから、銀髪の真鳥は、普通にやべー奴だと思われてます。
今日も読んでくださりありがとうございます。
次回の更新は、明日9/6(水)です。
よろしくお願いします。




