密談
「物騒なご挨拶ね」
臨也の予想通りの声で、返事が返ってくる。
「いつまで隠れているつもりだ」
「隠れていたのではなくてよ。お邪魔したくなくて、ここで待っていただけ。もう用事は済んだ?」
枯れ葉を踏む足音とともに、木の向こう側から現れたのは、一目で良い仕立てとわかる毛皮のマントを纏う細身の女だ。深くフードを被っていて顔は見えないが、気配と声で正体はわかる。
「何の用だ。アカギからずっと、仲間に後を付けさせていただろう?」
臨也が仕えていたアカギ国の全権使・ラケルタは、矢杜衆たちによって不正を暴かれ、アカギ国の憲兵隊によって首都へ連行されていった。私欲のために村一つをその住民もろとも焼き払ったのだ。その代償は重い。二度と自由な空気を吸うことはないだろう。
ラケルタの命に従い実際に手を下したのは臨也とその部下たちだったため、火の粉が飛んでくる前に彼は自分の痕跡をすべて消し去り、アカギを離れた。
だが、そんな彼を追う影が一つ、つきまとっていたのだ。
つかず離れず、臨也の赴くところへ必ず付いてくる影とそれを送り込んだ者の正体を、臨也はなんとなく予想していた。
ラケルタの愛人を演じていた女、マイカだ。
マイカは、ラケルタの金と権力に惹かれている素振りで取り入り、見事にその信頼を得ていた。愛人であること以外何もできない振りをしていたが、臨也には何かを狙っている捕食者にしか見えなかった。最終的に彼女の手回しによって、最速でラケルタを失脚へと追い込んだと考えている。
もちろんマイカもラケルタの不正発覚以前にその姿を消している。その手並みは臨也から見ても鮮やかだった。
そういう行動に慣れている、つまり彼女はラケルタを失脚させるために近づいたのではないかとさえ思えた。
実際、そうだったのかもしれない。
ラケルタの失脚で得をする者がいないわけではないのだ。
そんな女が自分を雇いたいと言ったのは、彼女がラケルタの館から姿を消す前夜のことだ。
『気に入ったのよ、あなたを』
妖艶な笑顔で、そう告げられた。
雇い主を失い収入源を断たれた臨也だったが、得体の知れない女に雇われる理由もなく、もちろんその場で断った。
どうやら彼女の方は諦めてはいなかったようだ。
彼女の部下であろう男に臨也の後を追わせ、こんな北の地までやってきた理由が彼女にはあるのだろう。
マイカは、深く被っていたフードをとった。
見事な金の巻き毛が零れ落ち、暮れ始めた世界がそこだけ光を集めたように明るくなる。見る者を圧倒する美しさは、半年前と変わりない。
金の髪に、透き通るように白い肌。そしてすみれ色の瞳。
そのどれもが北の国の出身であることを示している。
ここソムレラの地で改めて見ると、生粋のソムレラ人、それも貴族出身ではないかと思われるほど、その容姿はこの地方に合っている。
ソムレラでは皇族は皆、金髪に白い肌、そして淡いブルーの瞳を持って生まれる。皇族に近い貴族たちは、古くから皇族との婚姻関係を続けてきた結果、そのほとんどが金髪に碧眼だ。
ソムレラの貴族階級の者が、異国のたかだか全権使程度の男の元で、娼婦のような真似をしていたことは理解できない。が、何かの目的で動いているだろうと臨也は考えている。
イカルでも、矢杜衆であることを隠し、他国に入り込む任務もあるからだ。
「気づかれているとは思っていたけれど、さすがね」
これも半年前と変わらない妖艶な笑みを臨也へと向ける。
「こんな寒いだけの辺境まで追いかけてきて、何の用だ。雇われる気はないと断ったはずだが」
「何も聞かずにせっかちね」
そう言いながらも、でもこちらも余り時間がないの、とマイカは話を始める。
「どこかの国の浅慮な役人と違って、やりがいのある仕事よ」
「どんな仕事でも、答えは否だ」
自分の正体は絶対に明かそうとしない怪しげな女が持ってくる仕事に手を出すほど、臨也は甘い人間ではない。
しかし断固とした拒否をまるで楽しんでいるかのように、マイカは口元を引き上げる。
「いいえ、あなたは引き受けるわ。だって、人助けなんだもの」
臨也はもう何も言うことはないとばかりに、マイカの横をすり抜けてその場を立ち去ろうとした。しかしその背に浴びせられたマイカの一言で、不覚にもその足は止まってしまう。
「八束真鳥を助けて欲しいの。今、彼は窮地に追い込まれているわ」
臨也とマイカの視線が、初めてしっかりと絡み合った。
今回登場している臨也とマイカは、第2章で初登場しています。
第2章で暗躍していました。
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次回は明日(11/28)更新予定です。




