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真鳥という人

「逃がすな! 手負いだ!」

「おう!」


 男たちの声が背後から追ってくる。

 足を伝う温い流れは自分の血だ。靴の中まで滑り始め、かなり出血しているのがわかる。このままでは逃げ切れない。すぐに動けなくなる。

 いくら訓練を積んだ矢杜衆とはいえ、この状況は余りにも不利すぎる。


 一人で来るべきではなかった。

 帆岳を説き伏せて一緒に来るべきだった。


 いくら後悔しても遅い。

 それでも、奏羽は走り続ける。

 カシットを助けるためには、仲間たちの協力が必要だ。そして、カシットを助けるための情報は自分が握っている。街に近づけば、耳につけている無線機が通じるはずだ。そこまで逃げ切れればいい。


「あっ!」


 再び放たれた矢が、奏羽の左肩を射抜く。走っていた勢いのまま、奏羽は枯れ葉の上を転がる。

 男たちの掲げた松明の明かりがゆらゆらと近づいてくる。

 体勢を整えて起き上がった瞬間、目の前に剣の切っ先を突きつけられていた。


「追いかけっこはもうおしまい〜。女の子を追いかけるのは嫌いじゃないけど〜、さっさと帰ってこいって上からの命令なんでね」

「あなたたちを雇っているのは誰? ただの盗賊じゃないってことはわかってるのよ」


 右足と左肩、両方の傷の痛みに顔を歪め、荒い息を繰り返しながらも、奏羽は鋭い視線を男に投げかける。

 このままここで死ぬにしても、掴んだ情報だけはどうにか残せないかと、奏羽は後ろ手に連絡用の式を結び始める。


「!」


 ふいに剣の先で顎を持ち上げられる。


「そうだね〜、きみ、かわいいから、死出の旅路への土産に一つだけ教えてあげる」


 男は相変わらずにやついている。


「お金を持ってるやつらってのは怖いってことをね。自分が一番になるためなら、方法なんて選ばないんだよ。まったく虫酸が走るよねえ。まあぼくは報酬さえもらえれば、なんでもいいんだけどね〜」



「じゃあ、オマエもお金持ってるヤツらと同じってことだ〜ね。まったく虫酸が走るよね〜」



「え?」


 聞き覚えのある男の声とともに、一陣の風が奏羽を攫う。

 銀色の風だ。


 その一瞬のうちに、奏羽の身体がふわりと宙に浮き上がっている。

 少し遅れて、ギャーッという獣のような叫び声があがる。


「うわわっ」

「ディキさん!」


 周囲にいた男たちが、驚きのあまり一斉に後退る。

 彼らは、ディキが肩口を押さえてもがきながら、地面を転げ回る様を見ていることしかできなかった。

 状況を見ようと奏羽が身体を捻ると「じっとして」という声が耳元で囁かれる。肩越しに右腕を失った男が半狂乱で暴れているのが見える。



「八束、さん……」



 奏羽の身体を抱えたまま、真鳥は、木の上を跳躍している。


「ちょっと先に洞窟があるから、そこで傷の手当てをしよう」

「どうして……」

「喋ってると舌を噛むよ」


 奏羽は傷のため、半ば、放心状態のまま、真鳥に身体を預ける。


 なぜこの人がここにいるんだろう。

 わたしを連れ戻しにきたのだろうか。

 それなら渡会さんや帆岳でも良かったはずだ。リーダーであるこの人が、キャラバンを離れるなんて。

 なんで?


 暗闇の中で真鳥の表情はわからない。

 触れている部分を通して、真鳥の鼓動と温もりを感じる。人を一人抱えて跳躍しているのに乱れもない。とくんとくんという規則正しいその音を聞いているうちに、何も考えられなくなっていく。

 張りつめていた緊張の糸が解け、奏羽は真鳥の腕の中で意識を手放した。




 蒼白い光が小さな洞窟の奥を仄かに照らしている。

 矢杜衆が使う発光棒だ。火を使わなくても光を得ることができる。


「!」


 奏羽の応急処置を終えた真鳥は、地面を伝わる足音に気づき、はっと顔をあげる。最初は一人分だったのが、すぐに増えた。おそらく二十以上はいるだろう。八方を歩き回っている。


「この場所が見つかるのも時間の問題だ〜ね」


 外套の上に横たえた奏羽の顔は、発行棒の光を受けて青いが、それは寒さと、傷のせいでもあるだろう。

 奏羽の傷の状態は思った以上にひどい。右の大腿部は数センチに渡り肉がえぐり取られ、出血の量も相当だ。左肩を貫いていた矢は動脈の近くにあり、癒し手ではない真鳥では不用意に抜くこともできない。身体から飛び出している部分を切り落とし、刺激を与えないよう布をあてがい止血することがせいいっぱいだった。

 今すぐにでも彼女を連れだし癒し手に見せる必要があるが、この状態の奏羽を連れて二十以上もの敵から逃げることは、真鳥であっても難しい。


「でもやるしかないか〜」


 真鳥が小さく嘆息したときだ。


「申しわけ……ありま、せん」

「あ、気づいたの? ダメだよ、動いちゃ」


 奏羽が痛めていない右手をついて起き上がろうとするのを真鳥が止める。


「わたしはいいです……どうか、八束さん、だけでも……いってください」


 傷のために発熱しているのだろう。奏羽の声が掠れている。


「それ、本気で言っているの?」


 いつもとは違う低く冷たい真鳥の声音に、俯いていた奏羽は真鳥へと視線を上げる。

 薄暗いけれど、その表情がはっきりとわかる。

 彼は、美しい顔を歪めて、眉をぎゅっと寄せ、険しい目つきで奏羽を睨んでいた。

 そして奏羽に対する怒りを隠そうともしていない。

 でもそれが何故かは、奏羽にはわからない


「わたしがいなければ……八束さん一人ならば、脱出できるはずです。そして、カシットを助けてください。フィービアにはいません。彼はヌーガに連れて行かれました。明後日に人身売買されるそうです。お願いです! 行ってください! わたしの役目はもう終わりました」

「奏羽」


 一気にまくし立てていた奏羽がぴたりと口を閉じる。

 真鳥が奏羽に手を伸ばす。

 殴られると思ったのか、奏羽の身体がびくっと反応する。しかし、その長い指は構わず奏羽の頭に触れ、肩の上で切り揃えられた黒髪をするりと撫でる。


「そんなものがリーダーの役目だっていうなら、オレは絶対にリーダーなんて引き受けないよ。仲間を犠牲にしてまでの任務なんて、あってはいけないんだからね」


 真鳥の手が奏羽の頭を幾度も撫で、優しい言葉を奏羽へと贈る。


「誰も死なせない。奏羽も、帆岳も、一颯も。もちろんカシットも、キャラバンのみんなも。オレが守る。それがオレの務めだから。だから大丈夫。安心していいよ」


 その手のひらから、指先から、真鳥の温もりと言葉とともに奏羽の中に何かがそっと染みこんでくる。



 リーダーとして仲間を守ることは、真鳥にとって任務遂行よりも大切なことだ。

 だから、彼は奏羽を助けに来た。

 キャラバンを一颯と帆岳に任せてまでも、真っ先に自分が奏羽の後を追った。

 そして、窮地にあった奏羽を助けた。

 そんな真鳥の前で、奏羽は「わたしはいいです」と、自分の命を軽んじた。真鳥に対して、一番言ってはならないことを言ってしまったのだった。


 矢杜衆長はいつも、必ず生きて戻れと部下たちを送り出す。真鳥はそんな長の言葉をリーダーである自分の信念として、守ってきた。

 それでも救えない命は沢山あっただろう。全力を尽くしても、すべては救えない。

 それはどれほどの痛みなのだろう。


 奏羽は初めて、八束真鳥というひとりの人間を見た。リーダーではなく、杜仙でもなく、矢杜衆の噂の的でもない。ただの人間として。

 そして気づく。

 可能性があるのに、それを最初から捨ててしまおうとした自分は、なんと愚かなのか。


 奏羽は、未だ頭を撫で続けている真鳥の手から逃れるように、外套の端を掴んで顔を隠す。自分のことしか考えていなかったことが恥ずかしくて、それこそ本当に死んでしまいそうだ。


「ごめん……なさい。わたし……」


 消え入りそうな謝罪の声に、真鳥は外套の上からぽんぽんと優しくたたいて答える。


「今回の件、おそらく裏で糸を引いているのは、ヴァレ商会の競争相手だ。さっき、あの男が言っていたよね。お金持ってて、自分が一番になりたいヤツだって。あれはそういう意味だよ。前から気にはなっていたんだよね。ただの盗賊じゃないなって」


 これですっきりした、奏羽のおかげだ、と真鳥は続ける。

 そしてキャラバンの次の目的地がヌーガの近くであることと、キャラバンは明日の朝には今いる街を出て出発することを奏羽に告げる。


「ここを突破してキャラバンに戻ったら、オレと一颯がヌーガに行く。人身売買やってる組織なら潰しても文句いわれないだろうしね。多少、荒っぽいことしてでも、カシットを取り戻すよ。奏羽と帆岳にキャラバンを任せる。ただし、奏羽は治療を優先。いいね?」


 奏羽は慌てて外套を撥ねのけると、「はい!」と答える。



 あ、笑った。



 そのとき奏羽は、初めて真鳥が笑うのを見た。

 美しく冷たいだけだった面立ちがふいに崩れて、愛嬌のある笑顔が現れる。矢杜衆詰め所で見かけたヘラヘラした笑いではない。人間味のある優しい笑顔だ。



「さて、じゃあ仕事してくるかな〜」


 立ち上がり、洞窟の入り口へとのんびり向かっていく。

 今なら奏羽にもわかる。大勢の気配がある。ここにいることを気づかれたのだ。


 いくら杜仙だからといって、限界はある。


「わたしも戦いまっ……うう!」


 身体を動かしたとたん、痛みが体を貫く。


「まだ動かない方がいいよ。こっちは大丈夫だから〜」


 片手をヒラヒラとあげて呑気な様子で歩いて行く真鳥を、奏羽には止めることも付いていくこともできない。

 ただ、その背に向かい頭を下げると、少しでも生存確率をあげるために、手持ちの武器の確認をする。

 洞窟の外を囲む二十人の敵の気配を感じながら、奏羽は自分にできることを始めた。



すみません、週末またバタバタしており更新止まってしまいました。

いつも読みに来てくださってありがとうございます。

お楽しみいただけると嬉しいです。

次話は明日(12/19)更新予定です。

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