企み
淋しく冷たい森の中にぽつんと灯った夜営の火は、人を包み込むような暖かさを放っている。
燈火を見つけた者をおいでおいでと呼び寄せる。ふらふらと誘われた旅人がこっそり覗いた暖かそうな焚き火。そこにいるのは……。
昔読んだお伽噺では焚き火を囲んでいたのは魔物たちだったが、奏羽が見つけたのは六人の青年たちの姿だった。誰もが年若い。まだ少年といっていい顔つきの者も含まれている。薄汚れた外套にはソムレラの少数民族の衣装特有の模様が織り込んである。身なりからして、貧しい生活をしていることがわかる。
この辺りに少数民族の町や村はない。旅の途中か、あるいは街道を行くキャラバンを狙っている輩か。
奏羽の見える範囲に馬や荷馬車はない。背負える程度の布袋がいくつかあるだけだ。剣や斧などの武器は見えず、カシットの姿もまたどこにも見えない。
焚き火を囲み、酒の入った革袋を無言のまま順に回しながら、身体を温めている。
村から民芸品などを大きな街へ売りに行く者たちだろうか。
余計な時間をくってしまったと、奏羽がそっとその場を去ろうとしたときだ。
「ほんとうに来るのかな」
集団の中で、一際幼い顔をした少年が、沈黙を破る。剥き出しの細い両足を手で抱え、膝の上に顎を載せている。心細そうだ。橙色を映した黒い瞳があちこちへと不安げに彷徨っている。
「大商人の一人息子だぞ? 普通なら取り戻しに来るだろうが」
奏羽の心臓がとくんと音をたてる。
当たりだ。
「特権階級のやつらの考えることなんか、わかるもんか! やつらは自分の利益のことしか考えてねえのさ!」
吐き捨てるように答えたのは、少年の隣に座っている別の青年だ。革袋の中の酒を乱暴に呷り、悪態を続ける。
「来なけりゃ、来させてみせるさ。子どもの指の一本でも送ってやれば飛んでくるだろ」
「でも、あの子はもういないじゃない」
奏羽は心の内で「え?」と反応する。
すでに始末されてしまったのだろうか。
冷や汗が背中を流れる。
「ああ、先にヌーガへ連れてかれたからな。なんでも明後日、大きな取引があるんだとよ。あいつもこれまでの子どもと同じように、売られるんだろう」
カシットはフィービアにはいない?
売られるってどういうこと?!
奏羽の中で疑問が巡る。
「そして、フィービアでは俺らが待ち受けていて、お宝をいただくのさ。まったく金を持ってる奴らの考えることは怖いねえ」
そういって笑うのは、六人の中でも一番体格が良く、リーダー的存在のような男だ。
彼らを視線の中に捉えながら、奏羽は必死で考えを巡らせる。
もしマウリの気が変わってキャラバンがフィービアへ向かえば、荷物は奪われる。カシットはフィービアにはいない。とんだ無駄足だ。そしてカシットは人身売買で売られてしまう。ヌーガという街に、カシットも、彼らを雇っている黒幕もいる。
知らせなければ。
みんなにこのことを知らせなければ。
そっと後退ろうと後ろに体重を移動したとき、背後でかさりと枯れ葉を踏む音がたつ。
「!」
瞬間的に両手に小刀を構えて振り向く。
「あれ〜? こんな夜更けの森の中で、こんなかわいいお嬢さんに会えるなんて、幸運だなぁ〜」
奏羽のすぐ背後に男が立っている。
こんなに近づかれるまで、まるで気配を感じることができなかった。前方の六人に気を取られていて、先に周囲を確認するのを怠った自分の不注意だ。
奏羽は悔しさに唇を噛む。
馬鹿にしたような話し方をするその男は、明らかに戦闘要員だ。剣を肩に担いだ姿で緊張の欠片も見えないのに、まるで隙がない。
「ディキさん」
「おう、こっちだ。こっち」
暗闇から男を追ってきたのだろう、別の仲間たちが現れる。その数、全部で五人。全員が武器を携えている。
奏羽が僅かに視線を走らせると、さっきまで焚き火を囲んでいた男たちも、それぞれに小型のナイフを持ち、奏羽の方へじりじりと距離を詰めていた。あの幼い少年も震える手に木の棒を握っている。
気づけば、完全に囲まれている。
奏羽は自分の身が危ないことよりも、あんな子どもにまで荷担させることに激しい憤りを感じていた。どうしても自分の弟に重ねてしまう。
汗が背中を伝う。
多勢に無勢だ。戦って勝てる状態ではない。
ここは突破できればいい。
一気に木の上に跳躍して、枝伝いに逃げる。木の上を跳ぶように走る矢杜衆に付いてこられる輩などそうそういない。逃げるだけならば、あの少年を傷付けることもない。
奏羽は気取られぬよう足に力を込め、跳躍の準備をする。
くちびるを曲げてニヤリと嫌な笑いをする目の前の男に注視しながら、奏羽は両足にすべての力を込める。
「左だ! 射かけろ!」
男の声が森に響く。
最初の枝を蹴り、次の枝に着地した瞬間、奏羽の右大腿部に熱い痛みが走る。
「っ!」
矢が大腿部の肉を掠めていったのだとわかったが、次々に矢を射かけられ、奏羽は逃げるしか手立てがない。
しかし痛みのために力が入らず、狙った枝には届かなかった。
無情にも地に落ちていく。空中でバランスを取り直し、着地と同時に走り出す。
「逃がすな! 手負いだ!」
「おう!」
男たちの声は、背後から追ってきていた。
昨日はたくさんの方が読みにきていただきとても嬉しかったです。ありがとうございます。
次の更新は明日(12/15)の予定です。
よろしくお願いします。




