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夜の森

深い森の梢に、黄色い月光が絡みつく。

 シラルの街の南側に広がる乾いた砂漠とは対極的に、その北側は生命の蠢きをそこかしこに隠した森に支配されている。

 満月に満たない中途半端な月が、中空へと向かっていく。


 樹齢百年を超える常緑樹の太い枝を、黒皮でできた頑丈な靴が蹴る。

 揺れた枝の上で、羽を休め朝陽を待っていた小鳥が、突然、安らかな眠りを妨げた訪問者にチチッと抗議の声をあげる。


 奏羽の耳はそんな小鳥の小さな鳴き声や、下草の中を餌を求めて動き回る夜行性の捕食動物の足音さえ聞き取りながらも、それらに注意を向けることはなく、真っ直ぐに前へと向けられている。


 北へ。

 フィービアへ。

 カシットの元へ。


「絶対、助ける」


 奏羽のくちびるから熱い息が零れる。

 時折、足もとに見え隠れする街道を確かめながら、枝から枝へと移るその黒い姿は、夜の森を支配する夜行生物そのもののように、軽やかに空を飛ぶ。

 熱い想いの命じるままに。







 さっきまで耳に届いていた無線機からの信号は、街を出た辺りで無言になった。

 遮るものがない場合でも、五キロくらいがこの無線機の限界らしい。

 矢杜衆輜重部門(しちょうぶもん)の説明通りな性能に、真鳥はそっと溜息をつく。途中に中継機でも置ければ、その倍は届くだろうが、それでも限界はある。どこにいても声が届くなら、戦闘時も有利になるのにと、真鳥は月の輝く澄み切った空を見上げる。


 たとえ空に中継機が浮かんでいて、どこまでも声を届けてくれても、それが熱くなった人間の耳に届くかどうかは疑わしいのだが。


 真鳥は、自分を迎えるように闇を広げる目前の森へと、すべての神経を集中させる。


 街道を通り過ぎた荷馬車の跡。

 馬の匂い。

 荒々しい男たちの匂い。

 そしてそれを追う奏羽の匂い。


 その双方は、確かに北へと続いている。


「長い夜になりそうだねえ」


 吐き出された言葉とは裏腹に、声色に憂鬱さは一切ない。

 真鳥の表情には、匂いの先にあるだろう、攫われた少年を必死に追う一人の部下への温かい笑みが浮かんでいた。







 男は、森の向こうから放たれる強い気を感知した。


 手負いの獣のような怒りを含んだそれに、僅かに眉根を寄せながらも、男は自分の気配を完全に消し、古木の下に身を隠す。


 やがて、男の頭上を黒い鳥が飛び過ぎる。

 男は、それが鳥ではなく、矢杜衆であることを察知していた。


 女か。

 来るなら、あいつだと思ったんだが。


 男は、僅かばかりの落胆を顔に浮かべながら、思い描いていた一人の男に想いを馳せる。


 最後に会ったのは、夏の初めだった。

 青々と実る稲穂に囲まれた街だった。

 あんな形でなければ、もう少し話をすることもできただろう。

 懐かしい旧友の話をできたかもしれない。


 男の脳裏には、かつて命を預けあった友の顔が浮かぶ。そして、友の姿は、彼の面影を残す銀髪の青年へと変わっていく。

 わずかに胸に燻る感情は、懐かしさか、寂しさか。

 久しく己の感情に目を向けることのなかった男は、小さく笑う。


 男は古木の下から這い出すと、その長身を伸ばす。


「さあて、長い夜になりそうだな」


 ホ〜ウホ〜ウ

 まるで男の言葉に答えるように、森の奥でフクロウが鳴いた。


今日は少し短いのですが、キリがいいので。

今日もお読みいただきありがとうございます。

次話は明日(11/23)更新の予定です。

よろしくお願いします。

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